第一話 ドラゴ闘技場で結成集会
ボルトロール王国の王都エイボルトの中心部にはドラゴ闘技場なる施設がある。
闘技場とはこの時代、国家が庶民へ提供する娯楽として各国にも存在する。
このボルトロール王国も他国の例に漏れず、王都の中心にそんな施設が建設されていた。
収容人数五万人を誇るゴルト大陸で随一のボルトロール王国自慢の闘技場、本日開催されている催し物から賑わう声援が外部に漏れ聞こえていた。
「ここに集まりし英傑達は我ら同胞を虜にしているエクセリアに立ち向かう勇敢な兵達だ!!」
「うぉぉーーー!」
声高々にそんな鼓舞で兵達を煽っているのは勇者リズウィ。
その宣言に応えるのは数万の兵士と群衆達。
異常な熱気に包まれるここでは、現在『王子革命軍』の結成式が行われていた。
王子革命軍を構成しているのは約四万人の兵士達。
ジン王子の近衛兵を中心に幅広い分野から徴用された兵士達。
その兵士達が闘技場に集められ、観覧席も満席で、招かれた来賓や国民達が出征する兵達にエールを送っている。
その観覧席の一画、高貴な人達専用の席にて小声で囁き合う声があった。
「ふん。兄者が何かの仕事を始めたと聞いていたが、本当にこんな立派な出兵が務まるのか?」
その言葉には疑問符が含まれており、成功よりも失敗を望む気持ちが籠っている。
「そうね。勇者からこの話を持ち掛けられたらしいわ。長男だからって不公平よねぇ」
彼、彼女らはジン王子の兄弟達、つまりセロ国王直系の王子・王女達も招かれていた。
普段から王親族内からも疎まれているジン王子。
本日、彼ら兄弟をこの場に呼んだのはジン王子の細やかな仕返しである。
彼らは競争社会のボルトロール王国において互いにライバル関係だった。
ジン王子の功績だけを称えるこの結成式を見せられても面白くないに決まっている。
「お父様は来られていないのようだが・・・」
当然、国王であるセロⅢ世にも結成式の出席要請は出されていたが、国王は欠席していた。
「お父様は王城で各軍の総司令を集めて別の会合を行っているらしい」
「なるほど、この『王子革命軍』と軋轢を生まぬためですね。お父様も細かいところがありますわ。オホホホ」
「そう言うな。あれでいてお父様は各軍の総司令諸君を大切にしているのだ。彼らの機嫌を損ねて謀叛など起こされても面倒だからな」
ジン王子の弟、つまり、セロ国王の次男坊がまとめて尤もらしい意見を述べる。
彼がこの兄弟の中で最も優秀な頭脳を持ち、周囲から将来を熱望されている人物でもある。
それすら他の兄弟達は面白くない。
「まったく、お父様も回りくどいわ。そんな我儘な軍の総司令なんて処刑してしまえばいいのに」
「莫迦言うな。各方面軍の総司令は頭脳明晰で軍部にも信奉者が多い。そんな人物を易々と処刑などできるものか!」
次男は下の妹の短慮な思考を戒める。
それは本当に短慮から来る発言ではなく、兄に対する反発が原因なのだが、そこには気付けない。
「冗談よ。頭が固いわね・・・ほら、そろそろ、我らが長兄の巧拙な演説が始まるわよ」
苛ついた次男の顔色が解る妹はジン王子の演説の方に注意を仕向けた。
彼女にしても次男と直接的に争うつもりは無い。
少なくとも今は・・・
次男も妹が話を逸らそうとしているのは解ったが、それに敢えて乗ってやる事にする。
互いに腹の探り合い・・・それがこの兄弟達の日常でもある。
表面には簡単に出さない強かな牽制など知られぬように、長兄ジン王子の上機嫌な演説を聞く彼ら。
そんな状況で軍将としてのジン王子が紹介されて演台へと上ってきた。
そして、ジン王子の演説が始まる。
「あーー、ゴホン。我の声は聞こえておるか?」
拡声魔法が有効かどうか確かめるジン王子。
気の抜けた声に緊張感はない。
忠誠心が砕かれるような振る舞いだが、それでも妄信的に王家へ忠誠を尽くす一部の近衛部隊の隊員からは最敬礼の姿で王子へ忠意を示していた。
「うむ。聞こえておるようだな。それでは我から短く・・・」
ジン王子は自分の声が問題なく聞こえている事を確認し、今日の結成式のために用意した原稿を読み始める。
「皆の者、我が王子革命軍に参集いただき、誠に感謝する」
このジン王子の言葉に一部の人間顔が歪む。
それは自ら望んでこの軍勢に参加した訳では無い事実を示していた。
金やしつこい徴兵の誘い、脅し、いろいろな理由と手段を用いて集められた彼らは下級兵士と呼ばれる中に多い。
下級兵士はより前線に立つ兵達であり、当然だが死亡リスクも高い。
そんな下級兵士がこの王子革命軍には一万四千人。
彼らは所謂数合わせ的なところもあり、あまり練度を問われずに国内から徴兵されてきた兵士である。
当然だが、彼らは士気が低く、どうやって戦を生き延びて高額な給金を手に入れるかしか考えていない。
「けっ、いい気なもんだぜ。軍将は部隊の後方で指揮棒を振ってりゃいいだけだから、楽な仕事だけどよう」
歯の欠けたみすぼらしい下級兵士ひとりがそんなボヤキを零す。
しかし、近くのいた上級兵士に睨まれて、その口は噤ませられた。
このように実力も肝っ玉も小さい人物が集まるのが下級兵士である。
「ふん、ジン王子様を愚弄するとは愚かな下級兵士ども。同じ王子革命軍として情けない奴らだ」
「やめとけ。下級兵士は三等・四等臣民が多いと聞く、ならばその能力など知れておる」
近衛騎士の血気盛んな若者をそんな言葉で諫めるのは同僚の老練近衛騎士。
彼らは上級兵士としてジン王子と同じように最前線から一歩引いた陣地に配置されるので、心にも余裕があるのだ。
少なくとも戦いの矢面に立たない事はそれだけで戦争で生き残れる可能性は高い。
彼らにとっても下級兵士とは自分達の命を守る重要な人の盾でもあるのだ。
そんな王子革命軍の中での階層関係はある意味ボルトロール王国では当たり前の光景。
ジン王子の演説は続いている。
「・・・であるからして、我々は崇高な使命を果たすのだ。かの無敗を言われた西部戦線軍団でも勝てなかったエクセリア国。それを我々が打ち負かす事で、西部戦線軍団よりも我々の王子革命軍が価値ある存在として成果を示す事ができる。諸君らの献身的な国家への忠誠は王の知るところとなり、王の息子である私も追認することで・・・この勝利はゆくゆくボルトロールのゴルト大陸統一の橋頭保となるだろう」
ジン王子の原稿棒読みの演説はまとまりかなく、何が言いたいのかはっきりと聞き手には伝わらない。
そして、初めに短いと言ったが全然短くならなかった。
聞き手が退屈を感じできたところで、最後に王子から核心が伝えられる。
「最後に我から皆に見事エクセリア国を占領すれば褒美の約束をしておこう」
その『褒美』と言う単語に下級兵士達が俄かに反応する。
一定の効果はあった。
「それは、エクセリア国の占領が完了してから二日間は諸君らの私的な略奪や強姦行為は大目に見よう。これはボーナスだ。憎き強敵の敵国を討つのだからこれぐらいは妥当な褒美である」
「「うおーーっ!」」
兵士達はざわついた。
戦争勝利後の略奪と強姦行為・・・それはボルトロール王国の国法でも違反となる。
理由は簡単であり、倫理的な側面もあるが、私的な略奪を簡単に認めてしまえば占領後の統制が取れなくなるからである。
過去の戦争では、これが原因で敵国の占領後の統治が遅れた事例もあった。
勿論それは解っているジン王子だが、しかし、彼はこうすることで一部の者のやる気を引き出せるだろうと考えていた。
人心を欲で釣る作戦だ。
そして、その企みは見事に成功する。
「おおっ! 女だ。西の女性は胸がでかいと聞いているぞ!!」
「俺は酒と金だ。西には大金持ちの商人が多い、俺はそれを乗っ取り、自分が商会の会長になってやるんだ」
彼らの欲が触発されて大きな声援へと発展する。
「「ジン王子! ジン王子! ジン王子!」」
兵士の富を約束してくれた軍将に対して最大級の声援を送る彼ら。
いい気になるジン王子は片手を挙げて、この演説は終焉を迎えた。
そんな様子が面白くない人物は何人かいたが、そのひとりがこの次に演説を行う予定のリズウィである。
(この屑王子野郎! 俺の革命軍を下品で私欲に塗れた集団にしようとしやがって!)
無言でジン王子を罵倒するも、その怒りは相手に伝わらない。
現在のジン王子は自らの演説に酔っており、最後に兵士達より受けた大声援で完全にいい気に浸っていたようだ。
(ふふふ、これで我の時代が来たぞ! あとは勇者に仕事をさせて、エクセリアを占領するだけだ。それだけで全てが手に入る。我もエクセリア占領時にひとつ向こうの女性を頂くとしよう。それならば王妃が良いかも知れんな・・・あー想像するだけで興奮するーっ!)
下種な考えに浸るジン王子。
勇者からの刺さるような視線など気にならない。
ジン王子はある意味で豪傑であり、愚かな男であった。
この行為が彼の死期を縮める事につながるとはこのとき露知らずであった。
そして、舞台の主役は王子から勇者へ移る。
壇上に登る勇者リズウィ。
彼はジン王子のように長くて意味のない演説をする気は毛頭無い。
「欲深きボルトロール王国の兵達よ。貴様らの欲は俺が叶えてやる!」
傲慢なリズウィの発言。
当然だが、そんな見下した演説を聞かされた兵士達はあまり良い気分ではない。
「ああーん? 何を言ってんだ! 勇者だからって調子に乗ってんじゃねーぞ!!」
「そうだ。そうだ。俺達のことバカにしやがって!!」
血気盛んな一部の下級兵士はこれに反発する。
彼らからブーイングを貰うが、それこそ勇者リズウィは無視した。
「俺は今まで無敗だった。つまり戦いでは常勝、戦争のプロである。全員、俺の言う事を聞け。俺の指示どおり動け。俺の役に立て。そうれば、お前達の欲は叶えてやる。俺の治める世界で生かしといてやろう」
不穏な発言の連続に今度こそ反発が大きくなった。
これには味方からも異論が噴出する。
「リズウィの奴。今日はいつになく饒舌だな。しかし、これはやり過ぎだ」
勇者パーティのガダルがこれ以上は拙いと思い、止めに入ろうとしたとき、それが起きた。
勇者リズウィは腰に帯剣する魔剣ベルリーヌⅡを抜き、高々と掲げる。
「お前達、この魔剣に着目せよ。そして、心を俺に捧げよっ!」
このとき、魔剣ベルリーヌから怪しい紫色の輝きが発せられた。
それはいつぞやの支配の魔術師シャズナの持つ魔道具『支配の杓』と同じ魔力の輝き。
光魔法を利用した催眠効果により人の心を支配する魔道具と同じく紫色の魔光反応。
シャキーーーン
そんな擬音が聞こえるぐらい、眩い輝きがベルリーヌの刀身より放たれた。
当然だが、結成式の演壇に立つリズウィはここにいるすべての人間が着目している。
しかもこの時は悪演によって、悪い意味で注目を集めていた。
それを狙ったのかどうかは解らないが、紫の魔光の輝きはここに居合わせたすべての人々の瞳の奥底へ届いてしまった。
彼らは目を見開き、その光を直視してしまい、魔剣の紫色の輝きが自身の瞳にも宿り、ますます視線を外す事ができなくなる。
「くくく、感じるぞ。お前たちの心の鍵が俺に届くのが! さあ始めようではないか、復讐の宴を」
ここで悪辣な恨みに歪んだリズウィの顔は、かつての隆二が魅せた人懐っこい顔ではない・・・
リズウィの心を乗っ取ったシャズナの真の企みが始まってしまいました。




