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第十三話 捕虜達の顛末2/離婚通達

再びエクセリア国の描写となります。



「西部戦線軍団総司令グラハイル・ヒルト。貴様に手紙だ」


 高圧的な看守の声が響き、ドアの隙間からひとつの書簡が独房の扉の隙間から入れられる。

 この部屋に軟禁されていたグラハイルはその手紙を取ってみた。

 封を確認したが、既に切られており、内容が閲覧済みの印が押されている。

 彼はいろいろと諦めて差出人を確認してみると・・・

 

「本国の妻からだ」


 手紙の内容が大体予想できたので真面目に読む気にもなれず、受け取ったグラハイルはその手紙を机へ放り投げると自身もベッドに転がる。

 その時、手紙の内容の一部が見えて『離婚』と言う単語が目に入ってしまった。

 予想どおりその手紙はどうやら妻からの離婚通達のようであ。

 

「ふぅ、何もかも疲れたな・・・」


 そう独り言を喋っても誰も応えてくれない。

 元西部戦線軍隊総司令という立場を鑑みてグラハイルが収監されているのは独房に近い個室。

 良質の宿のようにほどよく清潔な家具とベッド、ソファーが備えられており、捕虜としては破格の待遇。

 これも捕虜を人道的に扱うというエクセリア国王の方針らしいが・・・

 どうでもいいとベッドに横になり、グラハイルはこれまでの人生を振り返ってみる。

 

「私はヒルト家に婿養子として入ってきた・・・」


 語り掛ける言葉を聞くのも自分自身しかいないが、それが客観的に他の誰かから自分の人生を語られているような不思議な感覚に陥る。

 

「妻はヒルト家の本家だが、この婿養子は私の望んだ事。そして、思惑どおり私はヒルト家の政治基盤を引き継ぐ事ができた」


 グラハイルと妻との関係は所謂、政略結婚である。

 互いにメリットがあると同意して至った婚姻であり、ボルトロール王国の上流階級で珍しい話ではない。

 

「そして、私は軍の総司令にまで登り詰めた」


 それはグラハイル自身の努力の賜物、彼の持つ才能がいかんなく発揮できた結果である。

 しかし、いくら才能だけがあっても総司令という立場はそう易々と手に入らない。

 もし、そこに政治的な力が働いたとすれば、そこにはヒルト家――妻の功績でもある。

 

「一人娘も得られた・・・」


 妻との間に生まれた一人娘のアンナ。

 彼女がこの先のヒルト家の跡取りとなるだろう。

 彼女は現在、監視者として勇者リズウィの周囲にいるが、勇者とは友好的な関係を続けている。

 勇者は優秀で、数々の戦場で成果を残してきた。

 このまま続けば、娘の婚姻相手として申し分ない。

 

「それが妻に私との離婚を決意させたのか?」


 思わずそんなことを考えてしまう。

 ボルトロール王国の価値観からすると失敗者には厳しい評価が課せられる。

 今回の戦争失敗の責任は西部戦線総司令官である自分に大きく()()かってくるのは確かだろう。

 妻は夫である自分と離婚する事で、その責任がヒルト家全体に及ばないようにしているのだろうと思えた。

 

「勇者との婚姻を考えると、私の存在が汚点となる・・・」


 そう考えてみると離婚という選択は妥当な判断である。

 ただし、それは夫人の目線からの判断だ。

 グラハイルのように切られる側からすると堪ったものではない。

 

「く、二十年近くの夫婦生活でも、こんな結末になるとは・・・儚いものだ・・・」


 そう言うグラハイルだが、彼の人生で家庭というものを軽んじてきた事は否めない。

 グラハイルは家庭を蔑ろにして、仕事(戦争)に明け暮れ、あまつの上、秘書女性との不倫関係も続けていた。

 不倫の事実は妻や娘には知られていないと思うが・・・

 もし、神からそれを指摘されれば、離婚という結果も仕方のないと自覚もしていた。

 

「ふん・・・本当に儚い・・・が、気に入らないな・・・」


 妻からの離婚は論理的に考えられるとしても、やはりそれで「はい、解りました」と素直に受け入れられない自分もいる。

 それはたった一回の失敗で国家や家族から捨てられる事への理不尽さ・・・ボルトロール王国の価値観に対する反発であったりする。

 そんな事を考えていると独房がノックされた。

 

コン、コン・・・


「何だね?」


 少々苛ついた声でグラハイルがこれに応じると扉が無神経に開かれる。

 そして、入ってきたのはこの国の国王だった。

 

「グラハイルさん。ご機嫌斜めのようですね。そりゃあ、あんな通達を受ければ、誰だって気は滅入ります」


 穏やかで友好的な声で離婚通達の事を話してくるのはライオネル・エリオス国王。

 彼は上等のワイン片手に護衛ひとりだけを連れてこの独房に現れた。

 

「どうした? 一体何のつもりだ。離婚通知を受けた俺を笑いに来たのか?」


 不機嫌感満載でグラハイルがそう応じると、護衛の怒気が上がる。

 

「大丈夫ですよ。この人は無駄に暴力を振るう人ではありません」


 ライオネル国王はそう言い警戒した護衛を窘める。

 

「私が今日ここに来たのはアナタに対する取引です」

「取引だと?」

「ええ」


 そう言ってワインの栓を開けるライオネル国王。

 

「まずは僕のご夫人からの離婚通達・・・大変、お悔やみ申し上げます。私達との戦争に負けてしまったばかりに、このような結末になってしまい、本当に申し訳ありません」

「何を言っている。私を愚弄しに来たのか?」

「そんなことありません。本当に忍びないと思っているだけですよ。ボルトロール王国の文化は敗者に対して厳しいですからね」


 ライオネル国王は本当の気持ちでそう言っているが、受け取る側のグラハイルからして嫌味を言われているようにしか感じられなかった。

 

ポンッ、トポトポトポ・・・


 栓を開けたワインがコップへと注がれ、芳醇な香りが室内に充満した。

 これが上等なワインであるのはグラハイルにもすぐに理解できた。

 

「こんな良いワイン。本当にどういうつもりだ」

「他意はありません。本当にアナタの境遇を不憫に思い、慰めの品としてこれを用意しただけです。ボルトロール人は上等なワインが好物だと妻より聞かされましたので、少しでもお詫びをと思った次第です。ささ、どうぞ」


 ライオネルは国王と言う立場を感じさせないほどの腰の低さで、上等なワインをグラハイルに勧める。

 グラハイルは何か裏があるのかと勘繰るが、結局は差し出されたワインのグラスを手に取った。

 もし、拒否すれば、何かに怖気付いたと思われるのも癪だと感じたからである。

 そして、ワイングラスを一気に煽る。

 芳醇な香りが鼻腔を抜け、しばらく独房生活で趣向品を口にしていなかったからか、やけに旨く感じた。

 

「ふん。まぁまぁだな」


 グラハイルは負け惜しみからそんな事を述べてみる。

 

「良い飲みっぷりです。最近、アナタの部下だったひとりがそのワインを所望したので、大量に入手したのですよ」

「誰だか知らんが、これは相当贅沢な酒だ。この銘柄を要求するとはとても強欲な奴だな。その対価は何だ? これだけの品を準備させるとはそいつから相当良い情報を聞いたのだろう?」

「いいえ、その人からボルトロール軍の情報を提供し貰った記憶はありません。たたし良い働きをして頂いたのは確かであり、その対価としてこれを要求されましたので、素直に準備した次第です」


 物腰柔い口調は彼が元商人であることがよく解る。

 グラハイルはこの態度に騙されてはいけないと警戒心を上げる。

 

「現在、その人はこのエクセリア国の発展のために活躍されています。単刀直入に言いましょう。グラハイルさん、アナタも我が国発展のために活躍されてみませんか? アナタのような優秀な方が独房で腐っていくのは勿体ない事です。ボルトロール王国側にも再三、捕虜帰還の身代金交渉をしているのですが、正直、無視され続けています。このまま収監していても無駄です。私としては牢屋で眠らせているよりもアナタを役に立つ人材として活用したいのです」

「私にボルトロール王国を裏切れと?」


 グラハイルの瞳がギラリと光った。

 彼の中で残された軍人として母国への誇りがまだ残っている証拠だ。

 しかし、ここでライオネルも怯まない。

 

「そうです。アナタの母国からは帰国を拒否され、家族からは離婚通知も来る。つまり、ボルトロール側はアナタを捨てたのです。たった一回の失敗でね」


 核心を遠慮なく突いてくる。

 非情に腹立たしい事ではあるが、このときのライオネルの指摘が的を射ているのはグラハイルの明晰な頭脳が理解できていた。

 

「・・・」

「まっ、無理にとは言いませんが、アナタも一時はボルトロール王国の代表として我が国と戦った身です。すぐにこちら側に鞍替えするというのも難しいでしょう。それはとても勇気のいる事ですから」

「・・・」

「でも、よく考えてください。私ならば、アナタの活躍できる場所を準備してあげる事ができます。勿論、ボルトロール軍相手に戦争をしろとは言いませんから・・・ 我が国の発展のために、残りの人生、もう一花咲かせてはみませんか?」


 ライオネルの言葉で、心が揺れるグラハイル。

 しかし、ここでライオネルは深追いしなかった。

 

「しばらく考えてみてください。もし、アナタが希望すれば、この独房から解放して、現在、南で活躍しているアナタのかつての部下達と合流させてあげてもいいですよ」


 そう述べるとライオネルはこの部屋から出て行こうとする。

 護衛から「本当にいいのですか?」と咎める声が聞こえたが、ライオネルは手を振り「問題ない」と応えた。

 そのやり取りから察すると、この提案は恐らくライオネル国王ひとりの考えであるらしい。

 

「あ、残りのワインも飲んでくださいね。今日は理不尽な離婚通達を受け取ったこと。まずはそれを忘れて頂ければ幸いです」


 それだけ述べて、ライオネルは戸口のテーブルにまだ半分以上残っている上等なワイン瓶を置いて出て行った。

 

バタン、ガチャッ!


 そして、独房の扉は施錠される。

 しばらく置かれたワイン瓶をぼーっと眺めるグラハイルだが、芳醇な香りを思い出し、再びそれを手に取る。

 これは明らかに相手からの揺さぶりだと思いつつも、ワイン瓶を開けて残りを一気に煽った。

 度数の高いアルコールが脳を痺れさせて、酔いが回るのを実感した。

 

「毒が入っているかもな・・・しかし、この時点で私を毒殺しても相手側に何のメリットもない・・・」


 自問自答のやり取りがやけに虚しく感じた。

 

「捨てられたボルトロールを取るべきか、それともエクセリアに拾われるべきか?」


 グラハイルの中でそんなシーソーが頭の中で揺れる。

 一日中考えて、やがて、翌朝にライオネルを呼ぶ事を決意するグラハイル・・・

 

 

 

 

 

 

 

 一週間後、グラハイルの姿は独房から南のスケイヤにあった。

 久しぶりに出た娑婆(シャバ)の空気を力一杯肺に吸い込み、体内に溜まった陰気な空気を体外へ排出させると爽快感を得る。

 爽快な気分で周囲を見渡してみれば、彼はかつての一番の部下の姿を発見する。

 彼女は集団の中にいて部下達に指示を出していた。

 それはかつての美しく凛々とした彼女の姿のままであり、グラハイルの心を癒してくれた。

 彼女の事が急に愛おしくなり、群衆の中で思わずその名前を呼んだ。

 

「カロリーナ、カロリーナ・メイリール!」


 グラハイルの声に反応したかつての美人秘書はビクッと反応し、そして、彼女はグラハイルの姿を見つけると、若い男性の陰へと隠れてしまう。

 これは自分の知る彼女とは少し違う反応。

 過去の彼女は自分にべた惚れしており、愛情表現も熱く、そして、行動力も豊かだった筈・・・

 グラハイルは首を傾げた。

 すると彼女が身を隠した若い男性の方がボルトロール軍式の敬礼を返してきた。

 

「グラハイル総司令、お勤めご苦労様でした。そして、このスケイヤ経済特区の工事現場へようこそ」


 彼が西部戦線軍団の若い将校のひとりであったとグラハイルが思い出すまでに少々時間が必要だった。

 そして、その若い男にカロリーナがぴたりと身体を寄せる光景を目にして、自分とカロリーナとの関係が変わってしまった事を予感してしまうグラハイルであった。

 


さて、この先、この人達はどのような運命を辿るのでしょうか? そんなこんなで第七章は終わりとなります。登場人物については既に更新済みです。そして、次の第八章が前半の山場となる予定です。頑張って書かないと・・・お楽しみに。


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