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第十話 決別の刻

 こちらはジン王子の宮殿。

 王都郊外の広大な土地を宮殿としているが、その割には使用人の数は少ない。

 お陰でこの宮殿が余計閑古な印象を受ける。

 そもそもこの宮殿はジン王子ひとりのための物だ。

 必ずしも広大である必要はない。

 そこは王子の(こだわり)りが反映された結果。

 父である国王より隠居を勧められた時、それを承服するために要求したのがこの広さである。

 国王は悩みつつも、結局は予算の許せる範囲で息子の我儘(わがまま)を聞いた。

 自分の実子であるジン王子に対してそれぐらいの愛情はセロ国王も持っていたからだ。

 そんな背景があって、この広大でありながら維持する使用人が少ない歪な宮殿が生まれた。

 その宮殿の執務室――つまり王子の私室にてジン王子は年に数回しかない仕事を珍しく行っていた。

 

「こちらが今回の作戦の指揮権移譲書になります。サインを」


 老執事より渡された書類に面倒くさそうに次々と自分のサインをする王子。

 

「ちっ、面倒くせぇーな。俺にこんなことまでさせやがって」


 愚痴を(こぼ)すジン王子だが、彼がサインさえすれば本当に面倒な仕事は他者が引き受けてくれるのだから、これぐらいの作業は全然面倒ではない・・・それは実務を経験した事がないジン王子には解らないもの。

 

「お坊ちゃま、あとはココとココにサインを頂ければ、あとは全部勇者にやらせますので」

「勇者か・・・全く便利な駒が手に入ったと喜ぶべきなのかな? ラッセルよ」


 このラッセル・ランド老執事は幼少期よりジン王子の教育係を務めており、ジン王子が最も信頼の置いている人間だ。

 ラッセルはジン王子の性格を完全に把握しており、今の質問は勇者を本当に信頼してよいかという確認の意味も含まれているのが解っていた。

 それはジン王子自身の持つ不安が見え隠れした結果だ。

 

「大丈夫です。勇者側の要求は合理的であり、彼らも遠征に向けて本当に準備しているとの情報を得ています。これらの行動に嘘はありますまい。セロ国王からも今回の遠征を正式に認めるとの書簡を得ております」

「おお! 父上が俺を認めてくれたか?」

「そうです。いよいよお坊ちゃまの時代が来ますぞ。フォホホホ」


 老執事からも勇者と進める事業の現在の準備具合は順調だと言う。

 それに今回の遠征作戦は国王からのお墨付きも得られた。

 これはジン王子の当初の予想よりも良い展開だ。

 そして、今回の遠征はボルトロール王国の正規軍団を使わない。

 それが理由となり国から反対までされないものの、正式な認可と協力までは得られない可能性があると老執事は予想していた。

 なので、当初の計画では今回の遠征の費用はジン王子側の私財を投じる考えまであり、 そんな意味も含めて、国軍とは一線を画す『王子革命軍』という軍団名まで用意していたのだが・・・

 しかし、誰がどう調整したのか、セロ国王は今回の遠征を正式に認めてくれた。

 それもジン王子率いる新たな軍団の存在まで含めて・・・

 だから国庫より遠征に必要な予算を引っ張り出してくれたのだ。

 それは嬉しい誤算である。

 元々大金を(はた)いて『捕虜奪還』と言う慈善事業を行い、名誉と言う名の実績を買うものだと考えていたが、ここに国家予算が付いたため、王子側の持ち出しはほぼない。

 つまり、金を出さなくても良い、そして、軍事行動の面倒な仕事は勇者が全て請け負ってくれる。

 運良く捕虜を救出できれば、王子陣営の名誉と人気は上がる。

 捕虜奪還に失敗したとしても、勇者側に軍隊運営の責任を擦り付ける事もできる。

 結論として、王子陣営は何ひとつ損をしない。

 これぞ好機(チャンス)と言って他にない。

 これまでの老執事ラッセル・ランドの人生とはこの宮殿にジン王子と共に閉じ込められたようなもの。

 彼は、元々、官僚トップまで上り詰めた才能のある人材であった。

 少なくとも彼自身はそう思っている。

 それが、このジン王子の教育係として関わってしまったばかりに、彼の残りの人生は出来の悪い王子と共にこの宮殿に閉じ込められていたのだ。

 忠誠心と言う名の足枷をかけられて、沈没船に乗せられたようなもの。

 今回の遠征を利用して、彼も人生の起死回生逆転劇を期待している。

 

「ジン王子。今回の遠征作戦に何か問題あるとすれば、勇者が途中で降りないかですが・・・」


 唯一不安要素として今回の作戦の要である勇者が途中で裏切らないかだけであったが、これまでボルトロール王国に忠誠を尽くす活躍を見せてきた勇者にそんな兆候は見られない。

 

「なるほど、勇者が裏切らないか・・・しかし、それは大丈夫だろう」


 ジン王子は、それは無い、と言い切る。

 

「あの男の目・・・あの目に宿っているは欲の塊・・・俺には解る」


 ジン王子は勇者リズウィの持つ心の欲が解っていた。

 それはニオイだ。

 勇者リズウィと実際に会い彼からは自分と同じ他者を(さげす)むニオイが感じられた。

 それは自分の同類をニオイで感じたからである。

 だからジン王子はここでリズウィを信じる事にした。

 

「ラッセルは間違っておるぞ。勇者リズウィの持つ不安要素とは彼がこのプランから降りる事ではない。勇者の陣営にいる邪魔者が不安要素になる。今頃、勇者はその唯一の不安要素を除外している事だろうよ。フフフ・・・」


 ジン王子は愉快に笑う。

 もし、このとき、ジン王子が注意深くリスヴィの事を評価していれば、未来は少し違ったのかも知れない。

 リズウィが纏っていたのは他人を蔑む嫉妬心ではなく、ただの狂気だと解っていれば・・・

 

 



 

 

 そして、当の勇者リズウィは不機嫌感満載で、現在は己の屋敷のリビングで、とある男の帰りを待っていた。

 その男は昼食前の時間に戻ってきた。

 

「リューダさんもなかなか筋が良い」

「えっ、本当ですか? 私、魔法剣士に転職(クラス・チェンジ)しましょうか?」


 そんな上機嫌の声でリビングに入ってきたのはリューダであり、その相手の男性は勿論アークだ。

 リューダはアークが日課としている鍛錬に付き合い、清々しい汗をかいてきた。

 もし、ここが剣術士道場ならば、若い男女門下生の淡い恋路――そんな一幕だと表現しても差しつかえない温かい雰囲気である。

 少なくともリューダはとても上機嫌である。

 そんな彼女の態度が気に入らないのが勇者リズウィの心を支配しているシャズナ。

 本日のリズウィはそんなふたりの姿に苛立ちを隠さない。

 

「く、気に入らねぇ~。居候のくせにでかい顔しやがって!」

 

 アークとリューダのやり取りを見せつけられて、そんな嫌味を口から出す。

 特にリューダがアークに対して恋焦がれている様子は駄々洩れしており、どんな疎い者が観ても恋する女性だと映る。

 

「いい気なものだな、アーク。今日こそは言わせて貰おう!」


 リズウィは喧嘩腰口調でアークに食ってかかった。

 最近、特に粗暴になった彼の口調は周囲から注目を集めるが、周囲で仕事していた使用人達は何かを察してサッとこの場から消えた。

 それと入れ替わるようにリビングに現れたのはリズウィの母であるエザキ・ユミコ夫人が夫のタダオを車椅子で押して入ってきた。

 彼女なりに最近のリズウィは不機嫌さが増しており、不満を爆発させるのではないかと察していた。

 ユミコ夫人は態度の悪い息子リズウィを戒める。

 

「隆二、何て言葉遣い。アークさんに失礼だわ!」


 翻訳魔法が使われなかったとしても、現在のリスヴィの言葉は良くないとユミコ夫人も察する事ができた。

 翻訳魔法を用いれば母国語の悪い言葉でも多少なりとも柔らかい表現へ変換されるものなのだが・・・

 今日のリズウィの発言は受け入れ難い内容だ。

 

「煩せぇ~っ! このクソババァ! 俺に指図するんじゃねぇ! ぶっ殺すぞ!」


 リズウィの怒りの矛先はユミコ夫人にも向かう。

 大きな声で怒鳴る姿は迫力があって、親でも委縮してしまう。

 そんなリズウィの怒る姿に周囲の温度は一気に下がる。

 

「リズウィ君。僕には良くても、ユーミ義母(おば)さんにその言葉遣いは駄目だろう!」


 アークはある意味、最近(こと)ある(ごと)にリズウィから突っかかれる事も多かったので、自分が怒鳴られた事は気にせず我慢できるが、ユミコ夫人に対してその暴言は無礼だと思った。

 そんなアークの善人面すら気に入らないリズウィ。

 

「アーク、お前良い人ぶっていい気になんなよ! それにこのクソババアの事を義母(おば)なんて呼び方するな。お前は姉ちゃんに捨てられたくせに!」

「隆二、何て事を言うのっ!」


 そんな息子の言い方にキレたのはユミコ夫人。

 常識外れの暴言に自分の息子を本気で叱る。

 ハルそっくりの強い瞳でリズウィを睨むが、それこそリズウィは気に入らない。

 

「何だ、その目はっ!」


バシンッ!


 ここでリスヴィの手が出た。

 顔を平手打ちされ、その勢いでユミコ夫人は後ろへ飛ばされる。

 勇者リズウィの力は強く、本気で叩けば人を殺せる威力もある。

 彼としても十分に加減したようだが、それでも無力な女性には威力があった。

 いや、ユミコ夫人は痛みを感じた事よりも、初めて息子に叩かれた事による精神的な衝撃(ダメージ)の方が大きい。

 呆然自失となるユミコ夫人。

 

「うぅぅ! おぃぃぃ!」


 車椅子に固定されたタダオがジタバタして何かを叫ぶ。

 何を言っているかは解らない。

 若年性痴ほう症で言語障害状態のダダオだが、この時の彼の仕草は息子に対する抗議である事は誰にでも解った。

 

「てめぇーも鬱陶しいんだよー!!」


 車椅子でジタバタするタダオを蹴るリズウィ。

 

「うぅぅぅ!」


 床に転ばされて受け身の取れないタダオに成す術はなく、苦悶の声を挙げる。

 

「お、おい? リズウィ・・・お前、何をやってんだ!」


 さすがに、この狼藉は同じ勇者パーティのガダルからも注意する言葉が出る程であった。

 

「煩せぇ、お前までこいつらの味方をするのかっ!」


 イライラが募り怒り心頭のリズウィは興奮し、今度はガダルに掴みかかろうとする。

 

ガシッ!


 それを止めたのはアーク。

 リズウィの手元がガダルの胸倉を掴もうとする寸前にその腕を捕らえる。

 アークは力強くリズウィの腕を握ったが、リズウィもそれに堪えて、互いに負けない迫力で相手を睨み返す。

 

「・・・」

「・・・」


 場の緊張感は一瞬で高まった。

 しばらくそんな状態が継続し、そして、リズウィが静かに口を開いた。

 

「もういい。お前ら出ていけ! 元々、アークは姉ちゃんから捨てられたんだ。この屋敷で生活する権利なんてねぇ~んだよ! オラッ!」


 リズウィはアークを押し返す。

 アークはそれで後ろに押されて、リズウィと少し距離が開いた。

 そんな決別の言葉と態度にいち早く反応したのはリューダだ。

 ここでの彼女は顔を真っ赤にしてリズウィ以上の怒りを見せる。

 

「リズウィさん、私はアナタを見損ないました・・・いいでしょう。アークさん、ここから出て行きましょう!」


 彼女はアークの腕を取り、この部屋から出ようとする。

 次に決別の言葉を発したのはユミコ夫人である。

 

「隆二、私達もここから出ていくわ。アナタは変わってしまった。あの優しかった隆二は何処に行ってしまったの?」

 

 ユミコ夫人の顔は怒りの赤ではない。

 残念な人間を見るような諦めの姿。

 しかし、親からのそんな視線さえリズウィは罪の意識を全く芽生えさせない。

 今のリズウィの心を支配しているのはシャズナだからだ。

 彼からしてリズウィの肉親など、要らぬ人間関係である。

 切る事ができるならば、それに越した事は無い。

 

「とっとと出ていけや。せめて今までただ飯食わせてやった事ぐらいは感謝して貰いたかったがなっ!」

「ううぅぅ、うううぅ」


 父親のタダオはまた抗議の声を挙げていたが、リズウィはこれを意図的に無視する。

 

「出てくなら、こいつ等も忘れんなよ!」


 リズウィが指さすのはハルと共にこちらにやって来たパーティ・メンバー達のジルバ達だ。

 騒ぎを聞きつけてこのリビングに入って来た彼ら。

 時既に遅く、この騒乱は終焉に近付いた状態で、ジルバとシーラが残念そうな顔をしていたのは余談である。

 

「解りました。皆さん一緒にココから出て行きましょう。今まであまり活用していませんでしたが、私も屋敷は持っています」


 リューダは自分の屋敷にアーク達を一手に引き取ると宣言する。

 それに難色を示すのはリズウィ。

 

「おい、リューダ。お前まで出て行かれると俺は困る。ジン王子との調整役はどうするんだ? 職務放棄か?」

「それは大丈夫です。王子陣営側のキーマンはラッセル・ランド筆頭執事。彼とは既に話をつけています。簡単な用事ならばラッセル筆頭執事に直接伝えればいいでしょう。難しい交渉が必要ならば、その時はシュナイダーに言ってください。私が赴きますから」


 リューダの中でシュナイダーはこの屋敷に置いていくようだ。

 まだ難色を示していたリズウィだが、押し問答の結果、これで最低限の仕事を進むとして決着がつく。

 リューダが押し切った形だ。

 リズウィの中でも初めからアーク達を排除する計画だったので、強く否定できなった。

 不服な顔は崩さず、渋々にリューダの案を認めるしかなかったようだ。

 

 こうして、勇者リズウィの屋敷からアーク達が去る事になり、リューダの屋敷へ居を移す事になった。

 

 


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