第七話 悪と屑の密談
数日後、勇者リズウィはジン王子と会談を行う事になる。
王都エイボルト郊外の辺鄙な土地に建てられたジン王子の宮殿に赴いたのはリズウィを初めとした勇者パーティ。
今回は訳ありフェミリーナも連れてきている。
逆にアークを初めとしたエクセリア国側の関係者は連れてきていない。
そこに攻め入ろうと言う話なので対象国から来た彼らをここに連れて来ないのは当たり前の話である。
ジン王子側はジン王子本人と筆頭執事のラッセルと言う老紳士。
老年の執事だが、この宮殿の運営を司る立役者であり、ジン王子お抱えの頭脳労働者であるとリズウィは理解した。
リューダを仲介者として会談はスムーズに進行し、結果的にジン王子側はリズウィの提案を受け入れる事になる。
「ムハハハ、勇者リズウィよ。其方の話は理解できたぞ。俺の近衛騎士団を動かして欲しいのだな」
「そのとおりです、ジン王子。加えて、部隊運営の資金もお願いしたい。ただし、現場の指揮はこちら側に任せて欲しい。俺がジン人王子を栄光の勝利へ導いて見せましょう。ボルトロールの栄光は西部戦線軍団でも北部戦線軍団でも東部戦線軍団でも南部戦線軍団でもない、勇者リズウィ率いるジン王子革命軍が掴み取れる『実績』です」
「なるほど、作戦が上手く行くならば、得難い実績が得られるであろう。このジン・カイン・ボルトロールが父の軍でも倒せなかったエクセリア国軍へ打撃と屈辱を与えるのか!」
「そればかりか、上手くいけばエクセリア国が手に入るかも知りません」
ジン王子は父が手を焼いていた隣国エクセリア国を占領した自分の姿を想像してみる。
難攻不落のラゼット砦を陥落させて、エクセリア国の国土を蹂躙する王子革命軍。
エクセリア国の富と領土を思うがまま独占して、その富はボルトロール王国の繁栄に使われる。
今まで低かった自国での自分の評価が絶対に見直されると確信できた。
これまで破談となった縁談の多くは自らの実績の低さ――少なくともジン王子自身は不当に低い評価をされていると思っている。
(今まで俺様を莫迦にしていた奴らを見返してやる!)
そんな自尊心と嵐がジン王子の心の中で吹き荒れている。
ジン王子は口角をニマっとさせた。
「うむ、確かにいい話だ。だが・・・その・・・軍事に携わる部分は本当に全て任せて良いのだな?」
「構わないです。戦闘に関わる仕事については準備も含めて全て俺達が請け負います。俺の目的は名声ではありません。エクセリア国に囚われた兵士の奪還と、暴れたいと思うこの衝動だけです」
「おお、まこと勇者に相応しい男。無欲な奴よ」
リズウィはジン王子に今回の作戦で得られる名声――つまり成果はすべて大将であるジン王子側に譲ると約束した。
破格の条件にジン王子は小躍りしたい気分だった。
ジン王子も自分の所有している軍団――近衛兵団の事はよく解っている。
高級な装備と一流の技量を訓練で叩きこまれた近衛兵団だが、それでも実戦経験は乏しい。
国内の警護には使えても、これが戦争となるとどれだけ役に立つか疑わしい。
凡庸なジン王子でもそれぐらいの事は解る。
彼自身も自分に武の才能がない事は解っている。
だから、そこまでリスクを犯して戦争をしてまで成果を得るなどの大胆な発想はなかった。
そこに現れたのが勇者リズウィである。
彼は無償で軍隊を指揮し、最新鋭の装備も手配すると言う――資金面で王子側の協力は要請されたが――彼の主目的は虜囚の奪還だけだと述べてきた。
これは破格の好条件だと考えるジン王子。
「よかろう。このジン王子、貴様の提案に乗ってやろう」
「ありがたき幸せ」
勇者リズウィは王子に礼を述べる。
そんな姿に違和感を覚えるアンナ。
今までのリズウィとは礼儀作法に疎い人物。
言うなれば、ワンパクな子供が大人になったような男だ。
そのリズウィがジン王子に対してそれなりに正しい礼儀作法で返している。
なんかおかしいなと思ってしまったものの、ここでそれ以上の何かが解る訳ではない。
しかし、リズウィはそんな違和感に関係なく、この会合の場に呼んでいたフェミリーナに話しかける。
「よし。これでジン王子様との約束は取り付けた。フェミリーナ、これでお前の姉を救いに行けるぞ」
「はい?」
当のフェミリーナはまだ何を問われたのか解らない反応。
「エクセリア国で捕虜になっているお前の姉カロリーナ・メイリールを救いに行くって言ってんだよ」
意味が通じなかったのかと、リズウィがもう一度整理して教える。
それでもフェミリーナはまだしっくりこない。
「それは嬉しいのですが、不肖の姉のためにそこまでして頂かなくても・・・」
「何を言っている。お前は姉を救うために国境の村まで行っていたんじゃないか」
リズウィはフェミリーナと出会った村のことを思い出してそう問い正す。
しかし、フェミリーナの方はそんな事など、もうどうでも良かった。
確かに、当初は姉が心配であったが、それでも戦争に負けて捕虜になると言う失敗を犯した姉だ。
個人の感情とは別にボルトロール国の軍人として恥晒しである事に間違いない。
それよりもフェミリーナが幸運だったのはその国境の村で勇者リズウィのパーティと出会った事である。
いろいろあって最後には勇者リズウィの配偶者になれるチャンスを得たのだから、国家の恥晒しの姉の事など、今となってはどうでも良かったりする。
「お前の家族は俺が救ってやる。だから婚姻の事は・・・」
「それはなりません」
フェミリーナはリズウィが言わんとする事を察し、拒絶の意向を示す。
「なりません。勇者様と婚姻を進める方が私にとって重要です。もし、姉の事を諦めろと言われるのであれば、私は婚姻を選択いたします」
「フェミリーナ、お前なぁ・・・」
リズウィは開いた口がふさがらなかった。
フェミリーナがここで通したのはリズウィに対する深い愛情・・・ではないようだ。
リズウィとの婚姻のチャンスを逃さないという欲の塊である。
(この女ぁ・・・うぜぇ)
リズウィは心の中で悪態をついたが、その罵声が顔の表面にまで出てくる事は無かった。
「解った。その話はもう無しだ。その代わり今回の遠征にはお前も同行せよ。姉を救出しに行ってやるのだ。感動の再会に本人同士がいないと格好がつかん」
「・・・ええ、解りました」
フェミリーナはあまり謝意を示さず、そこだけは納得した。
(この女・・・やっぱり好かん。戦場で殺すか・・・)
そんな黒い考えをするリズウィ。
いずれにしても現在リズウィの身体を乗っ取っているシャズナからしてもフェミリーナと結婚しても何らメリットはない。
彼がここで必要としていたのは多くの兵士と最新の武器、その獲得が目的であり、エクセリア国の攻略や捕虜の救出までを本気で考えている訳じゃない。
「ともかく、俺がいろいろとお膳立てしてやる。いいな」
「は・・・はい」
まだ完全に納得を示さないフェミリーナであったが、それでもこの話は彼女にとって悪い話ではない。
姉の帰還を全く望んでいない訳では無いからだ。
彼女の親からは姉の事はもう諦めろと言われた。
軍人として敵に戦争で負けて捕虜になるなど失敗の極み、国の恥、お家の恥、周囲に顔向けできないと言われた。
姉の存在を罵る両親だが、フェミリーナ自身はそこまで姉の事を悪く思っていない。
助けられるものなら助かって欲しい、いくらボルトロール育ちだからと言っても、人間の姉妹として最低限の情愛ぐらいはある。
ただ、今はその価値が勇者の結婚という天秤にかければ、霞んでしまうだけである。
そんなある意味ボルトロール人として利益を敏感に感じて行動する為人に辟易しながらもリズウィは勇者の従者達に合意を求める。
「という訳で、次の作戦はエクセリア国と戦争をやるぞ。いいな。アンナ、ガダル、シオン、パルミス」
「戦争か、思い切った事を考える奴だ」
パーティのサブリーダであるガダルは感心を示しながらも、反対はしなかった。
危険もあるが、ガダルもボルトロール人。
リスクよりもチャンスを取る性格だ。
そして、リズウィが先程ジン王子に対して説明した作戦内容は現実的だった。
犠牲は出るかもしれないが、それでも一定の成果は得られるだろうと評していた。
成果が出るならばボルトロール人としてそこにまい進する事は正しい行動理念。
ただし、ここでガダルが心配を示したのは不安要素の方だ。
「リズウィ、作戦はそれで進めるとして、アークさん達はどうする?」
「アーク達はエクセリア国から来た・・・元々、敵のようなものだ。折を見て俺たちのところから追い出す」
リズウィは簡単にそう決断し、彼らを排除すると言う。
意外にもこの決断に懸念を返すのはパルミスからである。
「アークさん達、追い出されてしまうのかぁ~」
「何だ? パルミス、お前、情が出たか? ボルトロールの利益を考えると彼らは敵だぞ!」
「しかし、アークさんは仕方ないとしても、ハルさんやシーラさん、ローラさんとも会えなくなるかと思うと・・・」
ハァーと残念な息を吐くパルミス。
彼の基準で見ても麗しい女性達。
一緒に居て心踊る人達であった。
「パルミスさん。アナタはボルトロール軍人として分別を持つ事も必要ですよ」
シオンからそんな冷静な指摘がなされてバツの悪いパルミス。
確かに軍人の倫理に当て嵌めるとパルミスの考えは甘い。
「チッ、解ったよ」
パルミスは積極的ではなかったが最終的にリズウィの方針に同意を示す。
そんな遠慮のない意見交換ができるのも当のアーク達がこの場に居ないからである。
今の彼らの会話がボルトロール人としての本当の気持ちであった。
そんなボルトロール人であるアンナからは最後の確認事項が伝えられる。
「リズウィ、本当にいいの? お姉さん達を追い出す事になるのよ」
アンナが唯一それを心配して再確認した。
「いいんだ。どうした? お前こそ、ハル姉ちゃんとアークさんは苦手だと言っていたんじゃないか?」
リズウィはきっぱりそう応じ、アンナに意向返しをする。
「ええ、苦手だわ。私はね・・・」
アンナは何かを思い、この場でこれ以上の言葉は続けなかった。
彼女が気にしていたのはあれほど姉への依存度が高かったリズウィの心情がどうしてこのように変化したのかである。
しかし、リズウィの意思は固い。
これ以上の反対意見を述べれば、勇者パーティの意思決定に不和を生む。
それにリズウィはこの作戦でフェミリーナからの婚姻を躱すと言ってくれていた。
お前だけを愛していると言われた。
それをアンナはそれを信じたかった。
だからアンナはここで口を噤む。
こうして勇者パーティとしてもリズウィの意思に合意が示される。
そうなるとボルトロール人として優秀な彼らの行動は早い。
「解ったわ。リズウィ。私は作戦に必要な魔術師の人員を軍に打診してくるわ。近衛騎士だけじゃあバランスが悪いでしょ」
「私も教会に神聖魔法使い派遣の斡旋をお願いに行ってきます。軍隊の編成となると、癒し手もそれなりに必要でしょうから」
「俺達は王城に赴いてセロ国王に報告するぞ。ジン王子が軍団の代表なので否定までされないだろうと思うが、やはり根回しは必要だ」
彼らは互いに指示されなくても自分達の仕事は解っていた。
それぞれが成すべき仕事を理解して、それを履行するため、この宮殿から足早に去って行く。
パーティメンバー各位の行動の速さに感心しながらも勇者リズウィは一旦屋敷に戻ることにした。
ジン王子との同盟が結ばれたのであれば、次に王子と会う時は準備が整った時だ。
こうしてリズウィもジン王子の宮殿を後にした。
帰路につく馬車の中で、今回の会談成功の立役者であるリューダとシュナイダーの事を褒めた。
「リューダ、シュナイダー。今回のお前達の働きは評価できる。これを機に勇者パーティへ入らないか?」
「勇者リズウィ様、それは誉あるお誘いです・・・謹んで受け・・・」
「待ちなさい、シュナイダー。勝手に決めては駄目」
先走って恭順を示そうとするシュナイダーをリューダは止める。
シュナイダーとリズウィはその行動に明らかに不服の色が顔に現れる。
しかし、リューダは臆さず正当にその理由を述べた。
「我らはセロ国王直属の剣です。行動はまずは国王の意向を酌むべき、自分で勝手に判断して所属先を変更してはいけません」
凛と佇むリューダの姿・・・そんな彼女にリズウィの心を支配するシャズナは改めて彼女の事が好きになった。
「ふふふ、リューダは頭が固い。しかし、まあいいだろう。この作戦は必ず上手く行く。それはこの魔剣を造ったこの王国最強の技術者集団から本気の武器供与が受けられるからだ」
リズウィは自信満々でそう呟き、愛剣『ベルヌーリⅡ』を掲げる。
この時の魔剣は鞘から抜かれてもいないのに怪しい輝きで応えるのであった・・・




