第五話 遠征計画
ここは勇者の館。
反乱組織の幹部シャズナを討伐してから二週間ほど経過したある日の昼下がり。
「うわぁ~、どうしましょう?」
焦った声で、現在抱えている問題を口にするリューダ。
その問題とは勇者リズウィから「折り入って相談があるからひとりで部屋に来て欲しい」と言われた件である。
あの反乱組織『名も無き英傑』を襲撃した後、勇者リズウィの様子はおかしかった。
原因不明の体調不調で数日間寝込んでいたが、おかしかったのは体調だけではない。
現在は全快しているものの、それ以降で彼の性格が微妙に変わってしまったようにリューダは感じていた。
活発だったリズウィは部屋の中で独り過ごす事が増え、アークと競うように行っていた修練はもうやっていない。
単純に陰気になっただけなのならば、別に構いもしないが、その彼の視線が気になるのだ。
時折、自分の胸とか腰や下腹部に厭らしい視線を感じる。
本日リズウィの部屋へひとりで訪れようものならば、絶対に手を出されると本能的に自らの貞操の危機を感じていた。
「リズウィさんは相当な女誑しですし・・・」
思わずそんな事実をリューダの口から零す。
それは勇者パーティと少し関わればすぐにでも解ってくる事実である。
普段の勇者リズウィは奥手っぽく女性の事なんて何も知らないように振る舞っている青年のように見えるが、夜になると彼は雄として豹変する。
女性の方から少し誘えば、すぐに乗ってくる男だとは過去にリズウィに接近した情報部の女性からの報告である。
彼女はリズウィの素性を調査するため、村娘に扮してリズウィに接近し、そして、一夜を共にした。
甘い誘いに何も警戒せず乗ってくるところはチョロイものだとはその女性からの評価であった。
しかし、その夜の性交渉において激しく突いて突いて突かれまくり、逆にリズウィの虜になってしまうという予想外の結果で終わっている。
その後も彼との激しい一夜の経験が忘れられず、命令抜きに今でもリズウィと肌を重ねる機会を狙っているとの噂だ。
そんな情報部に所属するプロの女性でも虜にしてしまうのが勇者リズウィ。
リューダはそんな男性とは全く関わりたくない。
現在のリズウィはその女好きの性格が祟り、フェミリーナ・メイリールという女性を孕ませ、それが複雑な問題に発展させていた。
リューダもリズウィから手を出されれば、そのややこしい問題に巻き込まれかねない。
「絶対に御免です」
リューダは嫌悪感から、その美しい眉を歪ませる。
ここでリューダは不意に屋敷で近々監視していたジルバとシーラの激しい情事を思い出してしまう。
「私もあんな風に攻められるのでしょうか? しかし、相手がアークさんならば・・・」
そんな譫言を口にしてみると身体か熱くなり・・・しばらくしてハッとなってしまう。
「あら、私ったら何を考えているの!」
想像力豊かな自分に呆れながらも、この先に予想される問題に対処をしなくてはならない。
彼女は防犯用の大きな音が出る魔道具をグッと握りしめ、勇者リズウィの部屋に続く扉をノックした。
部屋の中には、当然のように勇者リズウィが独りで居て、尊大な態度で椅子にふんぞり返って座っている。
彼の瞳は入ってきたリューダを射抜かんばかりである。
リューダの身体のいろいろのところに視線を這わせ、そして、右手に持つ防犯用の魔道具を見つけて視線はそこで止まる。
「ふん。リューダ、それはどういうつもりだ!」
「これは防犯の魔道具です。もしここでリズウィさんが私に不埒を働けば、これを遠慮なく鳴らせて貰います」
「リューダ、お前なぁ~。俺を何だと思っている」
「リズウィさんには悪い実績があります。私はアナタの子を孕みたくはありませんので」
「リューダ、お前・・・それはフェミリーナのことを言っているな。俺は女を見れば見境なしに襲う暴漢じゃないぞ!」
リューダは疑わしい眼差しをリズウィに返す。
それにリズウィは諸手を挙げるだけだ。
ある角度で見ればリューダとリズウィは砕けた会話をするような関係にも見えるが、元からそんな間柄だった訳ではない。
彼がリューダに対してこのような口調になったのは数日前からである。
風邪で寝込み、それが回復した日からこんな口調が続いていた。
それまではリューダが年上であり、彼女の紹介によって国王から勇者という称号を得られた経緯があるため、これまでのリズウィはリューダに対して一定の敬意を払っていた。
しかし、それもここ数日ですっかりと変わってしまったようだ。
彼の態度が悪くなったのはリューダに対してだけではなく、自分の母に対しても反抗的な態度を取るようになった。
違和感を覚えるリューダだが、この時のリューダはリズウィの心がシャズナに乗っ取られているなど解らない。
「ともかく、私はフェミリーナ・メイリールのように簡単にアナタに身体を許す訳はないのです」
「解った、解った。でも、俺はフェミリーナ・メイリールをそれほど好きな訳じゃないぞ」
「そんな事を言っては駄目ですよ。午前中も彼女とそのご両親を含めて結婚式の打合せをしていたじゃありませんか? 今、ここでそんな事を言ってしまうのは不義理に値しますよ」
リューダは本当に呆れてリズウィをそう諭す。
「俺はフェミリーナを好かん。あの女、いや、メイリール家の目的は俺の『勇者』としての称号と特等臣民の権利だけだ」
「・・・」
「そう睨むな。確かに一夜の関係とは言え、子供を身籠ったのだ。その程度に彼女には報いてやるさ」
「アナタは本当に薄情な男ですね」
「薄情か・・・そうかも知らん。しかし、向こうは俺の『特等臣民』という称号が欲しいだけだ。何かと強引に婚姻を急ぐのもそれが目的と考えれば合致が行く。だから俺は彼女にそれに見合う褒賞を与えてやればいいんだ」
「褒賞?」
ここでリズウィがあえて婚姻と言わなかったことに何かあると思うリューダ。
そして、不敵に笑うリズウィはリューダをここに呼んだ本当の目的を述べた。
「リューダよ。ジン王子に取り次いで貰おう」
「ジン王子?」
リズウィから突然この国の王子の名前が出たことに理解が追い付かないリューダ。
リューダは勿論その王子の名前と顔は知っているが、リューダはあまり王子と接点がなかった。
そして、件の王子は為人としてはあまり良い噂は聞かれず、社交的でもなかった。
あまり政治の表舞台に出てこない人物でもある。
しかし、彼女は元ゼルファ国の王女。
ジン王子と面会を求めれば認められる可能性も高い。
「そうだ。実績が少なく評価の低い屑王子に恩を売ってやろうじゃないか」
「恩を売る?」
まだリズウィの言っている意味が解らない。
「ああ。近々、俺は遠征を提案するつもりだ。エクセリア国に進軍し、虜囚になっているメイリール家の姉を救出してやろうと考えている。それで婚姻の話は手打ちだ。俺はあの娘と結婚する気にはなれん。行動の自由が制限されるだけだ」
リズウィはメイリール家との婚姻を回避するため、それに値する対価を用意してやるつもりのようだ。
しかし、それにしても大掛かり過ぎる。
大軍を指揮して、その大将としてジン王子を担ぎ出そうとしているらしい。
「リズウィさん、それは無謀です。ジン王子は噂によれば・・・」
「煩い。リューダは黙って俺の言う事を聞けっ!!!」
リズウィは怒鳴り返した。
その姿は迫力が籠っており、逆らえば何をするか解らない意志の強さと怖さが見られる。
「・・・わ、解りました」
その迫力に押されて、リューダは承服してしまった。
そして、彼女は勇者リズウィの提案を早々に遂行するため、この部屋から去る。
その後ろ姿を黙って見送るリズウィ。
細いながらも均整の取れた彼女の後姿に欲望が刺激される。
扉が閉まって彼女が退室すると、部屋に残されたリズウィの顔が厭らしく歪んだ。
「フフフ、遠征でジン王子には恩を売ってやろうじゃないか。虜囚となっている姉の奪還でメイリール家にも義理が立つ。そして、遠征軍となれば大量の武器も必要だ。そこには研究所の人間を精一杯働かせてやろう」
リズウィは今後の展望を巡らせる。
「そして、すべての準備が整ったとき。リューダよ、お前は望んで俺に股を開くだろう。ムハハハハーッ!」
リズウィのいや、彼を乗っ取ったシャムザの下品な笑い声だけがこの部屋に響くのであった・・・




