第二話 魔女から与えられた魔道具
アケミとヨシコは研究所の社会維持部の清掃課に所属していた。
この研究所で成人男女は何らかの仕事に就く、そう決められている。
所謂、社会維持部の清掃課とは雑務だが、能力の低い彼女達でもそれぐらいの仕事はできるだろうとは研究所上層部の判断である。
体力を使う実作業は現地人に任されるが、それでも女性ものの下着などの繊細な作業を必要とする洗濯は彼女達自身達でやるようにしている。
この研究所で生活しているサガミノクニ人は百名ほどである。
その約半数が女性としてもこれを毎日洗うとなれば結構な労働だ。
いつも朝から晩まで結構な時間を衣類の洗濯に費やしている彼女達だが、現在の彼女達は大いなる援軍を得ていた。
「アケミ、そっちはどう? 洗濯機の調子は?」
「うん。具合いいわ。あとはこれで衣類が自動で畳めるようになれば完璧ね」
「さすがにそこまで要求すれば、ハルから怒られるわよ」
「そうね。全自動で洗濯できて、電力も使わず、洗剤投入もいらない、給水も排水もなしなんて、既に元の世界の洗濯機を超えているわよね・・・」
感心よりも呆れの方が多い感想を述べるアケミ。
それもその筈、現在彼女達が洗濯に使用しているのはハルより提供を受けた『衣類洗濯専用魔法機械式魔道具』、略して『洗濯機』である。
衣類洗濯の現場を視察した白魔女ハルがアケミとヨシコの労働環境を見かねて提供した魔道具である。
動力の他に洗剤、水、すべての資源を魔法で完結させている優れモノであり、これはハルとアクトがアストロ魔法女学院に在籍している時に卒業研究で開発したものである。
魔力抵抗体質者でも使用できるように設計されており、ハルが予め充填した魔力バッテリをエネルギー源としている。
そのため、魔法の使えないアケミ、ヨシコでもボタン操作だけで簡単に扱う事ができた。
元はサガミノクニで普及していたドラム式洗濯機に似せたデザインなので、アケミとヨシコも戸惑うことなく扱う事ができている。
困るのはこの魔道具が珍しいのか、見学者が絶えないことだ。
汚れた衣類を投入するだけで、しばらく待てば洗濯・乾燥まで行ってくれるこの便利な洗濯器具ではあるが、その工程は複雑であり、魔法が普及しているボルトロール人から見ても常識を覆すような魔道具である。
こんなモノ見た事がないとか、魔法をどうやって起動しているのだとか、これを譲って貰えないかとか・・・問い合わせが殺到しており、社会維持部清掃課洗濯係の中でも話題になっている。
人だかりができている中心で、黙々と洗濯を続けるアケミとヨシコ。
既に自分達のできる説明は尽きている状態なのだが、彼女達の洗濯の様子――と言うよりも洗濯機を扱う様子――を興味深そうに見続ける現地人が後を絶たないのである。
便利な魔道具により作業自体は非常に捗っているのだが、居心地は悪い。
そして、新たな見学者がやって来た。
「アケミ、ヨシコ! 魔女の持ってきた洗濯機って、それかしら?」
「げっ、エリ夫人!」
第一研究室に所属する女性の登場により、アケミはあからさまに嫌な顔に変わる。
この女性――エリはいつも高飛車な態度で、その舎弟であるレイカとカオリを含めてアケミの嫌いな女性トップスリーである。
アケミの抱く悪意は間違なくエリにも伝わる。
「生意気な小娘ね。あからさまに嫌な顔に変わらないで頂戴。今日は別にアナタ達を虐めに来た訳じゃないわ」
そんなエリの視線は洗濯機に釘付けだ。
今回の彼女の得物はそれである。
「それが魔女の作った洗濯機ね・・・なかなか、元の世界のものを上手く模倣しているじゃない。洗濯の仕上がりはどうかしら?」
アケミはここで負けじとハルの作った洗濯機の正しい評価を伝えた。
「めちゃくちゃ便利です。綺麗に洗えて、繊維の解れも起きない、完璧ですよ!」
エリがここで清掃課の管理を任せている現地人管理者に視線を移す。
彼女は何を問われているか無言でも解ったようで、首を縦に振った。
現在、アケミが報告した事に嘘偽りがないかという確認の意味である。
結果は肯定、嘘はないらしい。
エリは舌なめずりをして、しばらく考えて、決断を下す。
「そう・・・ならば、これは没収ね」
「どうしてよっ!」
アケミは反発する。
「どうしてって、明らかにオーバースペックな道具だからよ。こんなものが普通に使われたら、この研究所組織の作業環境が滅茶苦茶になっちゃうじゃない。洗濯に掛ける労力が少なくなったら暇になる現地人で溢れるわ。実績評価の処理も面倒になるし!」
エリがここで指摘しているのはこの研究所を運営する経営的な観点による事情だ。
ボルトロール王国では実績主義がまかり通っている。
実力主義ではなく実績主義・・・それは何を示しているかと言うと『成果』が重視されて労働の対価が評価されるのだ。
エリはこの奇想天外な魔道具の登場で、今まで洗濯を担っていた作業人数が急減してしまうのを危惧していた。
「何を言っているか解らない。みんなが便利になるならば、それでいいじゃない」
アケミは納得できずに反論する。
その反発に対し、元テレビ局でディレクターを務めていたエリはアケミ達が社会の仕組みを解っていないと返した。
「アナタは社会経験が少ないから理解できないかも知れないけど、集団組織を維持するのには急激な変化は不要なの。ともかく秩序を乱す可能性のあるその魔道具は没収ね」
エリの指示により、ガタイの良い男達が現れて、件の洗濯機を持ち去ろうとする。
この男達はボルトロール側より派遣された警備課の職員だ。
研究所内の治安維持を担う実力派揃いであり、エリを初めとした上層部直属の手下のようなもの。
彼らが出てくれば、抵抗なんてできない。
少なくとも力の弱いアケミ達にどうする事もできない。
アケミはハルが折角用意してくれた魔道具を、みすみすエリ達に奪われるのも納得ならなかった。
悔しさでやるせない気持ちになるが、ここでアケミを味方する人物が現れる。
「待て、待てーーい!」
大きな男の声で魔道具を持ち去ろうとする男達の動きが止まった。
彼らがその声の先を見てみると、腕組みをした熊男が仁王立ちしていた。
アケミのその人物の名前を呼ぶ。
「クマさん!」
登場した人物とは山岡・熊五郎博士。
第二研究室の室長だ。
クマゴロウ博士はトシオ博士と仲がいい。
その関係からアケミもトシオを介してこの人物の為人を良く知っている人物でもある。
警備担当の男達にも負けない筋肉質の体躯を持つクマゴロウ博士が口を開いた。
「ハルさんがアケミさん達の苦労を思って提供した魔道具を一方的な理由で没収するのは、あまりに褒められた行為ではない」
クマゴロウ博士のそんな言葉により没収作業を進めていた男達の行動が止まる。
一応、職位的にはクマゴロウ博士の方がエリよりも上である。
組織の上下関係に厳しい彼らはクマゴロウ博士の方が命令の優先順位は高いと認識していた。
そんな様子にエリは苛立ちを顔に浮かべる。
「まったく、面倒くさい筋肉達磨が現れたわね。アナタなんて養老博士のところで一生入院してればいいのに」
失礼な物言いだが、このクマゴロウ博士は普段から上層部に対して態度も悪く、エリやその夫であるカザミヤ所長と意見のぶつかりが多い人物でもある。
仲が悪いのはいつもの事であった。
「その洗濯機は労働者の省力化にとても貢献する魔道具だ。画期的じゃないか。それを使わせないというのは意地悪をしているようにしか見えない」
クマゴロウ博士の指摘に激しく同意するアケミとヨシコ。
しかし、結果的にエリの不機嫌が増した。
「だから駄目だっていってんだよ。この阿呆男! こんな楽できるものを突然与えられれば、労働者達が遊んじゃうじゃない。勝手な事を始められるとこっちが困るのよ。労働の評価シートを毎月作っている私達の事も考えなさい。成果ひとつ管理するもの大変なのだから!」
「それは改革行為に対する否定でもあるよ、エリ君。事務方の評価書類作成作業が増えないように調整する事もできるだろう?」
「そんなこと一度認めてしまえば、労働者は次から次へと彼らが自分達の都合良いように評価内容を変えてしまうわ。不当に高く評価されてしまう可能性もあるわ」
公正に評価できないと否定するエリだが、現状も管理部門の独断による判断基準で評価しているので、元々が正当に評価されていなかったりする。
「頭の固い女め!」
「失礼ね。キーーーッ!」
ヒステリを起こすエリだが、クマゴロウ博士がそう言ってくれたお陰で、周囲の雰囲気は撤去反対へ傾きつつあった。
「ともかく、しばらく様子を見てくれ、もし何かあれば、所長には俺がそう言ったと言えばいい」
「それも成り立たないわ。アキヒロはアナタをもう評価していない。この前の戦争で研究所が大金かけて開発した列車砲が破壊されて、その戦争もエクセリア国に負けた。成果としてはマイナスのマイナスよ!」
「おお、それは上等だ。マイナスにマイナスを掛ければプラスになる。ついでに二乗すればスカラー量がもっと上がるぞ」
「訳の解らない技術用語を述べて誤魔化そうとしても駄目よ!」
「いずれにしても、この洗濯機は優れた発明品である。しばらくその耐久性と性能を技術者としても経過観察したい。だからこのまま設置継続だ。いいな」
「ぐ・・・覚えてらっしゃい。アナタを絶対にクビにしてやるんだからっ!」
クマゴロウ博士に撤去反対を押し切られて、エリは悔しい捨て台詞を吐いて退散していった。
周囲の洗濯作業に従事する労働者からの反発の視線の圧力も増したからだ。
「へん。一昨日来やがれ。金魚の糞め!」
クマゴロウ博士はそんなお決まりの勝ち台詞を吐き、性悪女を退散させた。
それにホッとしているのはアケミとヨシコである。
「クマさん・・・ありがとうございました」
アケミとヨシコはお礼を述べる。
クマゴロウ博士はたいした事は無いと返す。
「これぐらいは全然気にしなくて良い。それにしてもこの発明品は凄い」
「ええ、ハルったら天才だわ!」
アケミとヨシコは素直に喜ぶ。
洗濯機を褒められた事は、ハルが認められたような気がしたからだ。
友人の活躍を素直に嬉しいと思う彼女達。
しかし、クマゴロウ博士はもう少し技術的な側面に関心があった。
「本当に彼女は天才だ。これは我々の元の世界の洗濯機と同じかそれ以上。聞けば、洗剤や電気もいらないなんて、どうやって回っているんだ?」
洗濯機に触れていろいろの調べようとするクマゴロウ博士。
「あ、駄目ですよ。クマさん。あまり触って壊れでもしたら・・・」
「心配するな。そんな雑に扱わんよ。これでも俺は技術者だ。機械の扱いには慣れている・・・うん? これはモータか? だけど魔法陣が刻印されているだけだ・・・やっぱり魔法とは謎だな」
少し調べて自分では手に負えないと判断したクマゴロウ博士はそれ以上調べるのを諦めた。
「ともかく、こういう発明は好きだ。我々の技術は戦争の道具になってはならない。こうした一般人の生活向上のための便利製品・・・・家電・・・じゃなく、家魔具と呼べばいいのだろうか?」
適当に新たなジャンル名称を付けるクマゴロウ博士。
この時は適当に付けたネーミングだが数年後にはそれが既成事実化したりする。
「ふむ。俺達もこんなものを作っていた方が良さそうだ。それが人のため、世のため」
ともかく、ここでクマゴロウ博士は自分の技術の使い道について兵器開発以外の可能性を見出せた瞬間であったりもした。




