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第十話 捕虜達の顛末1/スケイヤ村の開発

 場面は変わり、ここはエクセリア国の南のスケイヤ村。

 現在、この村は思わぬ好景気に沸いていた。

 それはこのスケイヤ村が辺境の民との交易窓口の経済特区として指定されたからだ。

 本格的な交易はこれからとなるが、辺境の民とはエルフを初めとした亜人達である。

 人間と千年近く交流を断っていた亜人の珍しさから、人類の亜人に対する興味は尽きる事は無い。

 これからはこのスケイヤ村がエクセリア国の、いや、全ゴルト大陸人類と亜人との架け橋となるため、宿泊施設を初めとした何もかもが足りないのである。

 そんな事から、現在、このスケイヤ村は宿泊施設や市場の建設などちょっとした公共工事ブームであった。

 その工事に駆り出されているのは・・・

 

「・・・ふぅ、面白くないわね」


 宿の建設のため、土木工事に駆り出されているのは美人女性、とても力仕事の似合ない華奢な体躯。

 そんな彼女が不満を漏らす。

 彼女の名前はカロリーナ・メイリール。

 元ボルトロール王国西部戦線軍団で総司令の補佐役として重要なポストを務めていた美人秘書女性である。

 ここには彼女を初めとして戦争に負けて捕虜となってしまったボルトロール軍の兵士は多い。

 

「まったく・・・人道的措置とかで酷い扱いを受けないのはいいけど、エクセリア国の発展のためにこき使われるのは面白くないわ」


 カロリーナがそう言うように敗戦後エクセリア国より捕虜として課せられた処遇は悪いものではなかった。

 この時代でありがちな拷問や性奴隷などの過酷な扱いは受けていないが、それが逆に気持ち悪い。

 精々課せられるのは労働奉仕ぐらいだ。

 それも捕虜解放後に労働に見合った給金が支払われるという(ぬる)いもの。

 

「あの魔女の方針らしいけど・・・」


 カロリーナがここで思い出すのは白仮面を被った妬ましいぐらい美人の魔術師だ。

 エクセリア国の味方らしいが、その素性は一切秘密。

 尋問の際にエクセリア国王、王妃と親しげに会話していたので、それなりのポストにいる魔女だと思うが、それでも公式にエクセリア王国に所属している訳でないらしい。

 そんな魔女によって戦局がひっくり返された。

 正確に言うとその魔女の連れてきた銀龍スターシュートにより戦線が崩壊したのだが、やはり勝敗の真の要因はこの白仮面の魔女の存在だとカロリーナは考えている。

 カロリーナの明晰な頭脳がそんな正解を導き出していた。

 そして、その明晰な頭脳は現在の勤労は無駄であると彼女の心に訴えていた。

 

「どうして私が・・・敵国の発展のために使われないといけないのかしら?」


 カロリーナは無駄な事をやるのが嫌いだ。

 彼女の努力とは自らの人生を豊かにする成果に対してのみ働く行為である。

 そのためには彼女の最大の武器である女という武器も巧みに利用してきた。

 彼女の初体験はボルトロール王国の士官学校の頃だったが、十六歳の若き時に純潔を守る意味を失う。

 純潔を守るよりも、恵まれた美貌を有効活用して、自らの人生を有利に進める事の方が重要だと気付いたからだ。

 その甲斐もあり、彼女は若くして西部戦線軍団総司令の秘書という座を得て、一等臣民というボルトロール王国の中では得難い地位も若くして与えられている。

 順風万端に見えた彼女の人生であったが、ここで戦いに負けて敵の捕虜となってしまう大失敗をしてしまった。

 しかも、今回の負けはとても大きなものである。

 全軍壊滅の大被害。

 同じ規模の西部戦線軍団の再編までを考えると十年単位の大損失だ。

 そんな負けは母国でも最悪として評価されているに違いない。

 ボルトロール王国の敗者に対する仕打ちは厳しい。

 彼らは失敗者として見なされ、余程の事が無い限り身代金まで払って捕虜奪還を国がしてくれるとは思えなかった。

 実力主義がまかり通るボルトロール王国の社会では実力を示せなかった失敗者に対する扱いなどそんなものである。

 だから、自分達が母国に帰れる事など絶望的である。

 今までカロリーナが築き上げてきた労力はこうして水の泡になり瓦解した。

 しかし、そんな苛つくカロリーナの気持ちなど全く察しないように、若い青年の呑気な声が届いてくる。

 

「カロリーナさん、対応ありがとうございます。土属性の扱える魔術師が僕らには少なくて、助かっています。次はアチラをお願いします」


 彼女の気持ちなど全く関知せず、図面を見ながらカロリーナに次の仕事の指示を出す若い青年。

 彼はボルトロール王国軍の東部戦線に所属していた青年将校のひとりで、同じく捕虜の身であるが、現在進めている村の開発工事では現場監督的な立場を得ている。

 戦争ではいまいち役に立てなかった男だが、土木工事には興味と才能があるのか、捕虜になってからの奉仕労働を率先して請け負っている。

 それがまたカロリーナには腹立しい。

 

「どうして、私がアナタに使われなきゃならないのかしら・・・」


 苛立ちの溜まるカロリーナはそんな文句を青年に向かって言う。

 

「カロリーナさん。意地悪を言わないでください。確かに軍ではカロリーナさんの方が階級は上でしたが、現在、我らは捕虜の身分ですし、本日中にここの工事が終わってしまえば全体の工期の遅れを取り戻せます。そうすれば我らの評価は上がるでしょう。それは捕虜達全体の価値の底上げにつながります。それにこの工事は人間とエルフの交流を始めるための施設です。これは絶対歴史に残る仕事だと思います!」


 青年は興奮気味にそう述べてカロリーナに協力を促す。

 カロリーナはこの青年がそんな高尚な使命感だけで与えられた仕事を率先してやっているのではないと見抜いているが、ここでそれを指摘しても疲れるだけだ。

 

「解ったわよ・・・次はあっちをやればいいのね」


 彼女は半ば諦めて、次に指示された場所へ土魔法を放つ。

 カロリーナも士官学校で英才教育を受けてきた身。

 魔法という特殊技能をそれなりに使い熟している優等生でもあった。

 

「――大地の営みよ。我が望みに呼応して、その形を変化させ給え――」


 カロリーナは手順どおりの呪文を詠唱して、期待どおりの効果を発現させる。

 

モゾ、モゾ、モゾ


 大地が土魔法でゆっくりと裂け、窪みができた。

 それを人力で整地すれば立派な水路となる。

 別の男達がノソノソと現れて、スコップや土木工事の道具を片手にカロリーナの裂いた大地を整地にかかる。

 

「カロリーナさん、ありがとうございます。ここの地盤は固いんですよ。カロリーナさんのお陰で工事が簡単に進みます」


 青年はカロリーナの魔法の腕を絶賛するが、対するカロリーナの方はそれほど嬉しくなかった。

 

「別にこれぐらい。前線で陣地を整地する事に比べれば、何てことないわ」


 カロリーナがこの魔法を覚えたのは戦争のためである。

 戦地で自分の存在価値を高めるために身に着けた魔法のひとつだ。

 このように平時の工事で利用されるのはあまり面白い話ではない。

 そうこうしていると、この青年が本当に頑張っている理由がここにやってきた。

 

「シャルガルタさん、工事は順調に進んでいるようですね」

「はいっ! レヴィッタさんっ!」


 青年は自分の名前が呼ばれた直後、雷の魔法にでも撃たれたように姿勢をピシッと伸ばし、軍隊式の敬礼で呼応する。

 ここで青年が最大級の敬礼をした相手とは美人の女性魔術師。

 彼女の名前はレヴィッタ・ブレッタ。

 ここスケイヤ開発事業の責任者のひとりだ。

 今の彼女の周囲には今後ここを拠点にする予定のエルフ使節団の男女が取り囲んでいる。

 美形揃いと噂のエルフ達だが、その噂が真実である事がよく解る構図だ。

 煌びやかと表現するに正しい彼らではあるが、その美に負けていないのがレヴィッタ女史である。

 人間である彼女も煌びやかで派手な美を振りまく女性である。

 そんな姿にデレっとするシャルガルタ青年。

 青年男性として正して反応である。

 そんな鼻の下を伸ばしたシャルガルタの反応が面白くないのはカロリーナ。

 彼女も人並外れた美貌を持つが、現在のカロリーナは敗戦の兵として溌剌(ハツラツ)としたオーラは失われたままだった。

 それが負の雰囲気となり、レヴィッタには負けていた。

 そして、そんな彼女達は救国の英雄でありレヴィッタの夫でもあるウィル・ブレッタの一団が守っている。

 いきなりの首脳陣の登場ではあるが、このエクセリア国はそもそも人的資源が慢性的に不足している状況でもあり、責任者トップが現場に現れる事は珍しくない。

 

「レヴィッタさん。ここに共同宿舎を建設してくれるのですか?」

「ええその予定です。特使殿」

「ならば、少し厚かましいお願いがあります。今回は辺境より先遣隊として来訪したのは我々エルフ種族だけですが、辺境には全部で七種族の亜人が暮らしています。すべての種族が交易に応じるかは解りませんが、今後の事も考えて、環境だけは準備していただきたいと思っています」

「と言いますと? もし要求があるならば遠慮なく、そして、明確に申してください」


 回りくどく言うエルフの特使にハッキリと要求内容を言って欲しいと述べるレヴィッタ。

 これは人間側の交渉役として頼もしい姿であるとシャルガルタ青年の目に映ったようだ。

 そんな青年の反応を後ろから見ていたカロリーナは呆れて溜息を漏らす。

 

「これはレヴィッタさんに曖昧な要求をしてしまいました。我々からはとても言い難い事なのですが、簡単に言いましょう。この宿舎を計画の敷地面積よりも七倍にして欲しいです」


 そんな要求にカロリーナはギョッとする。

 それは自分の仕事――土木基礎工事の規模が七倍に増えるからだ。

 

「・・・解りました。対応しましょう」


 要求される側の人間の代表であるレヴィッタは少し迷ったが、それでもそれに要した時間は少しだけであった。

 工事の進む現状で、そんな要求をするのは申し訳ないとエルフ側も重々に承知しているようであり、それが解ったレヴィッタは「問題ありません」と優しく答えた。

 

「これも未来に対する投資です。早めに言って頂いて助かります。工事を進めている皆様には申し訳ないのですけれども、工事変更内容の対応をしてくれますよね? シャルガルタさん、カロリーナさん」

「・・・え・・・あ、はい」


 シャルガルタ青年はここで自分の名前が呼ばれるとは思わなかったようで、半分は呆けて、半分は反射的に肯定の生返事をする。

 カロリーナは(ぬる)い返事を返すシャルガルタ青年の代わりに、レヴィッタの要求に対して半ば自棄になりと強い受け応えを返す。

 

「解ったわよ! やればいいのね。どうせ私達は敗軍の捕虜よ。命令されたとおりに従う以外にないのだから・・・」


 カロリーナはそんな事を述べた。

 ここでカロリーナが協力を述べてきたのは、率先してその仕事を請け負う意味だけでなかったりする。

 彼女の中ではレヴィッタに熱を上げているこの青年の行動が鬱陶しく思った。

 敵国の美女相手に鼻の下を伸ばしているこの青年がだらしない男だと評した。

 カロリーナも自分の美貌には自信がある。

 そんな自分に見向きもしないこのシャルガルタ青年が何故か腹立たく思えた。

 そんな対抗心から、自分の方が役に立つ女性なのだと暗に示すカロリーナ。

 そんな心情のカロリーナに、レヴィッタは少々補足をする。

 

「そんなことはありませんよ、カロリーナさん。我々は国王様より捕虜を丁重に扱うよう言われています。当初予定以外に発生した労働に対しては追加の対価を支払います」

「それならば、食後にワインを追加して頂戴。南国ドロント産の酒精度数の強いのが私の好みよ」


 ここでカロリーナは遠慮なくそんな要求をしてみるが、視察団に同行しているウィル・ブレッタの目が少々険しくなるのを感じ取った。

 

「・・・冗談よ。冗談。解ったわ。言われたとおりやるわよ」


 カロリーナは諸手を挙げてそう応える。

 冗談の通じない敵国の英雄ウィルは苦手だ。

 

「カロリーナさん・・・ありがとうございます。アナタと私は戦争時と立場が変わってしまいましたが・・・その・・・しっかりと対価が払われるように手配はしますから。ワイン・・・ワインと・・・」


 レヴィッタはきまり悪そうにそう口にすると、カロリーナの要求した銘柄のワインをメモ帳に記入する。

 こうして、使節団は次の視察箇所へ向かうため、この場から去っていった。

 去り行くレヴィッタの後ろ姿をまだ呆けた顔で見送るシャルガルタ青年。

 カロリーナはそんな青年の頭を小突く。

 

「しっかりしなさい。アナタがここの現場監督でしょ? それに彼女(レヴィッタ)は敵国の役人よ」


 デレデレとしているシャルガルタ青年にボルトロール軍人として厳しい注意をするカロリーナ。

 

「あ・・・でもレヴィッタさんは美人ですし、良い匂いがするんですよ」


 顔を赤くして興奮気味にそんな所感をカロリーナに漏らすシャルガルタ青年。

 この青年は西部戦線軍団の将校の中でも若手の青年だった。

 先の戦争ではいまいち目立つ存在でもなく、最後まで総司令グラハイル・ヒルト氏からは名前を憶えて貰えなかった青二才である。

 

「何が良い匂いですか、この変態っ!」

「ヒイイ」


 ここで軍隊の上官の目線で厳しくシャルガルタ青年を戒めるカロリーナ。

 それは元々の軍隊階級でもカロリーナが上官に位置しており、身に沁みついた序列意識でシャルガルタは一気に怯んでしまう。

 

「まったく、アナタにはボルトロール王国の女性がどれほど優れているか教育(・・)をしてあげる必要がありそうです」


 カロリーナそう述べて手元の鞭を探る仕草をする。

 しかし、現在は捕虜であるため、彼女愛用の武器は没収されていた。

 今までシャルガルタはカロリーナから直接教育(・・)的指導を受けた事はなかったが、それでも過去に軍情報部の女性にちょっかいを出して手痛い教育・・的指導(お仕置き)を喰らった事がある。

 それを思い出し、怯えてしまうシャルガルタだが、今は鞭もなく、理不尽な折檻もなかった。

 しかし、カロリーナの攻撃手段は鞭だけではない。

 

「よろしい。シャルガルタさん、レヴィッタ女史のどこが良いのかを聞いてやりましょう。それを全て論破します!」


 今回は論理的な彼女の口撃が始まった。

 シャルガルタは真面目にこの戦いを受けてしまう。

 

「彼女の良いところ・・・それは美しいところです」

「女性としての美貌は私も負けていないですよ。ハイ、論破! 次」

「彼女が喋るときに時折出てしまう方言が何ともチャーミングであり・・・」

「何を言っているんですか! 所詮はユレイニ出身の田舎者娘でしょ。そんな言葉に騙されているからアナタには彼女ができないのです。ハイ、論破! 次」

「彼女の良いところは・・・」


 シャルガルタはレヴィッタの良いと思うところを次々と言わされるが、それを(ことごと)くカロリーナによって否定された。

 このときのカロリーナの行動はレヴィッタへの対応心から来るものであった。

 しかし、これが切掛けとなり、後々にカロリーナとシャルガルタ青年が付き合う事になるのだから人生とは解らないものである。

 そして、このカロリーナには才能があった。

 妹のフェミリーナ・メイリールと同じように男性の価値を見出す能力に秀でていたのだ。

 カロリーナは無意識のうちにシャルガルタの才能を見抜いていた。

 まだこのときは原石であったシャルガルタは後々に大成する。

 シャルガルタには人を束ねる能力があり、その能力によりメキメキと良い仲間を集めて、価値ある土木事業を熟していく事になる。

 捕虜解放後にその能力を買われたシャルガルタとカロリーナ、そして、彼らの仲間達はエクセリア国に残った。

 そして、良好な交友関係を持つエルフ達の推薦もあり、晩年にこのシャルガルタはこのスケイア村を統括する村長として就任するのだが、それまだまだ少し先の未来の話であったりする・・・


エクセリア国は平和ですね(笑)こんなのほほんとしたエピソードは書いていてほっこりとします。そして、これにて第六章は終わりです。登場人物は既に更新しました。


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