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第六話 ウリカンブル修道院襲撃前

 ウリカンブル修道院。

 それはエイボルト郊外にある規模の小さな宗教組織の修道院のひとつだ。

 ここが反乱組織『名もなき英傑』の秘密アジトである事を突き止めたボルロール軍。

 早朝の今は軍の精鋭がウリカンブル修道院の周囲を取り囲むように配置している。

 周囲は寂れた街並みであり、襲撃部隊の隠れるところはいくらでもある。

 その建物のひとつに身を隠したアーク達は襲撃部隊の協力者としてボルトロール軍の精鋭部隊に混ざっていた。

 アクトが周囲を見渡してみると、ヤル気を漲らせている勇者リズウィ。

 昨日までの彼は自分の子供の認知騒ぎで落ち込んでいたが、今は違うようだ。

 ここで暴れて鬱憤を晴らす事が魂胆なのだとアークは感じていたが、実にそのとおりである。

 勇者リズウィは自分の愛剣である魔剣『ベルリーヌⅡ』を取り出して入念にチェックしていた。

 その魔剣が珍しいのか周囲の精鋭兵士がリズウィに注目を注いでいるのが解る。

 その精鋭兵士集団の隅にいる女性魔術師のひとりがアークと不意に視線が合った。

 彼女の方はしばらくアークを凝視していたが、やがて何かを納得したのか、視線を外して隣の男性と小声で何かの会話をする。

 

(何だろう。まるで僕の事を知り合いでも見るかのような視線だ。僕は少なくとも・・・知らない顔だ・・・たぶん)


 アークが「たぶん」と思うのは訳があった。

 それはその女性が覆面を被っていたからである。

 その覆面はハルのように秀麗な白仮面の姿ではなく、顔の全面を覆うような黒い革製の覆面であり、見た目もあまり良くない。

 アークが怪しんでいると、その女性の相方らしい男性が近付いてきた。

 

「申し訳ない、(すけ)()の方。彼女がアナタの事を自分の知人に良く似ていると思ってしまったようです・・・」


 そんな言い訳をしてくる。

 

「いいえ。僕も視線が少し気になっただけで、特に思うところはありません」


 アークは問題ないと言い返す。

 自分に何らかの興味の類を感じた視線だった事は確かであるが、それは気にする程の大きな意味はない。

 

「それにしても、彼女は随分と特別(・・)な格好をしていらっしゃるのですね」


 アークは聞くかどうか迷ったが、それでも異質な覆面姿は疑問に出す方が正解だろうと思う。


「ああ、あれね。彼女は過去の戦闘で酷い火傷を負ってしまってね・・・」

「それは・・・失礼な事を聞きました」

「いいや、気にしなくていいよ。彼女の魅力は顔じゃない。どんな最悪な状況でも意地汚く生き抜くところ、そこが魔物にも負けない魅力だね」


 男のそんな講釈が気に入らなかったのか覆面女子の表情が強張り近付いてきた。

 顔の大部分は覆面に覆われていたが、目に怒気が混ざっていたので、アークも容易く想像する事ができる。

 

「お、いいね! マイハニ~。そんな君の表情も魅力的だよ」


 男は悪びれずに相方の覆面女性を褒めて、彼女の腰に手を回す。

 それがこの男の愛情表現なのだろうか、それが解り始めた女性は怒りを鎮めた。

 

「あ、そうそう。これは君の分だよ」


 男はポケットからひとつの眼鏡を取り出してアークに渡そうとする。

 

「これは?」

「ここに潜む反乱組織の奴らは『支配の魔法』を使うらしいね。その対策さ。『魔光偏光グラス』と言う魔道具らしい、これを付けていれば支配の魔法から免れるらしいよ」


 そう述べてアークにもこれを装着しろと指示する。

 しかし、アークは断った。

 

「いいえ、僕には必要ありません。僕は魔力抵抗体質者ですから、支配の魔法は効果ない」

「あら、そうかい。(すけ)()さん達は腕のいい連中ばかりのようだ。これは必要なかったんだね。じゃあいいや」


 男は素直に納得を示し、眼鏡を懐に仕舞う。

 

「それでは健闘を祈るよ。ここに潜むのは僕の元上司だった魔術師も居るんだ。とても腕の立つ男だから気を付けた方がいいよ」

「ああそうしよう」


 アークは適当に相槌で返し、男とは別れた。

 男はしばらく去るアークの後ろ姿を見ていたが、それでもやがて興味を失い、視線を連れ添いの覆面女性に戻す。

 

「どうだ?」


 主語のない問いかけに覆面女性は正しく反応した。

 

「本当にそっくりね。姿も声もウィル・ブレッタそのもの、と言いたいけど、少し身長が低いかしら? 確かウィル氏の身長は私よりも顔ひとつ分高かったから・・・」

「・・・そうかい。でも彼は魔力抵抗体質者らしいね」

「そうね。そう言っていたわね」

「そうなると、彼はウィル・ブレッタの弟君って情報に間違い無さそうだ」

 

 男は口角を歪ませて、ニヤリと笑う。

 

「ザイル。軍の情報部に通報するべきかしら?」

「いいや、止めておこう。ここで軍に通報しても情報部と高特が美味しいところを持っていって終わりだよ。それよりもルーニャ個人の手柄にした方がいい」

「ありがとう、ザイル。私も情報部の女達は嫌いなの。キレイどころばかり集められているあの女達、いかにも自分はエリートですって態度が癪に障るのよねー。あそこにいる女もそうでしょう?」

「ああ、あれはリューダさんだね。彼女は情報部の中でも特別な存在だ。我々イドアルカも彼女には干渉するなと命じられている。情報部でありながらカミーラ様の息がかかっているらしい・・・彼女とは関わらない方が身のためだ」

「へぇ~。イドアルカ総帥の娘の直属なのね。ボルトロール軍って複雑なのねぇ~」


 ニャっとするルーニャ。

 彼女がここでどうしてそのように不敵な表情になってしまった理由についてザイルは解らない。

 それでもその情報はザイルにあまり意味が無かった。

 彼は自分の優先すべき仕事を進める事にした。

 

「とりあえず、例の男はウィル・ブレッタの弟、アクト・ブレッタである可能性が濃厚になった。ルーニャ、お前の役割はこれで終わりだ。これからイドアルカの本部に戻り、この情報を総帥にお伝えしろ」

「ザイルはどうするの?」

「俺はもう少し彼らの動向を探ろう。大丈夫。独りだけで手柄を挙げようなんて思っちゃいない」


 ルーニャが少し心配するような視線を示したのでザイルはそう応える。

 

「こう見えても俺は生き意地が汚ねぇー野郎なんだ。彼が本当にアクト・ブレッタならばヴィシュミネやカーサ、マクスウェルと言ったイドアルカの大幹部を余裕で殺害している。正面からやりあって勝てる気がしねぇ~。だから俺独りでそんな真似はしない」

「本当に約束よ。私、アンタに助けられて結構感謝しているんだからさぁ」

「ふふふ。偶に可愛い顔するね。まっ、まだ抱き飽きてないから、仕事が終われば可愛がってやるよ」

 

 厭らしく笑うザイルだが、ルーニャも満更じゃない。

 彼らは軽く接吻してここで別れた。

 ルーニャはイドアルカ本部へ戻り、アクト・ブレッタの事を報告する。

 ザイルはこの強襲に参加を継続するのはアクト・ブレッタとその一味の事を更に詳しく調査するためだ。

 そんな間者が暗躍する現場であったが、当のアークは・・・

 

「アークさん、そろそろ襲撃が始まるようだぜ」

「リズウィ君、解った。皆さんも準備はよろしいでしょうか?」


 勇者リズウィから出撃の言葉を聞き、仲間にもそれを伝える。

 

「うむ。久しぶりの戦闘だな。退屈していたところだ」

「ジルバ様、あまり目立ち過ぎは駄目ですよ」

「ローラよ。私を何だと思っているのだ。私は分別の解る人間(・・)のつもりだぞ」

「その言葉をあまり信用していません。人間としての常識の範囲で魔法を使ってください」


 手厳しく言うローラは本当にジルバが大暴れしないか心配している。

 

「けっ、このおっさんが本気になったら何だって言うんだよ。上等じゃねーか!」

 

 煽るリズウィの発言に本気で心配するローラ。

 そんな面々だが、既にこの勇者部隊の伝令係となっているリューダから最終指示が伝えられる。

 

「我々、ボルトロール軍が正面から攻撃を加えます。意図的に裏口の攻撃は緩めますので、敵はそこに向かって逃げると思われます。アークさん達や勇者パーティは裏口から逃げる敵を挟撃ください」

「解ったぜ。俺達は逃げるネズミを成敗すればいいんだな」

「成敗しては駄目だ。可能な限り無力化するんだ」

「アークさんは甘いね。やらなきゃやられるだけだぜ・・・だけど・・・シュナイダーさんだけは特別に扱ってやろう」


 リズウィは不安になるリューダの顔を見てそう決める。

 こうして、反乱組織が潜んでいるウリカンブル修道院への襲撃が始まった。

 


ルーニャとザイルのことを覚えていますか? 彼らは第二部の終盤に登場します。

ルーニャはエクセリア国の魔術師協会の元職員でレヴィッタを罠に嵌めた裏切者です。最後に罰が当たって火達磨となりましたが、その彼女の命を助けたのがザイルでした。

ザイルはクマゴロウ博士をフォローしていたイドアルカの幹部で魔物使い(テイマー)です。

ふたりとも第二部第七章十話ぐらいに登場しています。気になった方はそちらを振り返り参照してください。


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