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第五話 出撃前の手紙

 ハルからの手紙が屋敷に運ばれてきたのは反乱組織への襲撃を明日に備えた夜中。

 フェミリーナ・メイリールは一旦帰されたが、残った人々が明日の襲撃のために居間で作戦会議を行っている最中であった。

 『親愛なる夫アークへ』と書かれた封書が屋敷の使用人からアークへ手渡される。

 それを受け取ったアークは周りから急かされて、仕方なくその場で封を開けて中身を確認する。

 

「・・・そ、そんな!!」


 ここで驚愕するアーク。

 いつも冷静さを崩さないアークにしては珍しい反応をしてしまう。

 そんな彼の様子に、これは只事でないと勘付いたのはハルの母であるユミコだ。

 普段から若い彼らの会話には意図的に入ってこないユミコであったが、この前は自分の息子がやらかしてしまったので、リズウィの行動が心配になり、随時、若い人達の行動を観察していた。

 だから、夜中に届いたハルからの手紙の内容も気になる。

 

「アークさん!? その手紙には一体何が書いてあるの?」


 アークは明らかに動揺しており、すぐに反応できない。

 代わりにアークの手からハルの手紙を横取りしたのはシーラである。

 シーラはゴルト語の解らないユミコのためにその内容を代読する。

 そして、手紙には次のような内容が書かれていた。

 

――親愛なる我が夫アークへ・・・

 私、エザキ・ハルコはここにアナタとの別離を宣言します。

 私は今日ここで新しい人生の未来を見つけたの。

 これからの私はトシ君と共に生きます。

 彼のために人生という時間を使います。

 ああ、それがどれほど素晴らしく輝かしい未来か。

 彼のためにすべてを捧げる。

 彼の利益のためにすべてを使う。

 私が白魔女だという秘密も彼らに暴露してしまたった。

 この意味がアナタならば解るでしょう?

 そう、私にとって全てをトシ君に晒したという意味よ。

 それが今のアナタ達にとってどれほど危険な事かも理解できるでしょう?

 そして、私はもう屋敷へ戻るつもりはない。

 今までありがとうアーク。

 アナタの事は良い思い出として、いつまでも愛しているわ。

 今までアナタと共に暮らしてきた日々は夢のようだった。

 だけど、夢は覚めてしまったの。

 私は新しい可能性について気付いてしまった。

 新しい居場所を見つけてしまった。

 だから、アナタと仲間達はエクセリアへ帰って。

 私はアナタが居なくても大丈夫だから・・・

 この状態でアナタ達がボルトロール王国に居続けても危険が増すばかりだわ。

 だから、私の最後のお願いを聞いて。

 アナタの将来を考えると、離婚しても構わない・・・だからお願い。

 私のことは忘れて頂戴・・・

 それが互いの為よ。

 本当にアナタの事を愛していたわ、今までありがとう。

 エザキ・ハルコ――

 

 手紙はそう締め括られていた。

 

「嘘だーーーっ! 僕は信じないぞ。これにはきっと何か事情があるんだっ!」


ドンッ!


 アークは椅子から激しく音をたてて立ち上がると、勢いそのままに部屋の外へ出て行ってしまった。

 重い雰囲気だけが残るこの空間。

 そして、ユミコは・・・怒っていた。

 

「まったく、隆二といい、春子といい。どうしてこんな事に!」


 頭を抱えるユミコ。

 リズウィも姉の選んだ決断にどう対応すればいいか解らない。

 自らの子供の認知騒ぎで頭の中は一杯一杯なのに、次は姉の離婚騒ぎである。

 

「本当にお父さんが健全ならば、アナタ達ふたりに勘当を言い渡していたわよ! 人様に迷惑ばかりかけてっ!」


 ハルとリズウィの行動を激しく責めるユミコ。

 それは親として愛情の裏返しなのだが、残されたリズウィにはきつく叱られた以上の効果はない。

 

「ア、アークさん、待ってください・・・私、あの人を慰めてきます」


 リューダはそう宣言し、アークの後を追い駆け出して行った。

 そんなリューダの行動を見たシーラは冷たく言う。

 

「あの女も大概よねぇ。これを利用してアークさんと関係を深める気よ。他人の不幸は蜜の味だわね。フフフ」


 それは人間の雌としては正しい行動原理なのかも知れないが、さすがにこの場でそんな発言は不謹慎であった。

 

「シーラさん。それはあまりにも自分勝手な言い分じゃないですか? リューダさんは本当にアークさんの事を心配しているだけかも知れませんよ。もし私がアークさんだったら、この状況で強引に関係を迫ってくる異性なんて絶対に信用しませんけどね」


 そう非難するのはローラ。

 彼女もハルとアークには親交があったので、彼らの愛の深さは疑いようもない。

 今回のような結果は、きっと何か裏があると思ってしまう。

 

「そうねぇ。私が悪かったわ。確かにここで哀愁憎悪のグチャグチャになった方がドラマとして面白いかも知れないけど、これは現実の世界だったわね。御免なさい。時々、私は芝居の脚本と現実の区別ができなくなるみたいなのよ・・・だってこんな展開、普通じゃ絶対起こらないんだから!」


 興奮気味にそう語るシーラだが、彼女の感性はここで誰からも支持されなかった。

 

「シーラ。アークの気持ちを察してやるべきだ。彼らは互いに(つがい)として信じていた身。こんなに容易く別離するとは思えない」


 ジルバはそう戒めるが、彼もどこか別次元の感覚の持ち主。

 あまり説教を言っているようには聞こえなかった。

 これにはリズウィも頭が痛い。

 

「あ゛ぁぁぁーっ! いっぺんにいろんな事が起きやがる!! それにどうすんだお前ら、姉ちゃんから尻尾を巻いて逃げろって書かれているんじゃねーか?」


 リズウィもこの混沌とした状況に多少うんざりして、これからの事を問い正す。

 彼らはもう他人という関係ではない。

 これでボルトロール王国を脱出したいと言い出せば、多少協力してやるぐらいの義理はある。

 しかし、ここでそれに応えたのはいつもあまり発言をしないスレイプからであった。

 

「リズウィ君。我々にお気遣いありがとう。しかし、私と妻やサハラ、ジルバ様も、アーク、ハルさんとは深い絆で結ばれた仲間だと認識している。最後にはアークの決断に従うつもりだが、彼はおそらくこの現状から逃げ出す選択はしないだろう。だからもうしばらく厄介になる」


 ここでシーラの名前を出さなかったのはスレイプの性格が真面目だからである。

 

「悔しいが、アークさんは諦めねぇ~だろうな」


 リズウィも何だかんだ言ってアークの事を認めてきている。

 リズウィからしても明日に反乱組織を襲撃する戦力として、彼らには残って欲しいというのが本音だ。

 

「うむ。スレイプの言うとおりだ。我々はアークの判断に従うが、明日は珍しく我も協力してやるつもりだったから、今更予定を変更したくない」

「ジルバのおっさん、そうだな。明日はいっちょう憂さ晴らしをしてやるぜ。そうでもしないとこのやるせない気持ち。鬱憤だけが溜まっちまう!」


 リズウィは怒りの捌け口を求めていた。

 彼は物事を深く考える事が苦手だ。

 暴れる事で次への糸口を見つけるつもりだ。

 それは一種の逃げでもあるが・・・身体を動かす事、それがリズウィの行動原理なので仕方がない。

 

「憂さ晴らしか・・・思いっきり暴れることで気持ち良くなれる・・・そうならば、我もひとつ本気で暴れてみるか?」


 ジルバの真の正体を知るスレイプとローラは、それはどうにか止めてくれと暗に願うが、銀龍の信奉者であるサハラだけはジルバの活躍に目を輝かしていたのは余談であったりする・・・

 

 

 

 

 

 

 そして、場面は部屋を飛び出したアークに移る。

 彼の行きついた先は昼間修練を行っていた屋敷の裏庭だった。

 彼は条件反射的に魔剣エクリプスを取り出し、それを夜空に晒す。

 

「・・・」


(ハルを感じる・・・心の共有のリンクは切れたままだけど、エクリプスの彼女とのリンクはまだ残っている・・・)


 アークは静かに目を閉じた。

 

(ハル・・・絶対に何かあった。彼女は自分の意思によって心の共有を切ったんだ。そうしなくてはならない状況に陥った・・・俺はハルを信じるぞっ!)


「俺は・・・ハルを信じる」


 そう言葉に出してみると幾分気持ちが落ち着いた。

 そうしていると自分に近付く人の気配が・・・

 アークを追いかけてきたリューダである。

 

「あ、アークさん・・・大丈夫ですか? その剣はどこから?」


 ここでリューダは初めて魔剣エクリプスを目にしていた。

 アークはしまったと思いつつも、見られたものは仕方ないので諦める。

 

「これは・・・ハルから貰った魔剣・・・僕の切り札です」


 そう述べて魔剣をヒュンと一閃。

 朱色の魔光が闇夜で煌々と輝いていた

 それはリューダが今まで見たどの剣よりも鋭く美しい刀身であり、同時に魔術師としての脅威も感じる。

 

「そんな魔剣を隠し持っていたなんて。アークさんアタナは一体・・・」


 何者・・・そこまでは問えなかった。

 その寸前にハルから離婚を言い渡された事実を思い出し、アークに深く同情してしまったからだ。

 

「リューダさん。僕が何者か・・・いずれアナタには正直に伝えたいと思っていますが、今はただのいち剣術士だとしか言えません」


 そう述べて魔剣エクリプスを専用の鞘へ仕舞う。

 それだけで周囲に放っていた魔力吸収の気配は消え去り、リューダが魔術師として本能的に感じていた脅威は無くなる。

 

「僕はハルを信じる」


 そう短く宣言するだけであったが、それだけでアークはいつものアークに戻っていた。

 その姿でリューダはまずひと安心する。

 

「ああ、アークさん。アナタはどうしてそんなに強いんですか?」

「それは・・・僕がハルを信じているから。だから夫婦になった。どんな状況になっても彼女を守ると約束したから。それが世界全てを敵にまわす結果になろうとも、彼女を守ると決めたのだから・・・」


 清々しいアークの宣言・・・それを聞いたリューダの心の奥底が痛くなる。

 

「私は・・・ハルさんが羨ましい。それほどまでにアナタに愛されているのが本当に羨ましい・・・です」

 

 リューダの視線は遠くに移す。

 それはまるでアークを想うリューダの本心を誤魔化しているようである。

 アークも同じ方向を見てリューダと視線を交わすのを逸らした。

 敢えてそうする事で、自分の気持ちを真直ぐにしたかったのかも知れない。

 そうでもしないと、リューダに対して情けが出てしまいそうだったから・・・

 

「リューダさん、アナタこそ・・・弟のシュナイダーさんと引き剥がされて不安な時に・・・心はお強いと思います」

「それはもう大丈夫です。だって、アークさんが取り戻してくれるのでしょう?」


 リューダはここで身体を傾けてアークに身を寄せる。

 それが精一杯今の彼女に赦される事であった。

 アークもそれぐらいならばとリューダを受け入れる。

 彼女の細い肩を両手に感じて、本当に華奢で素敵な女性だと心の片隅で認めた。


「勿論です。僕はリューダさんのためにも頑張ります」

「うふふ。英雄殿にそう言って頂けるだけで、私は幸せ者ですわ」


 リューダは少しお道化て朗らかに笑った。

 今は自らの立場も忘れて、自然に笑顔を浮かべるリューダの姿がとても清々しいとアークは思ってしまう。

 優しい夜風がふたりを洗い、こんな状況でなければ、ふたりは束の間の逢瀬を愉しむ恋人同士のようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃のハルは・・・急遽、研究所の幹部達が集められた密室で尋問を受けていた。

 ここで緊急招集をした方は所長とその配偶者達。

 そして、緊急招集を受けた方は各研究室の室長達、そして、トシオの強い希望により、ハルの親友であるヨシコとアケミ、ハヤトも参加している。

 アケミとハヤトは白魔女となったハルの姿を初めて見て――本当は以前に反乱組織から逃げた時に見ていたが忘れさせられている――驚きを隠せない。

 

「ひょえ~、本当にエザキさんなのか? どんだけ色っぽい格好しているんだよ」

「こら、ハヤト! 鼻の下を伸ばさない・・・でも本当にハルなんだよね?」

「ええ。私がハルで間違いないわ。今まで隠していて申し訳なかったわね。これが私の魔術師としての本当の姿よ。『ラフレスタの白魔女』とでも名乗ろうかしら・・・」


 あまり悪びれる様子もなく堂々とした態度はある意味で彼女がハルである事を強く示していた。


「あまり無駄な話は止めてくれるかしら。今のアナタは我々から尋問を受ける立場ですよ」


 カミーラはそう注意して、白魔女に対して尋問を始める。

 

「まず、この研究所に侵入した目的を言いなさい。エストリア帝国から何を命じられたの?」

「目的と言われてもねぇ~。私がここに来たのは自分がサガミノクニ人だと言う事実以外にないわ。同郷の人々の様子を知りたいと思うのは人として当然の欲求だと思わない? そして、私もギガを稼ぎたいし、自分の知識と経験が役に立つならばと思っていた。そして、これからはトシ君の利益のために働こうと決意を新たにしたわ」

「それでは、質問の角度を変えましょう。アナタのエストリア帝国でのポジションは? 帝皇との関係を述べて」

「帝皇様と私とはビジネスライクな関係よ。魔道具師として何かを要求されれば、それに応じた納品をする。そして、成果に見合った報酬を受け取る・・・それぐらいの関係ね。専属の家来になったつもりは無いわ」

「それじゃあ、エクセリア国の中でのアナタの立場は?」

「エクセリア国の国王・王妃様とは彼らがそうなる以前から知っていたし、本当の友達のような関係・・・いや、彼らもビジネスライクな関係よね。だって元エリオス商会の会長と秘書ですから、そこにも私は魔道具を納入していたし」

「それならば、部長は『懐中時計』の製作者の事を知っているのでは?」


 ここでトシオが我慢できずにそれを聞いてくる。

 ハルは支配を受けている状態なので、ここで本当の事を喋った。

 

「ええ。それは私。実は精密魔法陣は私のアイデア・・・トシ君が予想したように魔法陣を電子回路に模した技術だわ」

「やはり!」

「今まで隠していてゴメンね。あまりこの技術を世間に広めたくなかったの。言えば、私の飯のタネよ。できれば秘匿しておきたいじゃない」


 そこでウィンクする姿は大概の男性を魅了する。

 しかし、トシオはそんな魅力では堕ちない。

 

「解りました。技術者としてノウハウを秘匿する権利は一般論として認められます。部長が秘密にしておきたいとする説明は合理的です」


 トシオはそう認めて、ハルが今までその事をはぐらしていた事は問題なしと追認する。

 

「ありがとうトシ君。今まで黙っていたけど、実は私はアストロ魔法女学院に通っていたの・・・これも絶対に信じて貰えないと思って騙していた事になるわ」

「そんな! アナタのような余所者が権威に煩いエストリア帝国社会で最高峰の魔女の養成学校に入れるなんて、信じられないわ。一体どんな手を使ったのよ」


 カミーラはここでハルが暴露した学歴は怪しいと言う。

 

「疑われてもねぇ~。様々な幸運が重なったとしか言いようないわ。ハイ、これが卒業証書よ」


 白魔女のハルはそう言って魔法袋より自分の卒業証書を取り出して見せる。

 

「むぅぅ~ これは本物ね。しかも総合成績が『特金』じゃない。何よ、これ。自慢!?」


 カミーラはハルの総合成績の欄を見て、そこに書かれている事は信じられないと言う。

 

「普通はそうなるわよね。私のような異世界人が魔法を極められる筈がないって・・・でもそれは嘘じゃないわ。私の開発した魔道具がその実績を示しているし」


 ハルはそう述べて装着した白仮面を指さす。

 カミーラも魔術師としてその価値は解るので、すぐにハルを否定する事はできなかった。

 

「ふん。調子のいい魔女様よね。それだから英雄気取りになってボルトロール王国の邪魔をしたの?」

「私がボルトロール王国にだけ的を絞って攻撃した事はないわ。すべては成り行きよ。己の身にかかる火の粉を払った結果に過ぎない」

「よく言うわね。銀龍まで我々に(けしか)けて、やり過ぎじゃない?」


 カミーラの口にした『銀龍』という単語に反応したのはクマゴロウ室長だ。

 

「むむ。あの時、銀龍の背には魔術師が乗っていたと後に聞いたが、それがハルさんだったのか?」

「・・・そうね。でも、それこそ成り行き、偶々(たまたま)の結果よ。私が銀龍を使役できる訳ないわ。彼が偶々(たまたま)協力してくれただけ」

偶々(たまたま)ですって? それこそ信じられない。銀龍が特定の人間の指示に従うなんてこの世界の歴史でありえないことよ」

「そうよねぇ~。それも間違っていないわ。今回の件も別に私が銀龍に命じた訳じゃない。銀龍が怒って勝手にボルトロール軍へ制裁を加えたのよ。アナタ達、以前、銀龍を無理やり支配しようとしなかった?」

「・・・」


 それに何も言い返せないカミーラ。

 確かに、イドアルカの幹部が銀龍の支配を試みた事は報告を受けて知っていた。

 しかし、その結果は失敗・・・作戦を実行した高位の闇の神官は生きて戻ってこられなかったと聞く。

 

「やはり、そんな事をした自覚はあるようね。だから銀龍がボルトロール軍に怒って報復したの。大丈夫よ、もう安心して。銀龍は()さが晴れたって言っていたから、これ以上こちらから構わなければ、更なる報復は無いと思うわ」


 カミーラの顔が強張ったのを見た白魔女ハルはそう助言して、これ以上関わらなければ、銀龍は暴れないと告げる。

 

「・・・つまり、銀龍はアナタに協力している訳ではないと言う事ね」

「そうよ。アレを飼い慣らせると思わない方がいいわ。アレは人知を超えた存在。下手に手を出すと我が身が滅ぼされるわ」


 まっとうな意見が聞けて少しは安心するカミーラ。

 ボルトロールを問わず、ゴルト人にとって銀龍とは神のような存在である。

 過去の歴史からこの銀龍を怒らせて、いくつもの国家が終焉を迎えている。

 ゴルト大陸を統一しようとしているボルトロール王国にとって一番の障害と思ってもいい。

 そして、セロ国王からの指示は銀龍に対して不干渉である。

 下手に銀龍に手を出して、敵対的関係になってしまうのを恐れているのだ。

 

「解ったわ。ハルさんが銀龍をコントロールしていない事さえ解れば、それで由としましょう。アレはゴルト大陸の疫病神よ。賢者達の情報によると世界の主たる大陸に一体ずつ居るなんて言われるらしいけど・・・そんな怪物の事なんて、世界大戦になった時に考えればいいのよ」


 そんな結論を述べて、次に辺境の事について質問が出る。

 これにもハルは嘘をつかず、自分の知る事を何でも伝えてあげた。

 その豊富な経験から、カミーラもこのハルと言う人物が持つ情報だけでも価値あるモノと判断する。

 そして、短くない尋問の時間はこれで終了となった。

 

「・・・解ったわ。ハルさん、アナタが有益な存在である事は認めましょう。アナタが今後トシオさんの利益の為に働くというならば、この研究所に滞在する事を認めてあげようじゃない。ただし、そうなるともうこの研究所から外に出せないわ。夫や弟のいる屋敷には帰れないけど、本当にいいのね?」

「それは仕方ないわ。トシ君の利益と比べてそれほど価値しかない話よ。夫のアークに対しては離婚してもいいとさっき手紙に書いたでしょ?」


 白魔女のハルは些細な事であると言い捨てた。

 

「立派な覚悟ね。気に入ったわ。アナタの希望どおり、トシオさんの専属魔術師として移籍を認めます。という訳でスズキ室長の所から彼女を異動させるわ」

「そうか・・・それは残念。ハルさんは素材錬成で相当な実績を上げてくれていたんだけど。そこはまたレイチェルさんとグロートさんに頑張ってもらうしかないか・・・はぁ~」


 スズキ室長はハルが自分の部下から抜けるのを本当に残念に思った。

 

「スズキ室長、短い間でしたけどお世話になりました。これから私はトシ君の利益のために働きます」

「本当に残念だよ。そして、その気持ちが本当にハルさんの本心から来るのであれば、もっと素直に応援できるのだけどね・・・」


 スズキ室長が懸念を伝えるのは、やはりハルが支配の魔法を受けている事実。

 彼女の自由意思ではない事が倫理上問題であると認識していた。

 しかし、ここで念押しの言葉がカミーラより出る。

 

「ハルさんに掛けられた支配の魔法は絶対に解いてはいけない。彼女は大きな力を持っている。もし、支配が解けてその力が我々に向けば、全てが終わってしまう。銀龍に匹敵する厄災が我々に及ぶわ」

「うふふふ。カミーラさんは心配性ね。私がそんな事をする訳ないじゃない」


 白魔女のハルは冗談のように笑うが、その余裕が余計に怖かった。

 そんな様子を見せられたハルのかつての同級生のアケミ、ヨシコ、ハヤトも同じ印象を受ける。

 ハルが自分達の手の届かない大きな存在になってしまったと実感してしまう彼らであった・・・



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