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第四話 支配された白魔女


「こ、これはどういう事よ! ラフレスタの白魔女がいるじゃない!?」


 この現場を見て慌てふためくのは大奥様カミーラである。

 ヨシコが発した特大の悲鳴が警報装置となり、多くの人々をこの現場へ呼び寄せていた。

 集まった人間とは警備担当者と主任、配下の魔術師達、同じ高セキュリティーエリアに居を構える所長とその妻、それに加えて、裸に毛布で包まれただけのこの部屋の主であるトシオとヨシコ。

 当事者の白魔女ハルだけが唯一堂々としていた。

 

「結局、トシ君は過敏性魔力視眼症だと思うわ」


 その白仮面ハルは自分の仕出かした事など全く気にせず、まずはトシオの症状について述べる。

 

「過敏性魔力視眼症ですって?」


 聞いたこともない症例に顔を見合わすカミーラを初めとしたボルトロールの魔術師達。

 

「魔力視眼系の賢者に多い病名らしいわよ。エストリア帝国の学校で習った事があるの。魔力検知に長けた彼らの中でその能力が高い者が稀に魔力検知の刺激を性的興奮へ結びつけてしまう人がいるらしいの。トシ君もそれに似た症状だと思われるわ。強い魔力を観て性的に興奮してしまった彼を鎮めるには・・・私では駄目。だから彼を誘導して、彼女のヨシコにその役割を担って貰っていたの。私が彼の相手をしてしまえば、トシ君が冷静になった時、自分の理性によって苛まれるわ。それにヨシコを裏切る訳にもいかなかったし」


 自分がここにトシオを連れてきてヨシコと性交させたのは全く合理的な行動であると釈明する白魔女。

 

「も、もしかして、アナタって・・・ハル?」


 ここまで言われてヨシコはこの怪しい白仮面の女性の正体が誰であるか解った。

 対する白魔女もそうだと肯定の意味で頷く。

 その事実に再び驚きを露わにするのはカミーラだ。

 

「や、やっぱり。アナタは敵のスパイだったのね!」

「違うわ。私はサガミノクニ人よ。元からここの人達の味方。白魔女に変身したものトシ君からの願い。私の全開の魔力を観たいと要望されたから。これからの私はトシ君とサガミノクニの人達の利益を第一優先に働く事にしたの」


 特に詰まる事なく、自らの使命を堂々と述べる彼女の姿は説得力があり、清々しかった。

 

「やっぱり、アナタは本当にハルね。その堂々とした物言い、やはりアナタはハルだと思う」


 ヨシコは姿形が変わっても、この目前の女性がハルに間違いないと思った。


「その瞳の色・・・なるほど、あなたトシオさんから支配の魔道具による影響を受けたのね。でもアレはまだ研究途上品よ。どこまで本当に支配されているのか確かめる必要あるわ! ミスズ、アレを持ってきて」


 カミーラは第三夫人ミスズに命じて鑑定の魔道具を用意させる。

 ミスズはその意図を理解し――あまり気は進まないが――研究室に支配度合いが測定できる魔道具を取りに行った。

 その間、この白魔女に目を付けたのは所長のカザミヤだ。

 素晴らしい美貌の持ち主のハル。

 彼女に興味が沸く。

 

「君がハルさんだというならば、トシオ君の支配の魔道具によって支配を受けた状態であると主張しているのだね」

「ええそうよ。トシ君の利益のため、これから生きていく事を誓うわ」

「それならば、その覚悟を試してやろう。今晩、私の部屋へ来なさい」


 所長がこの女性に要求する意味を、この場に居合わせた人間はすぐさま理解できた。

 白魔女ハルを部屋に呼び、そこで女性として奉仕をしろと要求しているのだ。

 下種な要求だが、白魔女の忠誠度を測るのにこれほど解りやすい方法はない。

 大体理解できたが、それでもハルは所長に要求内容を再度確認する。

 

「そこで何をするの? もしかして、目的は私の身体かしら?」


 白魔女ハルはここでその身を捩る。

 大きな乳房が揺れて、彼女の身体の柔らかさを異性へ誇示した。

 

ゴクッ!


 誰かの生唾が飲み込まれる音が聞こえたような気もする。

 当然だがカザミヤも興奮が高まった。

 

「どうした? 私としては君の本気度と覚悟を確かめたいだけのだよ。妻帯者である私も辛いところだが、ここは公の役割を果たしたいと思い決断したのだ」


 己の欲望を満たすための詭弁である事が見え見えの言動である。

 カザミヤは自分に厳しい視線が集まったのを感じて、そんな白々しい言い訳をする。

 これに対してハルは・・・

 

「解ったわ・・・でも、断る!」

「へ?!」


 明確にハルから拒絶の言葉が述べられて、カザミヤの肩は見るからに落胆した。

 

「どうしてだ? やはり君は支配されていなんじゃ??」

「それはないわ。ただ、アナタと肌を重ねることに一体何の利益があるのかしら?」

「何を言う! 私に身を捧げる事で君の忠誠心の証明が成されるのだ」

「私はアナタのようなオジサンに忠誠を捧げるつもりは毛頭ないわよ。私の忠誠はトシ君のもの。これからはトシ君の利益の為に生きるって言っているじゃない!」


 ハルはそう言いトシオの顔を胸に抱く。

 そうすると彼の顔は白魔女の豊かな乳房の谷間に沈み、男としてだらしない顔になって蕩けた。

 

「ちょっと、ハル! 駄目よ。トシ君を誘惑したらっ!」

 

 ヨシコはそう抗議して、トシオを引き剥がす。

 トシオはハルの乳房を名残惜しそうに見ていたが、それが余計にヨシコは気に食わない。

 そんな視線などハルは気にせず、自分が拒否した理由を続ける。

 

「オジサンと寝る事が、どうしてトシ君の利益につながるの?」

「私は所長だぞ。ここを統括している身だ。その所長の意向にそぐわないのならば・・・」

「あら!? この研究所ってそんなに独裁政権なの?」


 ハルが先回りしてそんな事を述べると所長カザミヤの顔は険しくなる。

 もし、ここにハルと数名しかいなければ、ハルを強引に脅す事も考えたが、今は周囲にサガミノクニの人々が視線(・・)があまりにも多い、カザミヤは自分に課されてしまう悪評を敏感に感じて気にしているようだ。

 そのことはハルも解っている。

 白魔女になった彼女は人の心を透視できる魔法を通常より効率的に行使できる状態になっていたから、ここでカザミヤが何を企んでいたのか、目で見るよりも明らかな状態で感じ取っていた。

 

「むぅ~」


 唸るカザミヤに余裕の表情のハル。

 

「エザキ部長を辱めるような行為を、僕は認められません!」


 トシオもここでハルを差し出すような真似はしなかった。

 

「やっぱり、トシ君は優しいわ。そんなところが大好きよ!」


 再びトシオを愛でようとしたが、今後こそヨシコによって阻まれた。

 

「ちょっと、止めてくれる! アナタがハルだという事は解ったけど、だったら尚更よ。彼に触れるのは禁止!」

「・・・そうね。悪かったわ、ヨシコ。アナタとトシ君の愛が育つ事。それがトシ君の願いでもあるからね・・・」


 ハルはそう言いヨシコに掛けた魔法を解く。

 それはトシオにしか作用しない変化の魔法。

 何かの纏いが抜けるのがヨシコにも感じられ、ここであからさまにトシオが落胆を示した。

 

「ハル・・・私の身体に何の魔法を掛けたのか詳しく聞きたいところねぇ・・・」

「いいえ。ヨシコには教えなーい。知ったところで不愉快になるだけだから。ねぇ? トシ君?」

「あ、ああ・・・」


 切れの悪いトシオ。

 冷静になったトシオとしても変化の魔法でハルの姿が変わったヨシコを抱く行為は罪さえ感じているようである。

 しかし、あの時の欲望は最高潮。

 彼がもし言い訳を許されるのならば、ハルの姿をしていた女性(ヨシコ)を抱いたのだから、早く射精してしまったと・・・

 しかし、ここで恥の上塗りはしない。

 彼はそこまで頭が回らない訳ではない。

 それを薄々感じているからこそ、ヨシコの機嫌は悪くなる。

 

「ちょっと! 私はいつまでこうしていけなきゃいけないの? せめて着替えをさせて欲しいわ!!」


 ヨシコの抗議は尤もである。

 性行為の最終局面でハルが姿を現し、そこで叫び声を上げてしまったため、彼女は裸体に毛布で包まれた状態で晒し者になっている。

 大勢の人が集まるこの現場。

 社会維持部警備課の若い男性からの視線も気になるところだ。

 

「ヨシコ、ごめんね。気が利かなかったわ。ほら・・・」


 白魔女ハルはここで軽く掌をヨシコに向ける。

 そうすると、そこから無詠唱の魔法が放たれて、ヨシコの身体が魔力の光で包まれる。

 しばらくすると、ヨシコの身体は綺麗になり、その後、清潔な衣服で包まれた。

 

「便利な魔法ね。ハルが魔法使いになったのを初めて実感できたわ」


 ヨシコは感心してそう述べるが、カミーラはこの女が普通の魔女ではないと付け加える。

 

「ヨシグォさん。彼女は普通の魔術師ではありません。ラフレスタや神聖ノマージュ公国、エクセリア戦争で(ことごと)く我々の邪魔をしてくれた敵の大魔女ですわ。もし、本当にラフレスタの白魔女だとすれば、聞きたい事が山ほどありますわよ」


 フンと鼻息混じりに敵意を露わにするカミーラ。

 彼女は白魔女のことを敵と言うが、ここで居合わせたサガミノクニの人々はそこまでこの魔女に敵意を感じていない。

 それは白仮面の彼女の中身がハルなのを既に認識している事に加えて、白魔女が常時発動させている友好化の魔法の効果による。

 そうこうしていると、ミスズが支配度合いの測定できる機械を持ってきた。

 

「携帯型の簡単なタイプですが・・・」


 そう補足する当たりが技術者らしい彼女。

 

「解っています。この場でそれほど精度を要求している訳でありませんわ」


 カミーラはそう述べるが、今まで第二研究室の研究内容が解っていなかったサガミノクニの人々からは第二研究室がそんな人の心を支配する魔道具の開発をしていたのかと懸念の視線が注がれる。

 

「心を支配するとは、あまり感心できませんね」


 倫理に問題あると懸念を伝えるのは社会保障部警備課の責任者である篠塚(シノヅカ)氏だ。

 

「シノヅカさん、この魔道具はセロ国王より命じられて開発をしているものだ。我々が自ら提案して開発している魔道具ではない」


 ここで詭弁にそう言い切るのはカザミヤ所長。

 セロ国王の名前を出しさえすれば、なかなか反論できない事を解っていての回答である。

 そう言われてはシノズカ氏も納得を示すしかない。

 ここで明らかに反対意見するのは親友のヨシコだけであった。

 

「そんな! 人の心を支配する魔道具なんて・・・そんなのをハルにつかうなんてかわいそうよ!」


 しかし、これにもカミーラから反対意見が述べられる。

 

「だめよ。彼女は白魔女・・・我らボルトロール軍を今まで邪魔してきた敵のスパイだわ。決して支配の魔法を解いてはいけないわ」


 厳しい判断によりハルを解放する事は却下された。

 カミーラも研究所所長の正妻であり、実質的にこの研究所序列でナンバーツーだ。

 これに異を唱えるにはヨシコでは些か力不足である。

 

「それも含めて支配影響力を計測してみれば解る事。人は騙せても計測器は騙せないのだから」


 カザミヤ所長はそう結論付けて、ハルに支配力計測のヘッドギアを被せるよう指示をする。

 ミスズが申し訳なさそうしてハルの頭上にヘッドギアを装着する。

 

「ハルさん・・・ごめんさない」

「いいわ。これもミスズさんの仕事よ。サガミノクニの利益につながると信じてやっている事なのでしょう? それならば、アナタに罪はないわ。気にせずやって」

「あ・・・はい」


 そうして恐る恐るミスズはハルの白仮面の上からヘッドギアを装着して、計測開始のボタンを押す。

 その直後、計測器が激しく反応した。

 装着されていた小型の水晶玉が激しく明滅する。

 そんな事は今までにない反応。

 

「これは!? 一体どういう事?」


 カミーラは今までにない反応に驚きを示すと共に、やはりと悪い予感がする。

 しかし、その後、ハルがその水晶玉をひと睨みするとその明滅は収まった。

 

「これはきっとエザキ部長の魔力保有量が大きいからです。僕には感じられる。彼女の支配鍵(コントロールキー)が僕の心にあります。これは支配が問題なく継続して、機能している事の証拠」


 トシオはそう宣言して、ハルの支配は問題ないと意見を言う。

 そして、注目はミスズの元へ・・・

 

「ハルさんの支配指数は・・・百パーセントです」


 水晶玉の光と色標本を見比べての結果報告。

 カミーラにはそれが少し気になった。

 

「百パーセント・・・高すぎるわね。トシオさんの作ったこの魔道具はまだ開発途上のネックレス型の支配の魔道具よね。そこまで支配指数が高くなるなんて、それに自我も結構残っているようだし・・・」

「カミーラさん。きっとそれはエザキ部長の魔力が高い事に起因していると思われます。ネックレス型は自励発動型の魔道具。使用者の魔力からエネルギーの供給を受けています。魔道具が高いエネルギーを得られている状態が継続している可能性も高い。そして、元々魔術師として高い実力を持つエザキ部長です。支配を受けながら自律的な行動が可能になっているのもそれで説明がつきます」


 トシオはこの結果は問題ないと言う。

 彼が問題ないと思う理由は、自分の心に確かに相手を支配した状態の時に現れる『支配鍵(コントロールキー)』がある事に裏付けされていた。

 

「トシオさんがそこまで言うならば、そうなのでしょう。いずれにしてもあの(・・)白魔女を捉らえて自由に使える駒となった事実はとても大きな成果です」


 カミーラはトシオがそこまで言うならば、問題なしと認めて、ハルが得られた事を成果として褒めた。

 

「疑り深い人よねぇ。解ったわ。そこまで言うならば、一筆書いてあげる」


 ハルはそう言い懐から一枚の紙を出して、何やらスラスラスラと書き始める。

 

「ほら。これでいいでしょう?」


 ハルが書いたのはゴルト語であるため、ここではカミーラぐらいしか理解できない。

 その手紙の内容を読んだカミーラは笑みを浮かべる。

 

「本当に、この娘は我らの支配下に落ちたみたいね・・・解ったわ、アナタを認めてあげる」

 

 カミーラはそう納得を示して、その手紙を受け取ると配下の魔術師に指示を出す。

 

「この手紙を勇者の屋敷に届けてあげて・・・彼女の夫が落胆する姿が想像できるわ。これは笑えるじゃない。ちょっとした喜劇よねぇ~ ウフフフ、アハハハハーッ!」


 ここで狂ったように笑うカミーラ。

 彼女から邪悪な何かを感じてしまうヨシコであった・・・

 

 

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