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第一話 狂科学者と懐中時計 ※


「ともかく、ここで兵器開発を率先して行っているのはトシ君だわ。兵器開発するのは所長の方針らしいけど、現状の所長はオマケのような存在のようだし」

「そのとおりだ、ハル君。あのクソ所長は口だけが達者な奴。技術的なアウトプットは何もない。俗に言う、口だけ野郎の役立たず」


 クマゴロウ氏も所長の風雅(カザミヤ)はたいした事ないと評価する。

 ハルも薄々とそう感じていたが、風雅(カザミヤ)は人の失敗につけ込んでそれを論破する能力は高いが、自ら何かを産み出すのは苦手な技術者だと思う。

 そうなると、ここの研究所の実力はトシオが担っていると考えていいだろう。

 彼は論理的思考の持ち主であり科学技術者として向いている事は十分解っているし、そして今は魔力も解析できる眼を持つ。

 この研究所で現代技術と魔法的な何かを融合して新しい道具を開発できるは彼だけだろう。

 

「解ったわ。それなら私がトシ君を説得する」

「それならば、俺も一緒に行こう」


 クマゴロウ博士はハルに同行を申し出るが・・・

 

「いや、いいわ。トシ君はああ見て頑固なところがあるの。あまり多くの人数で説得に当れば逆効果になる可能性があるわ」

「でも、しかし、俺もトシオ君の同僚として責任がある」

「大丈夫よ。私に任せて、こう見えてもトシ君とは同じ科学部で私の下に就いていた男性よ。彼の弱点ならいろいろと知っているわ」


 ハルはここでとびっきりのウインクをする。

 それは魅力的な姿だが、近くにいたハヤトは嫌な予感がした。

 

「ハル・・・だめだ。トシオを落とすような事は・・・」


 ハルがここで余りにも自信有り気に自分の女性部分をアピールしたように見えたからである。

 

「あのねぇ・・・私、これでも夫のいる身よ。彼に色仕掛けなんて使わないわ。それにトシ君は純情潔白な紳士よ。その手は効かないと思うし・・・」


 ハルは呆れてそう言うが、ハヤトは十分に通じると思ってしまっているから心配している。

 

「大丈夫。大丈夫。彼は紳士。間違いは犯さないわ。私ひとりで説得した方が勝算はあるから」


 ハルはそう決めつけて、自信満々な姿で購買課の売店を後にした・・・

 

 

 

 

 

 

 ハルがトシオの居る第二研究室に向かってみれば、その研究室内は静かだった。

 

(人がいない・・・いや、トシ君の気配だけは感じる・・・皆を帰したのね・・・)


 以前、トシオから物事を集中して考える時はよく人払いをする、と言う話を聞いていたので、今日もそれだろうとハルは思う。

 ハルはトシオの集中力を乱さないように静かにノックして研究室へ入る。

 そうすると、予想どおり研究室にはトシオひとりが居て、机の上で何かをバラしてメモを取っていた。

 

「こんにちは。お邪魔だったかしら?」

「わっ!!」


 ハルはゆっくりとそう述べて、遅まきながら入室の許可を貰う。

 トシオもハルがそっと入ってきた事を今更ながらに驚いたようでビクッとする。

 

「ああ、驚いた! 散らかっているからちょっと待っていて・・」


 そう言い、机の上に広げていた何かを隠すように身体の向きを不自然に変えて立ち上がる。

 

「研究中だったようね」


 ハルはトシオが何をバラしているのか気になり、トシオの身体の陰から分解している物の覗く。

 そうすると、そこには見た事のある部品の残骸・・・

 

「あら? それって『懐中時計』よね?」


 見慣れた部品が散乱していたので、それが何であるかはすぐに解った。

 先程の売店で販売していた『懐中時計』だ。

 あっという間にハルに見抜かれてしまったので、トシオは隠すのを諦める。

 

「どうして隠そうとしたのよ」

「い、それは・・・」


 トシオは回答に詰まる。

 それは、魔力が詳しく観察のできるトシオの中では、他人の作った魔道具を解体・解析する行為とは女性の身包みを剥ぐ行為に等しい。

 いや、そう言うよりも現在の彼にとっては自慰行為に等しかった。

 魔法の知識に溢れた、そして、魔力の詰まった道具を解体していくのは、とても興奮を覚えたからである。

 正に変態的な性癖だが、彼もその事を自覚している。

 そして、今は敬愛している女性の前で自分のそんなイカレタ興奮の姿など見せる訳にはいかない。

 このときのトシオはまだそれぐらいの理性は残っていた。

 ハルがここでそんなトシオの心の中を正しく理解できていれば、この先の運命は少し違っていたのかも知れない。

 しかし、トシオは魔力を見抜く青色の瞳を持つ。

 その特殊能力がハルの行使しようとする心を観る魔法を阻害する。

 普段はそれほどの能力はないが、現在、魔道具を解析中だったので彼の能力が活性化している事に由来している。

 それが故に、ハルは人として本来持つ洞察力のみを用いて、トシオの心の動きを予想するしかない。

 

「はは~ん、そう言えば、トシ君は陰勉(かげべん)するタイプだったわね」

「・・・うん」


 ハルはトシオが生来人の前で努力する姿を晒さない生徒だったのを思い出した。

 トシオも軽く相槌を打つ事で、彼はここでも自主研究している姿を他人に見せたくなく、謙遜をしているのだとハルは勝手に納得してしまった。

 

「勉強熱心ね。エストリア帝国で最も有名な魔道具の研究をするなんて・・・どれどれ、どれだけ解ったのかな~」


 ハルはトシオの解析能力がどれほどのものか興味に駆られて、彼の解析結果をまとめたノートを手に取る。

 

「・・・なるほど。やっぱり興味を持つところは魔力鉱石の共振現象と精密魔法陣よね」


 ハルの指摘したとおり、それは世界初の技術である。

 最先端の技術を学ぼうとする姿勢はトシオの真面目な性格が如実に表れていた。

 これでトシオも開き直る。

 

「そうだよ。部長はこの魔道具が解るのですか?」

「当り前よ。私もラフレスタで魔道具師の技術を学んだから、この『懐中時計』は随分調べたわよ。トシ君もなかなか鋭い解析をしているじゃない。特に共振現象の解析結果と考察をまとめたところなんかは百点をあげたいと思える内容ね」


 ハルが褒めた事でトシオの顔が急に明るくなる。

 

「そうなんだ! この共振現象を発見した人は天才だと思う。性質の異なる魔力鉱石を一旦光エネルギーに変換して、互いに干渉させる事で、一定の周波数で発振させている。しかも、そのエネルギーは魔力鉱石から取り出される際に微妙だけど質量が減っているんだ。その質量欠損を利用してエネルギーへ変換している。出力が小さいから本当に微妙な変化なのだけど、これって相対性理論の応用だよね」


 トシオは興奮気味だ。

 この手の技術的話題についてくる同志はいない。

 それはサガミノクニの人々はトシオ以外で魔法を正しく理解している者がいないからだ。

 それに引き換え、魔法が解る『ハル』という存在は貴重以上に、この時のトシオはもう二度とハル以上の資質を持つ同郷の人とは出会えないと思っている。

 だから、トシオは饒舌になった。

 

「それにこの精密魔法陣は、どこか電子回路を彷彿させる配置だよ。まるでプリント基板を作る工程を真似したようにとても製造しやすく作られている気がするんだ。どこかでサガミノクニの科学技術のニューアンスが感じられる」


 トシオの解析眼は鋭かった。

 彼はこの『懐中時計』をバラして、その設計思想から製作者の人物像まで辿り着こうとしている。

 これにはハルも恐れ入った。

 

「トシ君て凄いわよね。よくそこまで解るものねぇ」

「・・・部長。教えてください。部長はラフレスタに居たんですよね。この魔道具の製作者を知っているんじゃないですか?」


 しかし、それには首を横に振るハル。

 

「確かに、私はラフレスタに住んでいて、この『懐中時計』の事も知っているわ。それにこの魔道具を取り扱うエリオス商会にも知人がいて、比較的この魔道具と接する機会は多かった。それでもね・・・これを誰が作ったのかっていうのは最高の秘匿情報なのよ。一般のエストリア人はおろか、我々魔道具師の仲間の中でも知らされてはいないわ」


 その回答に明らかガックリと肩を落とすトシオ。

 

「そう・・・ですか・・・残念です」

「その製作者を知ってどうするつもり?」

「それは・・・」


 トシオはどう答えるべきか少し迷う。

 しかし、しばらく悩んでいた彼だが・・・

 やがて決意したのか自分の想いをハルだけに打ち明けてきた。

 

「その開発者と・・・友達になりたいんだ。おそらくこの魔道具を作った人は天才だよ。魔法理論に精通している事に加えて、自然科学の技術や数学についても(ことわり)を理解しているに違いない。そんな英人と親睦を深めたいんだ」

「親睦を深めて、どうするの?」

「一言で言うとそれは僕の『好奇心』を満たしたいんだ。その人はきっと僕の知らない知識を持っている。それを僕も学びたい。まだ知らない新たな(ことわり)を手に入れたいんだ」


 トシオの目は輝いていた。

 魔力解析のできる蒼色に染まってしまった彼の瞳だが、そこは数年前の中学校科学部の副部長だった頃の彼と寸分変わらない純粋な輝きを感じさせる何かがあった。

 

「なるほど・・・好奇心ね・・・もし、もしよ。その人物と交流して知識を得られれば、トシ君はそれを使ってまた兵器を作るつもりなの?」


 ハルは意地悪な事を聞く。

 

「・・・それは・・・」


 利口なトシオはここでハルから何を求められているのかを察する。

 どう答えるべきが、何が最適解か、どう答えればハルが一番喜ぶのか、彼の頭の中で一瞬にて正解を導き出した。

 しかし、ここでトシオが選んだ回答は現実的な答えだった。

 

「・・・ここで生活して行くためには兵器開発を続ける事が現実的だろうね。それがこのボルトロール王国で僕たちが生き残って繁栄できる道・・・国王様の意にそぐわない行動をすれば、あっという間に僕達は放逐されてしまうだろう。僕達はそんな奴隷に近い立場なんだと思う。それは『悪事に加担している』と君からは指摘されるかも知れない。しかし、現実的に考えると僕たちの選択肢はそれほど多くないんだ・・・」


 トシオは悲哀を隠さず、そう答えた。

 その言葉は重く、それまで喜々として輝いていた瞳の煌めきは失せていた。

 

「なるほど・・・それがトシ君の考え方ね」

「・・・僕じゃない・・・僕()だ」


 トシオが敢えて訂正する。

 それは彼が思い悩んでいた事を示していた。

 トシオは悩み悩んで、そして、紡ぎ出した答え・・・それが『兵器製造』の決断である。

 

(トシ君はきっとここで働くすべての人の事も考えて、『兵器製造』に合意しているようね。ある側面で見れば立派な覚悟かも知れないけど、これは面倒だわ・・・)


「それはボルトロール王国で生活するとした場合の考え方よね?」


 ハルは静かにそう指摘し、バラバラにされてしまった『懐中時計』の部品を組み立てる。

 手慣れた手付きで細かい部品を傷付けないよう慎重に、それでいて、手際よく。

 その様子を今度は後ろから見る形のトシオ。

 

「選択肢は他にあるのかも知れない・・・そんな事を考えなかった?」


 意味深なハルの言葉にトシオはどう答えればいいか解らなくなる。

 

「・・・」


 しばらくは静寂・・・

 空気が重くなり、そこをハルがゆっくりと分解された『懐中時計』を組み立て続ける。

 その様子を黙って後ろから眺めるトシオ。

 彼女の手慣れた手付きと洗練された動きは素直に美しいと思えた。

 特に精密魔法陣を手に取った時は魔力が彼女の指先から流れて、魔法陣が静かに起動する事も解る。

 それは魔道具に生命を注ぐような儀式に見えて、神聖ささえ感じられる。

 重い雰囲気の筈なのに、ここで何らかの神事が執り行なわれているような神々しさがあった。

 トシオはここでハルから提起されている問題など忘れてしまい、ハルの行動にだけ注目してしまう。

 彼女の一挙手一投足が新鮮であり、それが何かの魔法技術をトシオへ教えてくれているようにも思えたからだ。

 

「なんて・・・美しんだ・・・」


 ハルには聞こえないぐらいの小さい声でトシオがそう呟くと、彼の手は勝手に動く。

 彼の手が目指すのはハルの着用している魔術師ローブのフード。

 トシオが気付けば、ハルのフードを(めく)り、その細くて白いうなじを目にしていた。

 ハルは作業に集中しているのか、フードを捲られた事をあまり気にしない様子。

 それがまたトシオの中で余計に興奮を感じさせる何かがあった。

 ここでトシオはほぼ無意識にポケットからひとつのネックレスを取り出す。

 後で考えれば。どうしてここでその物(・・・)がポケットに入っていたのだろうか、どうしてソレ(・・)を使おうと思ったのか、まったく覚えていない。

 しかし、この時のトシオはこのタイミングでこうする事が最適だと思った。

 脳内に響いた指令に従い、取り出したネックレスを彼女の首へと掛ける。

 そのネックレスとは魔力自動検知型の開発中の魔道具である。

 掛けられた当人の魔力を吸収し自動で起動。

 ここでその対象者であるハルは抜群の魔力保有量を誇っていた。

 なので、その出力はいきなり最大級になる。

 ネックレス全体が狂ったように輝き、そして、紫色のオーラが溢れた。

 

「うっ・・・あっ!」


 突然の魔力の衝撃がハルを襲う。

 快楽にも似た魔力の強制注入の衝撃により、ハルの身体は弓形(ゆみなり)に反応した。

 それは不意打ちに近い攻撃。

 強烈な支配の魔法がハルへ流れ込み、いろいろと順序を飛ばして、彼女の心は完全に別者に支配されてしまう。

 彼女が弓なりになった事で、灰色のローブより大きく突き出された臀部は男を誘う雌の象徴。

 そんな雌としての誘いを受けたトシオは思わずそこに着目してしまう。

 そして、ローブ越しに彼女の臀部に触れた。

 彼女の柔らかい臀部は男としての本能を刺激し、トシオは興奮を高めていく。

 

「あぁ、部長・・・素敵です。アナタの魔力はどうして僕を狂わせるのでしょうか・・・」


 ここでずっと我慢していた言葉がトシオの口から零れる。

 彼はこれまでずっと我慢していた。

 それは、ハルと深い関係になりたいと心の底から願う欲望。

 そのトシオをこれまで邪魔していたのは一言で言えば『倫理』である。

 自分がヨシコの彼氏であるという事と、ハルが人妻であるという事実・・・それを頭で理解し、自分の欲望にブレーキをかけてきた。

 しかし、今は無駄だった。

 我慢と言う行為が、どれほど愚かだったのだろうか。

 自分の欲望を通せばよかったのだと、今はそう理解している。

 

「ああ、好きです。部長・・・僕のものになってください。僕と共に魔法技術の真理を追究しましょう。ここは僕らだけの世界・・・誰にも邪魔させない・・・」


 もし、誰かが今のトシオの姿を観れば、その瞳は欲望の塗れ、狂人の光を宿している事を知っただろう。

 しかし、現在のハルはトシオの支配下。

 トシオの望みを何でも実行しようとする女になっていた。

 

「・・・あぁ、見たい・・・部長の本当の姿を・・・何も隠さない真の姿を・・・」

「あぁ! トシ君!!」


 そんな彼女の応答はトシオをより刺激する。

 益々興奮を高めて、彼の脳内は自分の欲望で上塗りされる。

 

「観たい。観たい。君の真の姿を・・・もっと魔力を纏う美しい姿を・・・」


 ハルの臀部を激しく揉むが、それをハルが一時止めた。

 

「待って、解ったわ。私の真の姿がそれほど見たいのね」


 ハルはトシオの方へ振り替えると魅力的なウインクをひとつする。

 そして・・・

 

「変身よ!」

「えっ!?」


 ここで魔力の爆発が起きた。

 それはハルが白魔女の仮面を被ったからだ。

 これがトシオの願いを叶える行為・・・

 彼女の全開出力の魔力放出。

 それができるのはハルが白魔女になった状態だからだ。

 髪がシルバーに染まり、ローブがタイトに縮み、彼女の身体の凹凸部分を激しく主張している。

 肌はもっと白くなり、唇の朱が増した。

 女性としての魅力は最高潮。

 そして、彼女の瞳の色が紫色に染まったものが一瞬エメラルドグリーンへと変わり、その後、また紫へ戻る。

 支配の魔法が継続している証拠である。

 

「なっ、なっ!」


 驚くトシオ。

 そして、白魔女が魔力の輝きから姿を露わにする。

 

「これが私の真の姿・・・アナタの白魔女よ」


ドーーン


 魔力の放散がおきた。

 継続的にハルから魔力が放出されている状態。

 その魔力の坩堝(るつぼ)をトシオの目から観察してみれば、それは魔法を愛する彼の世界で幸せの絶頂を感じさせていた。

 魔力の煌めきはトシオの望むところ。

 

「な、なんて・・・美しいんだ」

 

 今まで感じた事のない魔力の爆発に、彼は絶頂感を味わっていた。

 最高潮に興奮し、男として我慢の限界を我慢しつつ、頭のどこかで求めていたものとは何かが少し違うような気もする・・・と違和感の否めないトシオだったのはここだけの話である。

 


あれれ? ハルが支配の魔法の餌食に・・・彼女はどうなってしまうのでしょうか? 今後をお楽しみに。

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[良い点] この話はオリジナル版よりもこの改訂版の方が描写が好き
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