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第十四話 反戦のクマさん


「まったく。そのポテトチップスって、それほど人気あるの?」


 ハルはハヤトとジュンが夢中になっているお菓子の事を聞いた。

 そこは自信満々でハルカが自慢を返してくる。

 

「コレ、大人気商品です。ルカちゃんとススムさんの合作なのですよ」

「ふーん」


 ハルのよく知る人物の名前が出てきたので、話題のポテトチップスを取ってみる。

 それはサガミノクニのように派手で衛生的な外観(パッケージ)ではなかったが、商品名がデカデカ書かれていて、そこに独特の作風の絵も描れている。

 

「・・・売店特性ポテトチップス・横浜家系ラーメン味って・・・」

「それってとても美味しいですよ! ニンニクと醤油の利きが絶妙です。パッケージの絵は私が描きました」

 

 ハルカはここぞとばかりに自分の腕前を宣伝してきた。

 呆れるハルだが、確かにちょっと興味が出そうなパッケージである。

 

「よくそんなものを再現できたわね。違う意味で感心するわ」

「ですよねー。これもルカちゃんの調味料調合の技術とススムさんのジャガイモを薄くスライスする調理技術。あと、ゲンさんの醤油のお陰ですね」

「ゲンさんって初めて聞く名ね」

「ああ、ハルさんは知らないですよね。あの人って殆ど醸造蔵から出てきませんから」


 どうやらゲンさんとはこちらの世界で醤油を再現した有名な人物らしいが、中々姿を現さないその人物をハルが知らないのは当然だとハルカは言う。


「ゲンさんって西田(ニシダ)源治(ゲンジ)って職人のお爺ちゃんの事さ。確か、甥っ子さんと転移事件に巻き込まれたらんだって・・・」


 ハヤトがゲンさんなる人物の情報をハルに伝える。

 

「ふーん。本当にあの開放祭にはいろいろな人に来て貰っていたのね。こういう事言ったら不謹慎かも知れないけど、ここの研究所は本当に人材が豊富よね。醤油職人もいるなんて」

「ハルさん、ゲンさんは醤油職人でありませんよ。元々は日本酒醸造の職人さんだったらしいです」


 細かい訂正するハルカ。

 和やかな見た目に反して細かい性格のハルカだ。

 そんなしっかりとした性格だから売店の売り子をひとりで任されているのだとハルは思う。

 

「ホントだ。よく見れば、醤油や日本酒も売っているし・・・丸源って、本人らしき商標のラベルも貼られているわ」


 ハルは近くに陳列されているビン入りの醤油や酒を手に取り、そう納得する。

 

「どおりで、ココの食堂がサガミノクニの味の再現レベルが高過ぎると思っていたのよ。理由はコレね」

「そうです。我々の中ではルカちゃんとススムさん、ゲンさんは英雄ですよ!」


 エヘンとハルカがスリムな胸を張ってそう自慢する。

 確かに故郷の味――食文化が得られると言うのはこの異世界で暮らして行くのに大きな要素となる。

 こちらの世界でも美味しい料理は存在しているが、人間とは故郷の味をなかなか忘れられないものである。

 ハルもそれを再現するのに腐心していた過去があるから余計に理解できた。


「なるほどね。この売店で売られているのはこういった故郷の文化の再現品も多い訳ね」

「そうです。やはり皆さん、故郷を懐かしんで買われていきます。こちらの世界の商品で最近売れている物と言えば、これぐらいでしょうか?」

 

 ハルカはそう言って売り場の後ろ側に設置されたガラス棚へ厳重に保管・陳列された品物を指す。

 その商品に真っ先に反応したるのはハヤト。

 

「おっ、やはりそれが一番人気か、俺もひとつ欲しいなぁ~って思っていたんだ。高いけどなぁ・・・」


 ハルもその商品を見て納得する。

 

「懐中時計ね。それってエストリア帝国製の魔道具じゃない。それもひとつ五十万ギガなんて、べらぼうな価格ね」


 かなり強気の価格設定である。

 元はハルの製作した懐中時計だ。

 その本当の価値は製作者であるハル自身が一番よく解っている。

 展示されている懐中時計を見たところラフレスタの旧エリオス商会で売られていた一般仕様品をボルトロールが輸入したようで、現地での価格は確かひとつ八万クロルほどだったと覚えている。

 それを転売に転売を重ねて不当な為替も相まり、ここボルトロール王国の研究所の売店では凡そ六倍以上の価格になっている事に驚くばかりだ。

 

江崎(エザキ)さん、これ知ってんの?」


 懐中時計の存在をハル聞くハヤト。

 

「ええ、それはエリオス商会の懐中時計よ。ラフレスタでは有名な魔道具。私も持っているわよ。ほら」


 ハルは懐に仕舞っていた懐中時計のひとつを取り出す。

 

「すげぇー! 高級品を持ってんなぁ~」


 羨ましそうな視線を送るのはハヤトとジュン。


「ハヤト君には必要ないじゃない。スマートハンズを持っているでしょ? ローカルモードで動いているならば、現在の時刻は解るはずよ・・・」

「ケッ! これだから江崎(エザキ)さんは男のロマンってものを解っちゃいねーんだよ。だって、コレって格好いいじゃん!」


 それにウンウンと頷くジュン。

 

(やっぱり、男の子ってこんなギミックが好きなのね・・・)

 

 呆れと共に、そんな男子の気持ちを何となく理解できるハル。

 確かに元の世界でもスマートハンズ全盛期の時代に、二十世紀初頭に出回った機械式時計がまだ一定割合人気を得ているのだ。

 性能も悪く、メンテナンスも大変なのに、機械的なギミックは一定数の人間を魅了して止まない。

 ハルも魔道具師として技術の世界に居る身としては、精巧に動作している機械製品を所有してみたいと思う気持ちも解らなくない。

 しかし、そう思うとこの暴利が余計に腹立った。

 

「へぇ~ ハヤト君はこれが欲しいのね?」

「そ、そうだよ・・・でも高くて、俺の安月給じゃ。手が届かねぇ~ 無理すりゃ買えないこともないけど、それがアケミにバレたら怒られちまう」


 そんな小市民的な事を言うハヤト。

 ここで彼の心を観てみると、アケミとは将来の約束――実のところはまだ曖昧だが――をしていて、それなりに貯金しているようだった。

 アケミとは彼なりに真剣に付き合っているようで、その真意が解っただけでもハルは気分が良くなった。

 

「解ったわ。じゃあ、これあげる!」


 ハルはそう言い自分の使っていた懐中時計をハヤトに渡した。

 

「へ?! 江崎さんの使っていたのを・・・本当にいいのか?」

「いいわよ。実はラフレスタで買うと、これよりはもっと安いの。その代わりこれで貸しひとつよ。あとで何からの形で返して貰うからね」

「何だよ。それ怖ぇ~なぁ」


 遠慮がちのハヤトだが、ここはハルが押し付けた。

 それを羨ましく見るのはジュンだ。

 その視線にハルも気付く。

 

「あらら? ごめんね。ジュン君にも同じものをあげるわ。ジュン君はうちの莫迦弟と仲良くしてくれたから、そのお礼よ。大丈夫、大丈夫。『懐中時計』はエストリア帝国からのお土産にと一杯買ってあるから」


 ジュンにも別の懐中時計を渡した。

 ジュンは言葉数少なかったが、それでも目が輝いているのがハルにも解る。

 そんなハルに驚くハルカ。

 

「まったく、ハルさん。懐中時計ふたつで百万ギガですよ。気前良いを通り越して何と言えばいいか・・・」

「大丈夫よ、ハルカさん。ここでは一個五十万ギガもするけど、ラフレスタではもっと安いのよ。それに懐中時計を取り扱っているエリオス商会には私の知り合いがいて、お友達価格で融通して貰えるから、それなりに安く手に入るわ。だから遠慮なく使って、ハヤト君、ジュン君」


 魅力的な笑顔でそう勧めるハル。

 対するハヤトは興奮気味だ。

 

「ありがとう。ほら、ジュンもお礼言っとけ」

「あ、ありがとう・・・」


 まだオドオドと小さい声でお礼を伝えてくるジュンが可愛かった。

 ハルが思わず、その頭をナデナデと・・・

 ハヤトも「これって江崎さんの使っていた懐中時計か・・・」と何やら想像してデレデレとしている。

 ハルカはあっという間にふたりの男性の心を鷲掴みにしたこのハルを恐るべき魔性の女性だと思う。

 そんな寸劇をしていると、別の男性がこの売店にノシノシと入ってきて大声を発する。

 

「おーい、ハルカ!! 酒だ。酒を売ってくれっ!」


 ここで入ってきたのは大柄な男性。

 顔は鬚面で、全身に濃い体毛の印象が目立つ。

 もし、白衣を着ていなければ、ここの職員だとは絶対に思わない。

 

「あっ、クマさん! 駄目ですよ。今は日中です。昼から呑むなんて認められませんから」


 歴戦の戦士と言っても過言ではないこの野性味溢れる男性の迫力にも怯まないハルカ。

 それはハルカがこの男性の事をよく知っているからである。

 

「そうだぜ、クマさん。昼からヤケ酒なんて勧められねぇ」


 ハヤトもハルカに続く。

 どうやらこの男性、見た目にそぐわず、ここの人達から一定の好感を得ているようであった。

 ハルはそんな事を思いながら、しばらく観察するを続ける。

 

「酒は飲まれるために生まれてきたんだ。そして、俺は今、飲みたい気分。そうでもしないとやってられんっ!」


 不満を吐く男性。

 その愛称の如く、もし、ここで酒を売らなければ、暴れ熊にでもなりそうな雰囲気を放っている。

 

「どうしたんですか? そんなに荒れて。また所長と言い合ったのですか?」

「そうだ! ハルカ、お前、ここの兵器開発をどう思う?」

「唐突ですね。それは良くない事だとは思いますけど・・・」


 ハルカが言い終わる前にクマ男が言葉を挟む。


「ならば、我々は今すぐ兵器開発を止めるべきだ!!」


 クマ男はその顔に似合わず反戦を主張してきた。

 

「それも唐突ですね。ああ、想像できましたよ。それでまた所長と言い争いになったのですね」

「そのとおりだ。あのクソ阿呆。兵器開発はおいしい仕事だとか抜かしやがった。本当にクソ野郎だ」


 唾を飛ばし興奮気味に不満を吐くクマ男にハルカは慣れているのか、それほど慌てない。

 ここでハルが会話の間に入る。

 

「随分とご機嫌が斜めのようね。クマ男さん」

「んん? 何だ、君は? 見たことない顔だな?」

「えっと・・・私は江崎(エザキ)春子(ハルコ)。最近、第四研究室に入り素材錬成を始めたの」

「なるぼと。養老(ヨウロウ)先生から聞いていた行方不明だったエザキ家の長女が帰ってきたってヤツか。それが今は鈴木(スズキ)のところにいる研究員。そんな格好しているからボルトロール王国の魔術師かと思ったぞ」

「これでも私はれっきとしたサガミノクニ出身者よ」

「らしいな。黒い髪に黒い瞳、それに東アジア共通言語を喋っているし、とても別嬪さんだ。まっ、俺の女房には及ばないがな。ガハハハ!」


 豪快に笑うクマ男・・・彼が悪い人間に見えなかった。

 

「アナタは?」

「おっ!? これは失礼。自分の事を紹介してなかったな。俺は山岡(ヤマオカ)熊五郎(クマゴロウ)。第三研究室の室長で機械屋だ」

「なるほどアナタがクマゴロウ教授ね。入院していたと聞いていたわ」

「そのとおり。ちょいと野暮用で前戦地に行っていたが、そこで派手に負けて怪我を負っちまい、養老(ヨウロウ)先生のところでお世話になっていたんだ」


 職人肌の実直な物言い。

 粗暴だが会話に無駄が無く、上辺で取り繕った人間よりもよほど信用できるタイプの人間だとハルは思う。

 

「なるほど、そこで戦争の怖さを知り、所長に方針転換を進言したのね」

「左様だ。所長からは怖気付いたのかと罵られたが、俺の事は何とでも言えばいい。間違いっているものは間違っている。俺は自分の作った新兵器の調整もあったが、それ以上にボルトロールの言う『正義の戦争』が本当なのかを見極めに行ったのだ」

「へぇ~。ここの人々にもそんな危険を冒してまで外の世界の事実を知ろうとする人がいるものね」


 ハルの言動は人を小莫迦にするように聞こえなくもないが、そんなつもりは無い。

 単純にクマゴロウ氏の行動を称賛しただけである。

 クマゴロウ氏自身もハルから自分の正義の行動を認めて貰ったと認識する。

 

「そうだ。軍では現場の末端に行くほど倫理感は薄れ、私利私欲に走っていた。『ボルトロール王国の優れた治政を浸透させるために周辺国家で抑圧された人々を解放する事を目的に戦争をしている』と高い理想を述べている奴なんかは中央の役人や高級軍人だけだ。前戦の軍人は壊す・奪う・殺す・犯すしか興味ない。アイツらはそれで自分達が勝てば評価されると思っている」


 クマゴロウはそう唾棄して、前戦の軍人を嫌った。

 

「そんな戦争はいつか破綻する。もし、ボルトロール軍よりも強い存在が現れれば、戦線など一気に崩壊するだろう。そこまで我々が組すべきではない。我々が悪の手先になるべきではないんだっ!!」


 実際の前戦を見てきたクマゴロウ氏の言葉には熱が籠っていた。

 それに懐疑的なのは現実を知らないハヤトである。

 

「それは言い過ぎじゃねぇ? クマさん? ボルトロール王国は世界一の軍事力を持つって言われているじゃん」

「ハヤト君、敵対者を見くびってはいかん。俺は見たんだ。銀色の鱗に覆われたバケモノの存在――銀龍を・・・」

「えっ? クマさん、(ドラゴン)を見たのか? いいなぁ~、それってめっちゃファンタジーじゃん。俺もせっかく異世界に来たんだから、ドラゴンとエルフを見てぇ~と思っていたんだよ!」


 興味津々のハヤト。

 そんな軽い気持ちはクマゴロウ氏の逆鱗に触れる。

 

「この、莫迦者ーーんっ!!」


 大きな声はまるで龍の咆哮(ブレス)の如し。

 まるで威圧の魔法が込められているかのように言圧が放たれ、ハヤトとジュンを迫力で吹っ飛ばす。

 

ゴロゴロゴロッ!


(まったく・・・ふたりとも、いい反応(リアクション)をするわねぇ・・・)


 と、ハルが密かに思っていたのはここだけの話だ。

 しかし、クマゴロウ氏は真剣である。

 

「いいか、お前達。(ドラゴン)を侮ってはいかん。全長百メートルを超えるバケモノだぞ。ジャンボ・ジェットに口と牙と鉤爪が付きの腕が生えていて、その口からは必殺の光線を出す相手だ! 魔法だって使える。そんなバケモノに人類が勝てる訳ないだろうっ!」


 クマゴロウ氏の抱いた恐怖は人間として当然。

 しかし、それが解るのは実際に現場を経験しないとなかなかに伝わらない。

 いろいろあるにせよ、こうして研究員のひとりが恐怖を感じて反戦論者になった事は良い傾向だと思うハル。

 

「クマゴロウ教授。人間が恐れを抱くのは格好悪い事じゃないわ。それは自分の力を過信しないために大切な事だと思う。この世界は神さえも実在していると言われるのよ。人間が世界の絶対的な支配者じゃない事を理解するのは良い事だと思うわ。どれだけ恐れを知っているか、それだけで人は独善的な悪魔にならないものよ。自分達が世界で唯一の支配者だと思わない事。だから他国や他種族にも優しくなれる・・・私はそう思うわ」

「おお! 理解者がここにもいてくれた。良かった・・・俺はまだ滅びたくないんだ。少なくとも息子がこの先こちらの世界で大手を振って生きて貰うために正しい物を残してやりたいと思う」


 切実に自分達の将来を願うクマゴロウ氏。

 

「そうね。それは共感できる。さっきハルカさんにも聞いたけど、ここにいる人達は、やはり、やりたくて武器供与をしている人間ばかりじゃない。兵器製造はここの総意じゃないと信じているわ。私がどれぐらいできるかは解らないけど、ここを変えて行きたいと思っているの」


 ハルはそう願いクマゴロウ教授と握手を交わす。

 それは研究所内で数少ない反戦思想の仲間ができた瞬間でもあった・・・



これで第五章は終わりです。登場人物は先週の日曜日に既に更新しています。

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