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白い魔女と敬愛する賢者たち(ラフレスタの白魔女・第三部)  作者: 龍泉 武
前半編 第一章 黒い稲妻の勇者の冒険
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第四話 リースボルトの悪魔(後編)

「まったく、リズウィ・・・これって安請負じゃない?」

「アンナ、今更怖気付くなよ。これは王命なんだだぜ。拒否なんてするなってお前が言ったじゃねーのか!」

「ええ、確かに言ったわ。でも、こんな怪物を討伐するなんて・・・なんか嫌な予感がするのよね~」


 アンナは気持ち悪い『リースボルトの悪魔』の魔法映像を初めて見せられて、生理的に強い恐怖を感じ取っているようだ。

 

「へん、ビビんじゃねーよ。いいか。確かに敵は手を触手のように伸ばして俺達を捕らえようとしてくるだろう。しかし、その動きは存外に早くはねぇー。大丈夫だ。俺達ならばあのスピードは躱せるはず。過去の俺達を思い出してみろよ。シーンズで敵の罠に嵌って四方八方から弓矢で撃たれたとき必死に逃げきったよな。キノールでの落石の事故もそうだ。岩山の斜面から無数に転がってくる岩を次々と避けられたじゃないか。そして、グラザでの女剣術士もだ。あの剣捌きは『リースボルトの悪魔』よりも相当速かったぜ!」


 過去に遭遇したピンチを掻い潜れた勇者パーティなのだから、大丈夫だと全員を鼓舞するリズウィ。

 リズウィの負けん気が発揮されて、当時被ったピンチを思い出す勇者パーティの彼ら。

 勇者リズウィを補佐している身として、パーティ全員がそれなりの身体能力を誇るエリート集団である。

 しかし、それでも不安を払しょくしきれないのが今回だ。

 

「確かに、私達はピンチを掻い潜ってきた同志です。しかし、それはあくまで人間を相手にしてきた場合・・・あの魔物・・・私も悪い予感がしています・・・」


 そんな不安を実直に述べてくるのは修道女シオン。

 彼女は軍属であり神職、豊穣の神『ルクシア』を信奉しており、神の意思にも近い存在だ。

 彼女が感じている悪い予感を皆は無視できない。

 

「悪い予感か・・・シオンがそう感じているのを俺も莫迦にしない。何故なら俺もあの魔物からは邪悪な何かを感じたからだ」


 シオンに同調してくるのはパルミスだ。

 彼は暗殺者として危険に対しての感覚が鋭い。

 シオンとパルミスという勇者パーティで第六感の鋭い彼らの意見が一致した事で、この魔物に対する警戒は無視できないものとなる。

 

「シオンに、パルミスまでも引っ掛かるものがあるとすりゃあ。こりぁ、この相手を無視できないなぁ~。まぁせいぜい警戒する事にしようぜ。しかし、この魔物を討伐するのも王命。放りだす事もできない」


 リズウィのその意見に全員は納得している。

 もし、彼らがただの冒険者パーティという立場であれば、割に合わない仕事と判断すれば、その依頼を断る事もできただろう。

 しかし、彼らは国王によって認められたボルトロール王国で唯一の公認勇者パーティである。

 半ば、王国の威信が掛かった公務員的な立場でもある。

 しかも、今回の依頼は王命で出されている事もあり、拒否などできる筈がない。

 全員がその事を理解しているからこその諦めである。

 

「当然、我ら東部戦線軍団が十分なサポートをします。勇者パーティが十分な助力を得られずに壊滅したなんて言われれば、我らの首が飛びますから」


 そんなフォローをしてくるメルトル・ゼウラー総司令官。

 メルトル・ゼウラー自ら勇者パーティに同行して、魔物討伐を見届けるつもりであり、もし、勇者パーティから何らかの要請があれば直ぐに対応できる姿勢を示す。

 

「メルトル・ゼウラー総司令。協力ありがとう。それでも依頼を達成するには、まずはこの魔物と遭遇するところからだな」


 リズウィがそう述べるように、先ずは神出鬼没な討伐対象の魔物と出会う事が先決である。

 それを履行するため、今日から魔物の遭遇ポイントであるリース川周辺を捜索するが・・・

 結果的に魔物はまったく出現しなかった。

 そんな魔物と遭遇できないリースボルトでの生活が一週間ほど続く・・・


「まったく、全然魔物いないじゃない。これじゃここに来た意味無いわよね!」


 プンスカと怒るのはアンナであり、気の短い彼女らしいと思ってしまうリズウィ。

 

「そーだな。これじゃ、いつまでたってもこのリースボルトから離れられないぞ」


 グーとソファーで伸びをするリズウィ。

 現在は宿に戻り、夕食を食べて、一息ついている。

 本日の捜索でリース川流域を三往復したが、それでも全く件の魔物とは遭遇できなかった。

 

「このところ魔物の出現情報も無いし、これは俺達に恐れをなして逃げたんじゃないか?」

「パルミス、それはあり得ない。魔物が人並みの知性を持つなど聞いた事がない。そもそも私達の情報を敵がどうやって聞き出せるのだ?」


 真面目なガダルの指摘に唸りを挙げるパルミス。

 ガダルからの指摘は尤もだが、敵がそれを可能にする方法をシオンが思い付く。

 

「方法ならあります。相手が神ならば、その情報は全て知っています。例えば、あの魔物が邪神の眷属だとすれば、正義の勇者パーティがこの地に現れた事を知るのは容易でしょう」

「シオン、幾ら異形の新種の怪物だからと言って、それは話が飛び過ぎじゃねーか?」

「リズウィさんは信仰に興味ないと思いますが・・・神の奇跡を甘く見てはいけませんよ」

「そう言うならば、シオンが神様に聞いてくれよ。魔物何処にいるんだって!」

「ぬっ! リズウィさん、神を便利扱いしてはいけません・・・神は必要な時に必要だと判断すれば、自ずと神託を伝えてくれるもの。こちらから強要すれば、私の信仰を疑われます」

「へん。その神様ってのは結構自分勝手な奴だな~!」


 悪態を続けるリズウィだが、シオンは落ち着いており、安い挑発には乗らず、朗らかにほほ笑み返した。

 

「そうです。神は我々に試練を与えます。そして、その試練とは人の成長に必要なものです。決して乗り越えられないものではありません」

「はいはい。解った。解った。修道女様。神を疑った私が悪ーぅございました」

 

 バネのように大きく身体を反らせて、その反動でリズウィは立ち上がると、部屋から出て行こうとする。

 

「どちらへ?」

「へん、ションベンだよ」


 下品にそう応え、リズウィはパーティが集う部屋から出て行った。

 この宿のトイレは別棟にある。

 下水の整わないこの世界ではよくある構造だ。

 だから、母屋とは別にトイレ棟があり、悪臭などの対処行っている。

 現在は夜であり、雲の隙間から微かに届く月明かりが漏れてくる程度の明るさ。

 それでもここは新規開発中のリースボルトであり、夜でも街の明かりを灯す魔法灯がそこら中に設置されており、それなりの明るさは確保されている。

 だが、リズウィが元住む世界の常識からすると、これでも薄暗くて不便だと思えてしまう。

 青白い魔法光によりトイレ棟までの道は迷う事も無い。

 しかし、それがこの周囲すべての状況を警戒できるかというと、それは難しい状況であった。

 リズウィがその(・・)変化に気付けたのは半ば直感であったりする。

 自分に迫る何かを感じ取り、大きく後ろに跳躍した。

 

「なんだっ!」


 リズウィが数瞬前まで居た空間に白いふたつの腕のようなものが伸びたてきたのを視界が捕らえた。

 

「あらっ! 勘が良いのですね。絡めてさしあげようと思ってしましたのに。流石は勇者様ですわ」


 女の声でハッとなるリズウィ。

 そして、その暗がりから・・・成人女性がひとり姿を現す。

 

「こ、こいつは!」


 驚愕の顔に固まるリズウィ。

 それは、そこにいたのがあの映像で見た魔物の女の顔だったからだ。

 

「魔物かっ!」


 リズウィは身構えた。

 しかし、現在は宿に戻ってきて平時だと思い、油断していた・・・自分が帯剣していなかった今を酷く後悔する。

 対する魔物はすぐに襲ってこようとはしなかった。

 

「こんばんわ。ボルトロール王国の勇者さん」

「俺を知っているのか? っていうか喋ってやがる!」

 

 初めて知性ある魔物の出会い驚くリズウィ。

 

「ええ、喋りますよ。私が主より依頼された仕事はもう終わりましたので、そろそろ帰っても良かったのですけど。その前に折角ですから、私を討伐しようとする勇者様の顔を見ておこうと思いまして」


 女性の姿をした魔物はまるで人間のようにリズウィに語りかけてくる。

 そして、現在この魔物は服を着ている。

 それは黒を基調とした清楚な服装であり、もし、何も知らなければ、彼女は神職者の敬虔な司教のように見えただろう。

 だからリズウィは警戒した。

 

「お前、何者だ?」

「私・・・」


 相手はどう答えるか少し迷い・・・

 

「かつて、人間だった頃に名前を持っていましたが、今、それは何の意味もありません。今の私は神の使徒・・・偉大なる真の神にお仕えする(しもべ)のひとりです」

「嘘つくな!! お前は魔物だ。人を食う敵だ!」

「そうですね・・・しかし、私が食べたのは(ごう)を持つ罪深き人間のみです。彼らを人の世から冥府の神ハドラの元へ送り届けただけですよ」

「詭弁を!」

「嘘じゃありません。今の私は人の心がよく観えます。勇者様は嫌がる女性を強姦したり、子供を殺した人間を許せますか?」

「・・・」

「私が食べたのはそんな罪深き人達だけです。あとは冥府の神が彼らを裁いてくれるでしょう。もし、罪が無かったり、軽ければ、ハドラ神は供物を気に入りません。そんな人間の魂は天上界へ送られます。あとはノマージュ神が面倒を見てくれるはずです・・・尤も私が間違いを犯すとは思いませんが・・・」

「・・・」

「今も嘘を言っていると思っているでのしょう? 勇者リズウィ様?」

「ぐ・・・」

「もう一度言っておきますが、私には人の心が観えます。あなたは私が虚言を述べていると疑っている・・・よろしい、証明してみましょう。まず、勇者リズウィ、あなたはこの世界の人間ではない、異世界人ですよね?」

「ぐっ! 何故、それを!!」

「それは、私があなたの心を見えるからに他なりません」

「ち、畜生、全てお見通しってことかっ!」

「それにあなたには生き別れたお姉さんがいますよね?」

「ああ、そうだよ。くっそう、コイツには何も隠し立て出来ねぇ・・・」

「そのお姉さん。相当に困った人ですよねぇ。私も人間だった頃、大変お世話(・・・)になりましたから、よく解ります」

「何? お前、(ねえ)ちゃんのことを知っているのか?」

「ええ、あなたのお姉さんとその夫の方はとてもよく存じ上げていますよ」

「何だって? ねえちゃん、結婚したのか? あの凶暴女が信じられねぇ!!」


 あのガサツな姉が結婚するなどリズウィは全く想像ができなかった。

 

「ええ、結婚しました。彼女達の真実の愛を我が主はとても祝福しています。私には少々気に入らないところもありますがね・・・」


 ここで女の魔物の口角が少し上がる。

 まるで意地悪な女性が同僚の結婚を妬んでいるかのような顔であったが、リズウィの心はそれどころじゃない。

 

「おい、お前。(ねえ)ちゃんの居場所を知っているのか? こっちに飛ばされてきた時に別れて以来、ずっと探しているんだ!!」

「さぁーて、どうしましょうか? ねぇー?」


 意地悪な顔をする彼女。

 当然だがリズウィはそんな女の態度が気に入らない。

 力尽くでも聞き出してやろうかと思った矢先に、女の方が折れた。

 

「そんな怖い顔しないで、ワイルドなアナタの魅力が台無しになりますよ。解りました。教えてア・ゲ・マ・ス」


 ここで魅力的なウインクをするその姿に、リズウィの怒気が抜かれた。

 これはこの女がリズウィの記憶になる姉の姿を模写した姿であったが、それにはすぐに気付けないリズウィ・・・

 

 しかし、その直後、女の魔物に飛来する魔法の気配。

 

ドーーーン!


 ここで、夜中の宿の敷地内に火炎魔法の火柱が上がった。

 

「リズウィーっ! 大丈夫!?」


 ここで血相を変えて現れたのはアンナだ。

 彼女が魔法を放った。

 戻りが遅いリズウィを心配して外に出て見れば、件の魔物の姿を視認するアンナ。

 丸腰のリズウィを救うため、咄嗟に火炎魔法を放ったのだ。

 それは勇者パーティの名に恥じず、中級魔法を滞り無く放つアンナ。

 普通ならば、この必殺の火炎魔法を浴びた敵は肌が焼かれて死に至るのだが、ここで対峙する魔物は特別だった。

 

「まったく、横からしゃしゃり出て、話に水を注ぐ・・・ではなくて、火を注ぎましたよねぇ?」


 多少苛立ちながらも、表面上は呑気にそう応える女の魔物は、ここで特に慌てた様子を見せない。

 彼女は燃える自分の衣服にふぅーと息を吹きかけると、魔法の炎は瞬く間に消え失せた。

 一瞬のうちに必殺の魔法を無効化させたその驚愕の光景に、アンナに続き飛び出してきた勇者パーティの一行が固まる。

 

「こいつっ! あの魔物かっ!」

 

 ガダルは剣を構えたが、これに対峙する魔物は目を細めるだけであった。

 

「もし、気に入らなければ、メンバーのうちふたりほどは食べていいとも言われていたけど・・・」


 その『食べていい』という言葉に、怒気を高めるリズウィ。

 

「止めておきましょう。これではリズウィ君が怒りそうだから、ね・・・」


 魔物は再びウインクする。

 

「ちっ、貴様っ!」


 ガダルは舐められたと思い、魔物に斬りかかった。

 それをパッと躱し、後ろへ飛び退く魔物。

 それは凄まじい跳躍であり、あっという間に夜の帳にその姿が消える。

 

「ま、待てっ!」


 リズウィの口から思わずそんな静止の声が出る。

 彼は自分の姉の所在を知るこの魔物を逃してはいけないと思った。

 しかし、件の魔物は心を読んでその要求だけは理解していた。

 だから、闇から声だけが返って来る。

 

「勇者様、西へ行きなさい。そうすれば、お姉さんと出会えるわ・・・」


 そして、その直後、周囲は静けさを取り戻した。

 それまで強大な敵として放つ緊張感がここで一気に無くなった。

 リズウィがふぅーと息を吐く。

 

「・・・助かった。俺達は見逃されたのか!?」

 

 反射的にリズウィの口から出たそんな一言。

 それはここで対峙していた魔物と自分達の圧倒的な実力差を無意識のうちに感じていたのかも知れない・・・

 

 

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