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第十一話 王国炎上(後編)


「コゥーーーッ!!」


 人では考えられない魔物のような息を吐いた雄叫びを挙げてシュナイダーが襲ってきた。

 

「早いっ!」


 漆黒の仮面アークはリューダを抱いたまま、その場を飛び退く。

 そこにシュナイダー渾身の槍が降り降ろされる。

 

ド、ド、ド、ド!


 木造の床が一瞬で掘削された。

 恐ろしいパワーだ。

 

「逃がさんっ!」


 シュナイダーが人間の言葉を発したかと思えば、槍の軌道が九十度曲がる。

 そこは正確にアークの躱した方向へ攻めてくる。

 

ガン、ガン、ガンッ!


 立て続けに三回の打音。

 アークが魔剣エクリプスを抜き、シュナイダーの槍の打撃を防いだ。

 こうでもしないと抱いているリューダごと串刺しにされてしまう。

 そんな容赦のないシュナイダーの槍術だ。

 

「早い。そして、狙いが正確で一撃一撃が重い! これはリズウィ君以上か?」


 互いに人間技ではない攻防だが、漆黒の騎士アークはシュナイダーの槍術を冷静にそう評価した。

 

「当たり前だ。俺はボルトロール王国でトップの戦士。勇者ほど甘くはないぞ!」


 実力ではリズウィに負けないと言うシュナイダー。

 アークもそのとおりだと思った。

 シュナイダーはそれほどに玄人的な技を振るう戦士であった。

 無駄な動きはなく、正確無比に相手が最も不得意とする急所を突いてくる。

 その攻撃に派手さはないが、確実に敵を殺傷する技が込められていた。

 

「シュナイダー、止めない! アナタが攻撃しているはセロ国王より守れと命じられたフーガ一族の仲間ですよ!」


 リューダがシュナイダーに叱責する。

 しかし、シュナイダーはそんな姉こそ間違いっていると返してきた。

 

「姉者。その男を庇うのは止めろ! 奴はシャズナ様の敵。栄えあるゼルファ王国復活を阻む敵だ!」

「シュナイダー、一体何を・・・」

「姉者も目を開けて、シャズナ様を見ろ。そうすれば、未来が見えてくる。我らはシャズナ様と共にゼルファ復活の使途となり、この腐ったボルトロール王国に正義の鉄槌を下す。そして、姉者はシャズナ様の子を宿し、ゼルファ王国復活の礎となるのだ」

「私は・・・認めません。シュナイダー・・・アナタは完全にシャズナに心を支配されてしまったのですね。忘れたのですか? 私達のお父様が誰に殺されたのかを? シャズナは仇ですよ! 我々から父を、国王を奪った男に、死んでも屈したりしません!」

「ふん。聞き分けのない姉者だ。本来ならば万死に値する拒絶だが、姉者は特別な存在。強引にでもシャズナ様の軍門に下って貰おう」


 シュナイダーはそう述べて槍を構え直した。

 その姿は力強く、敵ながら堂に座っていると思うほど落ち着いている。

 しかし、アークもここで負ける事はできない。

 

「シュナイダーさん。アナタのその武は尊敬できる。どれほどの鍛錬を積んだのか、どれほど苦労して得られたものなのか、理解はできる」

「煩い! 貴様に同情されたくはない。我が姉者を誑かそうとしている者よ。姉者を返せ!」

「シュナイダーさん。俺はアナタからリューダさんを奪った覚えはないが・・・」

「しらばっくれるな! 仮面の騎士よ。姉者の事は俺が一番解る。今のお前に見せている姉の態度は『雌』そのもの。完全にお前を自分の『雄』として認めている。そんな姉の姿など・・・情けない。我らゼルファの誇りは何処へ行ったのだ!」

「シュナイダー、私に対して何という何と言う口の利き方。アナタは・・・」


 リューダは自分の弟から浴びせられる言葉が気に入らず抗議するが、それをアークが止めた。

 

「リューダさん。止めておいた方がいい。今のシュナイダーさんはシャズナに支配された心だ。真実の姿ではない。何を言っても無駄だ」

「ふん。仮面の男。その意見だけは同意する。今の俺はゼルファ復興こそすべてである。実に清々しい。ずっとボルトロール王国から植え付けられた偽物の思想から解放されてスッキリだ。俺はシャズナ様に感謝しているんだっ!」


ブォン


 ここで風を斬るような風圧で槍を振るう。

 第二戦の開始の合図だ。

 漆黒の騎士の顔面を狙った一撃だが、それもアークは見切り、最小限の首の移動で躱す。

 余裕で避けているように見えるが、それでも紙一重。

 シュナイダーの腕前にハラハラしているのは、当のアークの内心であったりする。

 

(シュナイダーさんは本当に素晴らしい技量を持っている。これはリズウィ君よりも余程に強敵だな・・・漆黒の騎士に変身していなければ、危なかった)


 アークがそう思うほど、シュナイダーの技量は卓越していた。

 逆を言うと、漆黒の仮面に変身した今ならば、勝てる相手だと思われる。

 しかし、シュナイダーは真の敵ではない。

 いや、リューダの弟という時点でアークにとっては味方と言って良いほどの存在だ。

 できれば無傷で助けたい。

 

(彼を無傷で無力化するのは少々困難だ。ここにハルがいてくれれば、もう少し楽なんだが・・・)


 漆黒の騎士の状態ならば魔法も使えるアークだが、基本的にアークは剣術士。

 これほど手数の多い相手に魔法を使って無力化できるほど器用ではない。

 それに今はリューダを庇っている状況。

 

(リューダを解放してもシュナイダーならば放置してくれるかな・・・いや、だめだ、彼は今、シャズナの駒だ。そのままリューダを捉えて誘拐しかねない)


 素早くそう思考して、アークはリューダを守る事を優先する。

 それが良かった。

 しばらくリューダを庇いながらシュナイダーの槍の猛攻を躱していると、(へい)の向こうから数発の魔法の氷塊が放物線を描いて攻撃してきた。

 

ヒューーーン、ドーーーン


 巨大な質量感のある氷塊がこの地へ降り注ぐ。

 ひと際大きな氷塊がアークの立つ場所目掛けて着氷するが、ここは魔法抵抗体質のアーク。

 飛来するその氷塊を魔剣エクリプスで打ち砕いた。

 

ガキーーン!

 

(良かった。もし、リューダさんを離していたら、この無差別魔法攻撃に巻き込まれていたかもしれない)


 アークがそう思ったのはそこら中が氷漬けになっていたからだ。


「ぐわっ! 何で!?」


 理不尽な悲鳴を挙げて氷結してしまうのはシャズナに使役された人達。

 シャズナも飛来する氷塊を避けている。

 この氷塊攻撃は敵味方関係なく襲ってきた。

 氷塊にはこのように強い温度低下の魔法が込められていて、そこら中が氷柱爆撃を受けている。

 しかし、アークは魔法を分解できるので、漆黒の騎士の周りだけは凍らずの状況を維持できていた。

 シュナイダーも氷結攻撃を上手く躱して、今は距離を取っている。

 そして、この遠隔の無差別魔法攻撃した者が姿を現す。

 

「クーックク、シャズナ狡いぞ。お前ひとりだけ、こんなところで遊びやがって! 私も混ぜろっ!」


 不遜な態度でそう述べるのは深紫の魔術師ローブを着た男性。

 ボルトロール王国でも珍しい伝統的な魔術師の井出達である。

 その男の登場を認識したシャズナは顔色が怒気に染まる。

 

「おい、グリッサンド! お前の役割は王城だろ!」


 その言葉にハッとなるのはリューダである。

 そのひとことで、これまで外で大暴れしているシャムザの作戦の意味を理解してしまった。

 

「まさか、ここの反乱は陽動っ!?」


 その言葉にアークも状況を理解した。

 

「なるほど、作戦としては悪くない。シャムザがここで暴れるのは、この場を混乱させることに加えて、陽動・・・つまり、お前達の真の狙いは王城・・・セロ国王の暗殺なのか?」


 アークの指摘に顔が真っ青になるリューダ。

 これは明らかに自分達の軍部の大失態である。

 

「怪しい仮面騎士さん。大正解~~」


 上機嫌のグリッサンド。

 それは鬱陶しいぐらいの陽気を放っていた。

 

「グリッサンド、無駄口を叩くなよ。お前がここに来ていると言う事は仕事を果たしたんだろうなぁ!?」

「いいや。残念ながら作戦は失敗だ。セロ国王の野郎は直前で逃げられた。難攻不落の研究所へ逃げられたので、簡単に手出しできねぇ~。あそこは俺達でも力が及ばないところ。今回は失敗だ」


 その言葉に益々機嫌が悪くなるシャズナ。

 

「何?! 失敗しただとぉ! 呑気な事を言いやがって!! 今回の作戦にどれほど苦労を費やして準備をしたのか解っているのかっ!」


 噛みつくシャズナだが、グリッサンドは悪びれていない。

 

「しゃーねぇ~じゃねーか! 駄目だったものは駄目なんだよ。また次やればいい。その方が楽しみは続くってもんだ」

「く・・・だから、我はお前と組むのを反対したんだ。貴様は戦いを娯楽だと考えている節がある」

「ああ、そのとおりだ。ゾクゾクするぜ! この娯楽は女とヤルよりも何倍もいい!」

「この・・・戦闘狂(バトルジャンキー)め。イドアルカ機関はこんな狂人ばかりだ」

「違うね。俺は()イドアルカ構成員。今はフリーだ。お前にもいいモノを与えてやったじゃねーか!」


 グリッサンドはそう言って懐から小型の魔法の杖を取り出す。

 それはシャズナの持つ『支配の杓』と呼ばれる魔道具の小型版である。

 それを漆黒の騎士に向けてこう唱える。

 

「俺の支配を受けよ!」


ヒュイーーーン


 紫色の魔力の光線が漆黒の仮面を撃つ。

 的を射る蜘蛛の糸のような魔力が放たれるが、それをアークは魔剣エクリプスで断ち切った。

 

「はん? 何だ? この変な仮面の野郎。俺の支配の魔法にも対応できるのか?」

「そんな陳腐な支配の魔法など受けない!」


 アークは強く剣を構えてグリッサンドの魔法に対抗する。

 支配の魔法は目をまだ瞑るリューダの身体にも触れたが、彼女も支配されたくないと思い、強く目を閉じていて抵抗していたので、魔法の影響を受けなかった。

 

「ほう。これは驚いた。支配の魔力を斬る男か・・・シャズナが心配していた事も当たるんだな。我々の最大の障害は魔力吸収を持つ魔剣の存在だと・・・しかし、こいつは何者だ。見たところ勇者様じゃねぇーようだし」

「その勇者の姉婿だと言うらしい。確か名前はアーク」

「俺は『漆黒の騎士』だ。断じてアークではない!」


 この場で自分はアークではないと主張するアーク。

 リューダを抱いている手前、ここでアークは他人であると主張しておきたかった。

 

「なるほど。漆黒の騎士か・・・覚えておこうじゃないか。シャズナ、面白くねぇーが、今は撤退の時。セロ国王がここで暗殺できなかった現在、俺達の作戦は失敗だ。一旦撤退して体制を立て直すぞ。楽しみまだまだ続くぜ」


 グリッサンドはそう言って、ここで煙幕の魔法を発動させる。

 

ボンッ!

 

 小さな爆発が起こり、周囲に灰色の煙幕の魔法が充満する。

 

「ゴホッ、ゴホッ! この煙たさは魔法だけじゃない。何かを燃やしたのか?」

 

 アークは堪らず咳き込む。

 悪臭がした。

 一緒に抱いているリューダも激しく咳き込んでいた事から、アークは煙幕に何らかの薬品が混ざっていると察し、これから離脱する。

 結局、それが隙となり、グリッサンドとシャズナはこの戦域から離脱を図る。

 

「く、逃がすかっ!」


 一瞬対応が遅れたアークは彼らを逃がすまいと追跡を始めるが、それを妨害する人達が立ちはだかった。

 それはシャズナが支配した一般人達のうち、氷結を免れた暴徒達。

 彼らはナイフや棍棒などの弱弱しい武装で漆黒の騎士に挑もうとしてくる。

 その動きは緩慢であり、素人に毛が生えたようなもの。

 

「これは・・・街の人々、一般人か? 支配の魔法で操られているな?」


 瞳が紫色に光るその特徴を目にして、そんな事実を悟る。

 元は罪のない一般国民、アークは彼らに危害を加えるのを戸惑った。


(どうする?)


 少しのそんな悩みが、シャズナ達の逃亡を成功させた。

 追跡の失敗を悟るアークであったが、そんな事よりもこの支配された国民達をどうするか、対応に悩む。

 そこで彼の一番の相棒が間にあう。

 空中に転移の魔法陣が現れたかと思うと、その光の中から仮面の美女が飛び出してきた。

 

「お待たせ。遅れたわ」


 ここで現れたのは白魔女。

 彼女はここの事態をアークとの心の共有にて一瞬で理解し、解決に便利な魔法で対応する。

 

「眠りの雲よ。彼らに安眠を提供せよ!」


 言葉で述べるようにその効力のある魔法を易々と唱えると、桃色の煙幕が周囲に広がり、元々周囲を漂っていた灰色の煙幕を追いやった。

 

「何だ。この雲は! う・・・」


 桃色の雲が人々の頭に纏わりつき、そうしてしばらくすると彼らは深い睡眠へ誘われた。

 

パタン。パタン・・・


 面白いように人が倒れていき・・・こうして支配された人達は無力化された。

 その雲がゆっくりと動いて街中へ充満し、手あたり次第支配された人を昏睡させていく。

 それで周囲の喧騒は止んだ。

 普通ならば、ひとりでこのように広範囲で魔法行使はできないのだが、ここは白魔女の膨大な魔力による力業である。

 これで戦いが一旦終息したこと確信するアーク。

 

「もう、戦いは終わったようだ。彼らをどうやって支配を解くかは後回しでいいだろう。それよりもハル。変身を解いて」


 心の共有によりアークの意図を正しく理解したハルは、素直に白仮面を外して変身を解く。

 ハルの姿が元に戻ったのを確認してアーク自らも仮面を外した。

 そして、アークはまだ目を瞑ったままのリューダに話し掛ける。

 

「リューダさん。もう大丈夫ですよ。シャズナは去りました。目を開けてください」


 アークのそんな声を聞き、リューダが恐る恐る目を開ける。

 今まで強く目を瞑っていたので、(まぶた)がまだピクピクとしていた。

 それは愛嬌のある姿だったが、今はそんなリューダの姿を笑える状況ではなかった。

 彼女は悲痛な顔でアークにこう述べる。

 

「シュナイダーがいない・・・シャズナと共にここから逃げたのね・・・」


 リューダがワナワナとよろめく。

 それはあまりにも哀れな姿。

 アークが堪らずリューダを優しく抱いてあげる。


「大丈夫ですよ。シュナイダーさんは必ず助ける。大丈夫ですから」


 そう励ますアークに、リューダは小さい声で嗚咽を漏ら涙を流した。

 それはシュナイダーが連れ去れた事への悲しみ。

 シュナイダーはリューダにとって唯一の肉親である。

 その弟を連れ去れた事からくる不安であった。

 そんな弱弱しい女性の姿となるリューダを励ますアーク。

 ハルはそんなアークとリューダに何かを言う事もなく、そっとただじっと悲痛な現状を見守るだけであった・・・

 

 

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