第八話 反乱の狼煙
すいません。公開が遅れました。
それは突然に始まった。
まずその変化に最初に気付いたのはトシオである。
彼はハルとヨシコが昔話を講じている最中、お茶を嗜みながらその話を聞き、何気なく窓の外の景色を眺めていた。
そうすると、レストランの中庭に造られた人工池の向こう側に見える王都の街並み、そこで何かが光るのを見た。
そして、しばらくの後・・・
ドーーーン
地面を揺るがすほどの大きな爆発音が鳴り響く。
「な、何?」
「キャッ!」
反射的に女子達から短い悲鳴があがり、アークは状況確認のために席から立つ。
少し離れたところで控えていたリューダと目配せすると、彼女も困惑を隠せない。
「何が起こったのでしょうか? 火炎魔法のようですが・・・」
解らないと言うリューダだが、その答えはすぐに出た。
ヒュン、ヒュン、ヒュン
数多の火球の魔法が爆発の起こった店の外部より飛来する。
殆どはこの店の外壁に当たり火柱が上がったが、何発かは射線が放物線を描いて、店の敷地内に造られた人工池に着弾する。
ドーーーン、ザバーン
「キャッ!」
再び女子より悲鳴が挙げられるが、そこには先程よりも恐怖の色が増す反応が混ざっている。
「よく解らないが、誰かから攻撃を受けているようだ」
「そうね。でも無差別攻撃のようだから、私達だけが狙われている訳ではないようね」
荒事に慣れているアークとハルはそんな冷静な会話をするが、アケミとヨシコは恐怖に慄いている。
「ハル、そんな呑気な事を言っている場合じゃないわ。早く逃げなきゃ」
「待って、アケミ。情報も何もない状態で行動すれば、混乱が増すばかりよ」
「そうだ。この場は俺が守るから、しばらくは待機だ」
「アンタ達、何を言ってんの? 火球よ。火よ。爆弾が飛んで来ているのと同じじゃない!」
血相を変えて早く逃げようと言うアケミは完全に冷静さが無くなっていた。
それは『研究所』と言うある意味無菌室状態で飼われていた異世界人とハルのように苦難を乗り越えた経験値の差によるものである。
「大丈夫よ。アレはどう見ても初級魔法の威力。直撃さえしなければ、死にはしないわ」
「建物に延焼すればどうなるのよ」
と不安になるアケミであったが、ハルは魔術師であり、消炎の魔法も使えるので、この程度の攻撃ならばそれほどの脅威ではない。
しかし、この店が財産である女店主の価値観は違っていた。
「これはどういう事? 王都の警備は何をやっているのよ。こんな暴動を許して、私の店が破壊されれば、軍は補償してくれるのでしょうね?」
女主人はすごい剣幕で軍属のリューダとシュナイダーに詰め寄る。
彼らは軍のエリートであるが、当然、そんな補償の事まで個人で判断できる訳がない。
困惑する彼らの姿と苛立ちが増す女主人。
そこに先程までの余裕のある姿はない。
他人の失敗を盾に取り、つけ上がる、ボルトロール王国民の悪しき習慣だとハルは思っていたりする。
そうこうしているうちに事態は動いた。
何発かの火炎魔法がこの建物に命中したが、やはりその威力はたいした事は無く、ハルが指摘しているように屋内にいれば大きな脅威にならない。
放つ側もそれを不服に思ったのか、新たな攻撃手段に出てくる。
何名かがこの建屋の敷地の壁を越えて侵入してきた。
「ああ! 暴徒が侵入してきたじゃない!」
女主人は新たな脅威を窓から目にして慌てる。
侵入者を見れば魔術師だけではなく、剣や短剣で武装した人間もいた。
それだけ見れば、この襲撃者達は一般人でない事は明白だった。
「拙いですね。従業員をここに集めてください」
「うむ。そうだな。守備を固めつつ、ここを放棄することも考えてくれ」
「そんな! この店は私の全てです。ここを手に入れるためにどれほど苦労をしたか・・・」
女主人はこの店を放棄する事を躊躇する。
「それも命あっての事だ。見れば、暴徒の中には王都守備隊の制服も見える。これは単なる反乱じゃない」
今回の暴動が只事ではないと見抜いたシュナイダー。
しかし、女主人はまだ納得いっていない。
「本当にこれは軍の落ち度ですよ!」
そんな文句を述べつつも事態が打開できる訳ではない。
随分悩んだ末にようやくここから避難する事を決断する女主人。
彼女は残された時間の中でこのレストランの従業員を集め、持ち出せる私財をかき集めた。
シュナイダーは次にハル達へ話し掛ける。
「という訳で、この宴はお開きして貰おう。予測外の暴動が起きた。アーク殿、協力を頼めるか?」
そして、アークに対して予備の剣を投げる。
それを慣れた手付きで受け取ったアークは自分が何を協力すべきかを解っている。
「解りました。ハルの友人達の避難は僕とハルに任せて、シュナイダーさん達は王国民の非戦闘員の避難誘導を優先してください」
アークは任せろと言う。
ハルも頷いて続く。
「助かる。本来は我々が其方たちを守らねばならぬのだが。この状況ならば王国民の避難を優先せざるを得ない。アーク殿とハル殿の腕が十分良いのはもう解っている。申し訳ないが、彼らを研究所まで避難させて欲しい」
「解ったわ。研究所の位置は馬車で何となく解っているから、こっちは任せて・・・あ、そうそう、ローブを返して貰わなくっちゃ」
ハルはそう述べて、自分が預けていた灰色ローブを取りに行く。
魔術師のローブは彼女の戦闘服であり、当然の如く今のドレスよりも防御力は優れている。
しばらくしてハルが灰色ローブを脇に抱えて戻って来た時には、アケミとヨシコは怯えた表情を隠せていなかった。
「ハル・・・ここ大丈夫かな?」
「全く以て大丈夫じゃないわ。ここは砦ではなく、レストラン。防御力なんてゼロじゃないかしら?」
全くの正論ではあるが、そんな事実を告げられても戦闘能力のない彼女達の不安を煽るだけである。
そんな不安なアケミ達の姿を見たハルはすぐにフォローの言葉を述べる。
「大丈夫よ。私とアークが責任持ってアナタ達を研究所に帰してあげるわ」
アークも任せろと頷く。
ここで剣を握るアークの姿が心強かったのか、アケミ達の不安は少し和らいだ。
しかし、男性陣のうちハヤトは自分も戦うと言い出す。
「こんな危ねえ現場、アークさんと江崎さんだけに任せられるかよ! 俺も戦うぜ、剣を寄越しやがれ!」
しかし、アークとシュナイダーはこれを認めない。
「駄目だ。この現場は素人に任せられない」
「なんだと!」
女子の前で強がるハヤトだが、ここで現実が襲い掛かる。
ヒュンッ・・・ガンッ・・・ドン!
ここで一本の矢が飛来して、近くの壁に突き刺さる。
それは屋内に侵入した暴徒が放ってきた矢であった。
しかも、その矢をよく見てみると、軸が途中で折れ曲がっている。
何故そうなのかと確認してみれば、アークが飛来する矢を剣で弾いたからだった。
そのままではハヤトの脳天に直撃コースだった。
これに顔が真っ青となる。
「ちくしょう、全く見えていなかった。アークさんが剣を抜く瞬間さえも解らないなんて・・・」
こちらの世界の剣術の実力を垣間見て、自分との実力差を否が応でも認識させられるハヤト。
「だから大人しく守られよ。アーク殿の実力は確かだ。彼の傍にいるのがこの状況では最も安全だろう」
シュナイダーは聞き分けのない異世界人の若者にそう告げる。
そこまで実力差を見せつけられれば、ここで格好をつける事の無意味さを思い知った。
「ハヤト君はアケミを守ってあげて、それがアナタの最善の役割よ・・・勿論、ヨシコを守るのはトシ君ね」
ハルは同郷の男子たちに自分の役割を定める。
こうして、ある程度覚悟が定まっていた彼らに店内に侵入してきた暴徒達がいよいよ襲い掛かろうとする。
しかし、離脱はハルの方が上手であった。
「我らは光の如し!」
ハルがそう短く詠唱すると、床に光の魔法陣が輝く。
その直後、ハルを中心として同心円状に輝く魔法陣がトシオ達を包括する。
そして次の瞬間・・・
ヒュンッ!
まるで魔法陣に吸い込まれるように、彼らは光の粒子に変換されて、一筋の光状となり窓枠より外へと呼び出して行く。
「これは鮮やかな転移の魔法だ。あの方向ならば研究所に一直線・・・ハルさんはよほどに力のある魔術師だな」
シュナイダーはハルの魔術師としての実力を高く評価した。
そして、残されたのはアーク。
魔力抵抗体質者の彼は見捨てられたのではない、寧ろその逆。
これで彼の力を存分に発揮できる。
暴徒達は女達を逃がしてしまったことを認知し、その代償をアークの命で払わせようとした。
「くっそう。上玉の女達を逃がしちまったぜ。残った野郎をぶっ殺せ!」
誰かがそう命令すると魔術師数名が火球を放つ。
威力は初級の弱い魔法だが、それでも直撃すれば命に関わる。
それがアークに独りに向かって放たれた。
明らかにひとりに対してオーバーキルな攻撃であった。
しかし、ここは魔力抵抗体質者のアーク。
「破ぁぁぁーっ!」
拳を突き出して敵に突撃。
「何っ!? 玉砕覚悟か?」
自殺行為に等しいその行動に驚く暴徒達。
しかし、アークは玉砕など選択しない。
パン、パン、パン
魔法がアークの突き出した拳に触れると、その都度、破裂するように魔法が消滅していく。
「うぉ? こいつ人間か?」
魔法を次々と破壊し、鬼神のように自分達に迫ってくるアーク。
それが圧倒的な隙となる。
バン、バン、バン
今度はアークの高速の峰打ちが炸裂し、次々と意識を奪っていく。
リューダはそれを見て、先日修練場で見た練習試合の姿とデジャビュのように重なった。
「アークさん・・・恰好良い」
彼女の口から思わずそんな女子言葉が出てしまうぐらい、アークの動きを見て惚れ惚れとするリューダ。
これで一気に戦いの流れを掴むアーク。
「今のは手加減だ。ここからは本気で行く。死にたい奴からかかって来い!」
「うっ!」
これで敵の士気が一気に低下した。
明らかにアークの迫力にたじろいた結果だ。
「お前達の目的は何だ? 誰の指示で動いている?」
アークはここで相手の情報を得るために質問をするが、正確に答える者はここにいない。
代わりに彼らは植え込まれた命令を口にする。
「我らの目的は・・・この王国の支配体制の崩壊・・・そして、本来あるべき姿に戻す・・・領土と民族を解放する・・・」
浮ついた声でそんな事を述べる主張は、どこか本人の考えではない印象を受ける。
これは誰かに植え付けられた思考であるとアークは思った。
「どこかで聞いたような主張だな。もしかして、お前たちの黒幕とはシャズナか?」
「・・・」
答えない。
これでアークは図星だと思った。
「否定しないか。なるほど・・・リューダさん、こいつらはきっとシャズナの手の者だ。支配の魔法で操られているんだろう」
アークは以前に襲撃を受けた暴徒の感じと似ていたので、同じ反乱組織であると推測する。
「アークさん、推察ありがとうございます。ならば、彼らの中に王国の治安維持部隊が混ざっているのも理解できます」
リューダはアークの言葉を受けて、敵の中に自分達と同じく軍に所属している制服を着た者が混ざっている不思議さに納得がいった。
「シュナイダー、警戒しなさい。あの魔法は私も受けた経験があります。戦闘中には簡単に脱する事は不可能でしょう」
「解った、姉者よ。こいつらは元友軍だが、ここは遠慮しない方がいいな」
シュナイダーは手加減しないと宣言する。
ここは本気の戦場現場である。
チョットした優しさが自身や守るべき人達の命取りになってしまう事も彼は理解していた。
手に持つ槍をギラリと光らせて、徹底抗戦を決める。
相手もその気概を察したのか、剣術士数名が前に出でシュナイダーに襲い掛かる。
シュッ、シュッ、シュッ
複数の剣がシュナイダーを貫こうとするが、彼は巨漢の似合わず、素早く器用に動きすべての攻撃を躱した。
「上手いな」
アークも感嘆するほど無駄のない動き。
勇者リズウィよりよほどできる身の熟しだ。
「私が雑魚を排除しましょう。天より出でし、怒りの意思よ。光筋となり敵を貫け」
ショパッ!
リューダの詠唱により、光の魔法が敵の剣術士達に降り注ぐ。
それは必殺の光線であり、直線的な射線で彼ら個々の腕に命中し、肉を焼く。
「ぐわっ!!」
高温の火傷により、堪らず剣を手放してしまう敵の剣術士達。
このふたりは格が違い過ぎた。
敵との格の違いを見せつける。
「今だ。逃げるぞ!」
シュナイダーは敵が怯んだ隙に撤退を提案する。
戦法としては悪くない。
自分達には無力な民間人がいるのだ。
まずは彼女達を安全な場所へ逃がすべきなのは正しい判断である。
もし、ここで彼らが間違っていたとするならば、その避難者の中に強欲な女主人がいたことである。
そう、彼らは悪くないのだ・・・
「早くしろ。そんな金は置いていけ」
ここで女主人だけの移動が重鈍であった。
彼女はこの店で儲けた売上と私財を大きな袋に入れ、それを持ち逃げようとしていたからである。
女の細腕ではその動きは遅くなる。
「嫌よ! この不始末、王国側が補償してくれるあてなんて期待しちゃいないわ。結局、自分の事は自分で何とかするしかこの先生きていく術はないのよ!」
そのようなこの王国の商い人にとって正論過ぎる正論を述べる女店主。
しかし、彼女はここで買う物の順番を間違えてしまった。
それは自分の命――それが無ければ、再起すら果たせない。
ここで何らかの重量物が飛来するのを感じたアークは勘で飛び退く。
その数瞬後・・・
ドカーーーーン
レストラン内で大きな爆発が起こった。
周囲は爆発音とともに、飛散物が飛び散り、埃が舞う。
「ゴホゴホ・・・何が起こった?」
状況を確認するシュナイダーの声が現場に響く。
「た、体制を整えろ」
混乱するのは敵も同じであった。
埃が徐々に晴れていき、そして、アークは遠くに今回の飛来物を投擲した者を確認して我が目を疑う。
「トロルだと!? そんなバカな!」
店の外壁付近に鎮座している緑肌の巨人。
アークがこの世で最も嫌いな魔物の存在がそこに立っていた・・・




