第六話 暗躍する反逆者
「勇者が油断しているときこそ我が好機。我の偉業達成のためにここで最大障害となる勇者を排除せねばならん!」
シャズナは興奮気味にそう語り、酩酊してうずくまる勇者リズウィを指す。
しかし、そこにアークが立ちはだかった。
「それはやらせない。リズウィ君は他人からいろいろと恨みを買っている様子だが、リズウィ君は僕の義弟でもあるからね」
「お前はエクセリア国から来た剣客だということはもう解っている。俺の恨みはボルトロール王国に対してのみだ。お前やお間の国には関係ない話だ! そこを退いて貰おう」
「だから、リズウィ君に危害は加えさせないと言っているだろう!」
アークはまったく人の話を聞かない刺客に苛立ちを感じ、そう応える。
「そこまで義理堅い反応を示すならば、貴様も身を以て俺の脅威を体感すればいい。命と魂の保証はできないぞ」
シャズナはそう言いローブのフードを取った。
その顔には幾何学的な紋様が描かれており、瞳が紫色に輝いていた。
「むっ!」
アークに嫌な予感がして視線を逸らしたが、リューダは遅かった。
「カッ!?」
吐き出した息が凍り付くような表情をするリューダ・・・例えるならば、そんな様相。
リューダは目を大きく見開き、固まってしまった。
彼女の様子が変だと思うアークだが、彼が状況を理解できる時間などを与えて貰えなかった。
ド、ド、ド、ド!
ここでシャズナの持つ魔法の杖から特大の火球の魔法が放たれる。
(避けるか?・・・できるが・・・いや、駄目だ)
アークはこの火球の射線上にリズウィとアンナがいる事を認知し、回避以外の手段を選択する事にする。
それは銀色の剣を抜き、身構えるようにして身体中に気を巡らせるよう集中力を高める。
その直後、魔法の火球がアークに命中した。
ド、ド、ドーン!
派手な火柱が上がり身体が炎に包まれる。
「ハハハハ、下らぬ義理を見せるからだ。ボルトロール王国に恭順を示そうとした者よ。その報いは受けて当然なり!」
アークを見下し、呆気ない彼の最期を笑うシャズナ。
しかし、彼はアークが何者もたるかを解っていない。
「ふんっ!」
炎に包まれたアークが剣を一閃すると、これで魔法の炎が全て消え失せた。
「何っ!」
驚くシャズナ。
「俺は魔力抵抗体質者だ。魔法は効かない!」
そう言って一歩踏み出すアーク。
彼の身体の表面には黒い魔力の残滓が纏わり付いており、視覚的にも魔法を無効分解した事実を物語っていた。
「魔術師では俺に勝てないぞ!」
魔術師には攻略できない事を示し、敵に撤退を勧めるアークだが、ここでシャズナは普通の魔術師とは異なる反応を示す。
「く、魔法の効かない要因を持つ者が勇者だけではなく、ここにも・・・しかし、それを想定していなかった訳ではない。リューダ、殺れ!」
シャズナはここでリューダに攻撃命令を出す。
そうすると、今まで棒立ちだったリューダがアークの背後より鞭を振るう。
これにはアークも驚く。
「どうして?!」
パシンッ!
自身の背後から襲ってくる鞭の攻撃を剣で咄嗟に防ぐアークだが、これで鞭が剣に絡み、剣を振るえなくなってしまう。
そうすると、リューダが駆け出してきて、両手・両足でアークの身体に纏わせ、アークの身体の自由を奪う。
「リューダさん。どうしたんだ? 駄目だ。これじゃ身動きが取れない・・・」
突然シャズナの味方になったとでも言いたげな行動である。
アークの身体に纏わりつくリューダ・・・これは大きな隙。
それを見過ごすシャズナではない。
(どうしたんだ? シャズナに睨まれた途端、リューダさんの意識が朦朧とした事に関係あるのか?)
考えを巡らすアークだが、シャズナは自分の獲物を仕留めるのにそれほど時間的な猶予を与えなかった。
彼は懐から毒の塗られた短剣を取り出すと、囚われて自由の利かないアークに向けて投げた。
ナイフは空中を舞い、どんどんと標的のアークへ接近してくる。
「く・・・仕方がない・・・これは緊急事態だ」
アークの心の中でリューダに謝り、乙女の顔をおもいっきり殴った。
ガンッ!
普通の大人が気を失うぐらいの強い衝撃を与えたが、ここでリューダは呻き声のひとつ挙げない・・・まったく異常な耐性を見せるが、それでも本気の剣術士の殴りだ、彼女をよろめかせるぐらいの威力はあった。
身体の締まりが幾分緩んだアークは、ここで最も有効な対抗手段を選ぶ。
服の中の秘密の隠し場所から彼だけにアクセス可能な魔法袋の中に厳重に保管されていたとあるモノを取り出す。
そして、アークは迷いなくソレを装着した。
シューーーッ
まるでそんな音が聞こえるぐらい周囲の魔素が活性化し、アークに向かって収斂する。
そして・・・
ドーーーン!
ここで大きな魔法の爆発が発生し、衝撃波が周囲に放たれた。
「キャッ!」
短い悲鳴と共に魔法の爆風に吹き飛ばされるリューダ。
そして、その爆心地にはひとりに黒い男が立っていた・・・
「何だ!? 何が起こった!」
今まで全く慌てなかったシャズナがここで慌てる。
彼もこの世にあり得ないほどの濃密な魔力の存在を検知して、驚愕の反応を示しているのは魔術師として優秀な方なのだろ。
そして、その男は片手――正確には指二本で自身に迫る毒の塗られたナイフを捉えていた。
それをポイっと脇に捨て、ゆっくりとシャズナに向かって歩み出す。
「くっそう。未知の敵か? このバケモノめ!」
シャズナが恐れたのはこの男――漆黒の騎士の異常性である。
何を感じて異常と称したのか・・・
それは膨大な魔力、高速で投擲したナイフを指二本で防ぐ非常識さ、この男が仮面を被った途端に黒髪長髪の正装服を着たマント姿となった事・・・どれをどう見て判断したかは定かではないが、彼が本能的にこの男は危険人物であると判断した事に他ならない。
「ひ、来るなっ!」
焦るシャズナはここで魔法の杖に力を籠める。
そうすると反射的に魔法の火球が漆黒の騎士に向かって放たれた。
ボゥ、ボゥ、ボゥ、ボゥ、ボゥ、ボゥ
中級クラスの火球が六発。
明らかにこの場の戦局では過剰な攻撃だが、漆黒の騎士アークは冷静にそれを往なす。
「てりぁーーっ!」
シュパーン、シュパーン、シュパーン、シュパーン、シュパーン、シュパーン
腰から抜いた漆黒の剣を六閃すると、すべての火球を両断した。
そうすると、魔法の火球が崩壊し、それが黒い霞となり漆黒の剣に吸収される。
そうして黒い刀身の中心に走る朱色の線の輝きが増した。
「何っ! 剣で魔法を無効化して吸収するだと!? 勇者の持つ魔剣と同じ属性の魔剣がここにもあるとは!」
驚愕するシャズナだが、彼も驚いてばかりではない。
彼にしてとっておきの魔法が最大出力で放たれる。
「この仮面男め、俺に支配されろ。跪け、愚民め!」
シャズナの目の輝きが増して、紫色のオーラが身体から放たれる。
「あぁぁぁ」
これを直視してしまったリューダは地面に伏ってし、頭を垂れる。
長いブロンド髪が地面に垂れて首を相手に見せ、こちらの世界では最大限に服従を示すポーズである。
しかし、漆黒の騎士アークにはこの支配の魔法の効き目はない。
そればかりか、漆黒の仮面となり思考能力が加速されたアークはシャズナの意図を素早く読み取り理解した。
「人の心を支配する魔法か・・・下劣な手段だね・・・なるほど、だからリズウィ君の持つ『ベルリーヌⅡ』が脅威だと感じていたのか・・・あれは魔法を破る魔道具だからね。お間はそんな物騒な魔法を使って何を企んでいるのかな?」
アークに意図を見抜かれて顔が歪むシャズナ。
「ふん。我が目的など知れたこと・・・それは革命だ。この腐った戦争国家を滅亡させること。この王国を滅茶苦茶にしてやる事が我が望みである」
恨み節を述べるシャズナであったが、その意見にアークは賛同できなかった。
「なるほど。大方、貴様はこのボルトロール王国に戦争で滅ぼされた敗戦国の生き残り・・・そして、今、その恨みを晴らそうとしている」
「そうだ。ボルトロール王国とは悪の根源・・・滅びるべきだ。貴様もエクセリア国から来たとの情報を得ている。俺の恨みを解らないではないだろう。どうだ? 我々と組まないか? 貴様のその力があれば、敵に大打撃を与える事ができる」
「革命か・・・もしそうした場合に巻き込まれた一般国民はどうなる?」
「この王国の一般国民・・・彼らは兵士ではないが、他国より奪った利益で繁栄している。それは戦争の共犯者と同義である。王国の滅亡と共に大きな罰を受けることになるだろう」
「そうか・・・ならば、俺はその反乱に加担する事はない」
「ここの国民が可愛そうだとでも思ったのか、この偽善者め。貴様はまだこの王国の民がどれほど愚かかを理解していない。人を成果と言う尺度でしか評価せず、弱き者を下等臣民として扱う腐った社会に興じる王国民など、滅んでしまえばいいのだ」
シャズナは興奮してそんな暴論を述べる。
彼の中での辛い経験がそのような極論を是としているのだろうが、アークはとてもその考えを承服できるものではなかった。
「俺はそう思わない。俺はもっと高潔な革命家の存在を知っている。その人物は最後まで人の心の中には善なる存在があると信じていた。すべて人々を救おうとしていた。結局、それは実現できなくても始めから諦める事はしなかった。お前は初めから自分の味方と、そうでない者を区別して対応を決めているようだ。そして、自分の敵となる者は徹底的に排除して構わないと思っている。どうやらお前と俺では話が合わない」
「・・・らしいな。解った。それでも我が名を伝えておこう。我が名はシャズナ。今は亡きゼルファ国の伯爵家に生まれた者であり、ボルトロール王国の崩壊と滅亡を願う反逆者だ」
「俺は・・・漆黒の騎士アーク」
アークは自らそう名乗ると自分の魔力に力を籠める。
こうすると、自分の身体から威圧の魔法が放たれる。
そして、気が付けば、この周囲に倒れていた筈のならず者達は消えていた。
(シャズナと会話しているうちに逃げたのか・・・注意を奪われていたのは俺の方か?)
この反乱組織の狡猾さを垣間見えたような気がした。
「ふふふ、漆黒の騎士のアークよ。今日のところは引かせて貰おう。我が反乱の障害がふたつに増えてしまった。ならばもう個別撃破には拘らない。次に会う時はこの王都エイボルトが炎上する時だ」
シャズナはそう述べると、背を向けて呪文をひとつ詠唱する。
ボン
ここで小さな爆発が起こり、姿を消す。
「演出をしているが、所詮は転移魔法だな・・・」
アークがその気になれば追跡は可能だったが、今日のところは見逃してやることにした。
それはこの場には、未だ術にかかったままのリューダと酩酊して寝込んでしまったリズウィとアンナが残されていたからである。
「リューダさん、リューダさん」
茫然自失となったリューダの肩を揺すり彼女の覚醒を促す。
しかし、リューダは呆けたままで、瞳が紫色に輝いたままだ。
支配の魔法を受けた痕跡がまだ残っている。
「参ったな・・・助けを呼ぶか」
アークは心の中でハルを呼ぶ。
そうするとすぐに彼女からの応答があった。
(そちらの状況は解っているわ。心を通して少し前から今の状況を見ていたから)
(解っているならば話は早い。こちらに来られるか? 君の助けがいろいろと必要だ)
(ちょっと待っていて)
そして、すぐに・・・光の魔法陣が形成される。
「はい、現れたわよ」
一瞬にて転移魔法陣から現れたのは白い仮面を被る銀髪の魔女――白魔女が現れた。
ハルは既に白魔女に変身していた。
「仕事が早くて助かる。まずは支配の魔法を受けたままのリューダさんの解除ができるか?」
「ええ」
白魔女はリューダの額に指を置き、おでこの中心のピンと弾く。
「あっ!」
そうすると操り人形の糸が切れたようにリューダの力が抜け、地面へ崩れ落ちた。
無防備になるリューダの姿にアークの心配が増す。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。支配力が強力な施術のようだけど。美女の流血のような厄介さは無いわ。一度解除すれば、支配の持続は難しいみたいね。もう解除したから心配しないで」
支配魔法を解除したので、ここで力が抜けたのは彼女の身体を現在進行形で支配しているアルコールによるものだけだと説明する。
詳しい説明は心で伝えられるので、心の共有はこういう時に便利だ。
「それともうひとつ頼めないか、いろいろと見られたので・・・」
「解ったわ。リューダさんに変身を見られたのね。それ以外にアナタがブレッタ家だというのも知ったようね。それに、アークの事を結構好きになり始めてるじゃない!」
リューダの心を探り、そんな事実を暴露する白魔女。
プンスカと怒る彼女の姿は可愛かったが、アークとしてはここでの仕事を早く済まして欲しかった。
「彼女の記憶を誤魔化せるか?」
白魔女は眉間に少し皺を寄せて少し面倒な顔をする。
そして、白魔女にしては珍しく呪文を詠唱して、指先に集まった魔力をトントンとリューダの額に押し当てた。
「あぁぁ!」
身体を捩って嫌がる反応を見せるリューダであったが、白魔女の魔法は上手くいったようだ。
「肝心の部分の記憶は消せたけど。完全に消せなかったわ。アナタを好きになり始めている部分とかね・・・あまり強くやるとリューダさんが廃人になってしまうから」
「廃人・・・それは拙い」
仕方がないとするアークに、白魔女は意地悪な視線を送る。
「アクト・・・もしかしてラッキーとか思っていないでしょうね?」
「な、何を言っているんだ。ハル・・・」
「そりゃ嬉しいわよねぇ~。こんな美人の彼女から好きだと想われてぇ・・・しかも、彼女は亡国の王女様よ。これは上玉だとか思ってない?」
野盗が吐くような台詞を投げ掛けられたアークは心が見透かられているのではないかと焦る・・・
「これは今晩、自分の愛する嫁がこんなに素晴らしい女性だとアピールしないといけなくなったわね」
そう言って自分のことをアピールしてくる白魔女ハル。
漆黒の騎士の顔を抱えて自分の大きな乳房に埋める。
積極的な妻からのアピールを余計に困るアーク・・・
「おいおい、ふざけてないでくれ」
「ふざけてなんていないわ。今日の見張り担当のリューダさんはあのとおりアルコールの過剰摂取でグロッキー状態よ。こんな時こそチャンスなんだから、楽しまなきゃ!」
色気を滲ませてくる白魔女ハルに抗いがえないアーク。
自分がだらしない顔をしていないか、気になるぐらいである。
「大丈夫よ。アクトはいつもどおり格好良いわ」
白魔女ハルはアクトが変な顔になっていないと伝える。
心を読まれているので下手な嘘もつけない。
そして、確かに夫婦の営みはご無沙汰にしていたから、アークも男としての欲がここで呼び起こされる。
そんなイチャツキをしていると酔い潰れて倒れていた筈のリズウィがムクッと身体を起こしてきた。
「おおぉう。何だ? 変な仮面の男女が・・・ここは仮面舞踏会かぁ?」
呑気な弟の声で雰囲気がぶち壊しになったと思う白魔女ハルはここで怒りを見せる。
彼女はアクトの抱擁を解き、スタスタとリズウィの前まで歩いて行くと・・・
「な、何だよ! このオッパイ魔女・・・ホゲッ!」
ここで彼女の細くて長く白い脚がローブのスリットより飛び出だし、それがブンッと・・・
見事にリズウィの下顎に命中して、リズウィは漫画のように空中で一回転する。
「記憶を失えっ!」
白魔女は自分の姿を見られた記憶を消すためにと主張したが、アクトはどう見ても弟に折檻しているようにしか見えなかった。
リズウィは溜まらず失神してしまう。
「ま、まぁ・・・リズウィ君の身体は頑丈だから大丈夫だろう・・・多分」
「愚弟が迷惑をかけて御免ね・・・さ、帰るわよ!」
白魔女ハルは気を失ったリスヴィの首根っこを細い片腕で引き、もう片方の腕で同じく酩酊で眠るアンナを持ち上げる。
それはとても細い腕の女性の仕業は思えない非常識な光景だ。
そして、アクトも意識を失ったままのリューダをお姫様抱っこする。
こうして白魔女ハルと漆黒の騎士アクトは魔法陣の中へと消え、最速短で岐路に着いた。
このあと、繁華街の裏路地の現場に残されたのは数本の短剣と火炎魔法の痕跡だけ。
そんな痕跡など素行の悪い酔っぱらいどおしの争った形跡のようにも見る。
そんな事が日常茶飯事的に発生しているこの地区では珍しい事ではない。
こうして、この事件は人々の記憶に留められる事も無く、放置されてしまうのであった・・・




