第五話 酒の席は無礼講?
「ちっ、今まで猫被ってやがったなー」
文句を言うリズウィ。
それもそのはず、練習に託けてアークをボコボコにしてやろうと画策していたリズウィ。
結果はその逆になった。
アークの本気の前に徹底的に叩きのめされてしまったのだ。
「すまない、リズウィ君。ハルの言いつけで派手な行動は慎むように言われていてね」
アークはそんな言い訳をしつつも、しまったという表情が隠せていない。
今回の修練は確かに剣術士として全力を出せて楽しかった。
まんまとイアン・ゴート師に引き摺りだされてしまった彼の実力。
それを一度出してしまえば、もう引っ込める事は不自然である。
結局、彼は諦めて最後までほぼ本気状態で今日の練習試合を終えてしまった。
「くっそう。今度は絶対にお前に勝ってやるからな~!」
結局、リズウィに絡まれる事になる。
こう見えてリズウィも武人だ。
自分よりもアークの技術が上である事実は今日の練習試合で嫌と言うほど解らされた。
そうなると彼もアークの腕を認めない訳にもいかない。
「しかし、実戦では負けねえぜ。この俺様には魔剣『ベルリーヌⅡ』があるからよう!」
負けず嫌いのリズウィである。
しかし、本当の事を言うとアークも魔剣『エクリプス』を隠し持っているが・・・
流石にそこまで口外する事はできない。
いろいろ諦めて屋敷に戻ろうとしていると、そこにリズウィが待ったをかける。
「ちょっと待った。今日は外で食って帰ろうぜ。俺が奢ってやるよ」
「いいや、僕はハルの手料理を食べる」
素直にアークがそう否定すると、リズウィはムキになって外で食べて帰ると言い張る。
「別にいいじゃねーかよ、一食ぐらい。今回は俺がアークさんに負けたんだ。食事ぐらい奢らせてくれよ。アンナもリューダさんも勧めてくれ。俺にもプライドがあるんだよ」
「リズウィのプライドってよく解んない・・・変なところで格好つけようとするよねぇ~」
「アンナさん、そう言わずに、アークさんも偶には良いのではないでしょうか? 私も演劇でだいぶお世話になりましたので、御酌ぐらいはさせて欲しいと思っています・・・」
そう言いリューダはアークの腕を取る。
それが男を誘う姿に見えなくもない。
なんとなく面白くないリズウィだが、それでも今日は外で食事をしたかった。
それぐらいの罰を自分に与えてやりたいと思うほど今日はアークに完敗したのだから・・・
「解りました。今日だけですよ」
結局、アークは根負けして、強引に誘われる形でボルトロール王国の歓楽街へ歩みを変えるのである。
そして、その結果・・・
「うひぃーー、アークしゃん。大好きですぅー」
微妙な幼児言葉を使うリューダ。
呂律の回らない彼女は完全に酔っ払いだ。
ほろ酔い・・・という状況から程遠く、完全にアルコールに負けたリューダが、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
そして、アークに突撃して倒れそうになり、アークに支えられる。
正に酔っ払いの仕草だが、ここでは同じような人物が他にも二名いる。
リューダ、リズウィ、アンナの三人は完全にアルコールという魔物に負けた状態であった。
「あーん、リズウィ~、好きー。宿に行こーっ!」
「おい、おい、アンナ、オッパイ当たっているって! ツンツンしたろかっ!」
「して、してー!」
屋外でいちゃつくふたりの姿に頭の痛くなるアーク。
ここは歓楽街の中でまだ人通りが少ない所なのでまだよかったと思ってしまう。
勇者パーティ達が何故こうなってしまったかと言うと、それは数刻前まで時間を巻き戻さなくてはならない。
彼らの入った店は歓楽街のなかでも平均的な酒場である。
来店客も多く、店内は喧騒に満ちていて、今日の仕事を終わらせた王国民達が一杯の幸せを求めて訪れる酒場。
そんな庶民の集う場所・・・リズウィは嫌いではない。
店の一角の席を取った彼らは飲み会を始めるが、元々、友誼の深い彼らではなかったため、会話はそれほど弾まない・・・
ここで特に口数が減ったのはリューダであった。
「リューダさんは子供の頃どのような暮らしをしていたのですか?」
アークが気を利かせてそんな話を振ってみれば、何故か口籠るリューダ。
自分の過去の話を語るのを嫌がるのがアークにも察する事ができた。
「すみません、リューダさん。僕が変な事を聞きました」
「・・・いいえ・・・」
余計に会話が重苦しくなる。
周囲が騒がしいことが余計にプレッシャに感じられるアーク。
(一体何のためにここで飲み会をしているんだよ・・・)
そんなことを心の中で思ってしまうのはリューダ以外の三人である。
そんな雰囲気を一新させようと本日の飲み会を主催したリズウィはここで頑張りを見せた。
「おい。そんな暗い雰囲気では酒が不味くなるぞ! ほら飲め、今日は俺が奢ってやる」
リューダに酒を勧める。
普段ならばリューダは絶対にやらないが、ここでリズウィから出されたボルトロールの名酒を一気にクイッと煽る。
「うひっ!? おしゃけが美味しい!」
ここで変な声が飛び出した。
周りは一瞬誰が喋ったのか解らなかったが、それは間違いなくリューダの口から発せられた言葉。
滑稽な姿であり、普段は真面目な彼女が酒で崩れる姿は新鮮で面白かった。
(ここで止めれば良かったんだ・・・)
と現在のアークは後悔している。
しかし、その時はリューダの変化が面白くて、それをリズウィとアンナがもっと弄ったのである。
「お、リューダさんがたった一杯で面白くなったぜ!」
「リューダさんって確か、お酒、それほど強くなかったと前に自分で言っていませんでしたっけ?」
所謂、下戸である。
そんな彼女は何を思ったのか、現実逃避のため強い酒を再び飲み干し、これで一気に理性が崩壊する。
次にリューダは泣き出してしまった。
「ううぅ。私の幼少期は良い事がまったく無くて・・・あまり思い出したくはないんですぅぅ」
「そ、そうなのか・・・変な事を聞いてごめん」
アークはフォローしたが、肩を震わせて涙目になる彼女にハンカチを貸してやることしかできなかった。
(僕は何か拙い事を聞いたのか?)
多分に訳の解らないアークであったが、どうやらリューダに過去を聞くことは禁句だったようだ。
「け、心気臭せぇ~。酒の席は楽しくだぜぇ! アンナ、見本を見せてやれよ!」
体育会系のノリでリズウィは場の雰囲気を変えようとする。
それに応えようとアンナはコップに注がれた酒をグイっと煽る。
「おっ、いい飲みっぷりだ」
負けじとリズウィも飲む。
アークも皆と合わせて飲むが、その量は適正な範囲――自分がコントロールできるアルコールの量しか飲まない。
皆がこうして飲む姿を見たリューダも根は真面目な性格であり、自分も飲まないといけないと思ったらしい。
ぐい・・・プハ~
しかし、それは明らかに彼女自身をコントロールできる飲み方ではなかった。
だが、そんなリューダの飲み方をリズウィは気に入ったようだ。
「お、リューダさん、飲めるじゃねーか、俺も負けてらんねーな」
ぐいっと飲む。
そして、相方のアンナにも勧める。
ぐいっと飲む。
また、リューダが飲む。
ぐび、ぐび・・・
こうして、この集団――リズウィ、アンナ、リューダはあっという間に限界を迎えてしまった。
「ひゃ~、アークさん、足がフラフラとしま~す」
完全に出来上がったリューダは楽しそうに燥ぐ。
しかし、その歩先は道端の側溝に向かっている。
「駄目だ。リューダさん、そっちに行ってはドブに落ちてしまいます!」
フラフラするリューダの腰を掴み、彼女の自由過ぎる行動を止めた。
「あん。アークさん、たら・・・やっぱり優しいのですねぇ~」
リューダはフラフラとしながらもアークに掴まり、支えを得る。
そして、その首に手をまわしてきた。
「アークさん、好ゅきで~す。キスしますよ~」
その後の抱擁と接吻が・・・普段控えめの彼女からは全く想像のできない積極性である。
しかし、そこに愛が籠っていないのはアークも解っている。
(まったく、リューダさん・・・下戸なのに無理して飲むから・・・)
酔っ払いの行動に迷惑を感じながら、そんな事を考えてしまうアーク。
それにリズウィが抗議を挙げてくる。
「ちっ、アークさん・・・見たぜ。モテやがって・・・これは不倫現場だ。姉ちゃんに報告しないと!」
そんな正論を放ちながらも、リズウィはアンナの両胸を後ろから揉んでいる。
全く以て不埒な姿だが、やられている方のアンナも喜んでいたりするから余計に質が悪い。
「あ~ん。リズウィ止めてよ。こんなとろじゃ嫌ゃ~ん。宿でヤリましょ~よ!」
そんな酔っ払い集団だが、繁華街ではよくある光景らしく、通行人から特に咎められるような事もなく、寧ろ、積極的に関わってこようとしない。
酔っ払いほど面倒くさい人種は居ないのだ。
この場で『関わるべからず』を選択するのは万国共通の扱い方だと思ってしまうのはアークだけである。
「参ったな。どうやって屋敷に連れて帰ろうか・・・」
困ったアークに抱き着くリューダから抗議の声が出る。
「アークさん。このまま抱いてください。私・・・アナタが欲しいです。アークさん、好ゅき~。私の処女を捧げま~す」
積極的なリューダの誘い。
華奢な彼女の身体は暖かくて柔らかいと感じてしまうのはアルコールだけのせいではない。
アークはそこまで考えて・・・
「いや、アルコールのせいだ。リューダさん、冷静になってください。僕は妻帯者ですよ」
アークは無駄かも知れないが、彼女をそう諭す。
「うふふふ、アークさんったら、恥ずかしがり屋さんですねぇ~」
リューダはそう応えてキスしてくる。
やはり無駄であった・・・
長身美人のリューダから迫られる。
それは男として羨ましい限りである。
アーク本人がどう思っているか別にして、少なくとも傍から見ると羨ましい光景・・・
だから彼らは悪目立ちをした。
こうして、繁華街によく存在する『ならず者』に目を付けられてしまう。
そんな集団が突然現れて、あっという間に取り囲まれてしまうのは夜の繁華街でよくある話だ。
「ひゅー、見せつけてくれるじゃねーか。美女から迫られても、拒否するなんて贅沢な野郎め!」
この集団のリーダーと思わしき人物からそんな皮肉が述べられる。
彼らは明らかにこの繁華街界隈を仕切る悪党であった。
「何ですかぁ~。アナタ達は悪い人達ですねー。アークしゃん、ここは私に任して・・・ひゃん!」
ここで現れた暴漢を撃退するため鞭を取り出そうとしたリューダを止めるアーク。
彼女は酩酊に近い状態だ。
暴れればどんな事態に陥るか解ったものではない。
ちなみにリューダを止めるために彼女の頬を抓った。
そこに痛みはなく、どうやら彼女の性感帯を刺激してしまったのは計算違いである。
「アークの野郎、自分だけ格好をつけようとしやがって~。ここは俺様が、おっとっと」
ここでリズウィが躓き、アンナを巻き込んで転んでしまう。
しかし、アークはそちら側に視線を移さなかった。
彼が睨んでいるのは暴漢のリーダー・・・その先である。
暗闇に潜む、ひとりの男性。
そこから放たれる強烈な殺気を感じたため、その男だけを睨み返した。
その人物はここで自分の存在に気付いた事を感心し、にぃ~っと笑みを浮かべる。
獰猛な肉食獣が獲物を定めたような様相だ。
そして、その男は暴漢達に静かに命令する。
そうすれば、暴漢達の雰囲気が一気に変化する。
一気に緊張感が増した。
「殺れ!・・・しかし、女は生かしとけ!」
その命令を受けた暴漢達は一斉にアーク達に襲いかかる。
それは統制の取れた動きであり、一介の街の不良集団には見えない熟練さがあった。
彼らは一流の暗殺者顔負けの卓越した動きを見せ、普通の人ならばこれで難なく殺傷されてしまっただろう。
しかし、ここで相手をしているのはアークである。
多少酔ったとしても、この程度ならば全然苦にならない実力を持つ。
ギンッ、ギンッ、ギンッ!
暴漢達の持つ小刀を次々と叩き落すアーク。
アークが電光石火の勢いで剣を抜き応戦した結果である。
それもリューダを傍らに抱いたままの余裕の行動。
「何っ!!」
驚く暴漢達であったが、それほど自由を与えるつもりのないアークは動きを止めずに彼らの後方へと回り込む。
ガンッ!
「ぐわっ!」
そして、目にも止まらぬ早業で剣の峰で彼らの頸椎に衝撃を与えて、相手の意識を奪うアーク。
こうして、あっという間に暴漢達を無力化した。
そんなアークの腕前にリューダは絶賛を贈る。
「わっ! 凄い。アークしゃん。やはりアナタは私のヒーローです~」
感極まって接吻をしてくる彼女は物語の中のヒロインを演じ続けているようであった。
そんな姿を許せないのはこの暴漢の黒幕の男だ。
「リューダ・・・お前のそんな娼婦のような姿は見たくなかった・・・ゼルファ国の誇りを捨ててしまったのか!? 王女リューダよ!」
男からのそんな声で一気に血の気が引くリューダ。
「何故・・・私の過去を知っているの! まさかアナタは・・・」
そして、男は暗がりから姿を現した。
アークは初めて見る顔だが、リューダはその顔を知っている様子だった。
「アナタは・・・シャズナ!」
これで彼女の酔いが一気に覚めたと感じるアーク。
アークはリューダを解放した。
それは覚醒したリューダを自由にさせる、というよりは・・・この男から感じられる気配が只者ではなかったからである。
例えるならば――そう、獅子の尾傭兵団の団長ヴィシュミネに似た危険な男の気配を感じたのである。
アークは警戒のレベルを上げて、男に剣を向ける。
(これは決死の戦いになる・・・)
そんな予感がアークの脳裏に過った。




