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第三話 星屑劇団

 ここは王都エイボルトの中心街。

 歓楽街的な地域であり、普段からの人の往来も多い。

 そこで最近話題になっている芝居小屋があった。

 その芝居小屋の看板には『星屑劇団出演:辺境の奥で奏でる愛』と書かれている。

 それを見たハルはここで間違いないと思った。

 

「どうやらここのようね」


 人が多く賑わっている芝居小屋。

 この演目はそれなりに人気があるようだ。

 

「しかし、アークの野郎も暇だねぇー」


 そんな嫌味を言ってくるのはリズウィ。

 彼とアンナもハルに誘われてここまでついてきた。

 

「まぁ、いいじゃない。アークも私にだけギガを稼がせたくはないのよ」

「へん。それは夫の甲斐性ってやつか? 尤も俺様の稼ぎには敵わないけどなぁ~」

「隆二も変なところで対抗心を出してないで、大人しく劇を観に行くわよ!」


 そう言いリズウィの頭をヘッドロックする。

 

「わっ、何しやがる! 離せ、離せ!」


 じたばたするリズウィだが、その頭の一部がハルの豊かな乳房に食い込んでいる。

 弟のリズウィは子供の頃から姉にやられているこの折檻方法に慣れてしまっているが、そんなハルからのスキンシップを目にしたアンナは気が気ではない。

 そんな光景を逆に羨ましそうに見てしまうのは、同じ勇者パーティメンバーであるガダルとパルミスだ。

 こちらはリズウィより面白い見世物があるぞと聞いて参加した次第だ。

 彼らのお目当てはシーラやローラといった美人演者達(アクトレス)であったりする。


「さぁ、参りましょう」


 冷静な言葉で皆を先導するのはシュナイダー。

 ここで行われる演劇が姉の出演する演目だと知っていても全くの興奮を示さない。

 正に冷徹・冷静な男であった。

 そんな男をハルは少し遊んでみる。

 

「シュナイダーさんも、本当はリューダさんの活躍を楽しみにしているのでしょ?」

「・・・我々は仕事をしている。その一環として姉が劇に出演すると決めた事だ。姉は自分の仕事を十分に果たすだろう」

「・・・そうね。アナタ達は本当に仕事熱心なんだから」

「そのとおり。我々はボルトロール軍人である。与えられた命令をひとつひとつ冷静に熟すだけだ」

「それでは、真面目にその劇とやらを観に行きましょう」


 少々面白みに欠けるシュナイダーの回答であったが、これでも普段より言葉数は多いとハルは思った。

 シュナイダーも表面上には冷静に答えているつもりのようだが、彼にも少なからず姉の晴れ舞台を楽しみにしているのだと心を観ていて解った。

 素直になれないシュナイダーの姿が逆に可愛いと思えてしまうハルだが、その事実はここで敢えて公表しない。

 ここで茶化せば、きっと融通の利かないシュナイダーがヘソを曲げてしまうと思ったからだ。

 シュナイダーの案内に黙って続いて芝居小屋内へ入ると、それなりに演劇の舞台が見やすい特等席に着く。

 そうしていると周囲は暗くなり、劇がいよいよ始まる。

 まずはハッキリと聞こえる女性の声でアナウンスが会場に響いた。

 

「――ここは『辺境』の奥深く、とある森の中の村にてこの愛の物語が始まろうとしている・・・」

 

 人の心へ直接語りかける抑揚の効いた女性の声は魔力が混ざっていることを察知するハル。

 

(これはシーラさんの声ね。意識を集中させる魔法が込められているわ・・・普段からあまり積極的に魔法を使っていなかったけど、実はシーラさんも魔法は結構得意なようね)


 魔力に優れた感覚を持つハルが上手いと評するほど、ここでシーラが施した意識集中の精神魔法に巧な魔法の技が込められていた。

 彼女の魔法は人の精神へ直接的に作用しているようだった。

 そして、観客達は気付かないうちにシーラにより、作られた物語の世界へと引き込まれていく・・・

 

「――辺境の奥の森の村ではエルフ達が暮らしていた。そのエルフ達は肌色によって区別されており、白い肌を持つ者を『白エルフ』、黒い肌を持つ者を『黒エルフ』と呼ばれている。そのエルフの世界は圧倒的に数の多い『白エルフ』が『黒エルフ』を支配している社会構図。彼らはそんな不平等の世界の中で逞しく生きていくのだ・・・」


 シーラから語られるエルフ世界の描写。

 この物語のあらすじを事前に聞かされていたハルはこの物語は完全にシーラの創作であると聞かされていた。

 それでもほぼ(まと)を得た内容であり、真実との一致は偶然だとアークより聞かされていたが・・・

 シーラの想像力の恐ろしさを感じてしまうハルであったりする。

 

(シーラさんってホント鋭いわ。かつて帝都ザルツの劇でもかなり正確なラフレスタの乱の描写だったとアークから聞かされていたけど・・・シーラさんってどこまで真実(ほんとうのこと)を知っているのかしら?)

 

 そんな疑いをシーラに向けるも、その直後にその問いが気にならなくなった。

 大いなる力による影響である事をハルは・・・いや、人間では絶対に気付けない。

 

(まぁいいわ。シーラさんがたまたま想像力の豊かな脚本だったと言う事ね・・・もしかすればシーラさんは小説家のようにフィクションを創造する才能が凄いのかも?ね・・・)


 そのように思考して、ハルが自身で納得のいく結論が得られて、見事に的を外されてしまう。

 こうして、この件はこれ以上の追及される事はなかった。

 そして、この劇で初めての登場人物が舞台に現れる・・・

 

「グリフィン、愛しているわ」

「僕もだよ。ハーモネル」

「パパ、ママ、大好き」


 ここで登場したのは、愛する夫婦とその家族の役としてスレイプ、ローラ、サハラの三人。

 ローラはハーモネル、スレイプはグリフィンと名乗っているが、それは役名であり実名ではない。

 彼らは白エルフ、黒エルフの役をしていたおり、耳が長くなっている。

 それは幻影魔法による効果らしい。

 シーラさんは幻影魔法も上手いとアークが言っていた。

 プロの魔術師であるハルから見てもこの幻影魔法は上手くできていると思う。

 そして、このふたりの子供役のサハラも耳を長くしたエルフの子供の役を演じていた。

 

「あの家族、とてもよく似合っているよねぇ。まるで本当のエルフの家族を見ているみたいだ」


 そんな絶賛を贈るのはリズウィの隣で目を輝かせてこの演劇を観望しているアンナからである。

 彼女も年頃の女子と同じく、華々しい演劇の世界は嫌いじゃない。

 演じているスレイプ一家は魔法の装飾によりエルフへ姿を変えているが、そこに違和感はなく、これは素晴らしい演技だと感じてアンナが絶賛しているのだ。

 

(それは・・・彼らが本当にエルフだからねぇ~)


 と、ハルはそんな事を絶対に口から出せないが、結論からするとそのとおりである。

 こうしてエルフ一家の仲睦まじい家族の姿が演じられているが、しばらくするとそんな幸せの構図は暗転する事になる。

 ここで数名のエルフが血相を変えて舞台に登場した。

 

「見たぞ! グリフィン! お前は黒エルフのくせに我が娘と密かに関係を結び、そして、子供まで作っていたとは、この異端児め!」

 

 ここでハーモネルの父を名乗る男から、一家団欒する家族の現場を目撃され、そんな追及を受ける。

 

「ハーモネル、お前は白エルフ族の姫として恥ずかしくないのか! 黒エルフと通じるなど、獣とまぐあう(・・・・)のと同義だぞ!」


 迫真の演技でハーモネル役であるローラを責め立てる老エルフ。

 その姿を見て、ハルはハッとした。

 

(確かこのおじさん、屋敷の老執事よね。シーラさんいつの間に口説いたのかしら? それにしてもこの人も演技が上手いわ)


 端役の役者に屋敷の人物が使われていた事にハルは驚く。

 シーラの活発な人材確保に感心してしまうが、それ以上にこの人物の演技が上手かったのが意外である。

 

(シーラさんは人の資質を見抜くのが上手いのかしら?)


 老エルフ役の迫真の演技により、観客は益々、この劇の世界に没頭していく。

 

「お父様。私はグリフィンと夫婦になる関係を誓いました。そして、私達には既に愛の結晶、愛娘のチルトを得ています」

「ぐぬぬ。私に隠れて結婚し、そして、もう子供まで作っていたとは・・・よくも今まで私を騙してくれたな。この黒エルフの盗人め!」


 ここでグリフィンは殴られて派手に吹っ飛ぶ。

 

「ぐわぁぁぁー」

「やめて、お父様!」


 父の暴力を止めようとするハーモネル。

 しかし、女の細腕・・・敵う筈もない。

 ここで大勢の兵士が登場し、グリフィン一家を拘束していく。

 多勢に無勢であり、あっという間に一家の自由と幸せは奪われてしまう。

 そして、子供のチルトは白エルフ族の祈祷師に捕まってしまう。

 派手な鳥の羽をあしらった奇抜な衣装の白エルフ族の祈祷師はこう述べる。

 

「この子は白と黒の混血児・・・忌み嫌われた命・・・白エルフ族では認められない存在・・・この(あい)の子の使い道としては・・・生贄として龍へ差し出してやる!」

「嫌ぁーーー、やめてぇ!!」


 泣き叫ぶ母の姿に、どうすることもできない現状・・・

 やるせない気持ちが観客達にも見事に伝わる。

 そんな悲痛な状況で、場面が変わった。


 次の場面は鬱蒼(うっそう)と茂る森の木々の中を進む一組の人間の男女の描写である。

 

「ここはどこだ? 拙いぞ、俺達は完全に仲間とはぐれてしまったようだな、リューダ」

「まったく、アークが悪いのよ。魔物を深追いして勝手に辺境の森の奥へ入っちゃうから」


 ここでアークとリューダの登場である。

 狩人のような服装をした彼らはその様相からして辺境で稼ぐ冒険者のイメージそのものである。

 名前もアークはアークとして、リューダはリューダとして本名での出演だ。

 それはシーラからの配慮であり、ふたりが恋人同士という配役を利用して疑似的カップルを体験させるために、役名も本名から変えていなかった。

 ここでアークはいつもの剣だけではなく弓も武装しており、服装もボルトロール王国調の派手な意匠となり、観客から見てアークは辺境の森を冒険するボルトロール若者のように格好良く映っていた。

 対するリューダもボルトロール王国らしい派手な近代的魔術師の衣装を纏っており、今日は長い髪を後ろひとつで結い、凛々しい人間の美人の姿として強調している。

 そんな彼、彼女達の姿を観たガダルとパルミスが悔しがっていた。

 

「くっそう、アークの野郎。今度は美人のリューダさんまで誑し込みやがって!」

「本当に本当だ。アークよ、死ね!」


 不平と不満が彼らの口より出るが、他の観客はこの美男・美女の登場で俄かに雑わついている。

 それは誰が見てもこのふたりが主人公とヒロインであると感じたからである。

 

「アーク! 良かったわねー、美人の相手役になれて~」


 ハルのそんなのボヤキが舞台にまで聞こえたのか、一瞬ギョッとするアーク。

 しかし、それは小さい変化であったため、ハルにしか解らない。

 アークはここでなんとか踏みとどまり、その後はポーカーフェイスを貫いて、何事もないように劇は進行していく。

 

「リューダ、悪いな。突出した俺についてこさせてしまって、お前まで迷わせてしまったよ」

「ううん、いいわ。私はアナタの彼女よ。アナタが一人で困るよりも、こうしてふたりっきりになれたことの方が嬉しいわ」

「リューダ。君はなんて可愛い女なんだ! 僕の理想の彼女さ」


 ここでアークは愛の籠ったリューダの行動に感激し、彼女を優しく抱く。

 それはわざとらしい動作であったが、これが劇の演出として醍醐味であり、観客の一部の女性から黄色い悲鳴が聞こえる。

 

「キャー、アークさん、素敵ーっ」

「リューダさんも美しいー!! 俺、ファンになります!」


 ここで熱心なファンから声援が贈られる。

 この人達はもう何度もこの劇を見ているのだろう・・・そんなことをハルは思ってしまう。

 

(まるでアイドルのコンサートのようねぇ・・・)


 呆れと共に、この世界には娯楽が乏しく、こんな演技でも喜ぶ人々がお安いと思ってしまった。

 しかも、ここでリューダを抱き、彼女の美しく淡麗な顎を人差し指でクイッと上げるアークの気取っている仕草が特に気に入らない。

 それはリューダにキスをしようとしているからだ。

 

「く・・・アクトの奴、ちょっと人気が出ているからって、絶対に調子に乗っているわよねぇ~」


 イライラから思わず声に出てしまうハルだが、彼女の素手の右掌は隣のリズウィのこめかみを掴んでいた。

 

「痛い、痛い、ねーちゃん、やめてくれぇ~」


 姉からの八つ当たりに、もがくリズウィの姿は、ここで勇者としての貫禄はない。

 あるのは、長年姉より受けた折檻に対する随意反応だけである。

 しかし、その中身は喜んでいるようにも見えなくもない・・・

 

「ハ、ハルさん! ハルさん! 暴力反対ですよ!」


 アンナからのそんな必死の指摘によって、ここでようやくリズウィを解放したハル。

 

「あらっ! ごめんねー」


 ペロッと舌を出して謝るハルの姿は愛嬌があったりして、これに以上真剣にハルを怒れないアンナだったりする。

 ハルの周りはそんな茶番の連続ではあるが、本題の劇はそんなの関係なしに次の場面へ進行した。


 アークとリューダが森を進んでいると・・・

 

「むむ、何者だ! 誰かいるぞ!」


 茂みがザワザワと動き、ここで飛び出してきたのはグリフィンとハーモネルであった。

 彼らは必死の抵抗をして、命からがら白エルフの族長集団より逃げてきたのだ。

 

「おお、エルフだ! 初めて見た!」


 飛び出して来た一組の男女は耳が長く、その特徴からこれが伝説に聞く亜人だと認識するアーク達。

 突然の遭遇に驚くアークに対して、グリフィンとハーモネルからは助けを求める言葉が出た。


「私達を助けてくれ。人間よ」

「俺達に『人間』と呼ぶな! 俺には『アーク』という立派な名前があるんだぞ!」

「悪かった・・・私はグリフィンと言う名前だ。こちらはハーモネル。出会っていきなりだが俺達を助けて欲しい」


 エルフなど初めて見る種族であったが、このグリフィンとハーモネルが傷を負い、焦っている様子から、これは只事ではない思うアーク。

 彼は初めて出会ったエルフに対する初見など捨て、ここは人として当然の行動をする。

 

「どうしたんだ? もし、困っている事があるならば、力になるぞ!」


 正義感の強いアークは突然現れたこのエルフ夫妻を信じて助けてあげようとする。

 

「実は・・・」


 そこでハーモネルから事情が伝えられる。

 彼らも今更だが人間を本当に信用していいのかと思ってしまうが、他に頼るところはもうない。

 何かに(すが)るような必死な思いで、自分達の窮状をアーク達に訴えた。

 それは愛娘が悪の祈祷師に捕まり、生贄として龍へ捧げられようしている状況である。

 

「何だって! 異端だから生贄に相応しいだと! 狂ってやがる!!」


 この理不尽に対して大いに怒りが沸いたアークは、ここで熱血漢の正義ヒーロを演じている。

 この演技を観たハルは少し安っぽいかな~と思ってしまうが、他の観客の反応を見てみれば、悪くはなかった。

 悪に立ち向かう正義のヒーロとして解りやすい構図が一般ウケしているようだ。

 

(まるで背勧善懲悪のヒーロものよねぇ~)


 そう考えてみると、このシナリオは一般人には解り易い、伝わり易いを前提に描かれているのだとハルは察する。

 改めてシーラ女史のシナリオライターとして才能が垣間見える瞬間でもあった。


「よし、俺達が助けてやろう! 愛する家族を取り戻すんだ!」

「ありがとう、アークさん。それにしても人間に助けを求める日が来るとは・・・」

「グリフィン、助けてくれる人に失礼な事を言っては駄目。グリフィンは同じエルフ族であっても旗色が褐色なだけで異端者扱いされています。今の私達には人間でも誰でも、信じられる相手こそが真の友だと思いますから」

「そうだな。人間とエルフの友好とか、そんな堅苦しい話ではなく。私個人として助けて貰える事に真の感謝の意を伝えるよ」

「ああ。グリフィンさん、ハーモネルさん。俺も君達と出会えて嬉しい。しかし、今はふたりの娘を助ける事が先決。さあ、悪の龍の元へ案内してくれ!」

「解った。こちらだ」


 こうして、エルフ夫妻のグリフィンとハーモネル、人間のアークとリューダは臨時のパーティを組んで、辺境の森の奥深に入って行く。

 彼らの行く手を阻むものは凶悪な魔物ばかりだ。

 鋼鉄ハリネズミ、巨大スライム、悪霊の骸骨兵士など伝説になっていそうな魔物が彼らに襲いかかる。

 しかし、アークは強い。

 持ち合わせた類稀な剣術で襲いかかってくる敵を次々とやっつける。

 この戦闘シーンは観客のリズウィも唸るぐらい素晴らしい立ち回りであった。

 

「アークの野郎、やるな! 今度、手合わせして貰おう」


 こうしてリズウィにも目を付けられる。

 勇者が絶賛するぐらいだから、この戦闘劇は一般人にも受けが良かった。

 そんな観客の反応の各々・・・

 

「アーク様、かっこいい~。素敵だわ」

「俺はリューダさんの方がいいね」

「私はグリフィンが好き。やっぱり男は顔よねぇ~」

「それじゃ、俺はハーモネルさんだ。あの美しさ。人間とは思えない。絶対に本物の森の妖精(エルフ)だよ~」


 全員が主役を張れるぐらい存在感のある四人。

 彼らは派手な戦闘シーンで活躍を魅せ、こうして、森の奥へ進んで行く。

 そうすると、ここで悪の化身の『黒の龍』が登場して、彼らの前に立ちはだかった。

 

「ハハハ。矮小なエルフよ。お前達の娘は俺様が食べてやる。そうすれば、俺はあと千年安泰に生きられる」


 ここでそんな往々な台詞を述べるのは黒い龍役のジルバであった。

 顔には禍々しい紋様の化粧が施されており、悪の親玉の登場として申し分ない。

 そして、この『黒い龍』の子分のように付き添っているのが、族長や祈祷師を初めとした白エルフの面々だ。

 その中で白エルフの族長は『黒い龍』のご機嫌とりを行う。

 

「黒い龍様・・・アナタ様の申し付けのどおり白黒エルフの(あい)の子を生贄として用意させて頂きました」

「うむ、大儀である。若き白黒エルフの子供は魂が新鮮だ。さぞ美味であろうなぁ~」


 舌を出して、(アギト)を開ける黒い龍の姿は幻影の魔法を使っている。

 迫真の演出だ。

 本当に幼子を食べるような仕草をしており、観ている観客の数名からも悲鳴が聞こえた。

 

「ジルバ・・・乗っているわねぇ~。身体も大きいし、顔付きも精悍だから化粧が映えている。悪役が様になっているのよねぇ~」


(しかも本当の龍だし・・・)


 流石にその真実は口に出せない・・・

 

「この野郎。やめろーーーっ!!!」


 ここでアークは黒い龍の狼藉を止めようとして駆け出した。

 しかし、ここで黒い龍は龍魔法を用いて守備者を召喚した。

 魔法陣が現れて、その中から幾重にも黒い蛇が出現し、アークの行く手を阻む。

 いくら斬り伏せてもその黒い蛇の数は減らない。

 むしろ、敵の勢いに押され気味のアーク。

 

「く、くっそう。数が多過ぎる! 駄目だ、このままでは負けてしまう・・・」


(がんばれ、アーク・・・)


 ハルさえもそう思ってしまうほどの白熱の戦闘シーン。

 観客もヒーロの初めてのピンチにハラハラしている。

 そして、ここで救世主が現れた。

 それはリューダ・・・彼女の身体の表面が突然爆発したように光り輝いた。

 それは魔力の大解放であり、そしてしばらくの後、放散していた魔力が反転し、彼女に向かって収斂する。

 

シャキーーン


 まるでそんな擬音が聞こえるぐらい光が彼女の元に凝集、光り輝くその中心から美女が姿を現した。

 それは白い仮面を被った銀髪の魔女の登場・・・その中身はシーラである。

 光の魔法が作用している最中でリューダと役を入れ替わるのが解ったのはハルぐらいであり、一般人はリューダが白仮面の魔女へ変身したように映っている。

 

「ぐ・・・高い魔力を感じるゾ…それにこの気配は覚えている・・・お前はもしや!」


 黒い龍が魔力に反応してそんな事を述べれば、その白仮面の魔女は素直に応えた。

 

「そうよ。私は正義の神デイアの使途・・・『白き魔女』!」


 ウフフとウインクして太々(ふてぶて)しく魅力的に応える姿は本物の白魔女のようである。

 彼女の登場に一番驚いたのはアーク。

 

「なっ!? どうした? 何が起こった? 君は誰だ?」


 矢継ぎ早に質問するアークに辟易しながらも、白い魔女は面倒くさそうな態度を隠さずに答えてくる。

 

「いろいろと一度に聞かないでよ・・・私は『白き魔女』。正義の神の使途なのよ。邪悪な龍を滅ぼすために、今まではリューダという器に封印されていた・・・私をこの世に解放してくれてありがとう。本当に感謝するわ、アークさん」

「リューダはどうなった? 彼女は生きているんだろうな!」


 激しい口調で詰め寄るアーク。

 これにも白き魔女は心配するなと答える。

 

「大丈夫よ。あの娘は私であり、私があの娘でもある。今はコインをひっくり返ったように入れ替わっているだけよ。だから心配しないで大丈夫」


 そんな呑気な態度で述べ、アークにもウインクを返す。

 まるでこの場に似合わない気の抜けた対応であるが、それは本物譲りの姿であったりする。

 ハルはここで演技しているシーラと自らの姿が重なって見えてしまう。

 それは不思議な一致感だった。

 

「いよっ! 白き魔女様の登場、待っていました! 今日も美しいですよ。シーラさん!!」


 どこの誰だか解らない男性がここで登場したシーラに向けて声援を贈る。

 

(きっと、この劇の常連ね。もうファンができているなんて、やっぱりシーラさんはプロの女優だわ・・・)


 シーラの実力と美貌を素直に認めるハル。

 かつてアークから聞いたシーラという人物像。

 それは帝都ザルツでも流行っていた劇団を率いる団長であり、自らも女優(アクター)として活躍していた女性だ。

 多くのファンを有し、人気一番の女優。

 何より美しい美貌を持ち、その魅力でこのエイボルトでも既に確実にファンを獲得しているようだ。

 そして、観客からはシーラの登場を喜ぶ声援が次々と続く。


「シーラさん、素敵!」

「最高です。白き魔女様ぁー!」


(うるさいわね。これじゃ劇が進まないじゃない!)


 苛立つハルの願いが通じたのか、シーラが手を挙げるとそれが合図だったようで、邪魔な声援は一瞬で収まる。

 劇を続けさせろとシーラが暗黙の合図で意思を示した結果である。

 こうして軽く中断を余儀なくされていた物語が再起動を果たした。

 

「ククク、『白き魔女』が復活したか。お前は私の仇敵だ。千年ぶりの再会となるな、白き魔女よ!」

「性懲りもなく、また心弱き者を手下として支配しているのね。邪龍・・・また封印してやるわ」

「私が何度も同じ失敗をするものか!! 生贄の幼子よ、この魔女を殺せ!」


 黒い龍がそう命じると、囚われていたエルフの子供サハラがナイフを手に持ち白き魔女へ襲い掛かる。

 その目は虚ろであり、完全に黒い龍が意思を乗っ取っている事は明白だった。

 

「く・・・これじゃ。攻撃できないわ。相変わらず汚い手段を使う三下の邪龍よねぇ~」


 その幼き刺客はナイフを巧みに扱い、白き魔女に襲いかかる。

 そのナイフは人間離れしたスピードで振われ、手が出せない状況の白い魔女は防戦一方となる。

 幼子は傷付けられないので、躱す一方だ。

 

「キャッ!」


 そして、ここで鮮血が迸った。

 遂に幼い子供の振るうナイフが白き魔女の身体に触れて、その白磁のような肌の一部が切り裂かれる。

 これがチャンスだと思った黒い龍は、ここで黒いブレスを吐いた。

 

「白き魔女め。これでも喰らえ~! 『暗黒の戒め』ーっ!!」


 完全に龍の姿に変身したジルバの(アギト)より放たれ吐息(ブレス)は無数の黒い糸を吐き出す。

 黒い不気味な吐息(ブレス)の攻撃だった。

 それが白き魔女の美しい身体に厭らしく絡みつく。

 

「きゃぁぁぁ、何これ!? 気持ち悪いーーっ! うわっ!? 魔力が吸われる?」


 身体に張り付くタイトな純白ローブの上より、黒い糸が這い回り、雁字搦めに縛られていく白い魔女。

 それはメリハリのきいた彼女の肉体を穢すような攻撃であり、観衆の不安は増すばかり。

 

「キャアアーーーー」


 これで一気に白き魔女のピンチとなる。

 このままでは魔力が吸われて負けてしまうのではないか?

 苦しむ彼女の姿を見て、観客の誰もがそう思ってしまう。

 正に迫真の演技。

 しかし、ここで魔女のピンチを救ったのは、やはり主役のアークだった。

 

「俺の魔女を・・・リューダを、穢すなぁーっ!!」


 アークの怒りの剣が無数の黒い糸を切断する。

 

「何っ! 俺の『暗黒魔法』が人間の剣で斬られている・・・そんな事あり得ない!」


 人間如きに最強の龍魔法で編まれた魔法の糸を寸断されている事実をなかなか受け入れられない黒い龍。

 一方、助けられた白い魔女は魔力を回復させ、まだ身体に残っていた黒い糸を全て払い除けた。

 こうして完全に自由を得た白い魔女は反転攻勢に出る。

 

「気色悪い攻撃をしてくれて、もう許さないわ。これで終わりにしてあげる。邪悪な龍よ。私を穢した罪は重いわ。聖なる光の魔法に屈しなさい!」


 白き魔女は自ら光り輝くと、その力強い光線が黒い龍を蹂躙していく。

 

「ぐわわわ・・・ この私が二度も負けるとは・・・しかし、私は決して消滅しない。人の心に欲望がある限り・・・私は何度も蘇るのだぁ~」

「煩いわね。その時は私も何度も転生してアナタを滅す。人の心に愛がある限り、私はその人の心の中に宿れるの。そして、その人が愛する相手を心から守りたいと願えば、いつでもこの世に召喚されるわ」

「口惜しやぁ! 白き魔女め・・・今回は私の負けを認めよう・・・しかし、いつの日か、我が勝つ・・・欲望が勝つ・・・欲望それは人の心に宿る必要悪なのだから・・・人が心に宿す宿命なのだからぁぁぁぁーーーー ぎゃぁーーー!」


 こうして黒い龍は消滅した。

 悪の気配が遠退き、この空間に平和が訪れる。

 それまで悪の意思に支配されていた白エルフの族長達もこれで正気に戻った。

 

「うぉぉぉ、すまない。ハーモネルよ・・・私は操られていたのだ。あの龍に子供を差し出せば、白エルフ族だけ千年の栄華と繁栄を与えてやると言われて・・・」


 涙する族長だが、もうハーモネルは白けていた。

 

「お父様、それはあの悪の龍によって、お父様の心に持つ欲につけ込まれた結果なのでしょう。これは反省して貰わなければなりません」

「そもそも私が可愛いお前の娘を本気で差し出す事など考えられない。そう・・・すべてあの邪悪な龍に私は操られていたのだ」


 自分は悪くないと主張を続ける族長・・・そんな父の態度にハーモネルは遂に怒った。

 

「ならば、私達の結婚を認めて、黒エルフに対する偏見を捨ててください」

「そ、それは・・・黒と白は相いれない・・・それは過去より続く通例、常識・・・それをお前は変えろと言うのか!」


 ここにきて、グリフィンの存在は認められないと言う白エルフの族長。

 ハーモネルはその言葉で我慢の限界となった。

 

パシンッ!


 ここで、父の顔を平手打ちするハーモネル。

 

「あっ・・・何をする!」


 叩かれた父もそんな娘の行動に唖然となる。

 

「結局、お父様は何も理解していない・・・私が好きなのは黒エルフのグリフィンじゃないわ。グリフィンだけを愛しているの。そこに白も黒も関係ない。結局、お父様の心には自分に都合の良い『愛』しか理解できていない・・・それは欲望と同じ事・・・だから邪龍につけ込まれるのよ! 見てみなさい、あのふたりを、あの人間のふたりは真実の愛を持っているわ・・・どうやら人間の方がエルフよりも愛を理解しているようね」


 ハーモネルが示す方向に視線を向けると、そこには猛々しく剣を掲げたままの剣術士アークと、その肩にそっと手を置く白い魔女の姿があった。

 彼らは虚空に消えた邪龍の存在をまだ睨んでいる。

 悪を絶対に許さないとする強い意思が込められていた。

 それは完成された絵画のように美しい構図で固定される。

 そんな彼らが、ようやく邪龍が去ったとして、動き始めた。

 

「終わった・・・俺達は勝ったのか?」

「ええ、終わったわ。今回も私の勝ちよ。愛ある限り、私は負けない。また何度も蘇って邪龍を倒すわ」


 ここで遠い目をする白い魔女。

 それは彼女が遥かの過去より存在して、この邪龍を戦ってきた刻の長さを感じさせられた。

 

「君は・・・神の使途なのか? 白き魔女は永遠にあの邪悪と戦っているのか?」

「・・・そうよ・・・でも、条件が整えば私の代の役目が終えられる・・・それは私を心から愛してくれる男性の存在。その愛が私に注がれた時、私の代は役目を終えて、一生をその男性のためだけに使う事が許されるわ」

「それは・・・僕にそうしろと願っているのかい?」

「選ぶのはアナタの意思次第よ。どう? 私と夫婦関係にならない? そうすれば、私はアナタのモノになる。この身体も心もアナタの自由できるわ」


 白き魔女はそう言って、自らの乳房を腕で寄せてみる。

 彼女の見事な乳房が歪み、男を誘った。

 並みの男性ならばこれでイチコロの悩殺ポーズ。

 しかし、アークは冷静であった。

 

「・・・そうなると、リューダはどうなる」

「そうねぇ・・・それは心配しなくてもいいわ。あの娘は既に私の一部よ。私の心の中であの娘も生きている。私が幸せと思うならば、あの娘の心も幸せな筈よ」


 ここでの白き魔女からの回答は頓智(とんち)のようであり、アークも理解に苦しむ。

 一体、どう選べば正解なのだろうか?

 確かにこの白き魔女は男性にとっては理想の女性、絶世の美女であり、英雄の報酬として最高のものである。

 しばらく迷うアークであったが、ここで彼はひとつの正解に気付く。

 

「・・・君は美しい・・・そして、過去から永遠に邪悪と戦い続けた英人でもある。僕は君の労をねぎらい、そして、愛してあげたいと思う・・・しかし、僕は・・・どうやら、僕の事をいつもキョトンとした顔で、どうしようもない男だと罵るリューダの顔が忘れられない。君はリューダよりも魅力的な女性だ。そして、魔力も桁違い・・・だけど、僕にはリューダが必要。だから・・・すまない」


 そんな極まりの悪い台詞でアークは白き魔女からの求愛を断った。

 それに対して少し寂しい反応をする白き魔女だが、その後にフッと笑みを浮かべた。

 

「そうね・・・それがアナタの正解よ。本当は私にも解っていた・・・君が愛しているのはリューダであり、私ではない事を。私はリューダの心に寄生している過去からの正義の意思の断片よ・・・ただ、悪と戦うだけの意思という存在に過ぎないのだから・・・」


 そして、彼女はゆっくりと仮面を外す。

 そうすると、その仮面の下には金髪碧眼の顔が・・・

 リューダだった。

 彼女がパッとローブを払うと、元のリューダが纏っていた近代的な魔術師の衣服が姿を現した。

 一瞬の早替わりでシーラからリューダに入れ替わったが、観客はもうそんな技術的なところなんかに着目していない。

 彼らが凝視しているのはこの物語の結末。

 そして、アークは・・・

 

「ああそうだ。僕が欲しいのはリューダだ!」

「ア、アーク・・・嬉しい。私も愛しているわ!」


 ここでふたりは熱い抱擁を交わし、熱い口付けを・・・

 こうして、アークは絶世の美女よりも身近なリューダを選ぶのでした。

 めでたし、めでたし。

 

 観客も感動し、この素晴らしい物語の愛の結末にうっとりする者。

 シーラを初めとした劇団員に喝采を贈る者。

 物語の意味の深さを噛みしめて只々感動する者。

 反応は様々だが、各々が概ね満足して終劇を迎えた。

 

 しかし、ここでハルは・・・

 

「あんにゃろー、馬鹿アークめ。調子に乗んなよー! あんなに熱いキスをしてぇー ふざけんなぁー!」

「姉ちゃん、止めてくれ。苦しい、苦しい、締まってるってぇ! 自分は器量のでかいオンナじゃなかったのかよー!! 嫉妬心丸出しじゃねーかって、痛てぇ~、痛てぇ~てっ!」


 暴れるハルと、その被害を一方的に受けるリズウィ・・・こちらはまるで喜劇のようだ。

 そんな感情表現豊かな姉妹の姿を舞台から垣間見えたリューダがウフフと小さな笑みを浮かべてしまうのであった・・・

 

 

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