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第七話 魔女は同志を見つける


「へぇ~、まるで学食みたいね」


 開口一番、ここを見たハルの感想はこうである。

 彼女の訪れた場所とは研究所の共同食堂。

 ここは研究所社会維持部の食堂課が運営している。

 清潔で広いこの食堂はサガミノクニ人、ボルトロール人の区別なく、この研究所で働く全ての者が利用可能な場所になっているようで、別け隔てなく昼食を取っていた。

 そして、掲げられたメニューを見てみると、東アジア共通言語とゴルト語の両方が併記されている。

 この事からこの食堂は両人種が利用できるものとして整備されている事が解る。

 

「それにしても、A定食、B定食、カレーにうどんって・・・まるでサガミノクニね・・・あそこに書かれている『ジョンパ』って料理は何だろう?」

「『ジョンパ』はボルトロール王国の郷土料理ですよ。ジャガイモと肉の煮料理ですけど、ここではあまり人気が出ません」

「それは予想できるわ。きっとサガミノクニ料理の方が美味しいからなのよね?」

「悔しいですけど・・・そのとおりです」


 レイチェルはハルの予想が正しいと頷いた。

 繊細な味付けや出汁を取ったりと何かと手間の多い故郷の料理――それは大概(たいがい)の場合、こちらの世界の料理よりも美味しかったりする。

 ハルは自らの経験よりそんな事を理解していた。

 それにこちらの世界の料理は衛生面でも良くない事が多い。

 それはレシピの問題ではなく、調理方法にあるのだが・・・

 これだから、ハルは初めからボルトロール王国の研究所で提供される昼食にあまり期待せず、自ら準備したお弁当を持ってきていたのだが・・・

 

「どうやらここの食堂の運営はサガミノクニ人が深く関わっているようね」


 彼女はそのように納得して、久しぶりの故郷の味を楽しもうとする。

 意気込んで注文したのはもちろんカレーライス。

 受付にてカレーライスを示す料理番号を示すと、水晶の宝玉がはめられた入門証の提示を求められた。

 どうやらそれが商品購入の証となるようで、これを利用して月極で食費が清算されるシステムなのだろう。

 

(本当に学食みたい・・・)


 レイチェルやルカに続いてハルも同じような手段で購入し、三人とも同じカレーライスにする。

 そして、しばらく席で待っていると給仕が料理を配膳してくれる。

 提供された料理は食欲をそそる香しい匂いはまるで故郷のカレーライスそのもの。

 期待を込めてスプーンでカレーをよそう。

 そして、ボルトロールで作られたカレーを口に入れて一言。

 

「美味!」


 ご飯は例のシーンズ産の少しパサパサとしたものだが、カレーソースは素晴らしい再現性。

 味に厳しいハルの舌を以てしても合格点の味だ。

 そんなご満悦のハルの評価に、何故かルカがニコリと笑顔で喜ぶ。

 

「そうでしょ? やっぱり、ススムは天才なんだから!」


 初対面のハルでも解るぐらい目にハートマークを浮かべてルカが絶賛するのはこのカレーを開発した調理人である。

 

「ススムさんって人がこのカレーを再現したの? 確かにこちらの世界でこのレベルの料理が作れるのは天才的かも?」


 ハルも納得できるぐらい地球世界のカレーの味を見事に再現できている。

 それがどれぐらい凄い事なのかは、過去の同じ事を挑戦しようとしてできなかったハルにはよく解る。

 しかし、ハルはカレーライスのライスの部分・・・つまりこの世界の米とは出会えていない。

 米が手に入らない以上、頑張ってカレーライスの再現に挑戦しようとするほどモチベーションは高まらなかったのだ。

 そんな負けず嫌いな事を考えてしまうハルが少しお茶目だったのは蛇足である・・・

 

「それにしても、よくこんなに豊富な香辛料を見つける事ができたわね」

「南方諸国に香辛料で有名な産地があって、そこから大量に取り寄せたのよ。今では第四研究室の食品素材担当である私がカレー粉を調合しているわ」

「ええ? ルカさんがカレー粉の生産をしているんですか?」

「そうよ。レシピは彼が考えたものだけど、製造は任せてよ。私、元々お菓子の製造メーカの研究員として勤務していたんだから」

「わ、凄い! カレー粉が製造できているなんて。ひとつ譲って欲しいわ!」


 ハルはそんな懇願をする。

 それに対してルカはどうしようか迷っていた。

 それはルカひとりでは判断できない案件であったからである。

 そんな事で悩んでいると、彼女の彼氏が姿を現した。

 

「おう、ルカ! 今日も食いに来たな。俺の料理は美味いか?」

「あっ、ススム! うん。美味しいよ。ススムの作るご飯が世界一だわ」

「そうか」


 以前からススムとルカは約束をしていた。

 それは一日一回以上互いに顔を合わせる事。

 これを履行するために、料理人にとって忙しいこの昼の時間帯でも時間を作って必ず顔を見せてくるのだ。

 それが心を読む事で解ったハルは温かい気持ちになる。

 

「ススムさん。出会って早々変なお願いするかも知れないけど。アナタの開発したカレー粉を私に譲って貰えないかしら?」

「ん? この娘は?」


 ススムはここで初めて見るハルの顔に、誰なのだろうと考える。

 そして、彼の中ですぐに答えが出た。

 

「ああ。この娘って、もしかして例の江崎(エザキ)教授の長女か?」


 ルカから聞かされていた件の人物であると察すれば、その顔つきが険しくなる。

 ススムにとって江崎(エザキ)一家とは悪い印象の人物であったからだ。

 しかし、それをルカが否定した。

 

「ススム! ハルさんは良い人よ。それにススムのことを天才だと褒めていたわよ!」

「えっ、本当か!?」


 そんなルカの一言でススムの顔から険しさが消えた。

 ルカの判断を大々的に信じているようである。

 そして、ススムは自分が褒められるのには弱い。

 こうしてススムの中でハルは一気に良い人となった。

 

「ありがとう。えーっと、江崎(エザキ)さんでいいんだよな? 僕は南沢(ミナミサワ)(ススム)。社会維持部食堂課の課長・・・つまり、ここで店長をやっていんだ」

「こんにちは。私は江崎(エザキ)春子(ハルコ)。皆から『ハル』って呼ばれているからそれでいいわ」


 ハルも友好的な態度で挨拶を返す。


「そんなことよりも、このカレーライスは素晴らしいわ。よくぞここまで再現できたと思う」

「そうだろう? これって俺の自信作なんだぜ! 何せ、この世界に米はあってもあの味だろ? それをどうやれば美味しく食べられるかって考えていたんだ。炒飯にしても飽きられちまう・・・なんとか米を白米のまま食べるためには・・・って考えた先がこのカレーライスだ」


 ススムはカレーライスに辿り着くまでを力説する。

 ハルもそれにウンウンと頷き、彼が美味しいものを求めて苦労したところを十分に共感できている。

 

「故郷のカレーは小麦以外に独特の香辛料が複雑に組み合わされたものだ」

「そうね。その多彩な香辛料を私は準備する事ができなかったのよねー」

「おお? ハルさんもカレー作りに挑戦したんのか?」

「そうよ。しかしここまでの再現性は得られなかったわ? どうやったの?」

「ふふふ。それは企業秘密・・・って言いたいところだけど、君からは同志の匂いがする・・・特別に教えてあげようじゃないか」


 勿体ぶるススム。

 カレー粉の価値が解るハルは黙ってススムが話してくれるのを待とうとした。

 しかし、ここで耳を澄ましているのはハルだけではない。

 ススムの周りの人々が、特にボルトロール人がカレー粉の秘密の配合を探ろうと聞き耳を立てているのが解った。

 

「ちょっと待って、私は香辛料配合の秘密まで探ろうと思わないわ。それはアナタの成果を寄越せと言うようなものだから。それに私はただカレー粉を分けて欲しいだけなの。必要な対価は払うわ」


 そんなハルからの言葉に明らかに悔しそうな意思が周囲より伝わってきた。

 やはり、ススムの開発したカレー粉の情報はボルトロール人にとっても興味津々なのだろう。

 

「分けろって言われても、これは研究所の備品の一部だし。前に同じ事を現地人から頼まれて分けてあげたけど、結局は転売されてしまって大事(おおごと)になったからなぁ~」


 まだ迷うススム。

 しかし、ハルもこのままでは引き下がれない。

 彼女も美味しいものを得るために手段は選ばない。

 

「それならばこうしましょう。私が手に入れたものをあげるわ。物々交換よ。それならば研究所の食堂課としても利益あるんじゃない」

「何をくれると言うんだい?」


 それは本当にカレー粉の対価に見合うものなのかと疑う。

 しかし、ハルには自信があった。


「これよ!」


 彼女は魔法袋に収納してあった新鮮な野菜をひとつ取り出してススムに見せる。

 それを目にしたススムは目を大きく見開くようにして驚く。

 

「これはっ! トマトか?」

「そうよ」


 ハルは正解として頷く。

 その有名過ぎる野菜の存在は元の世界では誰もが知る有名な赤い果汁の野菜ではあるが、こちらの世界では何故か流通しない野菜だ。

 

「この種をあげるわ。トマトはこちらの世界じゃ『悪魔の実』と呼ばれて忌み嫌われているの。勿論、それは迷信なのだけど。私は偶々(たまたま)ラフレスタの郊外の森で野生のトマトが自生しているのを発見したのよねー」

「うぉっ! これは本当に価値ある実だ・・・く、欲しい・・・これさえあれば、サラダや煮込み料理のレパートリィーが増える・・・それにパスタも作れるぞ」

「パスタあるわよ」

「へ?」


 ススムはここでアングリと口を開けてしまった。

 パスタはススムが元々イタリアンの料理店を経営してきたから、彼が最も再現したいと思っていた料理だ。

 小麦粉はあるものの肝心のトマトが手に入らない。

 トマトソース以外でもパスタ料理は可能だが、ススムの中でトマトソースが無いとパスタを作るテンションが上がってこない。

 

「パスタ、今すぐにでも作れるわよ」


 ここでのハルのそのような宣言はススムにとって悪魔の誘惑に等しい。

 

「・・・わ、解った。カレー粉を・・・」


 ススムが陥落してしまう寸前、ここで待ったが入る。

 

「待ちなさい。カレー粉を渡すのは止めて! 彼女はスパイだわ。ようやく正体を現わしたわね。このラフレスタの魔女め!」


 甲高い声を持つ女性が現れて、ススムがその声でピシャリと行動を止める。

 ススムを硬直させてしまった声の主をハルが視線で追ってみると、いつの間にか自分の後ろに黒いローブの貴婦人が立っていた。

 貴婦人――彼女をそう形容するに等しい、独特の気品を纏った女性・・・その正体をレイチェルはよく知っている。

 

「大奥様・・・」


 ここで研究所ナンバーツーの登場により、周囲に緊張が走ってしまうのであった・・・

 

 

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