第四話 魔女の採用試験
「はあ? 人を雇いたいって? この忙しい時に何なのよ!?」
研究所の経理部内でそんな不機嫌な台詞が響いた。
その台詞を放ったのは経理部長エリ第二夫人からである。
派手な化粧と多くの装飾品で飾られたエリは、この研究所内で大きな富を得られているのがよく解る。
そんなエリ夫人に対して現在直談判しているのはトシオである。
エリ夫人はフーガ所長と第一夫人が居ない現在、この研究所での最高権威。
彼女の意見を無視して新たな人間など雇用できない。
そんな不機嫌モード全開のエリ夫人に対して、冷静に自分の意見を伝えられるトシオはある意味で勇者である。
「ええ、雇いたいです。彼女はエストリア帝国で高度な魔法教育を受けてきた江崎・春子。魔道具師として生活してきた実績もあり、我らの求める素材を錬成する技術を持つ有益な存在です」
「江崎ってもしかしてあの行方不明になった江崎教授の娘でしょ。ダッサイわねー。本当に大丈夫、そんなの雇って?」
「ええ。彼女の腕は僕が保証します」
「トシオ君が保証って言ってもねぇ~ その娘ってアナタの元同級生でしょ? 身内贔屓とか言われかねないじゃない。ザニア、アナタは魔術師の試験ってできる?」
エリは経理部専属の警備担当として所属する女魔術師に、ハルとかいう小娘の魔術師としての実力を測れないかと問う。
「私には無理です。魔術の実力を測れるほど技術がある訳ではありません」
彼女はやんわりと拒否した。
「それはアナタの実力が不足しているという訳ね。それならばリューダはどう?」
するとエリは警護担当の中で最も実力を持つリューダを指名したいと言う。
「リュ、リューダさんは、私達に命令する権限はありません・・・」
リューダの事を聞かれるとザニアは焦り出した。
「解った。解った。アナタ達にも政治的な序列があるのよねぇ~。リューダは確か、国王様にも伝手を持つ大物らしいからねぇ・・・他に実力があって暇な人はいないかしら?」
「・・・それならば、グロート様はいかかでしょうか? あの方ならば実力も高いですし」
「グロート・・・確か、第四研究室の素材研究開発に所属している魔術師だったわね」
「ええ。グロート様は錬成と工芸の魔法に精通しています。それに過去、エストリア帝国のラフレスタに留学していたエリートでもありますから」
「エストリア帝国、それはいいわね。そのハルとかいう小娘の正体を暴くにはちょうど良さそう」
エリは舌なめずりをする。
このときの彼女はハルのことをペテン師か何かだと決めつけていた。
(転移者がこの世界に独りで放り出されるなんて、今まで身寄りのない流浪人のような生活を続けてきたに決まっているわ。どうせ自分がエストリア帝国で高度な教育を受けたと嘘を言っているに違いない・・・)
そんなことを邪推するエリはイスから立ち上がった。
「面白い。その試験、私も立ち会うわ。行くわよ。レイカ、カオリ!」
「「・・・はい」」
エリの呼びかけで同じ経理部に所属している水池・麗香と田村・香織も同じように席を立った。
彼女達はエリに似て派手な佇まいであり、この研究所でエリの取り巻きとして有名な存在である。
直感でこれから面白い見世物が始まると感じて、娯楽の少ない日常の退屈を凌げる事への期待から笑みを浮かべている。
こうして、中庭で江崎・春子の臨時採用試験が始まった。
「こんなところに呼び出して、まさか、魔法戦闘能力の試験をするんじゃないでしょうね?」
ハルは不機嫌を露わにする。
試験を受ける事自体は想定内なのだが、魔法戦闘能力で魔法能力を測るとすれば、研究職とは全く趣が異なると思ったからだ。
もし、本当にそうならば、今行われようとしている試験は完全に的を外れている。
つまり、それは自分をいびる為だけのショーだと言えた。
しかし、ここでの試験を提案した老魔術師はそれを否定する。
「戦闘などそんな野蛮な試験はしない。ここで試験をするのはアナタの魔法属性の適正を見るためじゃ」
フンと少し傲慢な態度で応える老魔術師は自分の事をグロートと名乗る。
第四研究室に所属していて、先のレイチェルの上司に当たる魔術師だ。
グロートが計画した第二研究室に対する嫌がらせを邪魔した人物――それがハルである。
彼が苛つくのはそんな理由から来ている。
(余計な事をしおって・・・)
そんなグロートの心の声がハルにはよく解った。
対するハルはこの魔術師に対する評価は低い。
(全く心を隠せていないって・・・未熟よね)
無詠唱魔法で『心の透視』を常時行っているハルの方が規格外なのだが、それでもこう易々と心への侵入を許してしまう魔術師の技量などたいした事ないと考えている。
少なくとも過去にハルと対決したカーサやマクスウェルと言ったボルトロール王国精鋭の魔術師と比較しても数段は劣ると評価していいだろう。
そんな事を考えていると中庭に派手な化粧を施した数名の女性職員達が姿を現わした。
「おお。第二夫人様も来られたようだ。それでは採用試験を始めよう」
ハルはここで現れた派手な女性の顔を知っていた。
素粒子研究所の解放際の時、江崎研究室の基調講演に来場し、風雅と共にスクープを狙っていたテレビ業界の女性ディレクターだ。
あの時にハルが受付をしていた名簿に彼女の本名が『藤井・絵里』と書かれていたのを思い出す。
そして、密かに彼女の心を探ってみると・・・やはり、自分に対してあまりいい印象を持っていなかった。
「どこを見ておる。アナタは今、この試験に集中すべきじゃ」
「解っているわ。さっさと終わらせるわよ」
「口だけは達者だな・・・フン。それでは風の魔法を行使してみよ」
グロートの目がギロリと光る。
どうやら、ハルの行使する魔法の魔力流を観察するようである。
「解ったわ。しっかりと観ておいてよ。見えざる空の鷹よ、羽ばたきて、私の元にその存在を示せ」
ハルがわざとらしく風の魔法の呪文を唱えて魔法行使する。
その中身は無詠唱ではあるが、口頭で正規の呪文を唱える以上、表面上は無詠唱で行使したとは解らない。
ビューーー
ハルを中心として上空から風の吹きおろしがおきた。
灰色のローブがはためき、ローブのフードが外れてハルの青黒く長い髪が露わになる。
それが美しかったのか、この試験の成り行きを見守っていた観客からは感嘆の声が漏れた。
「・・・ふむ、まあまあじゃな」
グロートは発動速度が早いが威力は並みであるとハルの風の魔法の得点を付ける。
「次は炎じゃ」
「解ったわ・・・」
こうして、炎、光、水、土と様々な属性の魔法の試射をさせられるハル。
威力はそれほどでもないが、すべてをそつなく発動させる事に成功できた。
「・・・ま、まさか全属性を使えるとは・・・」
大した実力ではないだろうと初めは思っていたが、それでも全属性が使えるとなると話は別だ。
普通の魔術師ならばひとつの属性、上級資格の魔術師でも三種類ぐらい扱えるのが精々である。
全属性が使えるとなると、これは達人レベルだ。
渋々だがこれでグロートはハルの実力を認める事となる。
「次は魔法理論を見てやる。ここは研究所じゃ。高度な知識が要求される。ちょっと手先が器用なぐらいじゃ務まらないからな!」
「ようやく研究所らしい試験になってきたわね。私も現役魔道具師。望むところよ」
ハルも理論が専門であり、どんと来いと構える。
「それでは一問目。魔術師の杖に最適な素材とは?」
「その用途は戦闘用なの、それとも汎用型かしら?」
「汎用型として答えて貰おう」
「汎用型ならば一般論として『デギンズの木材』が良い素材と言われているわ。しかし、高度な魔力鉱石の複合素材の錬成技術があれば、その限りじゃない」
「『デギンズの木材』で正解じゃ」
悔しそうにするグロートだが、これはまだ序の口、基礎中の基礎のようなものでまだ大したレベルではない。
「次に魔法陣理論。魔力の保持に有効な陣とは」
「それも一般論でいいのかしら? それならば、アブラハムの陣が教科書的には正解ね。ちなみに、現在のエストリア帝国でその技術は時代遅れになりつつあるわ。現在の最先端技術は精密積層型魔法陣よ。尤もその詳細は秘匿技術だけど、アブラハムの陣よりも数倍効率が高いと聞くわ」
涼しい顔で答えるハル。
これに対してグロートは苦い顔になった。
「く・・・正解じゃ。アナタのような青二才にも精密魔法陣の噂が流れておるとは・・・」
「当り前よ。だって私は魔道具師よ。魔法陣と素材錬成、道具制作・加工の専門家。それに関わる最新情報も知っていて当然よ」
「まさか、精密魔法陣の製造方法も知っているのか?」
「ブーー、残念。もし私がそこまで知っていれば、エストリア帝国から出国できないわ。その製造方法は軍事機密にも匹敵する情報よ」
当たり前の理由を述べるハルだが、実は嘘が混ざっている。
精密魔法陣自体はハルの考案した技術であり、発明者本人だ。
しかし、その真実はここで述べられない。
自分がそんな世紀の大発見をしたなどと言っても信用されないだろうし、仮に信じられたとしたら厄介事が増える未来しか見えない。
「く・・・次は・・・」
「もういいわ」
ここでグロートの言葉を遮ったのは第二夫人エリである。
魔法素人の彼女が見てもハルの魔術師としての力量はもう疑いようがない。
初めはハルの事を素人魔術師と決めつけて、馬鹿にして虐めてストレス発散する事を考えていたが、これまでの結果を見て気が変わった。
ハルを自分の手駒として使えないかと画策したのだ。
そのためには、ここで恩を売っておく事も必要である。
そんな打算から導き出されたエリの発言である。
「江崎・春子さん。アナタを研究所の臨時職員として採用しましょう。登用書類には第二夫人エリが彼女の力量を認めたと書いておきなさい」
自分の部下にそう命令するエリ第二夫人。
部下のレイカが本当にいいのかとエリ第二夫人の顔を再確認する。
「ええ、構わないわ。彼女は罪深い江崎家の長女だけど、それでも私達の役に立つのならば雇ってやろうじゃない。デメリットがメリットを上回るわ」
尊大な言葉でそんな決断をするエリの姿に、ハルと同席していたリズウィから怒りの感情が高まる。
それを察したハルはリズウィの腕を抑えてこう回答する。
「寛大なご判断を感謝いたします。エリ第二夫人様。私のお給金は月三十万ギガ、プラス成果に応じた出来高払いを希望します」
これは一般的な魔道具師の給金よりも高い設定だ。
ハルの図々しい要求を快く思わない数名が、ここで怒りの反応を示した。
しかし、エリはこれを認めてやる事にする。
「ええ、いいわ。その契約、飲みましょう。図々しいのが態度だけじゃないのを期待しているわよ」
「ありがとうございます。私は皆さんのお役に立てるよう誠心誠意、素材錬成で貢献させて頂きます。私も江崎家の長女、これからは不遇な父母と出来の悪い弟を養っていく必要もありますから」
「これは面白い事を言うわね。アハハハ」
一体何が面白かったのか解らないが、ここでエリ第二夫人が大笑いする。
その実はリズウィのことを出来の悪い弟と評したハルの言葉が面白かったらしい。
自分の事を悪く言うリズウィが益々不機嫌となるが・・・マイナス面はそれぐらいであり、こうしてハルはまんまと研究所内の職にありつける事となる。




