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第二話 旧友との再会

 ハルの希望が叶い研究所訪問の許可が下りた。

 こうして、午後はボルトロール王国自慢の魔動馬車が迎えにやってくる。

 ここでリューダとシュナイダーが馬車の御者、兼、研究所への案内人となり、ハルとリズウィを乗せて研究所に移動する。

 王都エイボルトの街中を馬車はゆっくりと進み、屋敷から小一時間ほど走れば研究所に到着する。

 

(位置からしてエイボルトの北部ね。山に近い所のようだわ)


 密かに位置を探り、そんな目星をつけるハル。

 万が一の事も考えてこの研究所の立地を把握しておくためだ。

 それを察したのかリューダからここの警備体制について語られる。

 

「ここは王国の機密施設であり、万全の警備体制を敷いています。王都防衛隊の一個中隊が守備についていますので、ここを襲撃する事は不可能です」


 リューダの言葉が示すとおり、周囲を見回してみると武骨な石造りの建物が複数建設されており、その中で物々しい甲冑を装着した多くの兵士が隊列を組んで歩んでいるのが見えた。

 まるでどこかの要塞かと思わしき状況である。

 

「なるほど、守りは万全と言うことね。ここからの逃亡は許さないって事かしら?」

「いいえ、ハルさん。あくまでもこれは研究所を守るための措置です。こちらの世界で彼らの存在と知識は宝の山ですから」


 リューダはあくまでここに配置している兵は外敵からの侵入を阻止するためだと主張している。

 ハルから反感を抱かせないようにする最低限の方便だ。

 

「なるほど・・・そう言うことにしておきましょう」


 ハルはリューダの方便など建前だと知りながら、納得する意向を示した。

 リューダ達ボルトロール王国の本音など心の透視で解りきっており、守備などと言うのは全くの茶番なのだが、この状況では納得する方が得策。

 尤も、リューダもハルの事を疑っており、常に警戒されているのはハルも承知している。

 互いに腹の探り合いという状況に変わりは無かった。

 そんな軽い緊張感が続きつつも一行は研究所に続く入口へ進む。

 そして、ここの研究所を一言で表せれば、それは『大きな城』である。

 周囲を深い水堀で隔絶された施設である。

 その水堀を渡る跳ね橋の手前に設置された詰所にて一旦馬車は止められる。

 外界へと通ずる唯一の跳ね橋を警護している担当者とリューダが二、三会話する事ですぐに通された。

 

(やはり、リューダさんはこの警護部隊の中でも相当上位な人間のようね)


 周囲のリューダに対する態度からそんな事を察するハル。

 そうしていると馬車はゆっくりと跳ね橋を進んで、城の内部へ入って行く。

 跳ね橋を渡った先のエントランスにはこの研究所の使用人だろうか、数名が既に待機していて、到着した馬車の扉を開けてくれた。

 その所作は洗練されており、一流の使用人をボルトロール王国が雇っているのが伺い知れた。

 リズウィは慣れた様子で違和感なく馬車から降りる。

 しかし、その顔は少し引き攣っており、嫌な場所に戻ってきたという意識が強かったりする。

 そして、馬車を降りた彼は多少の強気で迎えに出てきた使用人に自分の来訪目的を告げた。

 

「所長の風雅(カザミヤ)のおっさんは居るか? ちょっとした野暮用で戻ってきたんだが・・・」

「勇者リズウィ様、ようこそ研究所にお戻り下さいました。現在、フーガ伯爵は留守にしております。諸用で王城に奥様と出かけておりますが故に・・・」

「そうか、じゃあ、副所長だな。斎藤(サイトウ)さんは居るんだろう?」

「ええ。あの方は滅多な事で研究室から離れませんので」

「じゃあ呼んでくれ。勇者リズウィが姉を見つけてきたと伝えれば、すっ飛んでくると思うぜ」

「・・・解りました」


 老執事の使用人はリズウィの要求を受諾し、研究所の奥へと消えていく。

 

「さあ、こちらへ」


 その間、リューダが案内役を請け負い、研究所の中に設けられた客間へハル達を案内する。

 途中、幾人かの黒髪の人物とすれ違うが、彼らは一様に驚いていた。

 それはハルを見たことよりもリズウィがここに戻ってきたことに対する驚きだ。

 リズウィと関係が良くなかったのは相手にとっても同じ事。

 彼らもリズウィに対してあまり良い印象を持っていないようだ。

 この時のハルは自身のローブのフードを深々と被っていたので、こちらの世界の魔術師のひとりだと思われていたようで、彼らは特に関心を示さなかった。

 応接室に連れて来られたハル達はここでソファーに着席を許される。

 そこに腰を下ろすと、ちょうどいい反発の感触だった。

 高級ソファーなのはすぐに解った。

 

「随分と造りの良い施設なのね」

「そうです。ここは昔この地方を治めていた領主の城をそのままフーガ一族の研究所として使っています。ここの領主は特に魔術への関心が深く、城内に有用な設備が整っていましたので、都合が良かったのです。それに多くのフーガ一族の方々がこちらで生活もされています。客間が豊富なのも幸運でした」


 そんなことを淡々と述べるリューダ。

 研究施設内部をまだ確認してないハルだが、ここの調度品から察して、それなりの品質の物を揃えているのだろうと予想できる。

 そして、窓から中庭を眺めると複数の黒髪の人々が白衣を着て歩いている姿が見えた。

 まるでサガミノクニの大学キャンパスにでも来たような光景だ。

 ハルのそんな状況確認の姿を目にしたリューダから言葉がかけられる。

 

「ハルさん。ここの様子が気になりますか?」

「ええ、気になるわね。まるでサガミノクニに帰って来たような光景よ。私と同族の黒髪の人々なんて、この世界じゃ全く会えなかったのだからね・・・」


 そんな感慨に浸るハルの気持ちに嘘はない。

 このときの姉の姿を見たリズウィは彼女がこれまでひとりで生きてきた事実を思い知らされた。

 それと同時に、ここにいる人間を良い人として扱ってほしくないという思いも芽生える。

 

「姉ちゃん。ここにいるのはサガミノクニの人々だけど・・・それでも俺たちとは(えん)所縁(ゆかり)もない人々が大半だぜ」

「隆二、そんなこと言ってはいけないわよ。ここにいる人たちはあの転移事故・・・つまり、開放際で江崎研究室の来訪を目的に来て頂いたお客さん達だわ。所縁(ゆかり)は無くても(えん)はあるのよ」

「姉ちゃんはお人好しだな・・・」


 隆二はまだここの人たちを赦せないようであった。

 リズウィは酷い仕打ちを直に受けてきたのだから、仕方ないとハルは思う事にする。

 やがてしばらくすると廊下を慌ただしく駆ける数名の足音が近付いてくる。

 

ガチャッ!


 その人物は入室の許可も待たずに応接室のドアを激しく開けた。

 

「部長っ!」


 そんな驚き声と顔で現れたのは斎藤(サイトウ)俊夫トシオ

 いつも冷静な彼がこんなに驚く様子などリューダは初めて見た。

 ハルは彼の声を聞き、それが誰であるかすぐに解った。

 

「トシ君!」


 ハルは立ち上がり、旧友との再会に片手を挙げて応えるだけに留める。

 それは血相を変えて現れたトシオと違い、些か冷静過ぎる対応だ。

 その理由は彼らの存在を既にリズウィを通して聞いていたからの違いである。

 こうして、少し温度差がありながらも久しぶりの再会を喜ぶ元同期中学の生徒達。

 ここで姿を現したのは斎藤(サイトウ)俊夫トシオだけではなく、ハルの同級生だった古田(ヨシダ)好子ヨシコ佐藤(サトウ)明美(アケミ)、そして、長浜(ナガハマ)隼人(ハヤト)まで含まれていた。

 それはハル帰還の一報を聞いて、同じく姿を現したのだ。

 

「本当に江崎部長なのですよね?」

「トシ君、信じられない? 確かに、髪に少し蒼が混ざっているけど」

「それは僕も同じです・・・きっとあの光線を受けたからだ」


 トシオはそう言い過去に転移事故で浴びた謎の光線を思い出す。

 

「そうかもね。トシ君も蒼い瞳をしているだなんて、まるで外国人にでもなっちゃったみたいね」


 フフフと魅力的に笑うハル。

 

「部長。いえ、江崎さん。今までどこに?」

「私は・・・ここからとても遠い場所・・・解るかな? エストリア帝国のクレソンという港町に飛ばされていたの。そこで親切な魔術師のおばさんに助けられて・・・」

「あー、だから、魔術師のような恰好をしているのね。ハルったら影響されやすいんだからぁ!」


 ここでそんな呑気な事を言ってくるのは親友アケミだ。

 彼女の明るい声を聴いたハルは昔の中学生活に戻ったような錯覚を覚える。

 

「アケミ。これは本物の魔術師のローブよ。私、魔術師になったの」

「へ? 嘘! 私達サガミノクニの人々は魔法が使えないって言われたわ」

「誰に言われたのかは知らないけど。このとおり私は魔法を使えるわよ・・・明るい存在よ、我らの頭上より照らし給え!」


 ハルは手早く光の魔法の呪文を唱えると、この頭上に光球が現れて、それが照明となり全員を照らす。

 一同は驚愕の表情に固また。

 しかし、ハルとしても何でもない単純な光魔法を行使しただけであり、特に慌てる事はない。

 ここで威張るのはリズウィだ。

 

「どうだ。ずげぇーだろう!」

「コラ、隆二。魔法を使ったのは私なんだからアナタが威張るんじゃないわよ!」


 隆二にそんな些細な注意をするハル。

 しかし、アケミは十分驚いていた。

 

「すごい。本当に魔法使っている。ハルが魔術師になるなんて・・・」

「正確に言うと、私の職業は魔術師ではなくて魔道具師だけどね」


 些細な訂正をするも、友達は突然現れた魔術師姿のハルに尊敬の眼差しを向けるばかり。

 

「江崎さん・・・それにデカくなっているし、って、痛てぇ!」


 突然、何の事を言われたのかさっぱり解らないハルであったが、そんな言葉を吐いたハヤトはアケミより頭を叩かれていた。

 

「アンタって、本当にデリカシーが無さ過ぎるわね!」


 そこまで言われて、ハヤトがハルの乳房を見ての反応だと理解する。

 ぶかぶかのローブの上からハルの乳房サイズを正確に判別できたのはハヤトの技術なのだろうか。

 いや、年頃の男性は女性の身体に対して常にそんな視線で見てしまう事を既に知っているハルは・・・コイツめ・・・と呆れるだけだ。

 しかし、ここでハヤトの評価を追認する声が続く。

 

「確かに・・・大きい・・・」


 ハヤトの意見に続いたのは意外にもトシオからのものであった。

 

「コラ、トシ君まで何を言ってんのよ!」


 プンスカと怒るのは今まで黙っていたヨシコである。

 そのヨシコから軽い敵意のような眼差しがハルへと浴びせるのを感じる。

 それによってとある可能性に気付いたハル。

 

「ヨシコって、もしかして、トシ君と付き合っている?」

「ハルっ! いきなりね。でも・・・そうよ。私達は付き合っているわ」

「うんうん、そうね。ちなみに私もコイツと付き合ってやっているのよ」


 アケミもハヤトの頭をコンと叩き、自分も遅れずにそう主張した。

 そんな彼女達の姿にハルは何故かホッとした。

 

「よかったわ。こんな状況でも幸せそうで。それだけは良かったわ・・・ウフフ」


 親友達の幸せな姿が見られて少し気が緩んだのか、口に手を当てて笑みを浮かべるハル。

 そうすると左手の薬指に着けた指輪がキラリと輝く。

 

「ハル。その指輪ってまさか!」

「あ・・・これね・・・私、結婚したの」

「へっ!?」


 彼氏ぐらいはできたのだろうと思っていたアケミがギョッとなる。

 ヨシコ、トシオ、ハヤトも差こそあれ同じような驚きの表情で固まっていた。

 

「・・・エェーーッ!」


 少し間を置き、驚きの声が応接室の中に響く。

 これで何度目の反応なのかと少し嫌気の差すハルだが、その後、ハルは自分の夫の存在について丁寧な説明を求められてしまうのであった・・・

 

 


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