第十二話 黒き魔剣との再会
「・・・ここはどこだ?」
隆二は突然覚醒してベッドから身を起こした。
背中には痒みを感じたが、触ってみればそこには傷跡があり、自分が負傷したのを思い出す。
しかし、その傷はもう既に塞がり始めていた。
自分が気絶している間に神聖魔法使いが癒してくれたのだろうと思った。
「ここは司令部隊のテントの中か? 確か俺はあのくそ鳥魔獣の爪攻撃を受けて・・・まだ死んじゃいねぇな・・・生きているんだ・・・」
まだ回らない頭でそんな事を考える隆二。
段々と思い出してきた。
ベッドから半身を起こしていると、テントに人が入ってくる気配を感じる。
「リズウィ!」
入って来た少女はアンナだった。
上半身を起こした無事な隆二の姿を確認するとアンナは飛びついてきた。
「わふっ! こら! おっぱいが顔に当たっているじゃねーか!」
苦しいと抗議の声をあげる隆二をアンナは無視して、一方的な抱擁がなされる。
「ああ、リズウィ。本当に、本当に、心配したんだからっ!」
そして、強烈なキスをしてくる彼女。
明らかに彼女の気持ちが昂ぶっている。
「おい、アンナ落ち着け。俺は怪我人だぞ・・・」
「リズウィ、大好きよ。アナタが死ぬなんて考えられない」
一途にそんなことを伝えるアンナは愛情表現が激しかった。
しかし、今の隆二にはその気はない。
「おい、アンナ! 俺を怪我人だと思うならば、ここでこれ以上の事は勘弁してくれ・・・」
そんな抗議の声をようやく受け入れたアンナは隆二を解放した。
そして、アンナがあまりにも激しく騒いだため、多くの人達も気付いてテントへ入ってくる。
「おお! 勇者リズウィ君が無事に目覚めたようだ。アンナが必死に看護した甲斐があったようだな」
入ってきた多数の人の中で往々とそんな言葉を伝えるのは西部戦線軍団グラハイル・ヒルト総司令。
隆二は「そんなアナタの娘に俺は犯されそうになりました」とは言えず、とりあえずこれだけの人数が入ってくればアンナから襲われる事もないだろうと一息つく。
「リズウィ君どうした。顔色が優れないようだが、まだ具合が悪いのかね? そうならば神聖魔法使いに更なる治癒の魔法を施してもらうが?」
「いや、もう、大丈夫です・・・」
隆二は自らの健全をアピールするため、ベッドから降りて立ち上がた。
少しよろめいたが、ここはアンナが甲斐甲斐しく支えてくれたので事なきを得る。
尽くす女性を演じるアンナは父のグラハイルから見ても隆二の彼女としての立場を疑わない。
「アンナもいい女になった。リズウィ君、娘をよろしくお願いするよ」
「・・・いえ、俺達はまだそんな関係ではないので・・・グッ」
そこはしっかりと否定しておきたい隆二であったが、ここでアンナから足を踏まれて言葉が止まる。
そんなやり取りが微笑ましく、グラハイルにはこのふたりの成り行きを穏やかに見守るだけだ。
絶対に勘違いされていると思う隆二だが、これ以上否定しても自分の思う方向に話は発展しないと諦めて、現状について誰何する事にする。
「それで、その後どうなったんだよ?」
その問いについてはグラハイルが答えてくれた。
「勇者リズウィ君が魔獣グリーダを退治してくれて、それを操っていた『魔獣使い』も捕えてくれたお陰で戦況は一変した。それまで魔獣に翻弄されていた我々だったが、人間が相手となれば戦い方は慣れている。現在はハナマスの首都包囲戦だ。陥落も時間の問題だろう」
「そうか・・・捕まえた『魔獣使い』はどうなった?」
「『魔獣使い』は現在、情報部の部下が尋問を行っている。必要な情報を全て吐かせれば、王都に連行される事になっている。『魔獣使い』の技術を今後の我が王国の軍事に利用するためだ」
ここで隆二はグラハイル総司令の秘書的な存在となっていた美人の情報部所属の女性の存在を思い出す。
美人の彼女が際どいパツパツ革張りの衣装を纏い、荒々しく鞭を振り拷問している姿を連想してしまい、鼻がムズムズとした。
「なるほど抜け目ないな。そうなると俺の役目は?」
「ああ、勇者殿の仕事はこれで終わりだよ。君は十分な成果を示してくれた。これは依頼達成という事でいいだろう。一旦は王都へ帰還したまえ」
「・・・解った」
隆二は少し迷ったがそう納得する。
人間相手にもう少し暴れたかったが、自分がこれ以上ここにいてもグラハイルや西部戦線軍団の手柄を奪うだけである。
自分に課せられた仕事――『魔獣使い』の排除――を完遂したのでひとまず満足する事にした。
「アンナ、王都に帰るか。剣も折られちまったしなぁ・・・」
少ししょんぼりしてそんなことを言う隆二。
隆二の使っていた剣は国王より恩寵された高価な剣だ。
軽くて切れ味もよく、頑丈だった。
それなりの高級品だと思っていたが、それでも魔獣の桁違いの力には耐えられなかったようだ。
いや、武器が壊れるのは剣術士の腕が悪い。
それはイアン・ゴート師より教えられた事。
グラハイル総司令より代わりの剣を手配して貰ったが、それでもしっくりこなかった。
少し気落ちした隆二は勇者パーティ一行を連れて王都へと帰還する。
王都エイボルトに戻ってきた勇者パーティはすぐにセロ国王に呼ばれる。
謁見の間へ参上した隆二にセロ国王は開口一番、勇者の仕事成功が称えられた。
「勇者リズウィよ。見事に目的を果たせたようだな」
「いいえ・・・『魔獣使い』を捕らえたものの、それは楽勝とはいかず、負傷して皆に迷惑を掛けてしまいした。それに折角恩寵頂いた剣も壊してしまう始末・・・自分の未熟さを痛感しております」
そんな丁寧な言葉遣いの隆二に目を丸くしているのはセロ国王だけではなかった。
「どうしたと言うのだ、勇者リズウィよ。何か悪いものでも食べたのか?」
「いいえ、自分の未熟さに打ちのめされているだけです」
「貴君に反省する姿は似合わん。勇者リズウィは常に前向きで自信過剰なぐらいが丁度よい」
セロ国王のそんな評価にウンウンと頷くのはアンナである。
「そ、そう・・・ですか・・・俺もたまには落ち込む事もあるんですよ」
隆二はそう応えたが、勇者パーティを含めてそんな姿は隆二に似合わないと思っている。
セロ国王も周囲からの機微を感じて、ここは今回の勇者の功績を称える方向へと話題転換に努める。
「落ち込むのは構わぬが、それは一人の時にでもやってくれ、勇者リズウィとは我々の成功の象徴であらねばならん。お前が沈めば我が王国国民も暗くなる。そういう意味で論功行賞の話へ移ろう」
セロ国王がここで手を叩くと、奥の扉が開き、隆二への褒賞を持つ人物が現れた。
そんな人物とは隆二と面識がある。
「あれ? 斎藤さん、美鈴さん!」
ここで現れたのは研究所の人間。
サガミノクニの人々が研究所施設外に出る許可を得られるのは非常に珍しい事だ。
「やあ。隆二君。元気だったかな? 少しシュンとしているようだけど、セロ国王の言うとおり、君はいつも溌剌としているのがよく似合っているよ。部長と同じようにいつも前向きな姿がいいと僕は思うね」
斎藤・俊夫がここで「部長」と呼んでいるのは隆二の姉、江崎・春子の存在を示している。
姉の春子は例の転移事件で消息不明となっており、生存は絶望的な状況だが、未だ俊夫の中の江崎・春子は同じ中学校の科学クラブの部長としての立場で固定されているらしい。
そして、セロ国王が彼らをここにやって来させた理由を述べてくる。
「今回、勇者リズウィは戦闘の中で剣を破損しておる。私は勇者の働き評価し、より強固な剣を与える事にした」
その言葉に応じるように長物を収めた布包みを持つのは浜岡・美鈴だ。
現在の彼女は斎藤・俊夫の研究室で助手的な立場で仕事をしている。
その俊夫自身も現在は大出世して『副所長』の座を得ており、今回のような式典でプレゼンターとして申し分のない立場であった。
「隆二君にはこの魔剣『ベルリーヌⅡ』を進呈するようセロ国王から指示があった」
俊夫はそう述べて、美鈴が恭しく長物の袋を差し出す。
それを受け取った隆二は、袋の紐を解き、その中から一振りの長剣を取り出した。
「これは・・・いつかの魔剣・・・完成したんだな」
隆二は過去に研究所時代に扱わせて貰った事のある魔剣の存在を思い出す。
「うん、完成したよ。尤もこれはその二代目。二号機という意味で『魔剣ベルヌーリⅡ』と呼んでいる。過去に隆二君に試してもらったモノから少々改良していてね」
「二号機・・・」
隆二はゆっくりと鞘からその魔剣を引き抜く。
そうするとその魔剣は漆黒の刀身を持ち、淡く光る美しい姿を現す。
「おお!」
謁見の間に感嘆の声が響いた。
そんな感嘆の声からこの魔剣の芸術的価値だけも相当なものであると理解させられる隆二。
しかし、隆二の興味はそこではない。
「試し斬りをしてみたいか?」
セロ国王は隆二の願望を察してそんな事を聞く。
これに、隆二は静かに首を縦に振った・・・
一行はそのまま舞台を王城の中庭へと移し、そこで魔剣ベルリーヌⅡのお披露目となった。
面白い余興だとしてそれなりの数の人が集まってきている。
そんな舞台の中心で隆二は緊張する事もなく、むしろ逸る気持ちを抑えていた。
そこに先程までの落ち込んでいた姿はない。
子供が玩具を与えられたように、心の中で燥いでいた。
「あれが的か。チャッチャチャと斬ってやるぜ!」
木の骨組みに鉄の鎧を着せた的が数体建てられている。
「はじめ!」
セロ国王の号令の下、隆二は的へと飛びかかる。
それは魔獣のような素早さであり、傍観していた人達は勇者が魔獣使いに勝ったのをこの時の行動で容易に想像できた。
カギーン、ガキーン!
的の鎧を袈裟斬りにする隆二。
魔剣の刃はあっさりと通り、鋼鉄製の鎧を縦に真っ二つとした。
「おおっ! 鮮やかだ。これは勇者が凄いのか、それとも魔剣が凄いのか?」
見事に両断された鎧を見て、そんな感想が観覧者より寄せられる。
「勿論、俺の腕が凄いからに決まっているじゃねーか!」
そんな抗議の声を挙げる隆二に、俊夫は笑っている。
「それじゃ、例の奴を行くよ。隆二君」
俊夫の号令に従い魔術師数名が前に進み出てきた。
これから今回のお披露目でメインとなるパフォーマンスが始まろうとしていた。
「火の玉よ。出でよ!」
三人の魔術師から申し合わせたように火球の魔法を隆二に向けて放つ。
それなりの大きさの火球であり、普通ならば致命傷となる攻撃である。
しかし、隆二はそんな心配などしていない。
彼はこの魔剣ベルリーヌⅡを完全に信頼していた。
「魔法を・・・喰らえ!」
そう命じて魔剣を自分に迫る火球魔法に向けて突き出す。
そうすると、まるで魔剣に吸引されるように火球の魔法が次々と引き寄せられた。
クォォオオオオー
妙な吸収音がして、魔法はすべて魔剣ベルヌーリⅡに吸収される。
「何だとっ!」
何も聞かされていなかった観覧者たちは非常識なこの光景に驚いた。
これと似たような芸当ができるのは魔力抵抗体質者と呼ばれる者だが、そもそも勇者がそんな体質者でない事は誰もが知っている。
そして、この魔剣の本領はここからである。
何かが満たされたと感じた隆二はここで魔剣に命じる。
「魔法を放てっ! 漆黒の稲妻~~っ!」
ドカーーーーンッ!!
魔剣ベルヌーリⅡから放たれた漆黒の雷は一筋のエネルギーの塊となり残されていた鎧の的へと命中。
そうして、鎧はバラバラに粉砕された。
これを見ていた観覧者達は唖然・・・
「な、何だ!? 勇者が魔法の雷を放ったぞ。勇者が魔法戦士だとは聞いていなかったが・・・」
勿論、魔法を放つ事は隆二ひとりではできない。
彼の中に魔法に関する知識は存在しない。
しかし、イメージは頭の中にある。
今の隆二はその発動を命じるだけ、魔法的な手続きは魔剣がすべて自動で行ってくれるのだ。
隆二は魔剣に魔力がチャージされた後、施す魔法を脳内で思い描き、そのトリガーを脳内で引くだけであった。
「ほほう。これは使えそうだ。魔力を吸収して、それを攻撃魔法として放つ事もできる魔剣。これは新しい概念で魔法を生成できる魔剣を造りだしたようだな、副所長」
セロ国王は予め知らされていた情報どおりに魔剣が機能した事を認め、その開発者である俊夫を称えた。
「御意に。ただし、この魔剣は魔力の出入りが激しいです。その反動に身体と心が耐えられるか。それだけが不安要素でしたが、隆二君は既に剣術士として強い心を持ち、そして、ある意味で魔法の知識はゼロなので、魔力流による心の混乱も見られないようです。この魔剣を扱う適任者と言っても過言ではないでしょう」
「うむ。まさに勇者に相応しい武器ではないか。この黒い稲妻・・・彼の髪色にも等しい。これからは『黒い稲妻の勇者リズウィ』と名のるがよい」
セロ国王は高々にそう宣言する。
ここで隆二も気分が高揚しており、悪い気はしていない。
「『黒い稲妻』か、それは悪くない渾名だ。気に入ったぜ!」
魔剣を高々と掲げる。
ここでまだ余っていた魔力が放散して、黒い稲妻が空中へと放電した。
その姿が猛々しく、見ている者には神々しい印象を与えた。
アンナも自分の勇者の活躍を自慢げに見ている。
自分の身内が成功する姿を見ているのは気持ちが良いものだ。
彼女の中でも益々と隆二の事が好きになった瞬間でもあった。
アンナ以外の人物もこの時の隆二を見せられて、彼こそが真のボルトロール王国の勇者であると認めた。
それほどまでに説得力がある姿であった。
このパフォーマンスに一番満足したのは、これを企画したセロ国王自身である。
「素晴らしい。これこそ王国に相応しい勇者の姿である。研究所もいい仕事をしてくれた」
「いいえ。我々も善意だけであの魔剣を譲ったのではありません。国王様からは新しい興味ある素材をご提供いただきましたので、対価はそれで頂いていると考えております」
「ああそうか。この前提供した素材が副所長の学術的好奇心を刺激したようだな・・・これからは我が王国の戦いは西の大国『エストリア帝国』と南の大国『神聖ノマージュ公国』と対峙する事になるだろう。今までと同じやり方は通用せん。彼の国に対して新たな戦い方、それは心の支配する技術が必要だと考えている。まずは手始めに『魔物を支配する』その仕組みを解明するのが技術戦略的に大きな意義があると思っている。新たな魔道具の開発を期待しているぞ。副所長よ」
「・・・はい」
ここで俊夫は人知れず残忍に笑う。
そのほんの少しの変化に気付いたのは最近、俊夫の助手となり、この男の非常識さを解っている美鈴だけであった・・・




