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第九話 師匠との出会い


「どりゅあ! そいっ!!」


 個人の邸宅の屋外に設けられた簡易的な修練場より発奮の声が響く。

 しかし、それは隆二一名だけの声であり、現在対戦している相手の初老男性の声は特に聞こえない。

 しかし、戦いの内容は隆二が終始劣勢である。

 対戦相手の動きを捉える事ができていない。

 模造剣を巧みに操り、剣道時代に覚えた多彩な技を次々と繰り出す隆二だが、それを最小限の見切りで横へとスラリと躱す相手。

 

「くっそう。ちょこまかと!」


 隆二の繰り出した剣はゴウゴウと唸り音を挙げるが、空を斬るのみであり、なかなか相手に命中しない。

 相手に命中しないばかりか、相手の持つ剣と(ごう)を重ねる事も珍しい。

 それほどまでに現在対戦うる相手は見切りが上手いのだ。

 

「はぁー、たいくつーぅ」


 少し離れたベンチで足をブランブランさせて、二人の対戦を退屈そうに眺めているのはアンナである。

 剣術の知識がない彼女が見てもこの二人には圧倒的な技量差が解る。

 隆二が勝てる相手とは思っていない。


「コラーッ、リズウィーッ! さっさと終わらせないよ!」


 早く決着をつけろと急かすアンナ。

 勿論、そこにリズウィが勝つ事への期待なんてない。

 ここで隆二は愚痴を零す。

 

「チッ! 好き勝手言いやがって素人が! コイツを倒すにはチョットばかり苦労するっつうーの」


 しかし、ここで何らかの打開策を考え、次の行動に移せるのは隆二のセンスである。

 隆二は模造剣をしっかりと手で握り、相手に向けてぐるぐると回した。

 まるで幼い子供がトンボを捕まえるような仕草であるが、不思議な事にこの相手に対しても一定の効果があった。

 

「何だ、それは!?」

 

 模造剣の切っ先に着目した相手の視線も剣の動きに合わせてグルグルと回る。

 これはゴルト世界にはない剣技であり、警戒の色が増した。

 

「そこだ。メーーン!」


 ここで剣の切先の動きに惑わされたと判断した隆二は、強烈な踏み込みで相手の脳天を狙った。

 しかし、対戦相手はあの(・・)イアン・ゴート。

 この王国で最高の剣術士にそんな奇策など効かない。

 

「甘いわっ!」


 隆二の強烈な一撃を最小限の動きで躱すと、勢いよく突進してくる隆二を足でサッと引っかける。

 

ド、ドドドドコッ


「ぐわぁぁぁぁーっ!」


 隆二は派手に地面に転ばされて、大量の土埃があがった。

 

「く、くっそう。近衛兵の時のように上手くいかねー」

「ワハハハ、若者よ。儂はイアン・ゴートだ。このゴルト大陸中を旅してあらゆる流派の剣術で修行した身。簡単に敗れる訳にいかん」


 愉快に笑っているのは、これでイアン・ゴートが隆二を認めたからだ。

 

「お前には見所がある。奇策を好むようだが、基本さえしっかり叩き込めば、そこそこ使えるようになるだろう」

「へん! そこそこってのは気に入らねーが。だが、この爺さんの実力は理解できた。アンナ決めたぜ。俺、この爺さんの弟子になるわ」

「爺さんじゃないわよ。馬鹿勇者のリズウィ。このお方は剣豪イアン・ゴート様よ」

「馬鹿勇者ってなんだ!」


 隆二はプンスカと怒って見せたが、アンナには効き目がない。

 完全に隆二のことを同世代の馬鹿な男友達ぐらいにしか思っていない。

 それがある意味で対等な関係を示しており、隆二も友達ができたような感覚は嫌いじゃない。

 

「俺が馬鹿勇者ならば、お前はチビのまな板魔法使いだ」

「コラ! リズウィ。誰がまな板よ、失礼ね! そんな子供じゃないわ。それに私の事は『天才魔術師』と呼びなさい! 私はこう見えても上級魔術師の資格試験に合格しているんだから!!」


 自分が女性であることを主張するアンナだが、隆二は彼女からは色気を感じられなかった。

 そして、『上級魔術師』と言うが、隆二にはそれがピンとこない。

 アンナの正統な評価はイアン・ゴート師より伝えられる。

 

「おおそれは凄い。その若さで『上級魔術師』の資格試験に合格しているとは・・・勇者リズウィの随伴者として国王も相当本気だという訳だ。そうすればこの坊やも磨けば光る原石・・・かも知らん」


 最後の言葉にズコッとこける隆二。

 

「何だよ。俺の事は褒めてくれないのかよ!?」

「独創的な剣術である事は認めよう。しかし、基礎がなっていない。上辺(うわべ)の技に走る傾向がある。あと、身体の使い方だけは少々器用かもな」


 それがイアン・ゴートからの現在の隆二の評価である。

 いまいち納得いかない隆二。

 

「その目は儂の評価を疑っているな。解った。もし、お前が修練の高みに行けば、こんな事もできるだろう」


 そう言うとイアン・ゴートは本気で動く。

 パッと身体を動かし、地面を激しく蹴る。

 そうすると隆二の視界からイアン・ゴートの身体が消えた。

 

「わわっ!? 消えた」


 そして、次の瞬間、隆二の目の前に現れると、持っていた剣を弾く。

 

キーーーン


 金属同士がぶつかって甲高い音が響き、隆二の剣だけが空高く舞った。

 

クル、クル、クル・・・グサッ!


 弾かれた模造剣は激しく回転して少し遠くの地面へと突き刺さる。

 その間、隆二は全く反応できていない。

 

「・・・えっ!? 爺さんの姿が消えた・・・って俺の剣がっ!!」


 直後に自分の剣が弾かれた事に気付き、その行き先を目で探す。

 

「なんだよ。これも魔法かよ!?」

「未熟者め。魔法など一切使っておらん。剣術とは人間の力を極めたひとつの完成形じゃ。そのための修練になる」

「修練・・・もし、俺もその技を極められれば・・・」

「うむ。同じように動ける・・・ただし、極められればの話だがな」


 そう念押しするイアン・ゴート。

 これで隆二も否応無しにイアン・ゴートと自分の実力の差が理解できてしまった。

 それと同時に、こちらの世界の剣術士の技に俄然興味が沸く瞬間でもある。

 

「おっちゃん・・・いや、師匠! 俺はアンタを認めよう。弟子にしてくれ」

「元々、そう言う話だと思っていたが・・・」


 呆れてそう述べたのはイアン・ゴートからである。

 彼は王命に従い、勇者リズウィを訓練する事を承諾していた。

 ここに来て、まずそれに反発したのは隆二の方である。

 『実力を試してやる』と意気込み、そして、この様である。

 今は剣術士イアン・ゴートの実力を認めて、大人しく師事する事を受け入れたのであった。


「あーあ、リズウィって面倒くさい男よねぇ~」


 背伸びして愚痴を零すのはアンナ。


 こうして隆二はイアン・ゴートに師事する事となり、約一年間の訓練を受ける・・・

 そして、一年後に、隆二の身体は一回り大きくなり、身長も伸びた。

 肉体的にもかなり逞しい姿になった。

 厳しい修練を乗り越えた証でもある。

 時には修練が厳し過ぎて、訓練終了とともに気絶――帰りはアンナの魔法で運ばれることも多々あったりした。

 しかし、今ではそんなことなど笑い話として扱えるぐらいに逞しくなっていた。


「肉体的には強くなったな。もうこれ以上お前を鍛えてやることはできない・・・あと残るのは心を強くするだけだ」


 イアン・ゴート師からはそんな提案が出される。

 

「へん。厳しい訓練を乗り越えた俺様だぜ。心も十分鍛えられているさ」

「根性だけはそうかも知れん・・・だが、それで果たしてお前は平然と人を斬れるかな?」


 イアン・ゴート師がそう述べると同時に窓のない一台の馬車が修練場に到着した。

 その馬車の中から頭に袋を被せられたひとりの人間が出てくる。

 両手に鎖が巻かれて、上半身裸で日に焼けた肉体の所々に禍々しい入れ墨の目立つ『ならず者』。

 そして、役人風の男がそのならず者の頭の袋を取った。

 

「だぁーー! 鬱陶しい被り物をしやかって! クソッ! 本当なんだよな? この相手を斬れば、自由を約束してくれるってのは!?」


 男は唾を飛ばした興奮状態であり、そんな事を述べてくる。

 隆二は大体を察した。

 

「師匠まさか・・・俺とコイツを勝負させようとしている」

「うむ。そのとおりじゃ。相手は罪人。斬っても構わぬ・・・ただし、それがお前にできればの話だがな」


 そう言って、ふたつの長剣をそれぞれの人間へ投げる。

 隆二は難なく投げられた剣を受け取り、相手の男も獲物を得て顔を歪ませる。

 

「へっへ、へ・・・俺も巷じゃ、ちょっとは名の知れた剣術士だったんだ。人を斬れると思うと(よだれ)が出てくるぜ」


 そう言って剣を舌で舐める。

 その姿は狂人染みており、この罪人が殺人鬼であるのを彷彿させた。

 

「・・・いだろう。この悪人を俺が斬ってやるぜ」

「へ、へ、へ・・・この青臭い坊主が舐めた事を言ってんじゃねー。俺様は巷で何人も殺してきた殺人のプロよぉ。プロの恐ろしさってものを教えてやらぁ~」


 そんな大言を吐き、構えを取る男。

 独学なのか、特徴的な構えだ。

 隆二が見ても隙だらけあり、本当にこのまま進めていいのかと戸惑ってしまう。

 

「来ねぇ~なら、俺から行くぜ。とぉうりぁー!」


 男の踏み込みは鈍重である、止まっているのかと勘違いしてしまう。

 しかし、それでも隆二が戸惑っていただけなので、男の振るう刃が隆二へ届きそうになる。

 そうなると訓練の成果が出て、条件反射的に剣を弾いてしまう。

 

ギンッ!


 凄まじい速さで剣を振るう隆二。

 それを信じられない目で見る男だが、ここから先は条件反射の世界・・・と言うか、ほぼ自動的に隆二の身体が動いた。

 それは日々の鍛錬による賜物。

 隆二が頭で考えるよりも早く剣が動く。

 それが幸か不幸か、この時の相手が素人我流の剣術士であったからだ。

 

「わ、わわっ!」


 男は驚くほどに手数の多い隆二の剣撃を往なせない・・・するとどうなるか・・・

 

「カハッ!」

 

 その刃が最後に到達した先は男の首元。

 喉に半分まで切り込んだところで隆二がそれに気付き、動きを止めた。

 

「わっ、やべっ! 斬っちゃった・・・」


 相手が即死しかねない致命傷を自分が与えてしまった事に後悔し、刃の動きがその中途半端な位置で止まる。

 

ヒュー、ヒュー、ヒュー


 男の荒い息が斬られた喉の開いた穴より漏れた。

 上手く止まったのか刃は頸動脈まで達せず、血はそれほど流れ出ていない。

 それは相手にとって恐怖でしかない。

 

「ふひぃー、ふひぃー」


 男の顔は強張り、リズウィに悲鳴で自分が恐怖を感じている事を伝えようとするが、喉が裂かれているので声を発する事ができない。

 

「あぁーあ、リズウィが中途半端な所で止めるから、死に損こないになったじゃない!」


 観戦してアンナから厳しい批評の声が聞こえる。

 しかし、隆二はこれ以上剣に力を籠めるのを躊躇っていた。

 それは人間の心の深層に存在している倫理――『人は人を殺してはいけない』という倫理だ。

 だが、師匠はそれこそ隆二に足らない覚悟であると言う。

 

「さぁ、リズウィ。殺せ。相手は罪人。何人も善良な人間を殺してきた悪だ。お前がその引導を渡してやれっ!」

「そんな・・・師匠。俺・・・」


 今更に怖気付く隆二。

 しかし、このままでは埒が明かず、喉を半分まで斬られた男も既に致命傷を受けている。

 そのまま放置しても苦しみが増すばかり・・・

 見かねたイアン・ゴート師が隆二の剣を持つ手を押してやる。

 その最期の一押しにより相手の男の首は胴から切断されて離れた。

 

ドサッ


 斬られた首は地面に転がり、恨めしそうに隆二を睨んでいる。

 そして、残された首からは大量の出血が・・・

 その返り血を盛大に浴びながらも隆二は呆然自失。

 

「お、俺・・・斬っちゃった。本当に人間を斬っちゃった・・・」


 人を殺したショックから、そんな呟き声が漏れる。

 アンナはそんな隆二がだらしないと思った。

 数瞬後に、大きな火球が首なし死体へ命中した。

 

ドーーン


 大きな破壊音とともに男の胴体と頭が炎上する。

 それはアンナの放った火炎魔法によるもの。

 ここでどうしてアンナが魔法を放ったのか・・・それはその後にアンナから隆二に聞かさせられる。

 

「とどめは私がしてやったわ。隆二がやったのはその直前までよ」


 つまり殺しの罪はアンナが被るという意味。

 そんなアンナの優しさを、現在の隆二はそのまま受け取る余裕などない。

 自分の両手が相手の男の返り血で染まり、それを見てまだこんな事を呟く。

 

「ハハハ・・・俺、殺っちまったよ・・・姉貴・・・俺、人を殺しちまった・・アハハ」


 何かを諦めたような乾いた笑いが隆二の口より漏れる。

 まるで亡き姉に向けて救いを求めるような隆二の姿がそこにはあった・・・



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