第一話 勇者リズウィと魔女アンナの関係
「う・・・」
「うう・・・」
「ねぇ? リズウィ、大丈夫?」
「ねぇねぇ!」
「・・・煩せえー!」
ここでリズウィと呼ばれた青年が飛び起きた。
その直後にリズウィは自分が白昼夢でうなされ、現在は馬車の座席に座していたままなのを自覚する。
「うわっ。驚いた!」
「何よ! 驚くのは私の方じゃない!」
プンスカと現状に不満なのはリズウィとは対面側の席に座る少女だ。
「すまねえ、アンナ。昔の夢を見ていた」
「昔? どんな夢?」
「・・・う~ん・・・忘れた」
素っ気なく答えるリズウィにアンナは溜息を吐く。
「まったく。馬車旅で暇なのは解るけど。こんな美少女を放ったらかしにして、転寝するのはどうかと思うわよ」
「美少女って、自分で言うなよ!」
リズウィは呆れてそう答えると、大きく伸びをした。
自分で美少女と宣言しているこの大胆不敵な少女に呆れた訳だが、それでも、美少女と言うのはあながち嘘では無い。
アンナは小柄で勝気な性格の女性だが、それでも顔立ちは整っており、栗色の肩口で切り揃えられた髪型はブルーの瞳と相まって、リズウィの基準からしても白人美人の女性である。
そんな少女とふたりで旅する勇者リズウィ。
リズウィは自分が馬車で旅する羽目になった理由について思い返した。
――告、
勇者バーティ『黒い稲妻』は直ちに招集し、
東のリースボルトへ迎え。
そして、そこで猛威を振う災害級魔物を速やかに討伐せよ。
ボルトロール王国発行最上位命令書 セロ三世・ボルトロール国王 ――
そんな国王の署名で書かれた命令書により、勇者リズウィは西の国境の紛争地から招集を受けたのだ。
「まったく、やってらんないぜ。いきなりグラハイルのおっちゃんのところから東海岸のリースボルトに行けだなんて・・・国の端から端じゃねーかっ!」
愚痴を溢すリズウィ青年は彼自身のアイデンティティを示す黒髪をクシャクシャとさせる。
「まったく、リズウィ。私にまで苛付かないでよ。これはしょうがないじゃない。王命に従うのはボルトロール国民の務めでしょ! それにあなたは特等臣民なのよ。少しは自覚しなさい! この王国の勇者なのだから、有無言わず命令に従うの。いいわね!」
愚痴り続けるリズウィ青年に対して、それ以上の負けず劣らずの態度でそう諭すのはアンナ・ヒルトという名前の少女である。
近代的な魔術師の衣装を纏ったアンナは幼く見えても、れっきとした魔術師だ。
年齢も勇者リズウィと同じ十七歳。
この世界の基準からして立派な成人女性である。
しかも、勇者パーティの魔術師を担うのだから、見た目には身長の低い可愛らしい少女でも、ボルトロール軍の中の階級はかなり上の方である。
それが解る馬車の御者は、このふたりの会話には積極的に関わらないようにしていた。
もしかすれば、これが何らかの軍事機密に抵触する恐れがあるかも知れない、と彼なりにそう察したからである。
触らぬ神に祟り無し、の精神で無干渉を貫く御者の彼。
そんな寡黙に徹した御者により、勇者専用の馬車はリズウィとアンナのふたりだけの空間となり、ボルトロール王国東側の山道を王都エイボルトに向けて早駆している。
ガタン、ゴトン
勇者パーティ移動専用の特別仕様の高級馬車ではあるが、それでも吸収しきれない凸凹の山道。
乗り心地は最悪だが、それでも普通の馬車より良いはずだ・・・
リズウィがそう感じるのは、彼がこの世界で生まれたからではないからだ。
彼の元いた世界ではもっと文明が発達しており、もしこんなに揺れる車に乗せられれば、相当に怒ったであろう。
しかし、最近、この世界の常識を理解しつつあるリズウィはもう慣れた様子である。
「しょうがねーな、解ったよ。グラハイルのおっちゃんには世話になったけど、セロ王様にも世話になったからそれぐらいの義理は果たしてやるさ。それが勇者の務めと言うものだしなぁー」
「はいはい、解って貰えてうれしーです」
全く気持ちの籠らないアンナとリズウィの会話が続く。
ふたりとも面倒事が大嫌いな性格をしていて、似た者同士だ。
面倒事とは、例えば、王命・・・しかし、これにいちいち逆らっても何も良い事はない。
だから、リズウィもここで大きな反抗はしない。
そして、アンナとの付き合いも慣れてきた。
アンナと深く議論しても、負けん気の強い彼女は減らず口なのだ。
リズウィにかつていた姉という存在から、口喧嘩では女性に敵わない道理をリズウィは学んでおり、さっさと自分が白旗を上げることにした。
だから、勝ち目の低い話題から少し変えてみることにする。
「それにしても、アイツらと会うのはグラザ戦役以来か・・・」
ここで、アイツらと称すのは勇者パーティの仲間を示している。
彼らと作戦を共にしたのは、数箇月前のゴルト大陸南洋に面したグラザ王国の戦いだった。
あの戦いでリズウィが最後に相手したのは凄腕の女剣術士だった。
一般兵には手に余る手練れであり、最後にリズウィが一騎打ちを申し込み、なんとか勝っている。
その勝利のお陰で敵の戦線が瓦解して、ボルトロール王国軍の勝利へとつながった。
戦略的勝利を勇者リズウィによって貢献できた成果ある戦いであった。
しかし、その勝負の結末として、リズウィは相手の女性剣術士の腕を切り落としていた。
そこには後味の悪さがあって、しばらくは休養を認めて貰い休んでいたのだ。
その間、アンナの父親が指揮するボルトロール王国西部戦線の陣中見舞をしていた。
それがエクセリア国との戦争。
その戦場である『境の平原』まで出張っていたのだ。
「そうねぇ。でも、私はリズウィとふたり旅でラブラブできたのは良かったのだけどねぇ~」
少しは自分の恋に満足する様子でそんなことを述べるアンナ。
女性らしい姿を見たリズウィは、コイツもこんな時だけは年相応の少女だ・・・と思えてしまう。
「あ、リズウィ! アンタ、今、失礼なことを考えたでしょう!」
「・・・まったく、どうして女という生物は余計なところで鋭いんだぁ?」
呆れと共に、そんな愚痴が反射的に出てしまうリズウィ。
アンナとの付き合いも長くなり、もうそれなりに気心知れた男女の仲となっているが、それでもこんなところで見せる幼さが微笑ましいと思う・・・
「煩い、煩いわ! アイツらは悪い奴じゃないけど。それでも、私がデレデレするのを邪魔ばかりするのよ!」
「当たり前だ。俺達は由緒ある勇者パーティだ。品行方正を保つのも大切だぜ!」
リズウィはそう言ってアンナからのアプローチをけん制してみる。
そうしないと、アンナは最近特に自分にベタベタとしてくるのだ。
彼女の事は嫌いじゃないが、それでも、リズウィは自分の理想とする女性とアンナが違う女性だと感じている。
しかし、その事実を彼女に告げてはない。
リズウィも年頃の男性であり、自分に好意を向けてくる女性を簡単に拒絶できるほど年齢と経験を重ねている訳ではなかった。
彼としてもアンナを時々相手にするぐらいならば別に構わないと感じていおり、アンナの父母からは「いつ正式に結婚してくれるのだ」と半ば付き合いを公認されている仲でもある。
アンナのことは嫌いではないが、溺愛するほどの恋に落ちた相手でもなかった・・・そんな認識なのだ。
しかし、『据え膳、食わぬが男の廃れ』と諺があるように、宿の一室でアンナに迫られたとき、ちゃっかり初体験を頂いているリズウィであったが・・・
「ともかく、日の当たる時間中でイチャイチャは禁止な。俺にもイメージがあるから」
「何よ、イメージって? 私との関係を隠すなんて。そんなに他の女性からモテたいの?」
「・・・うん。モテたい」
・・・その直後、盛大なビンタが飛んで来たのは言うまでもない。
御者は今でも馬車内で繰り広げられているふたりの派手な痴話喧嘩について、必死に見なかったように勤めるのは、言うまでもない・・・