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第六話 小休止と母の味

 ここで描写は勇者リズウィの館へ戻る。


「少し不愉快な話になったわね」


 ユミコは疲れて、ハル達に語っていたこれまでの過去の話を一端終えた。

 彼女にとって嫌な過去の話を思い出し語っていたが、本人としてもやはりあまり気持ちの進む話ではないのである。

 少し疲れを見せる母だが話自体も長くなってしまったので、ここで一旦切ることにした。

 昼下がりに始めた昔話だが居間の窓から外を確認してみれば、太陽は西へ傾き、夕日になっている。

 意外と長い話をしてしまったものだとユミコは思った。

 

「もうこんな時間ね。話を一時中断して夕食の時間にしましょう」


 ユミコはそう宣言し、しばらくは夕食時間とする。

 

「今日は春子ちゃんが帰ってきたのですから、それに素敵な旦那様も連れてきたし、他のお客様もいるので、私自らが料理の腕を振るいましょう」

「「はい」」


 どこからともなく、この家で働いているメイド達が現れてユミコの指示に従う。

 普段はこの屋敷専属のメイド達が調理を担うのだが、時々ユミコは自ら料理を行うこともあるのは周知の事実であり、メイド達から特に咎める声は挙がらない。

 

「皆さん、楽にしていて下さい。私は夕食の支度をしますから・・・」


 ユミコがそんな落ち着いた様子で述べるとメイド達を連れて厨房へ消えて行こうとする。

 そんなユミコをハルは慌てて追いかけた。

 

「お母さん、ちょっと待って! 私も手伝うわ」

「あら春子ちゃん、手伝ってくれるの? 嬉しいわ。あなたならば歓迎できるわ。いい戦力になるでしょうから」


 ハルの調理の腕前を知っているユミコは娘からの手伝いの申し出を歓迎した。

 

「おお、久しぶりにハル殿の飯が食えるぞ!」


 ここで明らかに期待が籠る声で機嫌を良くしたのは食いしん坊のジルバだったりする・・・

 

 

 

 しばらくすると、鼻腔を(くすぐ)るおいしそうな匂いが屋敷の中に漂ってきた。

 そして、居間で寛ぐアーク達の元に食堂へ移動するようメイドから伝えられる。

 案内に従いそこへ赴いてみれば、ちょうどタイミングよく帰ってきたリズウィ達が既にその部屋に先に着いていた。

 

「よう。メシの時間に間に合ったぜ!」


 陽気にそう応えるリズウィは喉が渇いたのか、机の上に置かれた水差から自分のコップに並々と水を注ぐと、それを一気に飲み干す。

 

「プハー」


 見ようによっては愛嬌のあるそんなリズウィの姿にアークはププッと少し吹く。

 

「何だよ!」

「いや、すまない・・・」


 その姿に愛嬌があって、少し笑ってしまったが、それを正直に伝えると、相手は決して面白くない反応をすると予感したアークは言葉を飲み込む。

 それでも嫌な感じのするリズウィであったが、そんな彼を言い負かす存在が現れた。

 

「こら隆二! 行儀が悪いわ。家に帰ってきたらまず手を洗いなさい!」

 

 ここで姉のハルから行儀が悪いと咎められる。

 ついでに清潔な布がリズウィに向かって投げられた。

 

「どわ! どっちが行儀悪いんだよ!」


 そんなおせっかいな姉に苦笑しながらも手だけはしっかりと拭く。

 やはり姉には敵わないなと、周囲の人間から妙な納得をされていた事にリズウィは気付かない。

 そんなリズウィの傍らには常にアンナが付き添っている。

 

「ハルお姉様の言う通りよ。ほら、水を出してあげるわ。聖なる水の球よ。我の願いに応えて発現せよ」


 滞りのない詠唱により人数分の清潔な魔法の水の球が現れて、それをひとりずつに配る。

 

「アンナちゃん。ありがとう」


 ユミコは気の利くアンナにそんな礼を述べる。

 

「いえ。これも勇者リズウィの随伴者に指名された私の仕事です」


 アンナは少し照れてそんな答え方をする。

 それを見たハルは、アンナのまだ煮え切らない態度も可愛いと思えてしまう。

 ちなみにアクトだけは魔力抵抗体質のため、この魔法の水の球を使う恩恵には受けられず、ひとりだけが濡れタオルを使ったのは余談だ。

 それをどうしてかと思ってしまうユミコだが、その理由についてはリズウィが答えた。

 

「母ちゃん、コイツの事は気にしないでいいぜ。コイツは魔法の利かない体質らしいから」

「あら? そうなの? アークさん??」

「ええ、そうです。ユミゴォさん」


 アークは無理矢理ゴルト語で発音の難しい『()』の言葉を口にする。

 それでユミコは自分の名前がゴルト語では表現が難しい事を思い出す。

 

「あらあら、そうでしたね。私の名前はこちらの言葉で発音が難しいのよね。私の名は『ユミィ』とでも呼んで下さい。メイドさん達からはみんなそう呼ばれていますから」

「お母さん。それだと、アークのお母さんの『ユーミィ』と同じ名前になっちゃうわ」

「あらそうなの? 奇遇ね。でも良いじゃない? アークさんもその方が気兼ねなく呼べるわ」

「そんな訳ないわよ! どこの世界に義理の母の名前を呼び捨てにできるよ!」

「アハハ・・・じゃあ。簡単に『ハルのお母さん』でいいわ」

「チッ、何だか楽しそうにしてやがる!」


 珍しく母が上機嫌なのがリズウィは何故か面白くない。

 自分だけ除け者にされているような気がした。

 そんなことを考えるリズウィを見たハルは食に話題を変えてみる。

 

「隆二。そんなに拗ねてないで。それよりも、今晩のご飯はジャーン!」


 元の世界で使い古された効果音を口にして、期待感を込めたハルは皿に被せていた蓋を取る。

 そして、現れた料理は・・・

 

「こ、これは米!?」


 それを見て目を白黒させて驚くのはアークであったりする。

 逆に隆二は残念顔だった・・・

 

「ああ、こちら産の米ね。これ不味いんだぜ!」


 隆二はその味を知っている。

 サガミノクニで流通している米に比べると、それは水気が無く、粘りも少なく、甘みはない。

 パサパサしているので隆二は好きになれなかった。

 しかし、それを否と答えるのは姉からである。

 

「隆二。何を言っているのよ。米よ。米! 私はエストリア帝国でどれほど血眼になって米を探したものか! それがここボルトロール王国では普通に流通しているじゃない!」

「そうだぞ。リズウィ君、僕もハルから米の伝説を常に聞かれさていた。それはサガミノクニで神の祝福と大地からの恵みを得て人類に与えられた至福の作物・・・それが『米』。僕もいつか米を食べてみたいと千の夜を涙で堪えたものさ」

「大袈裟だな。でもこれはおそらく南部のシーンズで採れた米だぜ。王都でもあまり人気ねーんだよなぁ。理由は不味(まじぃー)から」

「隆二、それは間違っているわ。不味いのはその米に合った魅力を料理人が引き出せていないからよ」


 力説するハル。

 確かにその皿に盛られた米料理からは美味しそうな匂いが漂っている。

 普通の白米ではなく、焼き飯風に調理されたその米料理は肉や野菜が混ざっていた。

 

ゴクリッ


 ジルバは野生の勘でそれが旨いものであると認識し、唾を飲み込んでいる。

 

「黙って待っていても何も始まらないわ。さっさとご飯にしましょう」


 ここでのユミコの提案に誰も異を唱えなかった。

 皆が席に着き、メイド達によってお皿にシーンズ産の米を使った料理が盛られる。

 そこに高級感はない料理だったが、新鮮な野菜と肉の細切れと香辛料を利かせた香りは食欲がそそられる。

 食いしん坊のジルバはもう待ちきれないようだった。

 リズウィも腹が鳴る。

 そして、ユミコから食べて良いと許可が出た。

 

「さあ皆さん、それではいただきましょう」

「「「はい」」」


 スプーンで米料理をよそって各々が口に入れた瞬間、各人に衝撃が走った。

 柔らかい米と滑らかな油分、それでもシンプルな味を主張している細切れ野菜と肉の味が絶妙な融合(ハーモニー)を醸し出している。

 口の中に絶妙な旨味が広がった。

 

「旨い! 旨いぞ、これ!」


 そうなると会話が止まる。

 全員がこの焼き飯の味を堪能する事で夢中になってしまう。

 給仕するメイド達も心なしかその味が気になる様子。

 そこでユミコからフォローが入った。

 

「アナタ達ももういいわ。お手伝いありがとう。厨房に同じ料理を全員分用意しているから賄いを食べて頂戴」

「あ、ありがとうございます」


 ユミコからそんな許しを得たメイド達は一斉に食堂から姿を消す。

 それほどまでにこの料理の香りは我慢し難いものがあったらしい・・・

 

「旨いわぁ。やはり米は東アジア民族の心よねぇ~」


 しみじみそんな事を感じて涙を流すハル。

 

「けっ、大袈裟だなぁ~。まぁ旨いのは認めるけど。それにどうしてアークさんまで泣いてんの?」

「リズウィ君。僕は今とても感動しているのだ。ああ・・・これが米か! ハルと結婚できて良かった!!」


 アークが感極まったのはハルと心の共有をしている事に大きい。

 ハルが喜ぶとその影響でアークの心にも感動が現れる。

 それに加えて、アークは普段からハルの作る料理をとても尊敬(リスペクト)していた。

 美味しい料理との出会いが、彼の心に感動の嵐を起こしていたのだ。

 

「ケッ! 結局、胃袋を掴まれているだけじゃねーか!!」

「あら? 隆二。それは夫婦間で重要な要素よ。美味しい料理が食べられる事は互いにメリットしかないわ」

「そうね。確かに春子ちゃんは料理の腕を上げたようだわ。厨房では私の気付けなかった香辛料の組み合わせを編み出していたわよ。この焼き飯の味付けは殆ど春子ちゃんがしていたものだから」

「うむ。リズウィよ。ハル殿は人類の中でも至高の存在だと思うぞ。その関係性を大切にした方がいい。もし、ハル殿に立てつけば私がその国を滅ぼしてやろう」


 ジルバからもそんな高評価をする。

 半分以上が冗談のように聞こえてしまうリズウィだが、当の本人は本当にそう思っていたりする。

 

「ジルバのおっさんも大袈裟だよなぁ。たかだか料理ひとつで国が傾くかっつうの!」


 リズウィは反論したが、そんな事いちいちジルバも気にしなかった。

 ジルバが今戦わなくてはならないのは、ハルから(もたら)された新しい食文化の攻撃である。

 その感動の出会いと賞味に全神経を以て戦っている最中なのだ。

 そんな食いしん坊のこの銀龍は、その後に十人前を平らげ、ようやく自らの戦いに勝利したのは余談であった・・・

 

 

活動報告に『サガミノクニ』の設定について少し書かせて貰いました。覗いて頂ければ幸いです。

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