第四話 研究所のヒエラルキー
こうして、風雅教授に率いられた異世界人達はボルトロール王国の王都エイボルトの一角にひっそりと建てられた『研究所』と呼ばれる秘密の施設に隔離される事になった。
そこに連れて来られた異世界人を前にして風雅氏は東アジア共通言語で熱弁を奮っている。
「我々はこの異世界に飛ばされてきた訳ではあるが、元の世界で得られた技術を元に様々なモノをここで開発して、我々の優位性と存在価値を国王へ知らしめたい。我々が持つモノとは高度な文明と高い科学技術。それが商品となる。我々が役に立つ存在であると国王にアピールする事が重要である。国王は我々が役に立つ存在であると判断すれば、安心で安全な生活と富を約束してくれた。我々はここで働き、新たな価値を示す必要がある。そして、将来的には元の世界へ帰る方法を見つけよう。そのための『研究所』だ」
「風雅教授、アナタの考えは素晴らしい!」
「そうだ。そうだ」
風雅演説を称賛する声が続く。
既にこの集団の大半の人々は風雅を有益なリーダーとして認めていた。
風雅の目的としてはこの集団完全なるリーダーとなる事、そして、この集団が持つ力を上手く活用する事で、自分や自分達の存在価値を高める事である。
実は風雅自身、この時点で元の世界にそれほど未練は無かったりする。
彼の所属していたムサシノクニ研究所は国立であるが大学からの資金によって運営されている研究所だった。
その運営元の大学から縁故で入所した風雅の評価は『中の下』である。
風雅は頭は良いが、研究活動としてはあまり成果を出せていない。
テレビのコメンテーターとしても活躍はしているが、言い換えれば、それだけが彼の目立つ仕事である。
風雅とは他人の上げ足を取るのが得意なだけの男であり、自らが何らかの研究成果を残してきたモノは乏しかったりする。
だから、技術のプロが集まっているムサシノクニ研究所の中であまり良い評価が得られておらず、彼はそれが不服であった。
そして、結婚はしているが、子供はいない。
自分の妻も大学時代の教授の娘であり、彼がキャリアを高めるために利用した手段のひとつに過ぎなかった。
大した美人でもなく、かと言って、深く愛し合っている訳でもない。
そんな夫婦関係など既に冷え切っており、大学教授の後ろ盾というキャリアを得た後では、彼の中では不良債権でしかない。
彼はやり直したかったのだ。
もし、新たな人生が得られるならば、それもいいと常に思っていた。
そのチャンスが不意にやって来たのだ。
異世界転移というあり得ない現状は風雅にとってプラスの境遇であったりする。
彼の真の目的としてはこの世界で自分が優位な立場に留まること。
それを得るためには、まずこの集団のリーダーにならなくてはならない。
同じく転移事故に巻き込まれた人達の名簿を目にして、彼の中で「いける」と思ってしまった。
それは今回の事件に巻き込まれた人達が技術の世界でその道のプロと思われる人材が多かった事だ。
そんな彼らを利用すること・・・
各位がそれなりに能力を持つ人材であるから、それを上手く利用してやろうと思う。
その能力を活用すれば、この先自分が優位な立場に立てると思った。
王を相手に自分達の優位さを認めさせられれば、いろいろと無茶な要求も通るだろう。
憧れていた王侯貴族のような優雅な生活だってできるかも知れない。
そんな考えに浸る風雅に現実の声が聞こえてきた。
「風雅教授。まず我々は何をやらなくてはならないのだ?」
熊のような大男からそんな質問が出る。
その男の顔と名前は既に名簿より把握している。
「山岡・熊五郎博士。尤な質問をありがとう。まずは皆が得意とする分野の技術をこの世界の事情に合わせて提供すればいいと思う」
「俺の得意とするのは機械技術、動力エネルギーの分野だ。発電所の建設なんかはどうだ?」
「発電所は興味深いが、電力はこの世界の事情に合わないだろう」
「事情とは?」
「それは私が国王と面談した結果によるが、ここボルトロール王国は現在、戦国時代、戦争によって領土を拡大している。その状況に合わせて手早く成果が示せるもの。つまり、兵器を製造するのがいいと思う」
「兵器・・・それは物騒だな」
山田・熊五郎博士は懸念を示す。
彼の技術を以て兵器を開発する事は可能だが、それは彼の中で倫理観が邪魔をした。
周囲の人々も風雅氏の口から出た『兵器』と言う発言でざわつく。
この集団で年長者の多くは第三次世界大戦を知っている。
科学技術が齎す負の側面。
それは人を効率よく殺害する大量破壊兵器の存在だ。
「博士が心配しているのも解る。しかし、今の我々の置かれている立場はそれほど楽観的な状態ではない。手早く成果を示す必要もある。何、兵器と言っても大量破壊兵器を開発する必要はない。野蛮人同士の戦いで多少こちら側が有利に運ぶようにしてあげればいい。兵器を造る側に罪はない。使う側に罪があるのだよ」
「・・・」
風雅氏の持論に熊五郎博士はすぐに返答しなかった。
周囲の人々も小声で不安を語り合う。
(おい、兵器って作っていいのかよ?)
(そんなの知らないわよ。でも、教授が言う事も解るわ。現在の私達はこちらの世界で人権を得ている訳じゃないわ。もし、理不尽な理由で投獄でもされたら、子供達はどうするの?)
いろいろとヒソヒソ話が聞こえるが、そんな中で風雅氏の考えを強く支持するひとりの少年の声が発せられる。
「僕、やります!」
その声の主に人々の注目が集まる。
「君は・・・」
それは風雅氏が当初注目もしていなかった人物。
ただし、この少年の容姿だけはとても目立っていた。
黒い髪に中学生の制服を着るまでは普通サガミノクニの中学生。
しかし、この少年の眉毛と瞳は蒼色に染まっていた。
それはあの転移事故のとき、謎の光線の直撃を受けた証しである。
「僕はサガミノクニ中央第二中学校の斎藤・俊雄。風雅さんのお考えは素晴らしいと思います。兵器でも何でもいいので、利益を示せて、すぐに役立つものを開発すべきです。我々の存在価値を示せる事が、ここで我々が生き延びるのに必要だと思いますから」
子供としては似つかわしくないぐらいハッキリと物事を述べる俊雄の姿に、人々は妙な説得力を感じた。
結局、それが発端となり、次々と風雅氏の考えは支持されていく。
「子供だけにこの仕事を任せちゃいられん」
熊五郎博士もそう述べてようやく重い腰を上げた。
そして、当の俊雄は自信満々である。
「僕は東アジア地区科学クラブ大会で優秀した科学クラブのチームの一員です。お役に立てると思います」
「・・・そうか。よろしく頼む」
俊雄に対してあまり期待の籠らない声でそう応える風雅氏であったが、結果的にこの少年は大化けする事になる。
数箇月後の研究成果発表会で・・・
「こ、これは凄い。俊雄君が魔法の補助具を開発できるなんて・・・」
驚き顔に染まる研究職員達。
彼らが目にしているのは魔法の強化能力のある杖であった。
俊雄の開発した銀色の無機質な金属製の杖は魔術師の魔法能力を強化できる魔道具。
現在、建屋の外でボルトロール王国の女魔術師がこの魔道具を利用して魔法を行使しており、遠くの離れた的に易々と炎球の魔法を命中させて喜んでいる。
「これはいいものです。魔力の消費をほとんど感じません。次々と炎のイメージが頭の中に浮かんできます。そして、魔法のアクションも早い。正確に的も狙えます。これは魔法の杖として一級品です」
魔法の試射をしていた女魔術師リューダはそんな高評価を口にして、満足を示していた。
「ど、どうして我ら東アジア人がこちらの世界の魔法技術を理解できるのだ?」
怪訝な表情の風雅氏は現在自分の研究室の助手となっていた浜岡・美鈴にそんな事を問う。
「教授。どうやら、あの転移事故のときに受けた光線が原因のようです」
「光線だと?」
「ええ、彼はアレを受けたお陰で魔力――魔法の流れが見えるようになったと言っていました」
「そ、そうなのか? 私は何も知らされていなかったが・・・」
風雅氏にして魔法とはまだまた理解不能な技術である。
「ええ、彼に助けられた。女の子の古田・好子さんから聞きました。この話はどうやら大人達には秘密にしているようです。魔法が見えるなんて言えば、頭がおかしくなったと思われかねないと判断したのでしょう」
「そうか・・・そうかも知れんが・・・いや、これはこれで大きな成果だ」
俊雄が開発したこの魔道具を使っている女魔術師が楽しそうに魔法を連発する姿を見て、これは立派な兵器になると思った。
「俊雄君、今まで魔力が見えていたのを黙っていたのは咎めない。君の行動は我々にとって大きな成果を上げてくれた。そこで少々お願いし難いのだが・・・君がその道具を開発して得られた技術を我々にも教えてくれないだろうか?」
風雅は大人のプライドも捨てて、俊雄に教えを乞う。
それは現在のところ他の研究者達が目ぼしい成果を挙げられていない事に起因している。
科学技術の知識はある彼らだが、この世界で同じような開発をしようとすると、それは設備の整った環境でしか発揮でないものばかりである。
例えば素材から筐体を削り出すにしても、碌な加工機が存在しないこの世界では図面は描けてもそれを製造する事が簡単ではない。
そもそも素材からしても不純物が多いのだ。
単純な高精度な鉄素材を王国側に要求したとしても、それは九十九パーセント程度の純度止まっている。
こちらの世界ではそれで『高純度』なのだが、サガミノクニの現代人にとって一パーセントも別の原子が鉄に混ざると性質が全く変わってしまうのは周知の事実であり、そんな認識の差が彼らの開発を困難にしていた。
「僕は構いませんよ。これで研究所全体の技術の底上げになるのでしたら、技術供与は惜しみません」
「ありがとう。君のように新技術を独占しない、そして、献身的な貢献精神を持つ事に感謝するよ」
風雅はひとまず安心する。
もし、自分が逆の立場であったならば、これで得られた新技術で鬼の首を取ったかの如く自分が優位として様々な要求をしたであろう。
しかし、俊雄は無欲な人間であり、そして、今の風雅の立場が脅かされない事でひとまず安心できてしまう。
「よし。俊雄君を研究室長に格上げしよう。若くて経験が浅い研究者は彼の指示下に入り、サポート役に回って欲しい」
「そ、そんな。俊雄君はまだ十代ですよ」
ここで文句を述べるのは江崎研究室にいた若い研究者達であった。
彼らは俊雄が自分達よりも格上の上司の立場である研究室長になるのを由としない。
「君達は俊雄君が若いという理由だけで反対しているのかね?」
「そ、そうです。彼はまだ中学を卒業するかどうかの年齢。研究室長というのはあまりにも序列を飛ばし過ぎています」
「その序列を飛ばせるだけの実力を示しているようにも見えるがね。少なくとも君達よりは役に立っている」
「ぐ・・・」
厳しい事を言う風雅。
確かにこの部分だけを切り取れば、風雅氏の言い分は正しい。
不満を言う彼らは普段からおしゃべりも多く、勤務態度に関しても真剣さはあまり感じられなかった。
それで成果が出せればまだ良いが、成果が全く出せていないのが現状であり、風雅からの評価は低い。
「まったく、江崎教授のところの研究者でも使ってやっているが、真面目で使えるのは美鈴君ぐらいだ。君達は私に意見するよりも、もっと真剣に研究開発に取り組まなければ、江崎一家のような扱いを受けるよ」
「う・・・それは、それだけは・・・」
彼らの顔が一気に引き攣る。
階層分けで最下位の扱いを受けている江碕家。
彼らは研究所の一番奥に軟禁されており、それは地下牢に幽閉されているに等しい。
彼らも同じ扱いを受けるのは嫌だと思う。
「わ、解りました。僕らは俊雄君の指揮下に入ります」
「俊雄君?」
「い、いや、俊雄さんの指揮下に入ります」
「うむ、それでいい。目上の人への言葉遣いは気を付けるように」
最近の風雅はこうやって、組織内の上下関係に厳しくしていった。
それは人々を階層分けして管理した方が支配し易いからである。
成果を示せた者や自分が優位になるように働いた人物を厚遇し、その逆は糾弾する。
そうやって、この集団の中で風雅は王のように君臨していた。
最近、彼がここで『所長』と名乗るのもそのためだ。
そんな階層分けこそ、この『研究所』の中の世界の全てである。
そして、現在のところ、これに反旗を翻すような人物は現れていない。
今はこれに従う以外にここに連れてこられた人々の選択肢が無いからである。
そうなるように風雅が仕向けた。
彼の本意はもう元の世界へ帰る気は無い。
現在、その事実に気付いた人間はこの集団の中にはいなかった・・・
そんな階層の最底辺にいるのが江崎家である。
ガン、ガン、ガン
「くっそう、出しやがれっ!」
怒り心頭で閉ざされた鉄の扉を叩くのは隆二だ。
転移事故の責任を一方的に糾弾された事もあり、江崎一家は邪魔者として研究所の地下室に幽閉されていた。
同郷のサガミノクニ人によって責められる日々に隆二は納得がいかない。
あの転送事故とはこのボルトロール王国の企みであったのは明白なのに、それでも人々は江崎教授一家を許さなかった。
江崎家を悪者にすることで一種の憂さ晴らしをしているのだ。
「くっそう。俺達は無罪だって言っているじゃねぇーか!」
「隆二、無駄よ。止めなさい」
母、由美子はそうやって息子が激しく抵抗するのを止める。
「母ちゃん、悔しくねーのかよ。アイツら俺達を邪魔者扱いしやがって!」
「仕方ないわ。こんな事故を起こしてしまったのですもの」
「それも俺達のせいじゃねーって言っているだろう!」
「物事には論理的に解決できない事だってあるのよ」
「くっそう!」
「彼らの研究がひと段落すれば、軟禁は緩むわ」
「アイツらめ。俺達が邪魔をすると決め込んでやがる」
隆二がそう思うに至る明確な理由があるのを由美子も解っていた。
「どうしてだ。どうして、彼らは解ってくれないんだ。兵器を開発する・・・そんな事は間違っているのに・・・」
隆二以上に憂鬱な現実を嘆く人物がここにいた。
それは父の忠雄である。
彼は風雅の宣言した「兵器を開発する」に激しく反対した人物でもある。
幼少期に第三次世界大戦の経験のある忠雄だから、彼は兵器に対して人一倍忌避感が大きい。
それは彼の肉親が大量破壊兵器で殺害されたからである。
「技術を間違った方向に使ってはいけない」
そう倫理を正すものの、風雅を初めとした人々の心には響かなかった。
兵器を開発する事は、彼らにとって不利益よりも利益が上回っており、そもそもこんな状況に陥れた(と思っている)忠雄の言葉に耳を貸さない。
「ううぅぅ。藤田君や土山君だけではなく、美鈴君までも・・・私は彼らの育て方を間違えたのだろうか・・・」
それまで自分の研究室で働いていた部下達が風雅氏の考えを支持する現状に忠雄の後悔は絶えない。
それまで自分の研究室内の人間関係は良好だと思っていた。
研究の進捗は遅かったが、それでも皆で和気あいあいと、確実に一歩ずつ成果へ結びつけられる仕事を推し進めてきた自負もあった。
江崎研究室は成果第一主義に拘る事なく、それでいて順当に成果を出し続けていた。
国立素粒子研究所の中で模範とされるチームとして評価もされていた。
それがこうも簡単に瓦解してしまったのが自分でも認められない。
転移事故と言うたったひとつの間違いで――それがボルトロール王国によって関与されていたにも関わらず――信頼していた部下達に見捨てられた忠雄は相当ショックを受けていたのだ。
妻の由美子も忠雄を励ましたが、それでもあまり成果は得られていない。
そんな家族の現状に苛立ちを募らせる隆二。
もし、ここにハルが居たのならば少しは状況が変わっていたのかも知れない。
しかし、彼らはハルが死んでしまったと認識していた。
それが更なる苛立ちを増長させている現状。
「ちくしょうめ!」
隆二のそんな理不尽な呟きによって憂鬱な気持ちは増えてしまうのであった・・・




