第三話 乗っ取り
「江崎教授、これからどうするのだ?」
今後の方針について江崎教授に問い詰める人々。
これに対して江崎教授は困惑するばかりだ。
「私に言われても・・・」
「私は来週に娘の結婚式を予定しているんだ。どうしても帰る必要がある!」
「アンタ、無理なんじゃない!? 飛ばされたここは異世界のようよ」
「どうしてそんな事が言える! 私はそのような空想科学信じない!」
「それでは聞くけど、先程の漆黒の衣服を着た男性のした事をどう説明できるの? あれこそ魔法だというならば、私は信じるわ」
皆が皆、好き勝手な事を言う。
転移させられた全員が混乱していたが、最後に江崎教授へ要求する事はただひとつ。
「元の世界に帰して欲しい」
これに尽きる。
しかし、江崎教授もこればかりはどうしていいのか解らない。
「私に言われても・・・解らない・・・」
同じ言葉を出し続けていた。
そんな煮え切らない態度に事の成り行きを見守っていた風雅教授の頭にとある閃きが芽生える。
「江崎教授、これはアナタの責任だ!」
明らかに敵意の籠る風雅教授からの言葉。
そんな追及の言葉に江崎教授は狼狽えてしまう。
「だから、この所業は江崎教授の責任だと言っている!」
「う・・・何だと・・・」
「下らない言い訳などせず、私達を元の世界に帰して貰おう。私も来週、学会があるのだ。そこで研究成果を報告しないと、ムサシノクニ研究所への義理を果たせない。もし損害が生じた場合は江崎教授を訴える事になるだろう」
強くそう言う風雅教授の言葉には実は嘘が少し混ざっていた。
実は来週開催予定の学会講演などは入っていない。
これは江崎教授をこまらせるための方便。
しかし、この男の最終目的はそこじゃない。
風雅教授には他人の失敗を糾弾し、自らを有利な立場へ運ぶ事に関しては天才的な才能を持つ。
今回もその才能を如何無く発揮して、現在の状況でリーダーシップを得る事がこの男の最終目的である。
「さあ、我々を元に戻してくれ」
「・・・そんなこと私に解る訳がない! これは事故だ。いや、事故ではない。あの国王によって陥れられた拉致事件・・・そう思うしかない」
「煩い! 言い訳はヤメローッ!」
風雅教授はここで怒鳴り、持つ鞄を床に激しく叩き付ける。
バンッ!
「ヒッ!」
その激しい怒りの迫力に江崎教授は怯んでしまう。
この事により周囲の人間の印象は、弱い江崎教授と、強い風雅教授の構図ができてしまう。
「お前は先程から見ていると、自らの責任を全く感じていないようだ。そもそもお前がEZ76とか言う怪しい素粒子を研究していなければ、こんな事件に巻き込まれることは無かった。お前の研究室にマイクロ加速器など無ければ、暴走事故なんて起きていない。しっかりと設備を管理していなかったから暴走事故が起きたのだ。恐らく外部からの不正操作を許してしまったのだろう。下らない言い訳はもういいから、早く我々を元の世界へ戻してくれ!」
怒り心頭の態度で矢継ぎ早に江崎教授の至らない点を自分の視点で一方的に責めるのは風雅教授の常套手段である。
「それは・・・私には・・・」
ここでハッキリと返答できない江崎教授。
本来ならば、それは滅茶苦茶な要求であり、一方的に江崎教授が悪い訳では無い。
しかし、切羽詰まった状況が江崎教授から冷静さを奪っていた。
そして、そんな彼の曖昧な態度は周囲の人間からの信頼をも奪っていく。
「江崎教授、私も明日用事があるのだ」
「私もよ・・・」
次々と風雅教授の要求と同じように江崎教授へ詰め寄る人々。
「君達。待ってくれ・・・私にもどうしたらいいか解らないんだ」
対応に困る江崎教授。
そんな下手な対応により、遂に身内からも教授を糾弾する声が出てしまう。
「江崎教授、私も来週、彼の家へ結納を収めなくてはならないのよ! お願いだから私を帰して!」
「美鈴君。君までそんな事を・・・」
ここで江崎研究室の中で第一に信頼を置いている助手の浜岡・美鈴からも教授に噛みつく言葉が出た。
それで激しく狼狽えてしまう江崎教授。
そんなやりとりを目にして風雅教授の顔が歪んだ。
江崎教授をこの集団に底辺に叩き落すまであと一息だと思ったからだ。
「私にだってできることとできない事がある。どうしてこうなってしまったのか全く解らない。だから美鈴君の要望を確実に叶える事はできない・・・」
「そんなっ! 酷い! 私を元の世界へ帰してーーっ!!」
パシンッ!
美鈴の感情が爆発し、江崎教授の頬を平手打ちしてしまう。
自分の力ではどうすることもできないと訴え続ける江崎教授の態度が、美鈴は彼がどこか他人事のように考えていると思えてしまった。
彼女の中で一瞬にして教授の信頼を失った瞬間である。
彼女がそのように思ってしまったのは美鈴自身が元の世界に帰れない事で焦る状況あり、彼女の中から冷静さを奪った事が原因であるが、江崎教授自身も理解不能なこの状況は自分だけで背負いきれないと思ってしまった心の弱さが作用したのだろう。
「酷い! 江崎教授。私はアナタを見損ないましたっ! ワァーーーッ」
泣き喚く美鈴。
江崎教授は自分の信頼できる人物から叩かれてしまったショックもあり、この先どううればいいか解らなくなる。
しかし、ここで美鈴に追従する者が続々と現れる。
「教授、僕も家に帰りたい。こんな世界に連れて来られるなんて聞いてないっ!」
「そうだ! 碌でもないジジイめ。俺達を騙したなっ!」
ここで江崎教授を野次るのは彼の助手達、美鈴の同期研究員達。
「き、君達まで・・・待ってくれ、私だってこんなところに連れてくるつもりはなかった・・・」
「何だとっ! ひょっとすれば、この事故が起こる事を初めから解っていたんじゃねーか?」
ある事ない事を言う若い研究員達。
彼らは自らが非合理な事を言っているのに気付かない。
それは現在自分達の陥った状況が、自分のせいではないと思いたい心の弱さから来るものである。
誰かを悪者にする事で、自らの存在の優位性を保ちたい・・・そんな心の弱さだ。
そして、それに続く者は江崎教授の研究職員達だけではない。
「糞野郎め。やっぱりお前が悪いんじゃねーか!」
「死んで詫びろよ。偽教授め」
「そうよ。私達を帰してーーっ!」
ここで堰を切ったように、大勢の人達が江崎教授へ詰め寄る。
「う、うう、ううう・・・私は・・・悪くない」
大勢から悪意を受ける江崎氏は狼狽えるばかりだ。
そのひとりが江崎の胸倉を掴みかかろうとする手前で風雅が止めた。
「待て、待ちたまえ。現在、我々は争っている状況ではない」
尤もらしい事を、尤もらしいタイミングで言う風雅。
ここで人々は風雅が何らかの素晴らしい提案をしてくれる人物のように映る。
「確かに江崎教授は大きな罪を犯した。だがっ!」
ここで大きく拳を握り、振り返る。
その姿は芝居がかっていた。
「だが、我々はこの地でひとまずは安全な立場を確保しなくてはならない!」
ここで人々の目には自信に溢れた風雅教授の行動が、何らかを期待させる人物のように思えた。
この人について行けば、何とかなりそうな気がしてしまった。
人々を扇動するこの行動こそ、風雅の能力なのだが、人々はそこに気付かない。
彼らの心もこの困難な状況を誰かに何とかして欲しいと願っていたからだ。
そこに風雅が颯爽と現れる。
そんな形である。
「この先の行動を私が皆に提案しよう。それは我々がこの国の王へ我々が役に立つ存在であることをアピールするのだ」
「役に立つ?」
「そうだ。君達は若い・・・若くて有望な人材だ。我々は現代人として高度な教育を受けている。この部屋を守る兵士を見てみたまえ。この世界は鎧を着た中世の騎士のような人間が居る世界なのだ。そういう事ならば、我々よりも技術・文化が遅れた文明である事は明白。『魔法』なんて未知の力を持つようだが、大多数は時代遅れの野蛮人集団であろう」
風雅氏はそう述べて、現在もこの部屋の出入り口を見張る騎士風の兵士を指す。
人々はそんな風雅氏の考えを聞き、改めて考えてみると、確かに自分達は随分と未来の文明を持つ人間のように思えてくる。
「我らが優れた人間である事が価値につながる。ここで私達の目録を作ろう。皆の人員構成と我々は何ができるのかを知っておきたい」
そこまで言った風雅は自分の鞄からひとつのノートとペンを取り出して、表を作り、そこに自分の名前と職業を書き入れた。
それを全員に回す。
「まずはこの名簿に皆の名前と職業を書き入れてくれたまえ。我々は一致団結しなくてはならない。何ができるかを考えたいのだ」
それはここに飛ばされた人々の職業と技能を把握するためだ。
皆は風雅の提案を聞き入れ、渡された名簿一覧に次々と名前と職業を書いていく。
飛ばされた人間は全員で百二十二名いたが、小一時間もすればその一覧表は江崎一家以外の全員の情報を書き入れる事がけた。
そんな名簿を回収した風雅。
江崎一家の名前をこの名簿に書き入れる事を認めなかったのは、彼が全員の敵である事を認識させるためである。
これで江崎一家がこの集団階層の中で最底辺なのを暗に示していた。
そんな名簿をしばらく眺めた風雅はとある可能性について確信を持つ。
そしてニヤリと笑みを浮かべると兵士に向けてこう伝える。
「国王を呼んでくれないか。異世界人の代表者が交渉したいと伝えてくれ」
その要求はスムーズに通り、一端は席を外したセロ国王が再び現れた。
「どうだ? 考えはまとまったか?」
「はい。国王様に有益なご提案をさせて頂きます。我々は高度な科学技術を持つ集団です。国王様の国の為にその技術を提供いたしましょう」
「うむ。それは興味深い提案だ」
「そのためには『研究所』をひとつ用意して貰いたいです。我々はそこで働き、有益な成果を産み出す事にしましょう。国王様には絶対後悔はさせません」
「面白い・・・異世界の技術か。なかなか魅力的な提案をしてくれるな。貴様の名前は?」
「はい。私ですか・私めの名は風雅・彰浩」
「カザ、カザミア、カザミ・・・」
発音が難しいのか、セロ国王は舌を噛みそうになる。
それまでは悠長に会話していたが、それは翻訳魔法によるものである。
人名まで翻訳されないため、東アジア共通言語はゴルト語を話す人間にとっては発音が難しい。
風雅氏はそんな人間の機微に対して鋭い感性を持つ。
それは彼なりの処世術であり、所謂、目上の立場の人に対して世渡り上手な人物である。
「私の名前は・・・こちらの言葉では発音が難しいですか・・・そうですなぁ~・・・・それでは風雅とでもお呼び下さい」
「フーガか、それは発音し易い名前だ、ムハハハハ。フーガよ。ならばお前達に『研究所』をひとつ与えてやろう。そこで成果を示すが良い」
セロ国王は上機嫌にそう笑い、召喚した異世界人達を丁重に扱う事を約束する。
こうして、彼らは『研究所』に軟禁される運命となった・・・




