第二話 在りし日の出来事
「アナタの言っている事は非論理的だ。実在しないものを無理やり肯定しようとしている」
「私が説明していることは定量的な観測データを元に事実を述べているに過ぎない。常識から外れていることは認めるが、それはアナタの信じる科学の範囲が狭いから、新しい事実を認めようとしないだけ。私は冷静にひとつの物理的側面を述べているに過ぎない」
活発な議論・・・というよりも品のない罵りが繰り広げられているのは、サガミノクニの研究室の一室。
今日は年に一度の開放祭ということで一般人を多く招いた講演の最中である。
この研究室の責任者である江崎・忠雄は困っていた。
自分の基調講演中に噛みついてきた人物とは風雅・彰浩。
隣国ムサシノクニの中央研究所に籍を置く研究者であり、最近自分に噛みついてくる人物なので悪い意味でよく知る相手でもある。
それに隣国と言ってもムサシノクニは距離にして五十キロメートルほどしか離れておらず、サガミノクニとは陸続きであり、同じ民族、同じ言葉、同じ文化を持つため、そこに外国というイメージはない。
この時代では外国に訪れるにもパスポートなどの提出などは求められず、行き来は自由。
交通網も発達しているため、サガミノクニからムサシノクニまで通勤・通学している人達もいるぐらいである。
そんな隣国ムサシノクニに住む研究者が態々ここサガミノクニの素粒子研究所の解放祭に来た理由などひとつしかない。
世間で注目を受けているこの江崎・忠雄の研究を論破しに来たのである。
これはテレビ局のバラエティの企画のひとつであり、風雅・彰浩の隣に座る女性ディレクタ藤井・絵里が考えたものであった。
密かに隠し撮りをするテレビクルーの彼女ら。
そのリーダーである絵里は今回の議論を見てつまらなそうに呟く。
「盛り上がりに欠けるわね・・・」
エリが静かにそう述べているのは、現在の両者の議論が技術論中心になっている事だ。
余りにも専門的過ぎると、それはそれでテレビ受けが悪いかもと感じていた。
「装置でも爆発してくれないかしら?」
そんな不埒な事を考えてみるが、それに応える神様もいたようだ。
ビビーー!
突如電子的な警報音が発報して、装置が異常事態を伝えてくる。
「どうした? 何があった?」
この研究室の責任者である江崎教授が風雅教授との議論を中断し、助手に現状の報告を求める。
「江崎教授。マイクロ加速炉が起動しています」
「なんだと。そんな莫迦な!?」
助手の浜岡・美鈴が信じられない様子で勝手に起動したマイクロ加速器に停止命令を打つが一向に反応しない。
「ええい。コンソールをこちらに回せ」
江崎教授のいつも使うメインコンピュータにマイクロ加速炉の制御を要求する。
助手の美鈴はこの時の操作は間違わず、マイクロ加速器の計測画面をスムーズに共有される。
講演中の三次元投影機にそれを映し出す。
「くっそう。どうしたんだ。止まれ。止まれよ!」
江碕教授が慌てて装置を止めようと電源を切る命令を出すが、装置はいっこうに受け付けない。
炉内で反応しているのか、内圧と温度、エネルギー値が上昇傾向を示していた。
「だめだ。止まらない」
焦る江崎教授。
ここで周囲の人間も異常事態に気付く。
炉内で生成された素粒子が独特のスペクトラムを放ち、その計測結果が三次元投影機に映されている。
「・・・このパターン・・・まさか『EZ76』なの?」
江碕教授の妻である由美子が大型三次元投影機に映し出された観測値を目にしてそんな事を呟いた。
『EZ76』とは江碕研究室が研究する未知の素粒子であり、通称『魔素』と呼ばれる奇怪な特質を有する可能性を持つ素粒子だ。
それは外部からの刺激により、ある時は風となり、ある時は炎となり、電子にだってなれる、質量さえも変化させ、瞬間移動だって理論上は可能。
正に魔法のような素粒子。
それが江碕博士の研究していた『EZ76』である。
過去、同じ研究に従事していた元科学者である妻の江碕・由美子にとって、見間違えるはずも無いスペクトラム・パターン。
しかし、現在は非常事態。
爆発の危険もある状況である。
「・・・駄目だ。総員退避。みんな逃げろ!」
復旧に全力を注いでいた江碕教授が、もう駄目だと宣言する。
それまで事の成り行きを、どこか他人事のように見守っていた講演参加者達は改めてこの異常事態に気付き、そして、我先に出口へ殺到した。
ちなみにその先頭にいたのは風雅教授だったりする。
研究室内は混乱し、人と人がぶつかり合う。
怒号と悲鳴が交差し、混乱する講演会場。
しかし、この事故は獲物をひとりとして逃さす気は無かった。
ドンッ!
遂にマイクロ加速器が内圧に耐えられず、金属の外壁に亀裂が入る。
すると、そこから一筋の青色の光が漏れた・・・もし、彼らがゴルトの世界の魔術師ならばこう解ったであろう――魔光反応色だと・・・
バシュー
ここで一筋の青い光が弾丸のように飛び出し、一人の少女を撃ち抜いた。
「キャーーッ! 春子ちゃん!?」
江碕・由美子が絶叫した。
それは自分の隣にいた娘が謎の光線の直撃を受けたからである。
撃たれた春子はゆっくりと仰向けに倒れながらもその姿がブレ始める。
そして、蒼い光に包まれた春子の身体が地面に当たって弾けるように、その場から消え失せた。
言葉を失うユミコ。
何が起こったのか理解できない。
しかし、その理解が及ぶよりも早く、次の光の球が炉内から出た。
次のその光線の射線上には春子の親友の姿があった。
「吉田さん、あぶない!」
彼女が光線に直撃されてしまうのを悟ったのは吉田・好子の隣に居た同級生――斎藤・俊雄である。
彼はヨシコを庇い、身を挺して彼女を守った。
「キャッ!」
突き飛ばされた好子は短い悲鳴を挙げたが、受けた被害はそれだけ・・・
光線は標的を新たな人間に変えただけの結果に終わる。
「グワッ!」
つまり、苦痛の悲鳴を挙げたのは俊雄。
青色の光線は俊雄の顔面を直撃し、その光はまるで意思があるかのように俊雄の顔にまとわりつく。
「グ、グググ」
苦しそうに喚く俊雄。
ここで好子が初めて自分が助けられた事を理解する。
「そ、そんな。トシ君!」
俊雄を助けたいが、どうしていいか解らない好子。
しかし、そんな心配もあまりたいした意味を持たなかった。
何故ならば、その直後、光の洪水が彼女達の全てを襲ったからだ。
ドドーーーン
本格的な爆発が起こり、視界が一気に青白い一色へ染まる。
・・・そして・・彼らの意識は一旦失われた・・
・・・
・・・
・・・
ザブーン
意識の深淵に居た彼らに突如、冷水が浴びせられる。
「うわっ! どう、どうなった」
江崎・忠雄は急に意識が覚醒する。
身体に冷えた大量の水が掛けられた感覚が不愉快だった。
実に荒っぽい起こし方だが、それでも自分達が生きている実感を感じ取れて、少しは安心できてしまった。
しかし、江崎教授が安心できたのはここまでである。
「オイ。お前達、いつまで寝ている。国王様の御前だぞ!」
怪しい漆黒色のローブを纏った男からそんな威圧的な言葉が発せられた。
周囲を見渡してみると、江崎教授自身を初めとして研究室に来ていた人間は約一名を除きすべての人間がここに揃っていた。
とりあえず現時点では誰も死んではいない。
全員が江崎教授と同じく荒っぽい冷水を浴びせられるという方法で意識を強制覚醒させられた。
ここは薄暗く、地下牢のような陰気な一室だが、自分の目の前にはこの場に似つかわしくない豪華な衣服を身に纏った鋭い眼光の老人がひとり立っていた。
その老人は不敵な笑みを浮かべて、直接脳に響くような発音で全員に向かって言葉を掛けてくる。
「ようこそ。異世界の偉人達よ。歓迎しよう。我がボルトロール王国へようこそ」
異様な自信に漲るこの男。
江崎教授達はこの男の存在感から只者ではないと感じる。
「アナタは誰だ? そしてここは何処?」
江崎教授が全員を代表してこの男に誰何した。
しかし、返ってきた言葉は先程の情報と大きくは変わらない。
「私はセロ・カイン・ボルトロール三世。この国ボルトロール王国を治める王だ」
「王だと!?」
「そう。この国の全てを統べ、貴様達、異世界人の召喚を命じた人物でもある」
「なんだと? アナタが私達をここに呼んだだと?」
「そうだ。私の部下――イドアルカの秘術で異世界より偉人達を召喚した。貴様らに科せられるは私の役に立つ事・・・そうすれば大抵の望みは叶えてやれるぞ!」
そんな非常識な事を尊大な態度で言うこの男。
当然、飛ばされた人達は怒る。
「訳解んねー事を言っていんじゃねーよ。俺達を元の場所に戻しやがれっ!」
喧嘩腰なのは長浜・隼人、ハルの同級生である。
ハヤトは若さ故にこの傲慢なモノの言い方をする男の態度が我慢ならなかった。
ハヤトは男に掴みかかろうとする。
男とハヤトの距離は数メートル、阻む者など誰も居ない筈であった・・・
「な、なんだ!? ぐわっーー!!」
急に突風が吹いて、ハヤトが飛ばされる。
そして、ハヤトは地面へ叩き付けられた。
バンッ!
「痛えーーっ!」
苦悶の声を挙げるハヤトだが、苦痛以外に大きな怪我は負わなかった。
しかし、それだけで現代人を脅すには十分の効果があった。
ここでハヤトへ危害を加えたのは漆黒のローブを着た男性。
何故そう思ったのかというと、現在この男が禍々しい杖をハヤトに向けて、何かの力を放出するような姿勢を保っていたからである。
「何だ。何が起こった!?」
得体の知れない力でハヤトを飛ばしたこの男に問い正すのは江崎教授。
「貴様達は魔法の存在を知らぬようだな。今、この男が放ったのは『風の魔法』。しかも、威力は最も弱いもの。もっと強力な風、いや、雷を与える事も可能だ!」
セロ国王はそう述べて片眉だけを上げる。
現状、自分達が絶対的に優位な状況であることを解っていてそう言っている・・・そんな態度だ。
「ふ、ふ、ふ・・・しばらく考える時間をやろう。貴様達がこの先どんな行動を取るのが望ましいかをゆっくりと考えるがいい。話がまとまれば改めて聞いてやる!」
それだけを言い残して、セロ国王はこの部屋から去る。
「待て、待ちたまえ・・・ぐっ!」
呼び止めようと足を踏み出す江崎教授に今度はセロ国王の後ろに控えていた兵士から槍が向けられた。
鋭利な槍は人を簡単に突き殺す事ができる・・・それだけは直感的に理解できた。
平和な世の中で生きた人間であってもその程度の危機を感じ取れる感覚は備わっていたのだ。
「考えるのだ! 異世界の賢者たちよ。私に有益な成果を示せ。その考えがまとまれば、改めて話を聞いてやろう! ワハハハハ」
セロ国王は傲慢に笑い、そして、この男は残された人達からどのような回答が出されるかを既に解っている。
それを今すぐ具体的に要求しないのはこの男の気まぐれか、それとも何らかの策略なのか?
男が意図をハッキリと示さないまま去ったので、人々がその真意を聞く機会は永遠に失われる。
そして、サガミノクニの人々はこの無機質で石造りの冷たい部屋に取り残された。
この部屋の唯一の出入り口は屈強な兵士によって守られており、早くも軟禁状態である。
彼らはこの先に何を選択するべきかを個々に考えてみるが、その答えを求めて事件の発端である江崎教授に注目が集まるってしまうのは自然な事であったりする・・・




