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第一話 勇者の屋敷にて


「う、あー、うぃーー」


 理解できない言葉の羅列がハルの父親の口より漏れる。

 

「あらあら、アナタ、ハルが戻ってきて興奮しているのね」


 ハルの母―――ユミコは優しい言葉を夫に掛ける。

 それはまるで幼い子供をあやすようであり、障害のある夫と意思の疎通がされているようにも見えた。

 

「だけど今日はお客さんが多いのよ。しばらく休んでいて頂戴」

 

 ユミコは優しくそう述べると、車いすの夫を寝室へ運ぶ。

 そして、その夫――タダオを介護するため、数名の使用人がユミコに続く。

 そんな姿を見たアークが・・・


「ここには多くの使用人がいるようだね」

「そうね。仮にもボルトロール王国の勇者様の屋敷だから、コストを掛けられるんでしょう」


 アークにハルはそう答えた。

 しばらくするとユミコが戻ってくる。

 

「デル、ハルデプァフォルム、ヤードヌルメ、アーク」

「??」


 ここで初対面であったことを思い出し、挨拶をするアークであったが、それがゴルト語であったためにユミコはキョトンとしてしまう。

 

「ごめんなさい。アークさん。私はゴルト語が解らないわ」


 申し訳なさそうにそう述べるユミコにハルが翻訳をした。

 

「こんにちは。ハルのお母さん。僕はアークです。って挨拶したのよ」

「あら? 春子ちゃんはゴルト語が話せるのね。こんにちはアークさん。私もアナタのような素敵な男性が娘の夫になって貰って嬉しいわ。ありがとう」

「ジュイル、パルメ、アーク、ジャド。クルルパートネデルソル、イソーム、ダルメシー」


 ユミコの東アジア共通言語をゴルト語に翻訳して伝えるハル。

 このようにハルが同時通訳する会話がしばらく続き、それを見かねたリューダが翻訳魔法をユミコに掛けてくれた。

 

「ああ、アークさんの言葉が解る。ありがとう。リューダさん」

「いいえ。ハルさんが大変そうでしたので・・・」


 ユミコとリューダがそんな会話をする。

 その自然な様子からリューダとユミコは既に顔見知りの関係にあるとハルは察した。

 

「助かりました。リューダさん。私は翻訳魔法が使えなくて・・・」


 翻訳魔法はハルの苦手な魔法であった。

 ハルは当初ゴルト語が苦手であった事に加え、心を覗き見る魔法を得られた結果、相手の意図を手軽に察する事ができてしまうので、態々(わざわざ)翻訳魔法まで習得しようと思わなかったからだ。

 翻訳魔法を習得するよりもハルのゴルト語の学習が進み、結局は翻訳魔法を多用する機会は得られなかった。

 魔法とは言葉学習と同じ側面を持つ。

 使用の機会が少なければ、その魔法の技能も上がらないものである。

 ハルはそんな軽い後悔をしながらもユミコとアークの会話は進む。

 

「改めて感謝を伝えるわ。娘を娶ってくれてありがとう。アークさん」

「僕の方こそハルと出会えて感謝しています。彼女は僕の愛しい人です。一生守りますから」

「まあ、アークさんって情熱的な人ね。春子ちゃんも良い人と結婚できて本当によかったわ」


 アークの為人に安心するユミコ。

 

「そうよ。私の自慢の旦那様なのだから。エヘヘ」


 ハルも遠慮なく惚気た。

 そんな幸せな姿を見せられたユミコは久しぶりに良い話が聞けたと思い、幸せな気持ちになる。

 

「あー、うーー、だぁーーー」


 そんなユミコの気持ちの呼応したのか、夫のタダオも遠くの部屋から何かを訴える声が聞こえた。

 

「あらら、お父さんも嬉しいようね」


 ユミコの顔も綻ぶ。

 最近は良い話が全くなかったので、ハルとの再会と良縁に恵まれた事で、久々に心に平安を得たのだ。

 

「お父さんも認知機能が低下してきて、最近はあまり言葉を発せない状態が続いていたのだけど。どうやらハルが幸せそうなのを本能で感じているようで嬉しいようね」

「うー、うー、うー」


 ひとりで部屋にいるのが寂しいのか、父タダオは呻きを挙げる。

 それを母ユミコがあやす。


「ハイハイ解りました」


 両親の間にしか解らないコミュニケーションを行うその姿に、ハルは胸の奥底が熱くなった。

 父タダオがここまで廃人状態に追い込まれたのは、多大なストレスかかる状況であったのだろう。

 責任感の強い父は転移事故の責任を強く感じていたに違いない。

 そして、精神が力尽きて廃人となってしまった父を支える母・・・強いと思った。

 自分が、自分だけが幸せな事に罪の意識を感じる。

 

「ハル、それは違うぞ」


 ここで、心の痛みを共有するアークから負い目を感じているハルに対して、それは違うと否定する言葉がかけられる。

 

「ハル、僕達は幸せにならなくてはならない。ハルのお父さんやお母さんが苦労している時こそ、僕達が幸せになるべきなんだ」

「・・・そうね。そうだったわ。私達が幸せでいる事。それがお父さんやお母さんの行いが正しかった事の証明になる」


 アークから励みの言葉を貰い、そして、自分の気持ちが弱くなっていた事を思い知るハル。

 

「お父さん、お母さん、今の私は幸せです!」

「うん。春子ちゃん、アナタが幸せでいる事は私達の希望ね。それだけでこの世界に来た意味があるわ」


 母は強いな・・・再びそう感じるハルであった。

 ここでハルは気分を入れ替えるために仲間達を紹介する事にする。

 

「そうだ、私の仲間を紹介するわね。こちらからジルバさん、ローラさん、スレイプさん、サハラちゃん、そして、最近知り合ったシーラさんよ」

「ちょっと、ハルさん! 私だけ仲間外れじゃありませんか?」

「だってシーラさんとは最近出会ったばかりだから・・・」

「いいえ、私は一年前に帝都ザルツでハルさんと出会っているじゃありませんか?」

「ええ? そうだったっけなぁ?」


 不思議とそう言われれば、そんな気もする。

 しかし、シーラと帝都で面識あったのは正確に言うとアークだけだ。

 自分は暗殺者ミールに刺されて死の淵にいたシーラとは出会っているが、そのときのシーラに意識はなく、彼女自身がハルと会ったという認識もない筈・・・

 ハルがそんなことを考えていると、やがてあまり考えても意味が無い事と思えてきた。

 

「シーラさんが、そう言うのであれば、そうかも知れないわ」


 なんだかしっくりこないが、それでもあまり重要な話題ではないとハルは思えてきたので、これ以上詮索しない事にする。

 

「皆さん、春子ちゃんと仲良くしてくれてありがとうございます」


 ユミコは母としてハルの仲間達に感謝を伝える。

 

「いいや、気にすることはない。我らもハルと出会えて楽しい旅をしているところだ」


 ここで仲間を代表してジルバからそんな言葉が出る。

 雰囲気として悪くなく、この仲間達はハルとは友好的な関係を築けているとユミコにも感じ取れた。

 そんな雰囲気を察したハルがここで提案をする。


「そうだ。お母さん、ジルバ達としばらく一緒にこの屋敷で暮らして貰っていい? 可能ならばの話だけど?」

「私は構わないけど・・・現在、この家の家主は隆二だから、一応あの子の意見も聞かなければならないわね・・・」

「それなら大丈夫よ。もし、ダメって言ったら私がぶん殴るわ!」

「あらら、昔の隆二と春子ちゃんの喧嘩を思い出すわね。春子ちゃんのその様子からすると、もう隆二とは出会えているでいいのね?」

「勿論よ。隆二に頼んでここまで連れて来て貰ったのだから」

「アナタ達はやっぱり姉弟(きょうだい)ね。安心したわ。最近の隆二は益々攻撃的な性格になってきたから・・・」


 一抹の不安がユミコの顔を過っていた。

 そんな不安の気持ちになったユミコの心を読み取ったハルは、母の目に映っていた隆二の変貌を知る。

 

「隆二って、こちらの世界で今の生活を得るためにいろいろと無茶をしたのかしら?」

「そうなのよ、春子ちゃん。あの子ったら、私達の為に『勇者』なんてやるようになって、戦に参画する仕事なんて私達は望んでいないのに・・・」

「そこの経緯は聞きたいわね」

「いいわ。春子ちゃんには知っておいた方がいいと思うから。聞かせてあげるけど、話は少し長くなるわよ」

「構わない。どうせここで他にやる事なんてないのだから・・・」


 こうして、ハルはユミコからこの世界に飛ばされてからの経緯を聞く事にした。

 ユミコもあまり愉快な話ではなく、また長い話になってしまうため、何処から話そうか整理していたが、やがて決心がつくと、ゆっくりと過去の嫌な記憶を思い出し、ハル達へ語り聞かせるのであった・・・

 

 

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