第十一話 王国の裏側
この部話にて第二章の最終話となります。前部話のあとがきの部分で登場人物を更新と書いてしまいましたが、間違えていました。本日のAM6時が登場人物の更新となります。申し訳ありませんでした。
「若年性認知症ですって!?」
「ええそうなの。一緒に飛ばされた人たちの中にお医者さんがいて、その人の診断結果によるわ」
ハルの母親――江崎・由美子は夫の容体についてそう答える。
「認知症・・・て、お父さんはまだ五十代前半の筈でしょう!?」
「それが、あの転移事故の責任によるストレスだと言われたわ・・・」
ユミコは悲痛な表情でそう答える。
「そんな!? 治らないの?」
「こちらの医学じゃ無理だって。サガミノクニで最新施設の整った病院でも、ここまで進行すれば治せないと言われたわ」
「そんな・・・」
ハルは愕然とする。
おおよその事はリズウィの心を観て解っていたつもりであったが、それでも廃人同然となった父の姿を見せられるのは正直辛いものがあった。
「過度のストレス・・・状況はだいたい察するわ。どうせあの似非教授がこの世界に転移したのが私達のせいだって風潮したのでしょう」
ハルが言うその人物とは風雅・彰浩。
父の研究を偽科学と決めつけてマスコミを利用して糾弾していた人物だ。
他人の弱みに付け込んで論破する、テレビの世界で人気のあった教授である。
しかし、自分達が攻撃される側になった江崎家にとって(ハル個人的にも)、不愉快極まる人物である。
そして、この世界に来る発端となったあの転移事故の現場にも居合わせており、今回の事故の責任を全て父に擦り付けようとしたのは想像に難しくなかった。
「そうよ。今回の転移事故がお父さんの研究装置の暴走が原因だとして糾弾されたわ。後から解ったことだけど、全てがお父さんの原因じゃない。しかし、あの男は人を扇動するのが上手いの。こうして、私達一家の居場所はあそこに無くなってしまった」
同郷の仲間から迫害された過去を思い出し、今にも泣きそうになるハルの母・・・
しかし、それを何とか堪える。
娘の前で醜態は晒さないとする彼女の親として残された最後の矜持が、それを思い止まらせた。
「お母さん、お父さんも大変だったのね」
ハルは両親の状況を隆二の心を覗くことで事前に把握していたが、それでもやはり本人を目の前にすると心が痛む。
「それよりも、ハルちゃんこそ、よく生きていたわね。私、次元の狭間に取り残されて死んだとばかり思っていたのに・・・」
「そんなことないわ。私はこのとおり生きているわよ。あんな似非教授の適当な推理を信じちゃ駄目よ」
ハルはそう言い自分が健全なのを示す。
「私はいたのはエストリア帝国。ここのボルトロール王国の隣国になるわね。そこに飛ばされていたの。そして・・・」
ハルはここで紹介しなくてはならない人物の存在について思い出す。
「まず、最初にこれだけを言わせて。私・・・結婚したの」
「へ?」
ここで驚きの表情で固まる自分の母の姿を、ハルは一生涯忘れることはできないだろう。
場面は変わり、ここは軍の中央司令本部。
リズウィ達はアトロス司令補佐の執務室に招かれていた。
「ゆっくり繕いでくれたまえ、国境からここまでの旅路は長かったのだろうから」
「すまねぇ、そうさせて貰うぜ」
リズウィは勧められたソファーにドカッと腰を下ろしたが・・・他のガダル達ボルトロール人は直立不動の姿勢を維持したままであった。
「チッ! 勧められても座らねーのが正解って訳か?」
舌打ちして、自分だけが繕いでしまった事を後悔する。
しかし、アトロスはそんな無礼なリズウィを怒らなかった。
「アハハハ。別に構わないよ。私が勧めたのだから気兼ねなく座ればいいさ。さぁ、君達も・・・」
そう勧められてガダル達は恐る恐るソファーへ着座する。
彼らが敬意を払って有り余る人物、それこそがこのアトロス・ドレインなる人物のこの国での存在価値となる。
「それで、アリハン軍司令部で報告してくれた内容はもう聞いているけど、やはり君達本人に確認しておきたくてね」
だいたいの情報は解っていると言うアトロス。
「アトロスさん、何が聞きたい?」
気の短いリズウィは特に臆せず、聞きたい事を素直に尋ねる。
「リズウィ君、その無駄を省いた言動・・・僕は嫌いじゃないよ」
フフフと意味深に笑うアトロスは自分の聞きたいことについて遠慮なく口を開く。
「魔物騒動を起こしたのは黒いローブを着た魔術師だってね。死に際に何か言ってなかったかい?」
「いや、特に気になることは言ってねぇ。そもそも捕まえた直後に毒を飲んで死んじまったからな」
「そうかぁ、残念、残念。せめて所属する組織や仲間の名前を聞いて欲しかったね」
「それをバラしたくなかったから死んだんじゃねーか。姉ちゃんはアイツを抵抗組織だと決めつけていたようけど」
「抵抗組織ですか・・・ふーん、それは興味深いねぇ。大きな組織が残っているとすれば、これは『特高』の落ち度だねぇ~」
厭らしくニャッと笑みを浮かべるアトロスのその姿にリズウィは嫌気が差しながらも、他人の失敗した手柄を横取りするボルトロール人の気質を垣間見たような気になる。
ハッキリ言ってリズウィはそんなことは嫌いである。
そして、訳の解らない単語が出た。
「『特高』って何だ?」
「リズウィ、『特高』というのは『特別高等警備軍』。治安維持のための秘密警察組織で、王国内の裏切り者や敵国スパイの逮捕、抵抗組織の壊滅などを目的とした軍の警察組織だ」
ガダルがリズウィに軍組織について説明する。
「そうそう。ガダル君の言うとおりだよ。この前の御前会議で特高の統括者が自慢げに『主だった抵抗組織はすべて壊滅させた』って成果報告していたのだけど、どうやらそれが嘘になってしまったようだね」
「アトロス様。この事件の首謀者が抵抗組織の仕業かどうかはまだ確定した訳でありませんが・・・」
「ガダル君、尤な意見をありがとう。しかし、君は私に意見する立場にはないぞ。君に求められるのは私の指示に従い、効率良く成果を出す事だけだ」
「・・・ハッ、申し訳ありません。出過ぎた事を言いました」
ガダルはハッとなり、自分がこの場で意見してしまった事を後悔する。
軍としてはありきたりの上下関係の一場面であるが、そんな厳粛な階級関係をつまらなそうに見るのはリズウィである。
本来ならば不敬に当たる態度なのだが、今のアトロスはこのガダルの態度を問題ないとして話を進める。
「まぁいいでしょう。そして、その黒ローブの男が持っていたのが、こちらの紫色の魔道具だったよね?」
アトロスは手に持つ水晶に例の魔道具を光魔法で投影する。
アリハン軍司令部より長距離通信魔法を用いて映像を入手していたのだろう。
「ああ、間違いねぇ。姉ちゃんはその魔道具が魔物を操っていたと言っていた」
「そうだね。それは間違いないらしい。どうやら君のお姉さんは魔道具の鑑定士として腕は良いようだね」
アトロスはリズウィの姉の見識眼を褒めた。
アトロスの中でもこの魔道具の機能はそれであると疑っていない。
「そうだぜ。何でも姉ちゃんはエクセリア国で魔道具師として生計を立てていたらしい。その仲間の腕も悪くねーんだ」
「うん、情報には聞いているよ。どうやらエクセリア国からの旅人はそれぞれに能力が高い人達らしいね」
アトロスはいつの間にか手に資料を持っていた。
アリハン軍司令部より速達で届いた彼らの資料なのだろう。
それを眺めながら、ジルバに関する事が書かれた資料の頁で捲るのを止めた。
「このジルバなる人物が使うのは『龍魔法』って書いてあるけど・・・」
「彼は辺境の研究者であり、自称で『龍魔法』と呼ばれる古代の技巧を研究している魔術師のようです。その威力は強大で驚異的で、危険人物として要監視対象と考えます」
「うん、ガダル君。君の報告と判断は間違っていない。既にリューダ君とシュナイダー君を監視につけているさ。彼らは姉弟として優秀な情報部の軍人だ。もし旅人たちに不穏な動きがあれば、探って報告しくれるだろう」
案内役として付けた人間はやはりエクセリア国からの間者である可能性を警戒しての行動であるとリズウィは思う。
そして、アトロスは付け加える。
「リズウィ君、悪いけど君のお姉さんもしばらくは監視対象とさせて貰うよ。彼女達を決してエクセリア国に返してはならない。もしかすれば、フーガ一族のようにこの国の貴重な資源になるかも知れないからね」
アトロスのこの物言いに不快感を覚えるリズウィだが、それを顔に出すのは何とか堪えた。
王国の論理として、このアトロスの判断は正しい。
それが解るだけに、単純な反論ができなかったというのがリズウィの心の中である。
「ありがとう。君達の意見は大体聞けた。もう帰っていいよ」
結局あまり大した質疑など無く、これで解散となる。
(この程度ならいちいち呼ぶなよ!)
軽い苛立ちを覚えるリズウィであったが、偉い軍人とは自分の権威を見せつけるために往々にしてこのように無駄で非効率な顔見せを要求してくる事もある。
今回もそれに属するものだろうと思うリズウィであった・・・
人払いをして静かになったアトロスの執務室。
彼は部屋に誰も残っていない事を再び確認して、机よりひとつの宝玉を出す。
それに魔力を送り、誰かを呼び出した。
しばらくすると誰かから反応がある。
その宝玉に向かってアトロスは一方的に話し掛ける。
「あー、もしもし、イドアルカの総帥さん? どうやら、おたくの組織に裏切者がいるようですよー」
軽い口調でそう喋るアトロスの言葉には緊張感が感じられない。
しかし、その通話相手からは驚愕が含まれているのを感じて、ニマッと反応してしまうアトロスであった・・・
これにて第二章は終わりです。登場人物を更新しました。
また、補足となりますが、この部話で描いております『過度のストレスが直接的な原因となって認知症に発展する』ことは医学的には無いそうです。(うつ病になったり、血圧が高くなり脳出血してしまうことはあり得るかも知れませんが・・・)あくまでこの物語の設定上の話となりますのであまり真に受けないでください。




