第十話 栄華の王都エイボルト、そして、両親との再会
鉱山都市アリハンを出発した勇者パーティの馬車は王都エイボルトを目指して街道を進む。
街道の進路は南へと進み、再びアリハン山脈の中を走る。
しかし、鉱山都市アリハンを目指していた頃とは違い、王都エイボルトに近付くにつれて街道の拡幅は広がり、道は平坦になっていく。
人々の往来も増え、魔物の出現などあり得ない。
明らかに人間の支配領域が強くなり治安も良くなった。
そんな整備の整った街道を五日ほど進むと、山の街道から彼方に見える盆地に大きな街の存在が見えてきた。
「おーい、姉ちゃん。王都エイボルトが見えてきたぞ」
リズウィは気分揚々になり、馬車で仮眠を取っていたハルに旅の終着点が近い事を伝えた。
「ふわぁぁ、あれがエイボルトなのね」
大きく伸びをしたハルはリズウィの示した方角に見えた大きな街の存在を認めて、そこがボルトロール王国の首都、王都エイボルトであると認識した。
道中の旅でフェミリーナから聞いた話によれば、数十年前までこの盆地の内部がボルトロール王国の全てであったらしい。
それを現在の為政者セロ三世の代にて拡大政策をとり、侵略戦争に次ぐ戦争により現在のような巨大国家になったと言う。
つまり、ボルトロール王国の栄華は戦争を推し進めた結果であり、セロ三世の代だけで支配領域をこれほどまでに拡大した事実を考えれば、破竹の勢いで国土を拡大させた事が解る。
ある意味ではこの為政者は戦争の天才だ。
ハルはそんなことを思いつつ、馬車は王都エイボルトの入口へと近付く。
そして、王都エイボルトに入場するところで軍務係者が彼らを待ち構えていた。
「ようこそ、王都エイボルトへ」
勇者パーティとハル達を王都の入口付近で待ち構えていた人間とは、立派な軍服を身に纏ったオールバックの男とその部下である。
髪型をキチッと決め、切れ長の目のその男性は胡散臭そうな様相をしているが、到着した勇者達の馬車の歓迎を示していた。
そんな姿を見たリズウィは面倒な上役が出てきたと思う。
「チッ! アトロスさんまで出て来ちまったか。しかし、アトロスさんはガダルの上司だからしょうがねぇか。姉ちゃん、紹介しておこう。この人がボルトロール王国の中央軍務司令補佐のアトロス・ドレインさんで、軍では大幹部のひとりだ」
リズウィから紹介を受けたアトロスは一歩踏み出しリズウィの連れてきた客人に改まって挨拶をする。
「皆さまごきげんよう。フロスト村でリズウィ君がお姉さんと再会できたとの情報を得て、私自らここに出向いてきました。ボルトロール王国へようこそ、歓迎いたします」
そんな台詞でハル達に挨拶してくるアトロス。
それはうさん臭さ満載の雰囲気であり、心を読まずしてもあまり信用の置ける人間には感じられない。
ハルが怪訝な顔をしていると、流石にリズウィからそれを嗜める言葉が出てくる。
「アトロスさんは軍部の偉いさんだ。姉ちゃんもしっかり挨拶しておいた方がいいぜ」
「そうね・・・アトロスさん、弟がお世話なっていたようで、ありがとうございます。私は姉のハル・・・いや、エザキ・ハルコです」
愛称ではなく、正式な名前で挨拶をするハル。
それはボルトロール王国では自分達が異世界人であることを既に知られており、愛称だけで自己紹介するのは失礼に当たると思ったからだ。
「ハルゴォさんですか、異世界の言葉は発音が難しいですね」
「あっ、難しければ、ハルのまま呼んで貰っていいですよ」
「そうします。どうやら異世界の言語の発音は我々に難しいようで・・・それにしても、アナタはゴルト語がお上手だ。相当勉強されたのでしょう・・・エクセリア国でね」
アトロスの持つ胡散臭いイメージのお陰で、彼の言葉に棘があるよう聞こえてしまう。
しかし、ここでハルも負けていられない。
そのお世話になったエクセリア国で得られた仲間を順々に紹介していく。
「ええ、必死に勉強したわ。そうね。ここで私の頼れる仲間達を紹介しおきしょう。こちらから、アーク、ジルバ、スレイプ、ローラ、サハラよ」
「ようこそ。エクセリア国からの旅人達よ。我がボルトロール王国の王都エイボルトは、エクセリア国の首都エクセリンと比べて少々騒がしい都会です。安全を確保するために王都内の移動は我らの軍から案内人を出しましょう。リューダ、シュナイダー!」
「「ハッ!」」
アトロスからの呼びかけに、後ろで控えていた一組の男女が歯切れの良い返事で応える。
「彼らがハルさん達の適切な案内役となりましょう。勇者専用の馬車は大型であり、王都内の移動には適しません。また、リズウィ君やガダル君達は例の魔物襲撃の件で少々話を聞きたいと思っています。これから軍司令本部に出頭して欲しいです」
アトロスはリズウィ達に用事があると言いって、ハル達には別の案内人をつけてきた。
「リズウィ様のお屋敷には我らがご案内いたしましょう」
案内役を代表してシュナイダーがそう述べる。
「姉ちゃん。悪い、俺は仕事だ。リューダさん、シュナイダーさんに案内して貰って家に先に行ってくれ。親父と母さんはほとんど家にいるから。確実に会えるだろう」
そう言われればハルに断る理由が見つからず、また彼女はこのエイボルトの土地勘もないため、彼らに案内役をお願いする事にした。
そして、リズウィの口調から案内人であるリューダとシュナイダーはリズウィがよく知る仲である事が察せられる。
「解ったわ。隆二はお仕事ね。先にお父さんとお母さんのところへ案内して貰うわ」
「姉ちゃん、すまねーな。俺はチョット、アトロスさんの事務所へ報告しに行ってくるから。あと、親父は・・・」
「いいわ。何があっても驚かない。それが家族というものだし・・・」
何か言いたげのリズウィの言葉を遮り、ハルが何かを決意してそう述べる。
リズウィも自分の姉なので、言葉少なくとも言いたい事が伝わっているのだろうと思う。
「すまねぇ。しばらくすれば俺も合流するよ」
リズウィはそう言ってここでハル達と別れ、勇者パーティ一行はアトロスの仕事場である軍の中央司令部に向かって移動する。
ここでフェミリーナ・メイリールもリズウィと一緒について行くことになるが、それは魔物襲撃の目撃者証言として同行を求められていたからだ。
こうして、この場には案内役のシュナイダーとリューダだけが残された。
「さあ、ハルさん、移動しましょう。勇者様のご家族が住むお屋敷に我々がご案内いたします」
丁寧にそう述べて、シュナイダーは自分達の用意した馬車にハル達を案内する。
「ありがとう。よろしくお願いするわ」
ハルも丁寧な人には丁寧な態度で返す礼儀は持っている。
案内されるがまま小型の馬車へ乗り換えることにした。
「へぇー、この馬車って魔動力馬車ね。馬型のゴーレムも使っているわ」
帝国でもなかなか目にかかれない魔法動力仕掛けの馬車である。
制御装置である宝玉にリューダが魔力を注ぐと、偽りの生命を注がれた馬型のゴーレムが軽快に動き出した。
勇者専用の馬車ほど快適性はないが、この馬車の乗り心地も悪くはない。
「ふーん、ボルトロール王国って魔法文化が進んでいるのね」
感心するハルの言葉に気を良くしたのか、リューダが応えてくれた。
「ええ、これはお察しのとおり、魔力を動力源として動く馬車です。王国でもまだそれほど多く普及はしていませんが、珍しいというほどではありません」
「高級馬車としてちょくちょく走るぐらいの感覚ね。もしかして私がリズウィの肉親だから用意してくれたのかしら?」
「はい、そのとおりです。勇者リズウィ様のご家族となれば、我々にとっては要人中の要人となります。最上級のおもてなしで接する対象ですから。それにこの魔動力馬車は小さくてもパワーがあります。リズウィ様のお屋敷に行くには最適です」
「何を以て最適なのかは解らないけど、贅沢で快適な馬車だというのは十分に解るわ。気を遣ってくれて、ありがとう」
ハルは素直に礼を述べる。
少なくとも彼らの上司であるアトロスよりもこのリューダとシュナイダー両名の方が接し易く、話し易いと感じた。
(だけど・・・彼らは仕事でやっているのよねぇ・・・アトロスと対照的な印象を持つ者を人員配置する・・・ボルトロール王国は人の使い方が本当に上手いわね)
心の中を観る事ができるハルはリューダとシュナイダーがここに派遣された意図を正しく見抜いていた。
つまり、彼らの役割は自分達を油断させて信用させようとしており、自分達を監視する存在である事をハルは見抜いていた。
優しく見せかけてそんな使命を持つこのふたりの案内人は軍が用意した監視者である。
(このふたりがジルバ達を監視する訳ね)
(ハル、どうする? 排除してやることも可能だが・・・)
念話でジルバが割り込んできて、そんな提案をしてくる。
少し考えたハルは・・・
(別にこのままでいいんじゃない。彼らを排除しても他の誰かが送られてくるだけよ。ここはボルトロール王国の本拠地、軍の人材は豊富だわ。排除するよりも彼らが監視者であるという事実がはっきりと解る人物のほうが逆にコントロールしやすいでしょ)
(解った。このまま放置。いや注意対象としておこう)
ジルバはハルの決定に追従した。
周囲のアークやスレイプもこの念話に頷きで回答したので、こちら側の情報共有は万全である。
「それでは移動を開始します。魔動力馬車は富裕層が使う乗り物ですので、街を進めば浮浪者が寄ってくることもありますが、決して相手にしないでください。面倒くさいことになりますから」
リューダからそんな注意が述べられて、魔動力馬車は静かに市街地へ入る。
シュナイダーは器用に馬車の御者席に移り、御者役をした。
馬は魔動ゴーレムなので御者をしても実はあまり意味はないのだが、それでもこれが馬車乗りとして自然な形であるため、違和感はない。
こうして馬車は進み、王都エイボルトの街中に入ってくる。
道は人でごった返しており、車道・歩道の区別はない。
だから、馬車の速度は最徐行となり、少しの距離を進むのに時間がかなり掛かるがしかたがない。
そうすると、多くのみすぼらしい人々が集まり、馬車に寄ってくる。
「お恵みを・・・俺は三日間メシを食ってないんだ」
「俺には病気の家族がいるんだ。金をくれ」
「子供が腹を空かせている・・・」
救済を願う浮浪者の集団に取り囲まれてしまった。
その多さに戸惑うハル達であったが、ここは王都エイボルト、これは珍しい光景ではない。
パシーンッ!
「ええい、浮浪者の五等臣民共ーっ! 除け、除けーっ!!」
鞭を振るうシュナイダー。
ここで、ハルはシュナイダーが御者席に座っていた意味を理解する。
近寄ってくる浮浪者達を蹴散らす為であった。
「酷い有様ね」
ハルは貧富の差が大きいという意味でそう述べたが、リューダには別の意味として解釈されてしまう。
「ハルさん、申し訳ありません。不愉快かもしれませんが、彼らは五等臣民だから品がないのです。本当のボルトロール人はこんな下賤な人間ではありません」
リューダはここに集まる人達を正式なボルトロール人として認めてはいない。
「彼らは真面目に働かないから、五等臣民のレッテルを張られても、その立場から脱せないのです。だから五等臣民は戦争で負けた人が多いのです」
小莫迦にした物の言いようだが、それはこのボルトロール王国内で珍しい扱い方ではない。
一度五等臣民のレッテルを張られれば、定職に就くことも難しくなり、社会の底辺としての生活を強いられる。
それがボルトロール王国で最下位となった人間の扱われ方だ。
だから国民は五等臣民へ絶対に落とされないよう頑張るため、評価を出し続けようと努力するのだ。
劣等と評されない事に敏感になる。
そして、マイナス評価に怯える恐怖がこの王国の民の秩序の原点となっている。
(本当に碌でもない国ね)
益々辟易とするハル。
しかし、この制度はマイナスの部分だけではない。
「いらっしゃい、いらっしゃい、流行の食器を入荷したよ」
「こちらは美味しい串料理だ。一本二千ギガ。どうだい、買っていかないかい?」
商いの声が飛び交うここは市場である。
努力すれば成果を出せる人にとって、このボルトロール王国の身分制度は悪くない。
五級よりも四級。
四級よりも三級、二級、一級と階級が上がるに従い生活レベルは飛躍的に上昇する。
それがリズウィのように『特級』レベルになると、計り知れない優遇を受けたりする。
だから、ボルトロール王国の国民は自分の階級を上げるためにムキになり成果を誇張し、自分が役立つ人材である事を支配者層へ率先してアピールするのだ
(まったく、これは人の欲を利用した支配体制だわね)
(そうだね。ボルトロール人自身がこの実力主義の社会を認めているんだろう)
(昔、誰かが、ボルトロール王国は行き過ぎた実力主義者が蔓延る国だと言っていたけど、その意味が今なら解るわ。成果を示せる人間はまだいい。でも、人間なんてそんな強い人ばかりじゃない。器用な人ばかりじゃないわ)
ハルは尤もな事を言う。
社会的弱者は確実に存在する。
例えば先程の浮浪者のように。
そんな弱者にとってこのボルトロール王国は生き辛い国だろう。
ハルはここで言い表しようのない怒りが沸くのを感じた。
しかし、この時にはそう感じた理由が自分でも良く解かっていない。
自分は果たして何に対して怒っているのだろうか・・・
何が気に入らないのだろうか?
それを彼女自身が突き止めるよりも早く、自分達の目的地へ近付いてしまう。
多くの集合住宅が犇めく居住区の中に小高い丘が見えた。
所狭しと建つ住居街にその小高い丘はポツンと佇むように存在しており、緑が多く、ここだけが隔絶しているようにも見えた。
「あれは公園か何か?」
ハルの口からそんな疑問の言葉が出るが、リューダは否と応える。
「いいえ、あれが勇者様の住居です。我らの目指す終着点となります」
よく見ると、聳える小高い丘の頂上にひとつの住宅が一軒建っているのが解る。
それなりの敷地面積を誇る屋敷のようだが、周囲の住宅から隔離されており、緑の樹木に隠されたそれは目立たないように造られているようにも見えて、逆に、目立つようにも見え、ここに建築された意図が良く解らない・・・
その丘の頂の住宅に続く九十九折りの道を馬車が進む。
かなりの急こう配であり、リューダが魔動力馬車が最適だと言う意味がここで初めて理解できた。
疲れ知らずのゴーレム馬は難なくこの急こう配の道を登る。
そして、その屋敷の入口へ到着した。
屋敷の入口を警護する警備兵はこの馬車が来る事を予め解っていたのか、軽い確認だけで門を解放した。
馬車ごと屋敷の敷地内に入ると、馬車の車窓から大きな庭を散歩するひとり女性の存在を認識するハル。
その女性は上品な洋服を着る黒い髪の女性であり、その所作だけでハルは一瞬で彼女が誰であるかを理解できた。
「お母さん!」
ハルは気が付けば、そんな声を発して馬車から飛び降りていた。
駆け出し、そして、その女性と目が合う。
黒い髪と黒い瞳。
顔は少し草臥れていたが、それでもハルが見間違える事のないこの女性。
自分の母の姿がそこにあったのだ。
「えっ!? もしかして、春子ちゃんなの?」
聞き間違えることのない声と東アジア共通言語で呼ばれる自分の名前。
ハルは肯定の返答をする事も別れて彼女に抱き着いた。
「ああ、お母さん・・・会いたかった!」
強く抱きつく。
そして、相手からも自分を抱き返す力を感じるハル。
「本当に、本当に春子ちゃんなの?」
まだ信じられないと言う母の言葉にハルは涙で答えるだけである。
何かを言うべきと頭に過ったところで、下部から自分の胸を狙って伸びる掌の存在に気付いた。
「キャッ!」
ハルは女性の本能で、その男の掌を躱す。
そして、その男の正体とは・・・
「うぉほほほ。春子だ。春子だ。オッパイばい~ん、ばい~んになりよった春子じゃよ」
無神経にそう笑う声は、母の押す車椅子に座る男性の口より発せられたもの。
ハルはここで初めて車椅子と男の存在に気付く。
しかし、その男の目には狂気の色が混ざり、焦点が合っていない。
明らかに異常な精神状態である事が解る。
ハルは初めこの男性が誰なのか解らなかった。
車いすに座るこの男性。
しかも、その車いすを母が押している・・・
リズウィの記憶にあった父の姿が、ここでハルに思い当たる。
しかし、それは認めたくなかっただけの現実である・・・
「も、もしかして・・・お父さん!?」
ハルの疑問符に、母が頷き、それを肯定する言葉が続く。
「そうよ、春子。この人がアナタのお父さん――江崎・忠雄よ」
それは衝撃の姿であった。
そこに座る人間とはかつて自分が尊敬していた偉大なる科学者の父の姿とは思えなかった。
だらしなく口を半開きにした、目の焦点の合わない狂人の姿を晒すが男の姿がそこに居るだけである・・・
12月3日(金曜日)の投稿でもうこの第二章が終わりそうな事を書いてしまいましたが、うっかりです。第二章はもう一話続きます。
登場人物の更新は12月7日(火)に行います。しばしお待ちください。




