第十一話 東からの訪問者(その三)
場面はエクセリンのとある裏路地。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・うまく脱出できたわね」
息も絶え絶えなアンナの様子はまるで、絶体絶命の戦地から逃れてきたような姿。
二人分の高度な転移魔法の行使で相当魔力な消費した。
アンナとしては久しぶりの緊迫した場面の活躍であり、気分が高揚していたが、これに対して呆れ顔で冷めていたのは一緒に転移させられたリズウィだ。
「お前、一体何だよ! 姉ちゃんからいきなり逃げ出すなんて? どうしちまったんだ?」
「リズウィ、ゴメン・・・詳しい事情はボルトロール王国に戻ってからよ。あ痛いっ!」
「何、勝手に決めんだ、アンナ。俺は行かねーよ・・・いや、行けねーんだ。俺はこっちで結婚したんだ」
「・・・知っているわ!」
リズウィからデコピンを喰らって少し涙目のアンナ。
そのアンナは少し冷静な顔に戻ったが、それでも強がる。
「・・・そうか。ま、別に隠してもいなかったから、リューダさんにでも聞いただろうよ」
「・・・」
「そして、子供もできた・・・」
「!?」
「だから、俺はここを離れる訳に行かねぇ~んだ!」
「どうして?」
「どうしって・・・そりゃ、俺はもう父親だからな。子供と妻から離れる訳にいかなーだろ!」
「どうして? どうして!」
アンナは同じ疑問を繰り返す。
まるで壊れた機械のように、同じ事を聞いてきた。
「どうして、私じゃダメなのよ! どうして、私とアナタの子供のためにボルトロールに帰って来てくれないのよ!」
「アンナ!? お前、今、何て言った?」
「アナタの子供よ。私、あの後すぐに妊娠したわ・・・そして、産んだの。今はボルトロール王国にいるわ」
衝撃の事実を知らされるリズウィ。
まるで金槌で頭を殴られたような衝撃。
ゴゴゴゴ・・・
ここで空間が引き裂かれた。
地面から白い壁がせり上がり、そして、ふたりは光に満ちた白い空間に隔絶される。
「何?」
初めて見る光景に焦るアンナだが、冷静に考えてこれは魔法。
それも高度な隔離魔法だ。
そんな魔法を使える者など、この世界にほとんどいない。
やがて、閉ざされた白い空間の一部に緑色のドアが現れる。
ガチャッ!
そして、そのドアが開き、予想どおりの人物が入ってきた。
「アンナちゃん、私から逃げようとしても無駄よ。そして、隆二を拉致するような真似は許さないわ!」
「わ・・・私は・・・」
何かを言い訳しようとするアンナだが、白魔女のハルはそれを認めなかった。
「子供ができたからって、隆二を連れ戻して良い理由にはならない。ちょっと虫が良すぎるんじゃない?」
「それは・・・」
白魔女ハルの言うとおり、今回のアンナの犯行の動機もそこにあった。
「まあ、子供を育てる環境には健全な父親と母親の存在が不可欠だという道理は私にも解るけどね・・・それだけで一度捨てた隆二を再び連れ戻すって言うのはあんまりじゃない?」
「だって・・・私だって、子供の幸せを願っては駄目なの? 私はどうなってもいい、許されなくてもいいから、リズウィに我が子を抱いて欲しいのよ!」
アンナは涙目になる。
今、彼女の心に抱くるのは激しい後悔の念。
あの時、選択を誤っていなければ・・・国家とヒルト家の利益を優先しての選択だったが、今はそれが間違いだったと思っている。
あの場面で自分の愛を貫いていれば、実母からは苛まれようとも、少なくとも自分とリズウィと子供だけは幸せになれたと思う。
そんなアンナの本当の後悔の心も解るハル。
「・・・まったく、ボルトロール人は打算ばかり考えているから、こんな事で悩むのよ。こうなれば、当事者同士で話なさい。隆二、良い?」
「・・・ああ・・・こうなっちまったものはしゃ~ねぇ~。腹を割って三人で話そうぜ!」
リズウィはここでもうひとりの当事者が見えた。
それはリーザ・・・現在のリズウィの妻だ。
彼女は白魔女ハルの後ろにいた。
リズウィの事を軽蔑もせずに、ただそこに佇んでいるだけ。
それが余計に不気味だと思う。
「あぁ、俺は莫迦さ! 見境無く女を抱いてこの様だ! 何を言われても構わねー。ぶっ殺されても文句を言わねぇーよ」
「・・・リズウィ・・・アナタは・・・」
リーザは何かを話そうとして止めた。
この場にハルがいたから、リーザに残っていた最後のプライドが言葉を発する邪魔をした。
それを察した白魔女のハルはドアから外に出て行こうとする。
「三人で心置きなく話しなさい。ここは隔絶した閉鎖空間よ。外からは施術者の私でさえ中の様子は伺えないわ。三人だけで話をするには良い環境ね。結論が出たらドアをノックして・・・それじゃ」
それだけ述べると白魔女ハルはドアを閉めて、出て行った。
こうして残された三人はこれからの将来について話し合う事になる。
長く、長い時間は掛かったが、それでも一定の結論が出たのは三時間後。
ドアのノックを聞いたハルが閉鎖空間の扉を開けて三人を解放する。
三人は憔悴しきったように疲れていたが、一番ぐったりとしていたのはリズウィだ。
「姉ちゃん・・・俺、アンナとも結婚することにした。第一夫人がリーザで、第二夫人がアンナだ」
「ふ~ん」
凡そ予想していた結末だ。
「ふたりの子供を認知してこちらで暮らす。子供達の将来の財産分与も五十対五十、平等に相続する権利を認める」
「へぇ~、隆二にしてはまともな判断ね」
「当たり前だ。両方とも俺の子供だ。俺の愛した女達の子供だからな。同じ権利を与えないと俺が納得いかねぇ~んだよ!」
「ふ~ん?」
少し疑いの目を向ける白魔女のハル。
「それでいいのね? エリザベス?」
「ええ・・・リズウィもアンナさんも私もこれで納得しています。元より私は実家から離反してここに来たようなもの。アンナさんも同じ覚悟ができたようなので、条件としては悪くありません」
「そうね・・・でも、私の方はもしかすれば、母がこちらに来るかも? お父さんと寄りを戻したいとは本人の希望だから・・・」
(ボルトロール人って、やっぱり強ねぇ~)
妙な感心を示すハルであったが、ここで敢えてその話題には突っ込まないようにした。
(隆二もこれに懲りて、しばらく女遊びはしなくなるでしょうね・・・この程度で済んで良かったと思うしかないわ・・・)
結果によっては殺し合いにまで発展する覚悟もしていたハルはこの解決策を受け入れる事にした。
同じように胸を撫で下ろしていたのはこの騒動に少しだけ加担していたリューダだ。
彼女は白魔女ハルと共に外で事の成り行きについて、固唾を飲んで見守っていた。
「アンナさん、良かったです。第二夫人とは言え、好きな人と結ばれるのはハッピーエンドです」
「まあ、着地点としては及第点だわ」
完全に納得した様子では無いアンナのようだが、それでも自分の子供を父親のいる環境で育てられるようになった結末は一定の成果が得られたと言えるだろう。
「アンナさんが第二夫人ならば、私も・・・」
「却下よ! アクトは認めても、私は認めないわ!」
リューダの考えている事など先読みして、それを否だと答えるのはハル。
一夫多妻制――こちらの世界では認められた権利。
裕福な商人や貴族などに時々見られる家族構成である。
財力的に複数の女性と子供を養う事ができれば、愛する者を増やす事は認められている価値観。
しかし、現代社会が基本倫理のハルには絶対に認められない事でもある。
リューダの不倫願望を却下した。
このあと、少々バタバタとした展開になる。
リズウィとアンナの話を聞いたマチルダ王女の計らいでリズウィは一時帰国が許される。
こうして、リズウィとアンナは開通した鉄道で一時的に子供を預けているボルトロール王国に赴いた。
ボルトロール王国ではアンナを見切ってエクセリア国で勝手に結婚したリズウィの態度が気に入らないガダルやパルミス、シオンなどのかつての勇者パーティの仲間と再会し、割と本気の口論へ発展し、殺されかけるリズウィ。
それをなんとか凌ぎ、そして、息子とアンナの母を連れてエクセリア国に戻ってくる。
こちらでアンナと息子、身重のリーザとの妙な暮らしが始まった。
そのアンナの母は元夫のグラハイルと寄りを戻そうとするが、一度捨てられたグラハイルが臍を曲げてしまい、なかなか復縁を認めようとしない。
しかし、そんなふたりの間をリズウィが取り持つ活躍を見せて、ようやく寄りを戻した。
こうして、ヒルト家はエクセリア国の地でまたひとつになる。
その後、家族を得たグラハイル・ヒルトに英気が戻り、ボルトロール王国の大使として仕事も精力的に熟す事になる。
彼の仕事はエクセリア国とボルトロール王国の架け橋を取り持つ重要なひとつになるのだが・・・
そんなヒルト家の再興の話を聞いたフェミリーナ・メイリールがまた懲りも無くリズウィを訪ねて来て、話がまたややこしくなったりもした。
リズウィはその砕けた性格とスポーツ万能の姿がエクセリア国でも女性や下々の人々からは好意的に捉われいる。
そんなリズウィの人生とは、常に複数の女性から言い寄られる機会も多く、賑やかな人生だった。
勇者リズウィの武勇伝とはボルトロール王国では敵国と戦い、死中に活路を見出す姿として伝説に残っているが、このエクセリア国の地ではまた違った意味での武勇伝を持つ勇者として後生に語り継がれていくのであった・・・