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第九話 東からの訪問者(その一)

 エルフ達の一時帰還から六箇月ほど経過。

 銀龍によって妊娠を看破されたリーザやレヴィッタ、そして、新たなエルフ使節団の第二陣が戻ってきてからしばらく騒がしかったが、それもようやく落ち着いてきた。

 サガミノクニ生活協同組合にしては珍しく静寂な時間が訪れていた。

 最近のハルはエザキ製作所建屋内に設けられた一室で子供の面倒を観ながら室内で可能な仕事を中心に行っている。


「バア、バア~!」

「レン君やシュン君も元気に歩き回るようになったわねー」


 部屋の中で自由にハイハイする幼児の姿を見て感心しているのは、お腹の大きくなったアケミだ。

 現在、同じ部屋には五人の妊婦が勢揃いしている。

 アケミ、ヨシコ、レヴィッタ、リーザ、そして、ルカである。

 彼女達は同時期に妊娠した事もあり、最近は行動を共にする事が多い。

 それは彼女達が共に初産を迎える事もあり、妙な連帯感がある事に加えて、先に双子を出産したハルの経験を頼りにしているのも大きい。

 そのような背景でハルの仕事部屋を訪問し、ここで井戸端会議する機会が多かった。

 

「レン君とシュン君、最近は随分と特徴がハッキリして来たわねー」

「バブーーッ!」

「キャッキャッ!」


 何語か解らない擬音で愉快に反応するレンとシュンをあやしながら、アケミがそんな事を感じる。

 

「そうね。レンはアクトに似て金髪碧眼。本当に外国人って感じだし、シュンは私と同じ黒目の黒髪。互いの特徴を良く引き継いでくれたわ」

「私、レン君は絶対美少年に育つと思うよ。君、将来はモテモテだねー」

「バブーー!」

「シュン君もエキゾチックな感じでモテると思うでぇ~。あらっ・・・キャッ! おっぱい触られた!」

「キャッキャッ!」

「こらっ! シュン、止めなさい! ごはんが欲しいの? レヴィッタさんオッパイに吸い付いちゃ駄目よ! それはレヴィッタさんの子供の分なのだからね」

 

 ハルはレヴィッタの胸を触っていたシュンを引き上げる。

 ここでシュンはハルが浮遊の魔法を使い引き寄せたので、空中で一回転してハルの腕の中へと戻ってくる。


「キャッキャッキャッ!」


 シュンも慣れており、空中浮遊を愉しんでいるようであった。

 

「お子さんは魔力抵抗体質者の筈なのに・・・ハルさん、魔法の制御能力がまた上がっていますね」


 妙なところで感心を示すリーザ。


「これってそんなにすごい事なの? ハルさんは簡単にやっているように見えるけど・・・」


 魔法が解らないルカはハルがここでどれだけ高等技術を使っているのか解らない。

 

「まず無詠唱で浮遊魔法を具現化させるだけでも難しいですわ。私も炎系統ならばできますけど、無詠唱魔法ができるだけで達人クラスだと普通は言われます。その上、アクト様を初めとしたブレッタ家は魔力抵抗体質者としてトップクラスの存在。その息子であるレンさんやシュンさんも強力な魔力抵抗体質者。普通ならば施術した魔法は完全に無効化されてしまいます。ハルさんはその魔力分解を上手く躱して、周囲の空間自体に魔法を掛けているようですけど、これこそが本当に難しい技術なのです」

「ふーーん」


 リーザは力説したが、魔法経験の無いルカやアケミ、ヨシコにはよく解らない話だった。

 上手く伝わらないリーザはやきもきするが、そんな事を気にしないハルはもうひとりの息子も呼んだ。

 

「ほら。レンもおいで。ごはんの時間よ!」


 レンも大人しくハルの魔法を受け入れて空中浮遊でハルの元に飛んでくる。

 子供達にとって、これが日常なのである。

 そして、ハルはローブを捲り、パンパンに張った乳房を子供達に晒す。

 この場は女性達しかいないので恥ずかしさはない。

 ハルにとって子供に授乳する事が子育てとして最優先すべき行動なのだ。

 その芳醇で潤沢な乳房に遠慮なくしゃぶり付く二人の息子達。

 ごくごくと母乳を飲む息子達は、母からの愛を堪能しているようにも見えた。

 

「本当に可愛い!」


 レヴィッタはハルの授乳と息子達の姿を羨ましく思う。

 

「子供はぐんぐんと遠慮なく飲むわよー。レヴィッタさんも覚悟しておいた方がいいかも?」


 何を覚悟しとけと言っているのか詳しい意味まで語らなかったが、ハルは子供が搾乳に遠慮ない事を未経験の母親達に伝える。

 ここでハルは時計を確認した。

 

「そろそろね」

 

 子供達を魔法で宙に浮かせたまま授乳を継続し、手では別の魔道具を操作する。

 魔法の並行施術だが、これは高等技術を通り越してもう変人の部類に入る曲芸だ。

 称賛しようと思うリーザだったが、なんだかそれ自体が馬鹿らしくなり、これ以上指摘するのを諦めた。

 

「そろそろ式典が始まるわね」


 ハルはそう言って魔法通信を繋げる。

 そうすると空間に画面が投影された。

 映し出されたのはエクセリア王城の近くの広場。

 現在ここには多くの人々が集まっており、歴史的瞬間に立ち会える事を今か今かと待ち構えている。

 その歴史的瞬間とは・・・鉄道の開通式だ。

 

「ハルちゃん。本当に行かなくて良かったの?」

「いいのよ。この式典にはアクト、ウィルさん、トシ君、クマゴロウ博士達が行っているから私達の体面は保たれるわ。この際だから、女性陣はゆっくりとさせて貰いましょう」


 特に参加しなくても問題ないと言うハル。

 確かにこの鉄道事業に一番奮闘したのはクマゴロウ博士であり、彼さえ式典に参加していればサガミノクニ生活協同組合としての最低限の体面は保たれるだろう。

 だが、鉄道運営に関わる様々な魔道具を開発したのはハルだし、功労者の一員として本当は今回のような記念式典には参加すべきである。

 しかし、ハルは子供の面倒を優先させて式典への参加を見送った。

 ハルは自分は裏方で十分であると思っている人間だ。

 既に充分な給金は貰っているし、その上にこれ以上の名誉まで貰おうとは思わない。

 彼女は無欲であった。

 

「私は子供達を飢えさせない程度に魔道具を販売してお金を儲ければいいのよ。仕事人間ではないし」


 そんな呑気の事を言うが、誰よりも多く仕事を請けて結果を出し続け、その上、来年はエクセリア国で始まる民主主義政治のために、初回議員として推薦されている。

 ハルの言葉には全然説得力が無かった。

 

「それにしても凄い絵になっているわぁ~」


 アケミが呆気に捉われるのはここでのハルの姿だ。

 女だけしかいない空間とは言え、上着を(はだ)けさせて両胸を晒し、そこに空中に浮かせた我が息子達を授乳させる姿は豪快過ぎた。

 

「ハイハイ、解った。解った。アケミ達も子供ができれば、この気持ちが解ると思うわ。オッパイを吸わせないといけない・・・我が子を飢えさせる訳にいかないかと思うからね・・・」

 

 それが母性だと言わんばかりの強い主張。

 ここにいた他の女性達も、そんなものかと思っていたりする。

 

「ほら。蒸気機関車が入って来たわよ。式典が始まるわ」


 魔法通信の画面に着目すると、ハルの言葉どおり画面の奥から蒸気機関車が駅に入って来た。

 それは現代社会のテレビの報道番組の一幕と似ていた・・・

 

シュコ、シュコ、シュコ、ポォーーー!


 蒸気と汽笛を鳴らして、軌道の上を力強く黒い蒸気機関車が走ってきた。

 そんな鉄の乗り物など見るのが初めてなエクセリア人は興奮しているようだ。

 

「おお、これが列車か! 馬車よりも速く、一度に多くの荷物も運べるらしい・・・」


 迫力ある車両の挙動にも驚くが、それでも機関車の後ろに何両もの客車や荷台を曳いているので、鉄道の有用性については説明しなくても解る。

 やがてその列車はエクセリア駅――王城近くに建設された――に到着する。

 列車が止まり、客車のドアが開けられる。

 そして、第一号の客が降りてきた。

 

「おお! 着いたな。久しぶりのエクセリア国の王都エクリセンじゃ!」


 聞き覚えのある女性の声はボルトロール王国のマチルダ王女だ。

 彼女の予言どおり、列車の旅の客の第一号としてこの国にやって来た。

 客車より駅に降りると同時に歓迎のラッパが鳴り響く。

 王女がここに来るのは既に連絡を受けていたため、受け入れ側のライオネルが用意した歓待だ。

 そして、マチルダ王女と続いて列車から降りてきたのは、最近マチルダ王女の専属護衛と化しているリーダやシュナイダーなどの情報部の軍人。

 

「おお、彼らも再び来たのか!」


 以前、サガミノクニ生活協同組合の主催で開催されたサッカー大会を見た者も多い。

 観客達はボルトロール選抜サッカーチームの事を覚えていた。

 スポーツマンシップに溢れたあのプレイはエクセリアの人々にも記憶に残り、良い印象を与えたようだ。

 

「また、サッカーをしてくれるのかな?」

「そりゃねーだろう。彼は今回、ゴルト大陸横断鉄道の開通式典で呼ばれたんだぜ」


 そんな余談もチラホラと聞こえてくる。

 すっかりボルトロール人の印象は良くなった。

 良い雰囲気に温まったところで、エクセリア国を代表してライオネル国王が歓迎の祝辞を述べる。

 

「遠路遥々、来られた東の隣人よ。これからはこの鉄道がボルトロール王国とエクセリア国の友好と発展の掛け橋を担ってくれる事に期待しています」

「ライオネル王よ。歓迎の言葉を感謝するぞ。この鉄道はボルトロール王国製じゃが、その技術は其方の国に住むサガミノクニ人の協力によるもの。そう思えば、互いの協力の結晶の様なものじゃ。見て解るとおり、この蒸気機関車は力強く、一度に多くの人・物を運ぶ事ができる。これを使ってドンドンと経済発展して行こうぞ!」


 マチルダ王女はそう応えて互いの友好を深める。

 そんな言葉に可能性を信じられない者は既にいない。

 二年前にこの二国間で起きた戦争など、もう過去のものになっていた・・・

 

 

 

 

 

 

 華やかな式典が終わった後で、身を隠すようにして列車から降りる人物が一名いた。

 目立たない色のローブ姿は皆から注目を集めないため。

 この人物の趣向からして自分の意に反する装いだが、それでも今は我慢している。

 今は目立つ行動をする訳にいかない。

 控え目だが胸部の僅かな膨らみと細い腰付きからこの人物が女性である事が解る。

 派手な式典が終わったあとの閑散とした駅のホームを彼女は足早に歩きで移動した。

 彼女が目指すべき場所は既に定まっているから行動に迷いはない・・・

 

 

 

 

 

 グラハイルは残された自分が仕事をするために事務所へ戻ってきた。

 彼の今の肩書はエクセリア国駐在ボルトロール王国大使だ。

 形の上ではボルトロール王国とエクセリア国をつなぐ調整官だが、国交などまだ始まったばかりの両国間にそれほど多くの調整事案など無い。

 あまり忙しくはないが、それでもたまに今回のように王族が来賓する事もある。

 今日は鉄道開通記念式典の来賓として来国した王女と護衛達を手配した宿泊先へ送り届けて、諸般の手続きを済ませたグラハイルは事務所のソファーにドカッと腰を下ろす。

 

「はぁ~、疲れた」


 まるで中年官僚のようなボヤキを溢す彼だが、昔のキレキレだった西部戦線軍団総司令時代には絶対に見らなかった怠惰ぶりである。

 グラハイル自身もこの仕事にそれほど熱意がある訳ではない。

 自分の仕事が国家からも大きく期待されている訳ではない事も解っているつもりだ。

 現在のグラハイルは大使の仕事など(てい)の良い埋め合わせ人事なのだと思っている。

 

(他にやる奴もいないから俺なのだろう・・・そして、このポストに魅力が出てくれば、本国よりそれ相応の官僚がやってくる筈。そうすると俺は本当にお払い箱だ・・・)


 そんな予想をしてみと、益々と虚しくなってくる。

 戦争に負けて、家族から離縁を言い渡され、グラハイルは生きる目的を見失っていた。

 今日はそんな彼を訪ねてくる来客がひとり。

 

コンコン


「どなたか? 鍵はかけてないぞ!」


 面倒臭そうに入出許可を出すグラハイル。

 現在の仕事は秘密にしなくてはならない情報などほとんど取り扱わないし、それ以上に自分を訪問してくる人物などもっといない。

 そして、ドアを開けて入ってきた人物とは・・・予想外の人物。


「ま、まさか! アンナかっ!」


 離縁された妻の娘・・・つまり、自分の娘がここへ訪ねてきたのであった・・・

 


皆さん、アンナの事を覚えていますか? ボルトロール王国でリズウィの彼女だった女子だよ!


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