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第七話 エルフの帰郷(その三)

2023年6月12日 22時


あらら、間違えて前話を重複して投稿していたのに、今、気付きました。

大変失礼しました。『その三』に差し替えます。


 辺境の森を進む旅団は幼龍が加わった事により、より順調な旅路となる。

 魔物との遭遇(エンカウント)は驚くほど減り、時折出現する魔物はアクト達が撃破する事に加えて幼龍達も加勢する。

 小さくて愛くるしい三頭身ボディの幼龍に似合わず、必殺の吐息(ブレス)の威力は健在であり、現れる魔物をいとも簡単に撃破していった。

 そのあまりの順調さ故に往路時の困難さが嘘のように感じてしまうエルフ達。

 そして、彼らはここまで来た。

 

「すっごい、綺麗!」


 この光景を見て思わず息を呑むのはレヴィッタ。

 見渡す限りの白いお花畑の幻想的な光景――そう、ここはシロルカの群生地である。

 

「レヴィッタさん、気を付けろ! この花畑は危険だ!!」


 アクトは注意を促す。

 レヴィッタに懐く幼龍達も「グワグワ!」と警戒の声色でレヴィッタにここが危険であることを訴えていた。

 勿論、レヴィッタも事前にこのシロルカの花の危険性の話は聞いていた。

 

「解っている。これって人に幻覚を見させる花でしょ? 危険性はハルちゃんから聞いているよ」

 

 神秘的で美しい光景であっても、決してこの花畑に入る愚かな事はしないレヴィッタ。

 このシロルカの花畑は過去、帝国の歴史で最高最強の開拓団が壊滅した場所でもある。

 その開拓団のメンバーにはアストロ魔法女学院を設立した大魔女も入っていたからレヴィッタもこの場所の恐ろしさについては歴史の授業でも聞いていた。

 

「ただ、美しい花なのにちょっと残念だなぁ~と思っただけよ・・・」

「ふむ、そうだな・・・このシロルカの群生地は私が整備した。当初は人間の侵攻を阻むもの・・・かつての私の過ちの結果でもある・・・」


 ジルバがそんな事を静かに呟く。

 彼は過去を思い出していた。

 それはジルバの千年前の過ち・・・

 彼が初めて受けた典範(ルール)違反の罰を受けた切っ掛けでもある。

 しかし、それを人に詳しく話す気もない。

 以降、ジルバは黙りを決め込んでしまった。

 重い雰囲気を察したローラがここから早々に移動する事を皆へ勧める。

 シロルカの花畑は中央部分が直線的に枯れており、ちょうど旅団が通れるような道になっている。

 これは銀龍が必殺の吐息(ブレス)を用いて破壊したものだが、こんな道ができたからエルフ達が辺境の中央部より外界へ進出する事ができたのである。

 今回もその道を利用して白エルフ村へ帰る事ができる。

 

「さあ、早く行きましょう。ここを南に進めば、もうすぐ我々のテリトリーです。魔物の出現率は下がり行軍は楽になるはず」


 ローラの意見に反対する者も無く、こうして、有史以来初めて正式に人間が辺境の中心領域へ入る事となった。

 

 

 

 

 

 

 辺境内部はより深い森になっており、魔物の出現確率は予想どおり低く、時折偶然現れる魔物も弱い個体だけであった。

 魔物はエルフ達でも簡単に撃破できるレベルだったので、アクト達は派手に活躍する場面は無かったが、それでも戦闘を歓迎している訳ではないのでこれに不満は無い。

 こうして三日ほど南下すると白エルフの支配領域に入り、無事に白エルフ村へ到着した。

 先触れの者が連絡したお陰で白エルフ村に入るなり一行は歓迎を受ける。

 

「おお! 無事に戻ってきたか!」


 族長自ら出迎えに来た。

 ただし、その顔に単純な笑顔はない。

 それはこの旅団にシルヴィーナの姿があったからである。

 彼女はエルフ社会の中で、銀龍への生贄という大役を放り出して逃亡した森の巫女という不名誉な評価をされていたからだ。

 

「お父様・・・私が逃亡したのには訳がございます」


 シルヴィーナは父の厳しい視線を感じて、過去の自らの行いについて言い訳しようとしたが、それを白エルフの族長は遮った。

 

「いや、シルヴィーナよ。今はよい・・・そちの言い訳は後ほとで聞こう。まずは無事に帰った同胞を労わねばならん。そして、人間や銀龍スターシュート様が同行されている理由についても聞く必要がある」


 白エルフの族長は選択を誤らなかった。

 先発部隊として派遣したエルフ達の帰郷に加えて、人間達がこの集団にいる事を目にして、受け入れの対応を優先した形だ。

 ここでそんな族長に話しかけるのはジルバ・・・銀龍の自分がこの場で最も説得力ある存在だと思っての行動だ。

 

「シルヴィーナが森の巫女の役割を途中放棄したと言うが、我はその事を気にしておらぬ。そもそも龍はエルフの生娘を生贄に所望する趣味など持たなぬ。初代辺境のエルフの族長の娘アルヴィリーナが火山へ身投げしたのは特例だ。その娘は以前から死に場所を探していた可哀想な娘。無碍にそんな前例の真似をするものではない」


 ジルバはそう述べてシルヴィーナを庇う。

 そんな銀龍の言葉に、今代の白エルフの族長レイガを初めとした白エルフの重鎮達は平伏する。

 やはり神に等しい銀龍スターシュートの言葉は影響力絶大であり、これでシルヴィーナの罪を追求する声は小さくなる。

 そして、彼らの注目は今回の旅に同伴した人間達へ移る。

 視線が集まった事を認識した旅団団長ファルナーゴが同伴した人間達を紹介した。

 

「こちらの方は人間世界で最大国家であるエストリア帝国の第一皇女シルヴィア様です」


 ファルナーゴに紹介されて、彼女は黄金仮面を取った。

 金色の髪が流れて、美しい人間の顔が露わになる。

 

「おお!」


 何人かの若いエルフから感嘆の声が挙がる。

 シルヴィア皇女は彼らの基準からしても美しい女性。

 豪華な宝石で飾れた帝国の皇女の姿は美しいものが好きなエルフにも受けが良い。

 

「私はシルヴィア・ファデリン・エストリア。父に代わり人間側の全権友好大使としてここにやって来ました。人間と亜人が最大限の友好を築くために、今後ともお見知りおきをお願いいたします」

「エストリア帝国か・・・」


 レイガは一瞬神妙な面持ちになるが、それでも数瞬後には何事も無いように笑顔の仮面で隠す。

 

「遥々、魔物が闊歩する森を抜けて、よくここまで来られた。その努力を見せて貰えただけで、御国が我々と友好を築こうとしている本気の姿勢が解る。我らも銀龍スターシュート様の後押しで始めた人間種族との交流。人間種族側がそれを好意的に受け止めてくれている事を高く評価したい」


 種族を代表して満点の回答をするレイガ。

 齢百七十年生きてきた長老(リーダ)らしい洗練された姿である。

 

「突然の来訪故に、簡素なものしかできぬが、今宵は宴を準備させよう。互いの友好を深めつつ、まずは旅の疲れを癒されるがよい」


 レイガはそう述べて、客人をもてなすための準備を命令するのであった。

 

 

 

 客人の接待と宴の準備を配下の者に任せて、レイガはファルナーゴ、ローラ、シルヴィアだけを自分の執務室へ呼ぶ。

 

「・・・うむ。人間社会への交流の仕事、ご苦労だった。これで銀龍様への義理は果たせた。まずは安心したぞ。ファルナーゴよ」

「ハハーッ、ありがとうございます、レイガ族長。人間達は思いのほか我々に友好的であり、人間の国でも我々エルフは厚遇を受けております」


 ファルナーゴは恭しくするも、真実を伝えるのを忘れなかった。

 

「そうね。人間達にも良い人、悪い人いろいろいるけど、我々と貿易しているエクセリア国の支配者層には良い人が多いわ。それにハルさん達も良い人よ。」

「あ・・・ローラ様の言う『ハルさん』とは例の仮面の魔女の事でございます。人間の国では一応正体を秘密にしているようですが、彼の国の支配者層はその事実を解っている者も多いです」


 ファルナーゴがローラの補足をする。

 本当は一言で語り尽くせない女性ではあるが、多くの情報をここで述べるには時間が足らな過ぎた。

 そして、ここにエルフだけを集められたのは何かあるとファルナーゴも暗に感じている。

 

「銀龍様のご提示どおり、今後もエルフは人間種族とは友好を進める姿勢に変わりはない・・・変わりはないが、それにしてもよりによって全権友好大使が『帝国』の一族とはな・・・」

「レイガ様? 帝国の存在をご存じなのでしょうか?」

「うむ・・・私も伝承でしか知らない事なのだが・・・我々、エルフを迫害した人間種族の中心的人物が帝国の初代皇帝だと伝わっている・・・ただし、これは千年前の話。今となっては真偽の程は解らぬ話だが・・・」


 レイガは難しい顔をした。

 その事実はここに集まった全員が初めて聞く事であり、全員がその情報に驚いている。

 

「それでは、帝国とは我らをここ辺境の森へと追いやった張本人ですか!?」


 ファルナーゴは驚きと共に、怒りで顔を顰める。

 まるで仇敵を見つけたような反応だった。

 それもそうだろう――ここ辺境の森は魔境だ。

 エルフ達にとっても過酷な環境である事に違いはない。

 これに対してローラは・・・

 

「そんな! シルヴィア皇女は少し傲慢なところはありますけど、根は良い人ですよ!」


 そんな反論をしてみるが、それでも納得しないレイガ。


「ローラよ。黙っておれ! 個人が良い人かどうかは政治と関係の無い話。友好を装いエルフが油断したところで我々を根絶やしにする事を考えておるやも知れぬ・・・だからと言って私も今すぐ使者を無碍に扱う事も無いが・・・」


 レイガは白エルフの族長として慎重な判断が求められる。

 彼が言うのは『油断するな』という意味であり政治的には正しい判断なのかも知れない。

 しかし、サガミノクニの人々を初めとした人間達に良くして貰ったローラ達は気持ちいい話ではなかった。

 ここで、しびれを切らしたのはシルヴィーナだった。

 

「お父様、意見をひとつよろしいでしょうか?」

「何だ! これ以上、私を困らせる事を言わないのであれば、お前の意見も聞いてやろう」


 レイガは眉間に皺を寄らせて、自分の下の娘からの意見を渋々許可する。

 レイガが忌々しく思っているのは過去にシルヴィーナが森の巫女の職務を放棄した事で、白エルフ村で自らの政治的立場を弱くさせられたからである。

 

「私達は人間を敵として恨み続けたとして、その先に何が存在するでしょうか? 恨み、敵を殺害して復讐ができたとしても、その敵にも私達と同じように家族がいて、私や私の大切な人を殺そうとするでしょう。復讐の連鎖はそうやって続くと聞きます・・・だから、ここで私はその鎖を断ち切り、前向き思考で人間と友好を深めるべきだと意見させて頂きます。数箇月、私は人間を見ていて解った事があります。それは、彼らは私達となんら変わらない事。良い人、悪い人がいて、男と女がいて、親と子供がいて・・・愛と正義があり、悪と罪もあり、日々間違いを続ける。それは我々エルフと何ら変わらない・・・」

「シルヴィーナ・・・お前・・・」


 レイガは驚いた。

 以前のシルヴィーナならばもっと他人に対して辛辣の意見を述べるエルフだっただろう。

 シルヴィーナは利己的で自分の立場を考慮して、ある意味冷徹に分析して行動するタイプの女性であった。

 情が無いというか、不利益な者は遠慮なくバッサリと切り捨てる性格の女性。

 己の娘の可愛さもあったが、為政者としての資質は姉よりも劣ると評価していたレイガ。

 その人格者だった筈の姉も黒エルフとの子を身籠ってしまい、かけおち同然で森の巫女の座から退く事になる。

 レイガは自分には娘達を育てる力が劣っていたと自信を無くしかけていた。

 そこに、シルヴィーナの裏切り・・・森の巫女の最大の責務――銀龍に生贄としての奉仕――を放棄した事で、自分の娘達への教育が完全に間違っていたと後悔した。

 そして、その娘達が帰ってきてこれだ・・・

 

「私に人間を信じろと申すのか!?」


 シルヴィーナの言葉にはどこか重みがあり政治的に解る話でもあったが、それでもそれを素直に受け入れられない自分もいる。

 

「そうです。お父様。私がこんな生意気な事を言える身分ではないのは解っています・・・ですが、心の底で人間を恨んでいては真の友好など築けません。過去の恨みはあってもここはグッと堪える事も大人の政治判断ではないでしょうか?」

「・・・本当に、生意気な事を言いよって!」


 シルヴィーナの講釈は友好を築く政治的姿勢としては満点の回答である。

 そして、その意見にファルナーゴも続く。

 

「そうです。シルヴィーナ様の言うとおりです。少なくとも今のところは人間に我々は敵いません。政治的にも友好を進める事には間違い無いでしょう。勿論、貿易で我々も発展できる可能性も見えてきました。ここは我々エルフにとって飛躍できるチャンスでもあります」


 ファルナーゴは実利から友好を勧める。

 

「そうですよ。お父様。銀龍様は人間のハルさん達をすこぶる贔屓にしています。これは単純にハルさん達を気に入っているだけではありません。銀龍様はハルさん達に何らかの可能性を感じているのだと思います。そうでなければ、人間国家同士の戦争を止めたりしません」


 ローラは銀龍が俗世にあまり興味ない事を薄々感じている。

 人間同士の争いなど下々の戯言に等しいと認識している筈の銀龍が、ここまで積極的に関わってくる事が元森の巫女であるローラなりに疑問を感じていたが、最近、何となくこの銀龍の考えが理解できてきた。

 ハルやアクト達と共に行動していると、楽しいのだ。

 常に新しい発見と出会いがある。

 時の経過と共に新しい物語が次々と起きてくる。

 それは辺境の森より外の世界と言う状況だけで得られる刺激ではない。

 ハルやアクトの周りだから起きている事実・・・そんな確信を最近のローラは感じていた。

 この風潮に乗り遅れると不利益を生むのだと直感していた。

 その不利益とは個人的なものではなく、ハルやアクトの周囲にいることで集団的に得られる利益だと思う。

 そんなローラの感覚は奇妙な熱意となりレイガに伝わった。

 

「本当にお前達は・・・私を悩ますだけの存在だ・・・解った。帝国を含めた人間達との友好関係を進める方針としよう」


 白エルフの族長レイガは呆れにも似た諦めだ表情を示し、ここでローラとシルヴィーナ姉妹の真剣な勅言を聞き入れるのであった。

 この時のレイガの判断が良かったのだと評価されるのは数世代後の未来になる・・・

 


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