第六話 華麗なる楽師
「勇者様。村の危機を助けて頂き、本当にありがとうございました」
突然現れた魔物の群れを掃討した勇者達を村の入口で迎え入れたエイドス村の村長は勇者達に感謝の意を伝える。
「ああ、俺達が居たから良かったものの、こんな事は初めてだぜ」
「私も初めての経験でございます。辺境の魔物がこまで流れてくる事は今までもありましたが、あれほどの数になるとは・・・」
村長は異常事態に戸惑うだけである。
しかし、勇者達が戦ってくれたお陰で、村側の被害者がゼロだったのは奇跡に近い。
「大量の魔物の死骸ができちまったな。悪いが早めに片付けて欲しい。血の匂いが別の奴らを引き寄せる可能性もある」
「ええ、解りました。あとは若い衆を総動員して死骸の処分を急がせましょう。勇者様達は魔物を倒して貰っただけで充分でございます」
礼を述べる村長は村の入口に散乱している魔物の死骸を片付けさせるため、足早に消えていった。
結局、魔物に襲撃された原因は解らず仕舞いであるが、それ故にまた同じ事が起きるかも知れない。
魔物の死骸を早々に片づけて、村の守りを固めることが先決であるのは誰もが思う所である。
そして、エイドス村の現状を見てみると、住民たちは突然の魔物の襲撃に怯えていた。
彼らの大半は家へと閉じ篭り、そのため、村の大通りは人通りが疎らである。
元々、エイドス村は山間に作られた先住民の村であり、村の規模もそれほど大きくないが、このように人通りが少なくなってしまったことで余計に寂しく見えてしまう。
「本当に閑散としているわね」
「そのようだ。でも仕方無いだろう。あれほどの数の魔物を目にすれば、誰しもが怯えるのは当然だと思う」
ハルとアークがそんな会話していると、幼い子供がひとり寄ってきた。
「ねえ。お兄さんとお姉さん達って英雄なの?」
「英雄・・・確かに魔物は倒したけど、私達はそれほど大それた存在じゃないわよ」
「姉ちゃん、ここはボルトロール王国だ。謙遜は美徳にならねぇ。自分達のやった事を成果として正しく主張した方が良いぜ!」
リズウィはそう言い自分達の成果を主張し始めた。
「おい、坊主。俺達に対する呼び方がちょっと違うぜぇ。魔物を成敗した俺達は『勇者』だ!」
戦いで気分が高揚しているリズウィは少し調子に乗りそんな大きな事を述べる。
自分達『勇者パーティ』が魔物を倒し村の危機を救ったと宣言した。
あながち間違いではないのだが、今回はジルバやハルの協力があった事でこれほどの短時間でケリがついたのだ。
ハルは自分達が勇者パーティの一員であることを否定したかったが、しばらく考えて、ここでそんな細かい話を子供に聞かせても仕方がないと思い直し、リズウィの主張を積極的に否定するのは止めた。
「そうね。魔物を倒したのは勇者リズウィよ」
しかし、幼い子供はそんなハルの言葉を全面的に納得しなかったようだ。
「えー、違うのぉ? 楽師のお姉ちゃんは『勇者ではなく、英雄が助けに来る』って言っていたよー」
「楽師のお姉ちゃん?」
「そう、楽師のお姉ちゃん。お姉ちゃんが悪い魔物がいっぱい現れても、勇者とは別の『英雄』が現れるから心配しないでいいって言っていたもん」
「・・・」
「その楽師のお姉ちゃんはキレイで、とてもお話が面白くて、唄が上手いんだよー」
「へぇーそうなの?」
ハルは子供の言う事として、軽く受けとめた。
しかし、当の子供はハルのそんな受応えに気を良くしたのか、ここでハルの腕を引っ張る。
「お姉さんにも楽師のお姉ちゃんの事を教えてあげるーっ」
「え!? 私、忙しいのだけど・・・」
困惑するハルだが、子供から引っ張られた腕を乱暴に解くこともできず、引っ張られるままにエイドス村の路地へと連れて行かれる・・・
手の引かれたハルに続く形で旅の一団と勇者達はその後を追ってきた。
路地の細い角を二、三回曲がると地元民しか知らない小さな広場に出る。
そこに子供達が集まっていた。
そして、その子供達の輪の中心に大人ひとりが座り弦楽器を奏でていた。
その人物は長い銀髪を持つ若い女性であり、美しい歌声で物語を唄っていた。
所謂、吟遊詩人とも呼ばれる楽師である。
ポロローン
リュートの音をバックに、その美しい楽師は子供とハル達に叙事詩を唄って聞かせてくれた。
――ああ、孤独な英雄よ。
――それは仮面をつけた男女の英雄。
――危機に瀕した人々を救う希望の存在。
――龍に騎乗し、神の祝福を受けて、人々の自由と平和のために戦う英雄。
――そして、愛の為に戦う。
――人外の力を有し、毅然と悪に立ち向かい、正義を貫く。
――そして、邪な心に支配された敵を成敗する仮面の英雄、そして、英雄は世界に新しい秩序を与える。
――ああ、英雄よ。誉高き英雄よ。
――あなたはこれから何処に向かうのだろうか? そして、旅に終着点はあるのか?
――それは困難な旅になる事だろう。
――しかし、それでも英雄の旅は続く、世で困る人を助けるために・・・
――英雄の旅は永遠に続くだろう。
ポロローン
そんな演奏と唄で締めくくられ、吟遊詩人の奏では終わる。
パチ、パチ、パチ
彼女の唄を聞き入っていた子供達から拍手が起きた。
比喩表現が大いに含まれる唄であったが、それでも聞いた子供達はすばらしい事が解る歌声だ。
唄の意味など解らなくても、彼女の唄という楽器は子供の心に響いたようだ。
そして、それを少し遠巻きで見ていたハルやリズウィ達も思わず感心してしまうぐらい彼女の歌声は芸術性に富んでいた。
「本当に良い歌声だな」
リズウィがお世辞抜きにその吟遊詩人の唄を褒めた。
そんな賞賛の声が聞こえたのか、吟遊詩人の女性がここでパッとリズウィやハル達の方向に振り向く。
その所作によって、長くて艶のある彼女の銀色の髪が宙に靡き、美しい顔が露わになる。
そして、ここで・・・
「えっ! 君はっ!?」
アークが驚きの声を上げてしまう。
それは彼が『信じられない』と思ったからだ。
この吟遊詩人の女性はアークの知る人物であった。
色白のきれいな肌、エメラルドグリーンの瞳、そして、その左の目元には泣きボクロがひとつ・・・
アークの中で彼女の事を過去形で表現したのは、その彼女は死んだとアークが認識していたからだ。
「あら、こんにちは、アークさん。こんなところで出会えるなんて奇遇ですね」
その女性はアークと帝都大学で出会った時と全く変わらず、愛想の良い笑みで挨拶を返してくる。
「そ、そんな・・・あり得ない。本当にシーラさんなのか?」
アークの知るシーラとは、帝都ザルツで活躍していた女優である。
アークと彼女は奇遇な出会いをしていた。
そして、最期にミールという女暗殺者に刺されて死んだ・・・そんな筈なのに・・・
「これはどういう事!」
ハルもアークと心の共有をしているので、シーラの顔は知っている。
生身のシーラとは初対面であるが、最期に心臓を刺されて死んだのを完全に理解していた。
そして、ここで出会い、生きている事もあり得ないと思ってしまう。
「その顔は私が死んだとでも思っているのでしょうか?」
シーラはアークとハルが驚くのも当然だと言う。
そして、自分が現在生きている理由を整然と説明してきた。
「胸に隠し持っていた手鏡。これのお陰で致命傷は避けられました」
そう言って血が残る手鏡を取り出す。
しかし、それでハルは納得できない。
「シーラ、莫迦にしないで! あの出血の状態から、とてもそんなもので防げたとは思えない・・・助かる訳がないわ!」
ハルはシーラの言動を嘘だと言う。
アークの記憶を見て、シーラが刺されたあの時、完全に致死量の出血をしていたと解っていた。
そして、その後にアクトがミールに攫われ、ハルが現場に急行したとき、現場に残されたシーラの死体をハルも確認していた。
あの時シーラの心臓の鼓動は確実に停止していた。
これで死んでいなければ、現在のシーラは不死者か、何かだと思うしかない。
生きていることを完全否定するハルの意思を目にしたシーラはここで何かを諦め、そして、自らの雰囲気をガラリと変える。
ここでシーラの身体からゾッとする何かが放出されて・・・その直後、ハルやアークの警戒心が強制的に緩まされた。
「それでも助かってしまったのよ。私の言葉を信じなさい! 私を警戒しては駄目よ。女神はあなた達と友好的な関係になりたいのだから」
シーラから発せられたその何かは、彼女の言葉に乗りハルの心の中へ響き、そこで何かを増幅させる。
そんなシーラの声と大きな波は全員の心に同じように届く。
「友好的・・・シーラさんとは仲間・・・」
ハルが譫言のようにそう述べる。
「そうね、私は仲間よ。しばらくは一緒に行動しましょう。だって私はあなた達から信頼を得た仲間であり、親友よ」
「そうだ。親友・・・シーラさんは信頼できる・・・仲間だ」
アークの口からもそんな言葉が囁かれた。
そんなのやりとりに、彼らは何ひとつの不自然さを感じられなかった。
ジルバひとりを除いては・・・
しばらくすると、リズウィとハル達の輪に入って楽しそうに会話をするシーラの姿があった。
会話する人々は一切の違和感を懐かない。
「へぇー、シーラさんは芸能の腕ひとつで旅をしているのかぁ」
「リズウィさん、そうなのです。私は芸能でしか生きる術がなく、前はザルツで稼いでいたのですが、次はエイボルトで活動しようかと思い、旅をしている最中のです」
上品な笑みでそんなことを話すシーラという名の吟遊詩人の女性。
美人で人当たりの良い性格。
そんなシーラにハルから親しみを込めた会話がなされる。
「何を言っているのよ。帝都ザルツであれほどの騒ぎを起こしたので、居辛くなったっていうのが本音でしょう!」
ハルは多少に呆れた様子でシーラにそう応えた。
「ハルさん、あまり私のことを揶揄ないでください。私がアークさんに興味を持ったので、私に意地悪をしているのでしょう。確かにアークさんは良い男ですからね。チョットちょっかいを出してしまったのは認めます。しかし、もう結婚されているならば、私も諦めます・・・」
「本当にもう! アークに手を出したら駄目よ!!」
アークを中心に取り合う女性同士の姿。
しかし、その雰囲気は悪くない。
友好的な日常会話のようであり、まるで学園内の友達を相手に会話をしているような雰囲気だ。
背丈がよく似るハルとシーラは他者から見て、姉妹のようにも、仲の良い友達のようにも見える。
彼女達がここで会話する様子は傍から見てもどこか平和的な印象があった。
「ハル、もういいじゃないか。元気なシーラさんと再会できて、僕は嬉しいよ」
「まぁ、アークさんって、やはり素敵な男性ですね!」
「こらっ、シーラさん! アークと離れて。アークも鼻の下を伸ばさない。あまり露骨に浮気するならば、私、離婚するわよ!」
「わ、悪いハル・・・反省します」
「ワハハハ」
お道化たアークとシーラとハルのやり取りに、勇者パーティの各位からも笑いが零れる。
数分前までにシーラという女性の生存を疑っていた彼らには全く見えなかった。
そんなことすら全員が忘れている・・・
「おい、シーラさん。王都エイボルトに行きたいのか? ならば、同じ馬車に乗って旅するかい?」
「ええ? いいのですか? 勇者リズウィ様」
「ああ、構わない。シーラさんは姉ちゃんの友達みたいだから。それに目的地も一緒だし。構わねぇよな? みんな!」
「ええいいわ。リズウィが良いって言うならば。それにガダルやパルミスも美人と知り合いになれて嬉しいようだし」
アンナが少し意地悪な目をしてパーティの男性陣達を揶揄った。
「こら、アンナ。何んて事を言うんだ・・・しかし、同行は否定しない。私は純粋に美しいシーラさんと旅ができるならば、それだけで光栄だと思います」
「俺もガダルの意見に続く。女性一人でここの山岳街道を進むのは厳しいだろう」
「そうですよ。この街道は魔物や下賤な山賊も出没すると聞くので、安全のため一緒に行った方が良いと思います。我々がここでシーラさんと出会えたのも神の御導きでしょう」
ガダル、パルミス、シオンの順でシーラと旅の同伴を許可する意見が続いた。
勇者パーティの面々から一周回りして、再びアンナに判断を問う視線が注がれる。
それでアンナは自分が不満を懐いている事に気付いたが、反対と言う訳ではない。
「私も別にいいわ。リズウィがシーラさんの事を気にしているのが、少々気に入らないだけよ・・・」
アンナも私的な警戒感情を持っていたようだが、結局は拒絶しなかった。
こうして華麗なる楽師のシーラが勇者の馬車に乗る権利を得た。
「皆様、ありがとうございます。私は神の唄も多く知っていますから、旅のお供に無料で聞かせて差し上げます」
「それは楽しみだ。魔物に襲われたエイドス村を助けたとき、俺達はなんて不運だと正直思ったけど。今はその逆だな。ここでシーラさんと出会えて幸運だと思っているぜ。それにしても姉ちゃんの知り合いは美人ばかりだなぁ」
「隆二、それは私が美人じゃないと言いたいんでしょう!」
「そんなこと言ってねーよ」
「ワハハ」
再び笑いが起きる。
傍から見れば、そんなやりとりは仲の良い友達同士の会話のようにも見え、もうシーラを疑う者は皆無に等しかった・・・
しばらくして、エイドス村の宿に入る一行。
予定外に魔物を討伐したことで、当初の計画が狂ってしまった。
そのため、勇者パーティ一団は、本日、この村で一泊することになった。
ハル夫妻、スレイプ家族以外はひとりひとり個室の部屋割りであったが、夕食が終わったところでジルバの部屋にシーラがひとりで訪ねてきた。
ここでジルバは困り果てた姿で彼女を迎える事になる。
彼は遠慮なく入室してきたシーラにまず一声かけた。
「・・・どういうおつもりですか? 偉大なるお方」
ジルバは普段の彼に似合わず、至極丁寧な言葉で彼女に接する。
それはこのシーラという女性の正体をジルバが完全に理解しており、その上、シーラから発せられた回避不可能な措置をジルバだけが抵抗できたからである。
シーラもジルバの正体を知っている。
「あら、銀龍。そんな冷たい事言わないでよ」
「・・・」
「これほど面白い遊びを自分ひとりだけで楽しまないでくれる?」
「私は別に楽しんでなんか・・・」
「駄目よ。嘘を言っては」
「・・・」
「これで私もハル達の活躍を近くで見られるようになるわ。楽しみなの・・・だってここは演劇の特等席よ。主役のすぐ傍じゃない!」
「主役、演劇・・・偉大なるお方は何を御望みなのでしょうか? 勇者の記憶からは、アナタ様が使徒をお遣いになり勇者とハル達を出会わせたようですが・・・」
「あら? 使徒ってあの娘のことよね。彼女って働き者でしょ? 中等半端な神よりも使える娘だとは思わない?」
「・・・忠実な亜神だと思います」
「あら、そんな単調な評価をする事もないわ。ア・ナ・タも忠実で優秀な使徒のひとりで、私のお気に入りからは外れていないわよ」
「私は使途という存在ではありません。私はゴルト大陸の守護者・・・そのようにアナタ様から命じられたと認識しております。使徒とは役割が違います」
「それでもアナタはそこらの二流の神よりも気が利くわ。本当に頼りにしているから、一緒にこの娯楽を楽しみましょうね」
「・・・」
現在の銀龍ジルバは胃が痛くなる思いだ。
ジルバが敬意を惜しまないこの女性としばらく旅をする羽目になってしまい、重圧を感じるだけである。
それは人間社会で例えるならば、怖い上司と四六時中一緒に行動を共にするようなもの。
もし、ちょっとした言動の失敗で彼女の機嫌を損ねてしまえば、この世界など一瞬で終わってしまう。
それほど恐ろしい存在がジルバの目の前に居る。
そして、面倒な事になったと心に思ってしまえば、それは一瞬にしてこの女性にバレてしまう。
彼女にとってこの世界とは自分の内側であり、隠せる事はない。
ジルバは不敬を心に浮かべないように必死な努力を続けるのであった・・・