第五話 エルフの帰郷(その一)
「姫様、実は・・・」
エクセリア国の南側、スケイヤ村に設けられたエルフ経済特区より老エルフのひとりがエルフ姫君シルヴィーナを訪ねて来て、とある相談事を持ちかける。
その老エルフとはファルナーゴ、エルフ使節団の団長。
ファルナーゴが神妙な面持ちでここに来たのには訳がある。
「そろそろ、一時帰郷する時期となりました。我らの半数が帰国し、現在の状況報告と次の貿易品を補充しなくてはなりません」
「・・・なるほど・・・そうだったわね。私は・・・」
何かを告げようとするシルヴィーナをファルナーゴが慌てて遮る。
「いいや、シルヴィーナ様は今回の組で帰って貰います。姫様は元々特使団には入っておりませんでしたからね」
そこだけは強く主張するファルナーゴ。
彼としても是非にこの機会でシルヴィーナを白エルフ村へ帰したかった。
「いいえ! 私はまだ人間の価値を見定めるという使命が・・・」
「その使命は初めからあったものではありますまい」
「うっ・・・」
ファルナーゴからそんな厳しい指摘が・・・
それもそうである。
シルヴィーナがサガミノクニ生活協同組合の一角に居候して「人間の価値を見極める」という役目は後付けで課せられたもの。
その役割自体も姉であるローラからの提案である。
エルフ特使団の団長ファルナーゴを動きやすくするため、南のスケイヤに設けられたエルフ経済特区からこちらの首都エクセリンへ移り住まれた方便でもある。
帰国を渋るシルヴィーナに、この会合に同席している姉からも一時帰国を勧められる。
「シルヴィーナ、一度帰国しなさい。お父様に事情を正直に話せば、過去の逃避の件は許してくれるでしょう。逃避の件はスターシュート様も怒っていなかったでしょ?」
姉の言い様からして既に外堀は埋められており、ここでのシルヴィーナの帰国拒否は難しい状況である。
そして、今回は更に困った人がこの場に居る。
「なるほど、シルヴィーナは一時帰国するのか・・・ならば私もついて行ってやろう! エルフの姫が特使として訪れたのに、人間側が来ないというのも失礼だからなぁ」
「へっ?」
素っ頓狂な顔になったのはこの事を述べた以外の人物。
ここで同行を申し出たのはエストリア帝国シルヴィア皇女であった。
硬直状態からいち早く立ち直ったローラは皇女からの申し出をやんわりと断る。
「シルヴィア皇女様、それは無理です。人間にあの森は危険過ぎます」
「そんな事は・・・あるか! お前達も無事にここまで来れたではないか。これはエルフと人間の友好のため、この機会にそれなりの立場の者が挨拶に行かねば、失礼に当たるぞ。それに私には黄金仮面の力もあるから心配には及ばぬ」
確かにシルヴィア皇女の言う事は筋が通っている。
返答に困ったローラは・・・
「解りました。ハルさんにこの案件を相談してみましょう」
シルヴィア皇女に対して最も意見できる友人に支援を頼むのであった・・・
結局、相談を受けたハルも判断付かず(と言うか対応が面倒臭いと思っていたようである)、シルヴィーナの父である帝皇デュランと長距離魔法通信を結ぶ事にした。
広大な領土を持つ人間の帝国の帝皇と気軽に通信できるハルにファルナーゴは驚いたようだが・・・そんな様子をいちいち深堀しても話が先に進まないので、割愛する。
そして、帝皇デュランと会話して得た結論とは・・・
「なるほど、良いではないか?」
「へ?」
帝皇より発せられた予想外の肯定意見により、一同が再び唖然となる。
「亜人エルフと友好を築くのが帝皇一族と言うストーリーは悪くない。それにシルヴィアには仮面の力を授けておる。滅多な事で死傷する事もあるまい」
最近のエクセリアで黄金仮面として世直しに暴れまわっていた事を噂で知っていた帝皇デュランからして、娘の心配をそれほどしていなかったりする。
帝皇も仮面の力を十分に理解している背景があったからだ。
「心配ならば、其方らに警護を依頼してもいいぞ。勿論、報酬は弾む」
帝皇がそう喋っている相手とはウィルやアクトに向けていた。
彼らはエクセリア国に移住したが、貴族籍を廃したつもりも無く、彼らは今でも帝皇デュランの配下だと思っても過言ではない。
帝皇からのそんな依頼は帝国貴族にとって絶対命令に等しい。
しかし、ハルは・・・
「私は行かないわ。だって、レンとシュンの面倒を見なければならないから、そもそも私は貴族じゃないし」
ハルは帝国貴族の自覚は無いため、面倒な仕事を請けない。
「ハハハ。それではハル以外の帝国貴族に依頼するか? 諸君らは帝国貴族の誇りと使命をまだ維持していると期待しているぞ!」
帝皇デュランは陽気に笑いアクトやウィル達に目配せをする。
そんなデュランの意味ありげな視線はそのふたりの中央に丁度立っていたレヴィッタやリーザとも合ってしまう。
「デュラン様、そろそろお時間かと・・・」
魔法映像の向こう側で執事と思わしき人物から横槍が入る。
「おお、すまないな。突然の通信だったもので、これから重要な会議の約束があってのう。諸侯を待たせているが故に、これにて失礼するぞ」
帝皇デュランは一方的にそう宣言し、魔法通信が切れた。
元よりハル側が強引に通信をねじ込んでおり、帝国側の人間――例えば先程の執事など――からは嫌な顔をされたぐらいだ。
勿論、そんな不満を顕実化させるような事は帝皇デュランが許さないだろうが。
今回の突然の通信も帝室に対して失礼に当たる寸前のようなものである。
そんな気配をよく察していたのは貴族出身のレヴィッタである。
彼女は通信終了後にワナワナワナと崩れ落ちるように膝を折った。
「レヴィッタ先輩、大丈夫?」
「ハルちゃん・・・終わった・・・私、レヴィッタは享年二十四年になるわ。辺境の森なんか十秒以上生きれる気がしない」
「何を言っているの? は? もしかして先輩もシルヴィア皇女の警護について行く気? 先輩まで護衛役をやれって言われなかったでしょ!」
「そんな事ないわ! 私もロイズの貴族の一員・・・もし、ここで私が何もせず、シルヴィア皇女に万が一の事があったら・・・ロイズ家は貴族社会で粛清の対象となるわ!!」
「そんな事ないわよ。ここはウィルさんやアクトに頑張って貰えば大丈夫」
「あぁ・・・駄目ぇ・・・私もロイズ家の一員。帝皇様の命令を無視した事を知られれば、絶対に他の貴族からいびられる~っ」
もはや被害妄想に近い思い込み。
ハルから何を言っても自分が行かないと駄目だと考えていた。
それもそうだろう、本来非戦闘員であるレヴィッタにそこまで思わせるぐらい帝皇デュランから直接言葉を貰う言うのは強烈な命令なのである。
ハルからは「帝皇様は冗談で言っているのだから」と何度も説得したが、悲哀にくれるレヴィッタの様子は変わらない。
その隣にいたリーザも形は違うが同じような解釈を示していた。
「これはデュラン様から皇命・・・我が命を以てシルヴィア皇女をお守りいたします!」と逆に意気込んでいる様子。
彼女がレヴィッタと気持ちが異なっているのは自分の魔法に自信があり、ここで意地を見せた形である。
いずれにしても、皇女と一緒に辺境の森に赴くという意思は共通していた。
そんな彼女達の反応、それは長い歴史の貴族社会が続いた影響でもあり、帝皇の言葉が神のお告げに等しいと帝国民――特に貴族が心の底に刷り込まれている事に由来している。
これでは埒が明かないと解ったハルはひとつの決意をする。
「解ったわ。こうなったら、私が彼らを守る。サガミノクニ生活協同組合に所属する人間に死傷者は絶対に出させない!」
そう意気込んでシルヴィア皇女を睨む。
「ハル・・・さん? 私を睨まれても・・・ それに仮面の力があれば、元々護衛は不要。寧ろ足手まとい・・・」
「いや、それでも彼らは絶対にシルヴィア皇女を守るために同行すると言うでしょう。もし、同行せずの事実がエストリア帝国の貴族社会に知れたら、帝国内に住んでいる彼らの家族の立場が無くなるわ!」
ハルは暗にシルヴィア皇女の我儘に迷惑している事を伝えたかったが・・・
それを言葉にせず、態度で十分示していた。
当然、そんな言葉にシルヴィア皇女は反発する。
「そんなことまでして貰わなくても・・・私やお父様がそこまで求めていない・・・」
「あーん、解んない人だぁ! この際、アナタ達がどう思うかは関係無いのよ! 集団的重圧って奴だわ! 永年の帝皇に支配された貴族社会の悪作用。封建主義の悪さがここに出たのよ!」
「ぐぬぬ・・・融通の利かない帝国社会め!」
シルヴィア皇女は苛立つが、これは皇女だけが悪い訳ではない事もハルは解っている。
ただし、今回の我儘を言い出した皇女が切掛けでもあるため、ハルも苛立ちが隠せないのだ。
「どうあっても回避は難しいようね。ならば私が受けて立つわ。私が最強の装備を準備してみせる。覚えてなさい、サガミノクニのハルが本気になったらどうなるかを! フフフ」
ハルが邪悪に笑う。
そして、ハルは一週間という短期間で辺境の森の旅に有用な最強の魔道具を開発してしまう。
徹夜続きの開発。
夜な夜な自分の工房で魔剣の刃を研ぐ魔女の姿は、幼子を震撼させた事は言うまでもない・・・
こうして、ハルは参加しないが、辺境の森の内部に存在するエルフ村へ赴く人間の旅団が公式に編成される事となる。