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第四話 鉄道事業

 時は進み、ハルが双子男児レンとシュンを生んでから約半年が経過した。

 彼らはすくすくと順調に育ち、首も座りハルとアクトの育児もひと段落してきたところだ。

 生活協同組合自体の業務も汎用型魔法陣の量産体制が一応の落ち着きを見せ、第一期研修生達も既に予定されていた研修が完了している。

 第一期研修生は名残惜しつつも解散を済ませ、各々が元の職場に戻ったが、一部の人間はまだこの生活協同組合に残っている。

 それはシルヴィア皇女、セイシル、バリチェロの三名であった。

 シルヴィア皇女は元々半分遊びのような感覚でこのエクセリア国の滞在を続けていたので、酒飲み相手であるエルフのシルヴィーナとよくつるむ事もあり、居心地の良さから滞在延期を決めたようだ。

 彼女にすれば、王城のような居心地の悪い空間よりもここでの生活を気に入っていたようだ。

 セイシルもそんな自由奔放なシルヴィア皇女のお目付け役として居残り滞在となっている。

 彼女はここに住み込みではなく、ロッテルのところに居候している。

 聞くところによると、かつて彼らは若い頃に同棲していた事もあったようで・・・

 興味深い話題であったが、セイシルやロッテルが昔話を嫌っていたので、詳しい経緯と現状をハル達は聞き出せていない。

 それでも、セイシルは機嫌が良かったので、ハル達は――特にレヴィッタは――深く詮索するのを止めた。

 そして、バリチェロは汎用型魔法陣の使い方を完全にマスターしたが、彼女はサガミノクニの技術者が持つ科学技術に魅せられており、本人希望により延長滞在が認められている。

 現在はクマゴロウ博士の重工業に籍を置き、働きながら科学技術を学んでいる。

 ちなみにバリチェロを連れてきたマチルダ王女を初めとしたボルトロール使節団は既に帰国の途に就いている。

 別れ際に、エクセリアに滞在を許可されたバリチェロの事を随分と羨ましがっていたリューダが印象的であった。

 汎用型魔法陣については第二期研修生の研修も始まったが、一期生と比較すると各人の個性や能力は低く、癖が強い人物がいなかったため、それほど存在感は無かったりする。

 いろいろ状況が進む中、ハルもそろそろ子育てが落ち着いてきた事から、実父母にレンとシュンの面倒を見て貰いながら現職復帰を果たしていた。

 

 

「精悍ね」


 ハルがそう述べるのはクマゴロウ博士の執務室、光魔法で映された遠隔地の光景を見ての感想だ。

 

「うむ、この重厚感。機械屋にとってロマンを感じるではないか!」


 自画自賛しているようにも聞こえるクマゴロウ博士の言葉だが、それに相応しい様相が映像に映し出されている。

 その映像に映るのは黒一色に塗装された一台の車両。

 遂に機関車の一号機が完成し、車両工場であるボルトロール王国の旧兵器工廠で完成式典が行われていのだ。

 クマゴロウ博士の表現は決して自惚れではなく、この列車を見た者すべてがそのとおりだと実感しているだろう。

 何故なら、重厚な鉄の造りに立派な煙突と大きな車輪が輝く立派な車両は力強い印象であり、こんな車両が自国で開発できたとすれば、国力発揚にも一役買っているように感じられたからだ。

 

「魔導炉蒸気式機関車一号機」

 

 旧兵器工廠でその名を発する名誉を与えられたのはグスタフ工場長。

 彼の号令と共に工廠職員のざわめきが長距離魔法通信越しに聞こえてくる。

 

「それでは、始動しましょう!」


 数名の魔術師が与えられた手順どおりに汎用型魔法陣に魔力を注入する。

 そうすると、仕様どおり術式が起動し、機関が起動した。

 機関制御室内に設置された圧力と温度を示す計器が数値上昇を示し、そして、一定値を超えると、煙突と各配管に設けられた逃がし弁から蒸気が漏れる。

 

シューーーッ!


「おお!」


 歓声が起きた。

 この機関車は以前戦時中に『列車砲』と呼ばれていたものが元になっている。

 元々、『列車砲』とは大砲兵器を運搬するための車両だ。

 あのときは人力――より詳しく説明すると魔物によって曳かれる馬車の延長線上のような機械であったから、完成時にこれほど感動は沸かなった。

 今回は動力が機械仕掛けとなり、自律――とは言って人間の運転士は必要――で動く機械なので、起動時の存在感は何倍もある。

 

「おお、動かすようだぞ!」


 気の早いボルトロール王国の機関士(エンジニア)が列車を移動してみせる。

 本来は拙速な行動だが、今回はこの完成式典に王族が来賓として招かれているので、彼らとしても自らの仕事をアピールしたいのだろう。

 少しばかり前進した車両に現場側の歓声がより高まった。

 

「本当にボルトロール人は拙速よね」

「ハルさん、そう言われるな。彼らとてまだ試験が全て終わっていないのは解っている。それでも、ほら、動くんだぞ、と言うアピールは予算を出す者に対しても重要な事だ」


 ボルトロール人の気質が解るクマゴロウ博士はそんな弁解をして、彼らの行動を擁護した。

 それにウンウンと頷くのは先進魔法技術研究所のトシオ博士であったりする。


「確かに、彼らはアピールが上手い。今回の事業のスポンサーである王家に現実性を感じさせる事は悪い事じゃない」

「・・・本当にせっかちねぇ。事故でも起こしたらどうするの! 逆にマイナスのイメージになるわよ」

 

 慎重なハルはリスクを気にする。

 ここはどちらが正解と言う事も無い。

 勿論、安全と人命重視で進めるならばハルの論理が正しい意見なのだが、社会としてそれが許容できるならば、拙速に成果としてアピールした方がその後の仕事にプラス側に働くことが多いのも事実。

 ボルトロール王国の気質としてはその方が合っていた。

 因みに、安全重視が企業文化として浸透しているサガミノクニではハルの考え方の方が主流である。

 クマゴロウ博士とトシオ博士は長くボルトロール王国で生活していてスピード重視の考え方に流されつつあるようだ。

 

「まぁ、上手くいっているうちはいいでしょうけどね・・・ バリチェロ、炉の具合はどう?」


 ハルはこの場で安全思想の議論をしていても先に進まないと判断し、それならば、現在の魔導炉が正しく機能しているのかを確認する方針に変えた。

 

「え~っと、反応良好。温度は設定値のプラスマイナス十度以内に入っている。蒸気圧力も正常。まったく以て正常の範囲内」


 彼女は映像越しに映る計器から現在の情報を読み取り、問題が無い事を全員に告げる。

 その報告にハルはまずひと安心を示す。

 

「良かったわ。一応、これで相当の無理をさせない限り、致命的な問題は出さないでしょう」

 

 そんなハルの言葉は映像の向こう側のボルトロール兵器工廠にも聞こえており、技術者達が密かに安心したのは言うまでもない。

 

「簡単な運転テストを進めても良いわ。まずは隣町までの試走ね。データはすべて記録して、二号機以降の列車にも活用したいからね」


 ハルは矢継ぎ早に指示を出し、開発者全員の気持ちが高揚した。

 勿論一番嬉しく感じているのは一号車を仕立てたボルトロール王国側の兵器工廠の人間だろう。

 

「解りました。ハルさんの許可が出たぞ。早速ひとつ目の駅に向かえ!」

「おお!」

「当然、初めての試走には(わらわ)を乗せてくれるのじゃろうなぁ!」


 技術者の声に混ざるのは聞き覚えのある女性の声。

 

「マチルダ王女? そちらにいられるのですか?」


 ハル達は直ぐにその声の主が解った。

 尤も、王族が視察に来るという事前情報だけで、凡そ誰が来るかは察しがついていたが・・・

 

「うむ、そうじゃ。これはボルトロール王国の一大事業。(わらわ)が立ち会わなくてどうする!? 第一回の記念すべき試走に乗り、歴史に名を残せる好機じゃろう!?」

「確かにそうかも知れませんが・・・安全の保証はありませんよ?」

「大丈夫じゃ。(わらわ)は悪運が強い。それにハルを初めとしたサガミノクニの技術者が開発を支援しておる。我が国も最高の技術者を導入しておるつもりじゃ。これで事故が起きる筈があるまい!」

「大きな評価をして頂き、誠に恐縮ですが・・・念には念をという言葉も我が故郷にはあります」

「くどいのう、心配するな! ボルトロール人は危ないと思えば一目散に逃げる。危険回避の能力は世界一じゃぞ!」


 やや自虐的な評価だが、これには現場一同からププッと笑いが起きた。

 悪い雰囲気ではない。

 

「解りました。そこまで言うならば、止めません・・・いや、もう止められませんね。グスタフ工場長、粗相の無いよう対応よろしくお願いします」

「・・・あいや解った、ハルさん。私の命に変えても王女様の安全は保障しましょうぞ!」


 グスタフ工場長は張り切る。

 結局、試験中にマチルダ王女を飽きさせないよういろいろと話し掛けるグスタフ。

 それが彼にとってマイナス効果になったりする・・・

 いろいろあったが、こうして鉄道事業は順調に進み、安全の内に第一回目の走行試験が終了できたのは言うまでもない。

 敷設された線路で白煙をあげて勇ましく走る蒸気機関車の姿はボルトロール王国内でも話題となり、人々に新しい時代の到来を予感させるものであった。

 

 

余談ですが、どうして鉄道の機関車が「蒸気機関車」なの?と疑問をお持ちになる方がいるかも知れません。たしかにハルは現時点で魔動モータと呼ばれる回転動力機関を開発しています。裏設定では今回の列車に関しては、単純にハルの開発した魔導モータでは出力が足りませんでした。その結果、魔動モータよりも大出力が得られる「蒸気を利用した外燃機関」を動力源とし、クマゴロウ博士が蒸気機関を設計したという経緯があったりします。それにクマゴロウ博士は元サガミノクニ鉄道研究所の機械技師メカニカル・エンジニアでもあります。機械技術者は蒸気機関車(SL)にロマンを感じていたりします。筆者もファンタジーの世界で電車が走るのはちょっと、と思っていたりして・・・最終的にこのような形となりました。裏設定の情報でした。次話はエピソード的なものではなく、少し話の毛色が変わります。お楽しみに~


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