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第三話 龍の典範

 我は銀龍スターシュート。

 ゴルト大陸で最強の生物であり、大陸に生息する一般の人間や魔物とは一線を画している存在。

 寿命は永遠であり、生命維持のために食糧摂取も必須ではない、そもそも生命稼働に酸素は必要なく、これで私が生命かと問われれば、その答えに窮してしまうぐらいだ。

 しかし、実体は間違いなく存在しており、この世界で神と称される論理情報体のようなあやふやな存在でもない。

 そして、人の言葉を理解し、人の言葉も喋る事ができる。

 知的生命体であると自覚しているが、我が理解できるのは人だけではない、この世の生命体すべてと交信できる能力を持っている。

 加えて、白銀の吐息(ブレス)は最強の魔法攻撃であり、生命体をこの世から完全に消去する事も可能だ。

 文字どおり最強生物――それが我ら龍と言う存在である。

 その我が『ジルバ』と言う名前の人間に姿を変え、現在はサガミノクニの生活協同組合内で生活している。

 ハルやサガミノクニの人間達がここで活躍するにつれて、私は徐々に表の世界から存在感を消す。

 最近は母屋から少し離れた建屋へ移り住み、そこを住処として静かに暮らしているつもりだ。

 そんなある日、私は夜中、急に目を覚ました。

 

「んむ・・・解った・・・向かおう!」


 傍から見て私が誰に答えたのかは解らないだろうと思うが、そんな小さい呟きした後に、窓から闇夜の空へ飛び出そうとする。

 

「待って! 行くの?」


 先程まで床を共にしていたシーラが私の異変に気付き、そう語りかけてくる。

 絶世の美女からの懇願・・・普通の人間の雄ならば、それだけで行動が制約されるような場面だが・・・

 しかし、ここでのシーラの問いかけは乙女の切なる願いと何処か違う。

 それにフッと笑うのは私だ。

 

「シーラよ・・・いや、今はデイア様と呼んだ方が適切か・・・我は同族より招集を受けました。これは典範(ルール)で決められている事、抗えません。尤もそれを決めたのはアナタ様ではありませんか?」

「そう・・・ならば、行ってきなさい。そして、自らの潔白を証明してやればいいわ」

「そんな融通の利く奴らかどうか・・・既に物事を理解しているならば態々(わざわざ)招集などかけてこないでしょう・・・」

「そうかもね・・・彼らがアナタ以上に融通が利ない事も薄々は解っている。私が口を出してあげてもいいのよ?」


 シーラの口からは優美にそんな事が述べられる。

 

「いや。これは龍の会合、私の責任の範囲です。私はもう行きます・・・もし、帰らない場合は彼らをよろしく頼みます」


 我はそう短く応えて地面を蹴る。

 そうすると、我の姿は人から銀龍へと変わり、隠蔽の魔法を用いて静かに漆黒の夜空の彼方へと飛ぶ・・・

 

 

 




 エクセリアの地から約半日飛び続けた。

 既にゴルト大陸の領域は過ぎ、大海の上空を飛んでいる。

 私が目指すべき場所は解っている。

 大海の中にポツンと浮かぶ孤島だ。

 龍とはすべてが各大陸に支配権を持つ存在である。

 そして、この世には七匹の龍がいる。

 その各々の龍が支配権を持たぬ孤島が今回の集合場所に選ばれたようだ。

 典範(ルール)に律儀な龍らしい・・・そう思いながらも私は召喚を受けた場所を目指して飛ぶ。

 やがて絶海にポツンと存在している孤島が目に入ってきた。

 私は迷う事なく降下をはじめて、その島へ降り立つ。

 その島は中央部に火山があり、その火山の中腹部に洞穴が開いている。

 そこから大きな気配が感じられたので、自分を呼んだ同胞達は既に集まっているのだろう。

 私はゆっくりとした足取りでその洞穴を目指した。

 私も率先して同胞と会いたい訳ではない。

 今回、召喚を受けた理由も大体解っているつもりだ。

 決して愉快な話にならないだろう・・・

 そして、少しの時間をかけて洞穴に到着する。

 そうすると声が聞こえてきた。

 

「スターシュートよ、遅かったな。よもや我々に恐れをなしているのかと思ったぞ」

「ふん・・・千年前の事をまだ言うか? 確かにあの時、俺は典範(ルール)を破った・・・その罪は認めよう。しかし、今回、私は間違った事をしていない」

「出来損ないの龍が・・・生意気なんだよ。お前は! 大体、呼ばれればすぐに来るべき。遅延するだけでお前の印象は悪くなる一方」

「それほど遅れたつもりは無いが・・・結論を急ぐならば、自慢の火炎の吐息(ブレス)挨拶(・・)してくれても良かったのだぞ。勿論、白銀の吐息(ブレス)で応えてやるがな!」


 早くも剣呑な雰囲気である。

 ここで一触即発か・・・と思ったが、結局は仲裁が入る。

 

「止めなさい。まだ、黒龍が来ていないわ。それまでは結論を出してはならないのが典範(ルール)で決められ事。ここで私闘を行えば、それこそ、典範(ルール)違反になるわよ」


 女性の声は白龍からだ。

 そんな俺を擁護するような声に苛立つ赤龍。

 

「ふん。黒龍ブラックスターはいつも遅れる」

「仕方ないわ。黒龍ブラックスターの管轄は青の月・・・宇宙を超えてくるのだから時間もかかるのよ・・・あ、でももう来たようね」


 白龍がそう述べるように新たな気配の接近を感じる。

 ここに集まる龍達よりも一回り大きい気配、正に龍の中の龍と呼ばれるのが黒龍ブラックスターの存在。

 全身黒色の龍が目前の岩山に着地し、そして、その周りの岩山に残り五匹のすべての龍が姿を現す。

 各々の龍は個別に各大陸を管轄している。

 赤龍――ファイヤーエンブレムは、ソディア大陸を管轄。

 緑龍――フォトンフラッシュは、ユルメニ大陸を管轄。

 白龍――プライドストームは、北極島を管轄。

 水龍――フロストアイスは、南極島を管轄。

 金龍――ドライメタルは、今は名も無き東の大陸の管轄。

 黒龍――ブラックスターは、青の月の管轄である。

 そして、私、銀龍――スターシュートはゴルト大陸の管轄。

 その役目は真の神より仰せつかった使命、各大陸に住む生物が絶滅しないよう統制制御する――それが、我々に課せられた仕事である。

 すべてが典範(ルール)によって定められた宿命。

 そして、黒龍の口が開かれる。


「まずは我が呼びかけに応じて臆せずここへ参集した銀龍の誠実さについては評価してやろう」


 そんな黒龍の評価に一瞬不愉快感を見せる赤龍。

 赤龍は俺よりも年下であり、俺が良い評価をされるのを面白くないようだ。

 大丈夫・・・黒龍は俺を褒めるためここに全員を集めた訳ではない。

 

「しかし、貴様は重大な典範(ルール)違反を犯している可能性もある。今日はその査問裁判を行う。何を聞かれようとしているか、解るな?」


 黒龍ブラックスターは一方的に高圧な態度で我にそんな事を問うてくる。

 確かにこんな事を問われるのは予想できた。

 

「それは我が典範(ルール)に反して、特定の人間勢力に肩入れしているのではないか、と疑っている事か?」

 

 我が素直にそう答えたところで、赤龍の顔が綻ぶ。

 そんな赤龍の変化に気付かないふりをして、黒龍は言葉を続けた。

 

「・・・そうだ。解っているだろう。我らに課せられた使命とは生物の調和、多様性の継続、永遠なる世界の調和と種族の繁栄・・・特定の種族、特定の個人、特定の勢力に肩入れする事は許されぬ。すべての生物の去就は絶妙なバランスの元に成り立たなくてはならない。多様性を保ちつつ、種族を滅亡からも救う・・・時に偏った発展による変動があった場合は一時的な制裁(・・)を加える事も許されているが、その逆はあり得ない・・・つまり、意図的に特定の個人を融通する事、それは我々に与えられた力の越権行為となる。我らの神の思想とも相いれぬ行為。貴様が千年前の過ちを再び繰り返すと言うならばび我らが主神に代わり貴様へ罰を与えねばならぬ!」


 淡々とそう指摘する黒龍は自らが龍の代表として自覚している言葉だった。

 彼は間違った事を言っていないが・・・

 

「ふ・・・ありがたいお言葉だ。我が特定の種族・・・いや、個人を融通しているのかと問われれば・・・その答えは是。特定の人間の男女を少々助けているのは事実。だが、それは典範(ルール)の範囲を超えていない」

「言い訳は聞かぬ。我ら龍がこの世界の中で超越者として規格外の力を持つ。だから、より厳格な典範(ルール)に縛られており、典範(ルール)を逸脱すれば厳格な罰が準備されている」


 黒龍は聞く耳を持たない、融通利かずという性格は千年前に問答したとき既に解っている。

 

「俺は知っているぞ! 怪しい仮面を付けた人間の男女に便宜をはかり、人間国家間の戦争へ加担しただろ? それは典範(ルール)に反する不必要な介入。種族滅亡の状況になるまで下等生物の争いには加担してはならないのだ」


 忌々しい奴。

 赤龍ファイヤーエンブレムが何処でその情報を知ったのか解らないが、ここで俺の所業を詳細に告発してくる。

 千年前もそうだった。

 前回、私が罰を受けた時も赤龍が突っかかってきたのを思い出す。

 

「そうか・・・報告よろしい。ならば、それは本人からの弁明も聞く必要のない所業だ。早速、採決に移ろう」


 黒龍ブラックスターは結論を急ぐ。

 余程、俺の事が気に入らないらしい・・・いや、龍が典範(ルール)を守らない事への苛立ちか・・・

 

「有罪しかない。これは重大な典範(ルール)違反と判断。前回の件もあるので、今回はより重い生魂分離の罰が相当!」


 赤龍が最も早く結論を出してきた。

 これに続くのは金龍。

 

「私も有罪と判断する。銀龍の行動は主様の唱える生物多様性の確保に著しく反した行為である」


 物見雄山の金龍は普段から強い意見に追従する傾向にある。

 自主性のない龍だ。

 そして、白龍と水龍もあまり積極的ではないが、その意見に続く。

 

「残念ですが、これは有罪と判断するしかありません」

「そうです。千年前に罰を受けて、少しは学習して成長できたと思っていたのですが・・・どうやら期待外れだったようです」


 六龍の内、四龍からの有罪発言、これでほぼ判決は確定したことになる。

 相手の心が読める龍ならば、互いに長い問答など初めから無駄。

 こうして形だけとなる裁判など初めからほとんど意味は無い。

 それは千年前より解っていた・・・私がここへ呼び出された時点で結論はほぼ決まっていたのだ。

 そして、最後に黒龍が締めくくる。

 

「我も有罪と判断する。これで裁判は決した。銀龍スターシュートの典範(ルール)重大違反に対する我ら六龍の結論は同一であり、有罪と確定。貴様には生魂分離の罰を与える。千年前よりも重い罰だ。魂までもバラバラに分解してしまうため、再構成するのに二千年の時間が必要となるだろう。それまでのゴルト大陸の管理は赤龍ファイヤーエンブレムに担って貰う」


 そんな結論に赤龍の口角が上がる。

 赤龍の管轄はソディア大陸――ゴルト大陸からソディア大陸を経て南洋に位置しているその大陸はゴルト大陸よりも一回り小さく、支配領域の狭さについては赤龍が普段より不満にしていた事でもある。

 だから赤龍は・・・いや、もうよい。

 聞き分けの無い龍達の相手にも飽きた――最強の力を与えられていい気になっている彼らだが、結局は身勝手な神の決めたこの意味不明な典範(ルール)に支配される使い魔のひとつに過ぎない。

 物事を小さい尺度でしか見られぬ者を相手にするのも疲れた。

 我の心はそんな諦めに似た気持ちに支配されていた。

 そして、六龍が揃い放つ必殺の吐息(ブレス)をぼんやりと眺める。

 各々の龍の色に染まった魔力に満ちた吐息(ブレス)、それは数秒後に私の身体と魂を完全破壊するだろう。

 

「ああ、彼らの活躍をもう少し観ていたかったな・・・」


 そんな心残りの言葉が私の口から出た。

 そして・・・

 

 

 

 吐息(ブレス)が突然消えた?

 

「何? どういう事だ??」


 我は突然訪れたそんな状況に驚くが、我に罰を与えようとした当の龍達はその原因が解っているようだ。

 

「う・・・吐息(ブレス)が逆流している・・・これは誰かが外部から我らに介入してきた?」

「我らに介入できる、対抗できる魔力をお持ちの存在など、あの方以外に考えらぬ・・・」

「そう・・・私達が罰を受ける・・・どうして?」

「い、嫌・・・魂が分解されて、千年も虚空を漂うなんて・・・耐えられ・・・な・・・い・・・」


 そして、目前の龍達の身体全体が黒い霞へ変換される。

 

「うわぁぁあ~! 何故だぁ~!! 主よぉぉぉっ!」

 

 まるで魔力抵抗体質の力によって霧散する魔力のように、彼らの身体は完全に消滅した。

 自らの吐息(ブレス)の魔力反転により実体が消滅したのだ。

 彼らが完全に死んだかと問われれば、そうではないだろう。

 そもそも龍とは魔力に魂を定着させたような存在であり、実体があるようでないようなものだ。

 肉体が滅んでも、魂と魔素というエネルギーが存在していれば、しばらくたてば復活してしまうもので不死の存在でもある。

 彼らが消滅するのも一時的。

 それでも再構成に時間はかかるだろう。

 ただし、悠久の時間、虚空を彷徨う彼らの魂はそれだけで罰を感じる事につながる。

 ここで彼らにそんな仕打ちをした存在が明らかになる。

 彼女が時空を超えて実体化した。

 

「・・・まったく、あの使えない龍達はしばらく反省して貰うしかないわね」


 姿を現したのは白銀の髪の女・・・姿だけは人間を模しているが、私は解っている。

 

「我が主・・・デイア様・・・」


 我は跪いた。

 彼女は我ら龍の主であり、全知全能、世界の創造主でもある。

 彼女に敬意こそ払えど、敵う筈もない。

 そして、逆らう事も許されない。

 

「まったく、時間とは酷よね。老人になるとどんどん頭が固くなるのは人間でも龍でも、神でも変わらないのよねぇ~」


 フウと息を吐き嘆息する彼女の姿は人間のソレと似ていた。

 

「助けて頂き、ありかとうございます」


 俺は深々と礼をする。

 龍同士で解決できなかったから、デイア創造主が態々(わざわざ)出場ってきたのだ。

 お手数をおかけした事に詫びるしかない。

 

「別に良いわ。ここでアナタが分解されちゃうと再構成が面倒になるし、彼らにも一度罰を与えておかないと調子に乗るだけだからね。私の計画を台無しにされるところだったわ。失敗をしたら罰を受ける。うん、それが社会では常識よ!」


 まるで子供にでも言い聞かせるようだが、彼女にしてみれば、正にそのとおりなのかも知れない。

 この世のすべてが彼女の創造によるもの。

 それは龍も然り、人も然り、神も然り・・・

 

「でも、彼らだけは違っているわ。彼らは別領域からの借り物よ」


 俺の心を容易く読み、そんな返答をしてくる創造主デイア。

 ここでデイアが『彼ら』と呼ぶ存在の事は解っている。

 それはハルを初めとしてサガミノクニの人々の事だ。

 

「デイア様。ひとつ教えてください。アナタは彼の者を使い一体何をしようとしているのですか?」

「・・・教えな~い。アナタは私の命令に黙って従えばいいのよ。いずれ解るわ」


 取り付く島もない。

 

「ごめんね。アナタ達にも典範(ルール)があるように、私も同じなのよ・・・いずれ解るわ、いずれね」


 不敵に笑うデイア。

 我は彼女に逆らえない。

 そんな意識も許されない。

 繰り返し言うが、何故ならば我もこの世界も彼女に造られた一部であるから・・・

 


益々デイア神の謎が深まります。果たして彼女の目的は??


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