第二十二話 二世誕生
救国騎士の襲撃を退けたサガミノクニ生活協同組合の面々だが、現在は新たな緊張感の局面に直面していた。
それは組合長ハルの陣痛。
突然の産気であり、ヨウロウ・ヒロシ医師の診断で予測した出産予定日よりも随分と早い。
彼女は迅速に寝室へ運ばれ、元産婦人科医ヨウロウ・ユウ先生と神聖魔法使いのキリアが張りついた万全の体制で臨む三時間。
そして、現在へと至る。
寝室の前では夫であるアクトが落ち着かない様子でウロウロと・・・
そんなアクトに落ち着けと声を掛ける者もいない。
同じような緊張感を持ち、出産を待つ面々は今回の毒殺未遂事件で一同に会していた首脳陣がそのまま固唾を飲みこむ重苦しい現場になっていた。
大事件を起こした救国騎士団や貴族主流派への沙汰などは警備隊へ丸投げし、後回しの案件となっていた。
それでいいのかと思うところもあったが、彼らにとっては毒殺未遂など既に解決した事件であり、現在はハルが出産する方が大事件なのである。
そして・・・
「おぎゃーっ!」
「おぎゃーっ!」
産声がふたつ聞こえた。
アクトの顔が綻ぶ。
部屋のドアを開けようとするが・・・
「アクトさん、ちょっと待ってください・・・ハイ、もう、いいですよ!」
少しの間を置いてキリアが許可を出した。
アクトは前のめりにハルと子供達が待つ部屋へ突撃し、そして、無事なハルの姿と彼女に抱かれた我が子の顔を確認する。
「アクトさん、ハルさん、おめでとうございます。元気の男の子さんおふたりですよ!」
「お、おおーっ!」
アクトは感情が高ぶり、ハルと子供達を抱き寄せた。
「「オギャーーッ!」」
突然の抱擁に驚いたのか赤子が再び泣き始めてしまう。
しかし、そこに嫌気は無い。
あるのは祝福、そして、我が子との初対面の感動。
何故か涙目になっているレヴィッタ。
ハルの無事な出産と元気な双子の姿を見られて、女性として感動しているのだろう。
「ハルちゃん、おめでとう。そして、元気な双子で何よりや!」
その言動が彼女の心からの祝福を贈っているのだと解る。
「レヴィッタ先輩、ありがとうございます。次は先輩とウィルさんの番ですね」
少々恥ずかしくなり、そんな応えを返すハル。
温かい雰囲気が広がった。
「ハル! 本当に身体大丈夫?」
「そうよ。初産で双子は大変だって聞くし・・・」
子供の出産よりもハルの身を案じるのは親友のヨシコとアケミだ。
異世界の衛生環境も悪く、医療体制も整わない現場で出産する事を不安に思っていた彼女達。
「大丈夫よ。このとおりピンピンとしてるわ!」
「いや、ハルさんは凄いです。普通双子を出産する場合は陣痛が一日続くのもよくあることですし・・・あ、でも、そのために我々がいますから安心してください」
キリアは出産に対する不安があるヨシコとアケミの心情を感じとり、そんなことを付け加える。
空気読まない天然修道女も成長しているのだ。
「本当にハルは凄いわね。陣痛が始まって三時間で分娩を終えるなんて・・・」
妙に感心するヨシコ。
「それで名前は決めたの?」
アケミは重要なところに気付く。
これはハルが予想していた質問なので簡潔に応える。
「ええ、既にアクトと名前を考えていたわ。男の子ならば・・・先に出てきた方がレン。そして、次男がシュンよ」
「名前の由来って聞いても良い?」
「特に深い意味はないけど、私達の東アジア共通言語とこちらのゴルト語の両方で通用する名前にしたかったの。因みに、レンは『蓮』、清らかな泉に咲くハスの花のようにきれいな心に育って欲しい。シュンは『駿』、足の速い馬のように力強く育って欲しい、って意味かな?」
「なるほど、立派に意味あるじゃん! レンちゃんとシュンちゃんね。良い名前だと思うわ」
アケミの隣でヨシコも納得を示す。
そして、互いの夫を目配せして静かに笑みを浮かべる。
彼女達が望む事は同じ・・・ハルに続けて自らも子供を生む事だ。
ハルが良い前例を作ってくれた事で勇気が沸いた。
同じように考える者も彼女以外にもいて、そんな意思の伝染を肌で感じ取り、ハルはもうしばらくすれば、ベビーラッシュになってしまうのではないかと予感した。
「アクト、レンを抱いてみる?」
「えっ! いいの?」
アクトは恐る恐る自分の息子を受け取った。
首がまだ座らないため、少々危なっかしいが、それでも清潔な毛布越しに伝わる温かさが自分の息子を得たのだと実感が沸く。
そうすると、我が息子を得た感動とハルに対する感謝の心が満たされて、温かい雰囲気がさらに広がる。
こんな情景にライオネルとエレイナが満足そうに笑みを浮かべた。
「レンくん、シュンくんの出産登録書には私とエレイナが証人として署名しましょう」
「あら、良いですわね。ハルとアクトさんの子供ならば、きっと大成するでしょうから、縁起いいです」
「あ、狡いです、ライオネル国王様! それでは私は事実確認の欄に署名したいです」
競うように公的書類に自分の名前を書くよう言ってくるのはスパッシュ・ラッドリアだ。
彼らしても国の英雄のご利益にあやかりたいと言う気持ちは素直だった。
その後、出産の成り行きを見守っていた要人達が堰を切ったように祝辞をハルとアクトに述べる。
殺伐とした暗殺未遂事件――と言っても当人達はそれほど心配していなかったが――の後に心温まる現場だったので、余計に祝福が盛り上がる。
こうしてハルはあっさりと双子を出産し、本人もケロッとしているところが妙に頼もしい。
キリアがぼそりと・・・
「ハルさんって絶対に神様から愛されていますよね・・・」
そんな言葉に小さいクシャミで反応してしまうのはシーラであった・・・
今回は幸せ回なのでこれであっさりと終了します。そして、これにて十三章が終わりです。登場人物は既に更新しています。