第二十一話 貴族社会の終焉
「ライオネル・エリオス国王だ!」
「どうなっている」
騒然となる救国騎士団の面々。
それもそうだ・
国王が毒で暗殺されたとの情報を真に受けて彼らは行動を開始していた。
その国王の健全な姿を見せられれば、困惑が広がってしまうのも道理。
ただし、その困惑する姿の中身は二つに別れる。
それは本当に国王が暗殺されて復讐の闘志で立ち上がった者。
これに対して、暗殺した筈なのに健在な姿を見せられて、どうなっていると思ってしまう者。
後者は健全な国王の姿が映された魔法映像を悪意の籠った視線で見る。
まるでそんな相手の心情を理解するように映像のライオネル・エリオス国王は静かな笑みを浮かべた。
「皆さんは、今、この映像を見て驚いている人は多いでしょう。まずは騒ぎを広めた事をお詫びしたい・・・そして、私は健在です。このとおりピンピンとしていますよ」
腕を振り、自らの健全ぶりをアピールする。
そんな姿を見せられている救国騎士団達のざわつきが更に広まる。
「何だ。殺されたってのは嘘か?」
自分達は騙されたのではないかと動揺が広がるが、それを否定する声が指揮側より出された。
「嘘だ! 騙されるのではない。アレはサガミノクニ生活協同組合が作った幻に違いない。我々を混乱させようとしているのだ!」
強い否定口調でそう述べるのはガングル・ルミナス卿。
彼は貴族主流派の中心人物に近い貴族。
首謀者であるエイダール・ウット卿より作戦詳細を直接聞かされていた人物なので、あの猛毒からの回復は無理だと考える。
今回の魔法映像についても、サガミノクニが苦し紛れに施した策であると考えていた。
そう指摘されるが解っていたように映像のライオネル・エリオスは笑う。
「ハハハ、私が幻だと思っているのだろう。しかし、それを証明するのは簡単なのですよ」
ライオネルはそう述べ、サガミノクニの母屋のバルコニーより姿を現す。
まだサガミノクニ生活協同組合の敷地の外に置かれた救国騎士団の本陣からはその姿を直接見ることができないが、敷地内に侵入した下級騎士達は直接ライオネル王の姿が見えたので、彼らより感嘆の声が漏れ聞こえた。
「おお! 誠にあの御姿はライオネス・エリオス王だ!」
「エレイナ王妃も無事だぞ!!」
声のとおり、今回、暗殺されたと言われていた国王と王妃、そして、マチルダ王女、シルヴィア皇女(彼女だけはここで幻影)、ウィル・ブレッタ、ハル、その他大勢の要人達の健在な姿が現れた。
個々が自律的に活動する姿は高度な幻影魔法が使ったとしても、そこまで再現するのは難しい。
客観的にこれが現実であると証明するのは容易かった。
「嘘だ。これは嘘だ。騙されるな!」
それでも半狂乱になり否定を続けるガングル・ルミナス卿。
この事実を認めてしまえば、ここに集まった救国騎士団が瓦解してしまうのが解る。
「ルミナス卿、あざといです。私達は今回の事件の黒幕を既に解っています。これは貴族主流派の仕組んだ罠。アナタもその黒幕のひとりですよね?」
ここで堂々と真実を問い正してくるのはアリス・マイヤー。
エリオス国王に従順な元貴族であり、今も民衆から人気の高いマイヤー家の当主だ。
彼女も今回、要人暗殺リストに入っており、同じく毒殺を受けたはずのアリス。
そんな彼女が健全な姿でカングル・ルミナス卿を追求する。
「そ、そんなはずは・・・あり得ない。いや、マイヤー家も毒殺されたはず・・・」
それでも現実を認められないカングル・ルミナス卿の態度は狂人の戯言のよう同じことを呟き続ける。
彼の指揮下に入っていた救国騎士団の下級兵士達にも動揺が広がった。
そんな信用の揺ぐ様子が解ったのか、ライオネル・エリオスが論破によるとどめを行った。
「我々は毒殺という凶行が行われるのを事前に察知していました。アナタ達、貴族主流派の策もね。これらは我が国の守護神、銀龍スターシュート様によって知らされた情報です」
ここで銀龍スターショートが姿を現す。
ボンッ!
魔法の煙が立ち昇り、それが晴れると派手な銀の鱗を纏った巨大な龍が姿を現す。
それは神々しい姿で陽光を反射し、近くにいた救国騎士団達は手に持つ武器を落としてしまい、口をアングリと開ける。
人現は想像を絶する存在に直面すると恐怖を感じる暇も無く唖然と反応してしまうようだ。
まるでそんな事実を体現しているかのような姿。
救国騎士団の下級騎士達はそんな間抜けな表情で固まる。
そこに魔法の籠った銀龍による言葉が各人の脳内へと直接語り掛けられる。
「矮小な人間共よ。平伏せよ!」
その言葉に呼応して、一斉に首を垂れる下級騎士達。
生物としての格の違いによる、そう示す事がごく自然のように思えた。
銀龍の脇に立つ漆黒の騎士や黄金仮面も片膝をつき、敬意を払っている。
まるで彼らが銀龍の僕のような態度だが、設定上はそうなっているので仕方がない。
「カングル・ルミナス卿、何をしている! 銀龍様の御前だぞっ!」
「えっ!? ハ、ハァーーッ!」
漆黒の騎士の指摘により一瞬何を言われているのか理解できなかったカングル・ルミナス卿だが、直後に自ら敬意を示していない状況が自分だけである事を今更に認識し、地面に頭を擦り付けるぐらいに頭を垂れた。
「銀龍様、失礼いたしましたーっ!」
遅すぎる謝罪の姿だが、生物としての格が違う事は本能的に察している。
こうして、一万騎の救国騎士団の全員は当初の闘志をすべて忘れて、平伏する姿を晒す事となる。
非常に間抜けな姿だが、銀龍相手に喧嘩を売るほど彼らも愚か者ではない。
この結果に満足するのは銀龍だ。
(ふふふ、これでいいのか? ハルよ)
銀龍スターシュートは魔法の心話でハルに是非を問う。
(ええ、これで余計な犠牲者を出さずに事態を収拾できそう。あとの処置はライオネルに任せましょう。本来、これは人間の問題。人間の間で決着をつけるべきだわ。ありがとうね、スターシュート)
(いや、既に報酬の貰っておる。これぐらい気にするな)
銀龍スターシュートがそう言うように、彼はこの仕事の報酬を既に貰っていた。
それは猛毒に塗れた極上のステーキ牛。
廃棄されようとしていたソレを見て「捨てるならばくれ」と要求したのだ。
困惑する人間達を尻目に三十人前をペロリと食べて「美味だ。食物を粗末にしてはいけない」との苦言に誰も笑えなかった。
人間を初めとした生物には猛毒であっても、銀龍のような神に近い魔法生物の存在には利かないらしい。
これは毒を盛ったジーンに対して、かなりの精神的攻撃になったのは言うまでもない。
「我が庇護を与えておるサガミノクニの人間とエルフに危害を加えようとするのは本来暴挙になるが、良かろう。今回は実害が無かったとして、大目に見て許してやろう」
銀龍は荘厳な態度でそう述べると、黒い霞の中に消えていなくなる。
あっという間に銀龍が去ってしまう現場が、救国騎士団達はしばらくそのまま平伏を続けた。
強大な恐怖は姿が見えなくなったぐらいでなかなか収まらないものだ。
それを見かねた漆黒の騎士が声を挙げた。
「皆の者、銀龍様はお許しになった。速やかに武装を解き、ライオネル・エリオス王による裁きを受けよ!」
そんな声が引き金になり、彼らはようやく面を上げて武装解除に従う。
こうして、内乱になりかけたライオネル王暗殺未遂事件は解決する。
本来は王族を初め要人暗殺に至る大事件なのだが、ライオネルが恩赦を与えて穏便に解決される。
首謀者のエイダール・ウット卿ですら、一年間の禁固刑という異例の軽さで収まった。
そんな軽い量刑になった背景は被害者であるライオネル国王やマチルダ王女、シルヴィア皇女、ハル達が極刑を望まなかったこと。
それに加えて、今後進める民主化プロセスに注力したかったからである。
ライオネル王も駆け引きにより、絶大な恩赦を見せる事で旧貴族陣営からの民主化の妨害を阻止する事が目的にもあった。
勿論、マチルダ王女やシルヴィア皇女と言った要人達に事前に根回ししていたのも大きい。
これにて貴族主流派という派閥は解体され、ボルトロール王国との貿易に反対する意見は急速に無くなった。
こうして、今回の事件は死者をひとりも出すことなく、無事に解決される運びになる。
「ホッとしましたよぉ。それにしてもハルちゃんはどんな苦境に陥っても動じないよねぇ~ もしかして、心臓に毛が生えているのかな?」
緊張の連続だったレヴィッタの口から思わずそんな感想が漏れる。
これにハルは笑って応えた。
「そんな訳ないわよ。ただ、今までいろいろあり過ぎて、慣れたのはあるかもね」
謙遜するハルだが、彼女の凄さが解っているのはかつての同級生達だ。
「いや、部長は凄い! その胆力、僕も見習わなければならない」
「本当だな。俺も完全武装の騎士一万人で攻めてきた時はヤバイって思ったぜ!」
「ハル、どうすればそんなに男らしくなれるの? まぁ、前から男らしい性格だったような気もするけど・・・」
「そうよ。本当に遠くの存在になったような・・・」
称賛の声が続くが、当のハルは手をヒラヒラと振り、たいした事ないと応える。
しかし、気を抜いた直後・・・
「あ・・・れ・・・!? 立ち眩みがする?? お腹も痛くなってきた!?」
ハルはその場に蹲ってしまい、近くのキリアが心配して駆け寄ってきた。
「ハルさん、大丈夫ですか? むむっ!? これは出産の兆候ですね!」
人々の健康を司る神聖魔術師キリアが、ハル異変の原因を直ぐさまに解明する。
そして、出産の一言でこの場が騒然となった。
「大変。ハルさんを部屋へ運んで下さい!」
王妃エレイナから的確な指示が出されて、ここがまた慌ただしさを増長させる。
こうして、この現場は今までと異なる新たな緊張感に包まれる事になるのであった・・・