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第十九話 テロリストの主張


「アナタがどうして・・・」


 (タガ)が外れて欲望まみれの救国騎士団も一目置く存在・・・それが『漆黒の騎士』である。

 『漆黒の騎士』とその相方とされる『白魔女』、そして、銀龍『スターシュート』はエクセリア国では英雄を超えた英雄。

 それは国難の絶体絶命の危機に颯爽(さっそう)と現れて、圧倒的に劣勢だったエクセリア国を勝利に導いた存在。

 その人間離れした存在はエクセリア国の守り神にも等しい。

 そんな人間離れした英雄がこの場面で登場した意味を理解できない救国騎士達。

 

「あら? 私の存在も忘れてはいないかしら? ここエクセリンでは随分と有名になったものだと思っていたのだけど・・・」


 漆黒の騎士の脇に立ち自信満々な笑顔で救国騎士達に自身の存在をアピールしてくるのは白魔女でなく、黄色の仮面を被った謎の女性の魔術師。

 

「・・・こっちは・・・黄金仮面かよっ!!」


 白魔女ほど有名ではないが、『黄金仮面』もここ最近のエクセリンでは有名になりつつある魔女だ。

 悪事を働く者を夜な夜な成敗する自称正義の味方の魔女、それがこの『黄金仮面』。

 勧善懲悪を自称している魔術師であった。

 

「ぐ・・・どうしてお前らが俺達の前は立ちはだかる!」


 救国騎士団の中隊長がそんな言葉で怒りと恐れを露わにする。

 彼はどうしてサガミノクニ生活協同組合に真の英雄が味方しているのか本気で解らない様子だ。

 

「どうしてと言われても、俺はいつも弱き者の味方。そして、正しき者の味方だからだ!」


 漆黒の騎士はここで握っていた手をパッと開ける。

 そうすると、そこから衝撃波が生まれて、近くの救国騎士達を吹っ飛ばす。

 まるで風の魔法を行使されたようだが、これは物理的な現象であり、魔法は介在していない。

 

「ぐわっ!?」

「ぎゃっ!」


 重量級の騎士達が呆気なく飛ばされる。

 そんな漆黒の騎士の威力を目にして、救国騎士達は浮足立った。

 

「ぐ・・・ただ、手を振るうだけでこれほどの威力か・・・」


 漆黒の騎士が相当な実力者である事は早速疑っていない。

 それは戦争のあの局面でボルトロール軍の猛攻をひっくり返せた歴史的勝利が示している。

 銀龍、白魔女という実力者に決して引けを取らない戦力・・・それが漆黒の騎士の存在感だ。

 

「ええい、お前達、狼狽えるな! 正義は我らにありだ。幾ら金を貰ったか解らんが、今、サガミノクニ人を守ろうとしているのが『漆黒の騎士』ならば、奴は敵! 本物かどうかも解らん。数の力で圧倒せよ!」


 ライゴが怒鳴り、それまで漆黒の騎士の出方を伺っていた救国騎士達はハッとなる。

 彼らは自分達の仕事を思い出し、漆黒の騎士と黄金仮面を敵として認定する。

 

「魔術師部隊、前へ! 謀叛人の協力者を蹴散らせっ!」


 中隊長の号令で、待機していた戦闘魔術師達が一斉に構えて呪文を詠唱する。

 軍隊ではよく見かける魔術師集団による掛け合わせの魔法発動。

 タイミングと狙いを集中させる事でその威力は何倍にもなる。

 

「全てを焼き尽くせっ! 大火炎!」


 連携も十分であり、ここで彼らにして会心の火炎魔法を発動させる。

 リーザが得意とするような戦略級の火炎魔法が漆黒の騎士を襲った。

 

ゴオーーーッ!


 巨大な火の玉が発現するが、そこは漆黒の騎士。

 

シュンッ!


 そんな涼しい音がして魔法の大火球は彼の掌に吸収さ、そして、黒い霞に分解される。

 これは魔力抵抗体質による魔法無効化の反応だ。

 

「何、無害だとっ!?」


 施行した魔術師達は自分達の魔法攻撃が失敗した事を理解する。

 彼ら今、目の前で起こっている現実を理解したため、諦めは早かったが、ここでこの敗北を素直に受け入れられなかったのが中隊長である。

 

「何をやっている! お前達!! 魔法が失敗しているじゃないか!」


 彼は漆黒の騎士の防御によって魔法が防がれたと認識せず、魔法施行側に問題が生じたのだと誤認識した。

 そして、次の対応として弓矢部隊に攻撃を命じた。

 これが戦場ならば、魔法攻撃が失敗したときのフォローとして素早い判断であると評価できる。

 しかし、現在、対峙しているのが漆黒の騎士と黄金仮面であり、相手が悪かった。

 

ヒュン、ヒュン、ヒュン


 数多の矢が迫る中、漆黒の騎士と黄金仮面とで対応が異なる。

 

バシンッ! バシンッ! バシンッ!


 黒い魔剣を取り出して、迫り来る矢を次々と往なすのは漆黒の騎士。

 これに対し、黄金仮面は・・・

 

「フフン! 低レベルな攻撃ね。眠くなるわ!」


 ワザとらしく欠伸をすると、その後に無詠唱で半透明の魔法障壁を呼び出す。

 その魔法障壁に弓矢が命中すると、光り輝いて矢が反転した。

 

ヒュン、ヒュン、ヒュン!


 反転した矢は射手の元へと正確に返された。

 

「ぐ、ぐぁーーっ!」

「痛い、痛い、うぉーーっ!」

「何だ。これは!? ギャーーッ!」

 

 数多の矢が跳ね返されて、救国騎士団側に次々と刺さる。

 反転魔法の効果もあったが、これほど大量に矢を跳ね返す魔法障壁など聞いた事などない。

 非常識な攻撃故に、今更、救国騎士団は驚愕するだけだった・・・

 



 これと同じ頃、サガミノクニ生活協同組合の母屋の中では別の局面が進む。

 

「そんなぁ・・・こんな事って・・・」


 漆黒の騎士と黄金仮面の圧倒的で理不尽な反撃能力を遠隔魔法で見せられて、ワナワナと崩れ落ちるのは今回の毒殺事件の実行犯であるジーン。

 彼女はロープできつく身体を拘束されて椅子に固定されていた。

 完全な虜囚状態となっているため、逃げる事も自害する事もできない。

 そして、そのジーンと対峙しているのはハル達。

 

「この討伐隊が救国騎士団ね。旧帝国貴族――こちらでは貴族主流派と呼べばいいのかしら? 彼らが現れた事で、これで完全に敵の筋書き通りなのは解ったわ・・・ソロさんもこれで信じて貰えたかしら?」


 ハルの言葉に完全にうな垂れているのは黒エルフのソロ。

 

「・・・すまない。ハルさん、俺がジーンをここに連れて来たばかりに・・・」


 ソロはショックを受けていた。

 ソロとしては人助けのつもりでジーンを悪徳貴族から保護したようだが、どうやら人の良さを初めから利用される策略が働いていた事を今更理解させられたからである。

 ジーンはサガミノクニ人のコミュニティーへ侵入し、毒殺を実行するテロリストだったのだ。

 

「このクソオヤジのボケ野郎! ハルさん達に謝れっ!!」


ボカンッ!


 ここで、うな垂れたソロを遠慮なく殴るのは息子のスレイプ。

 全力でソロは殴られて、避ける事もしない。

 華奢な黒エルフの身体は吹っ飛ばされて、向こう側の壁まで吹っ飛んだ。

 当然、このような顛末の切掛けとなったソロに対する怒りがそうさせたのだが、ハルはこれ以上の折檻をしようとするスレイプを止める。

 

「止めなさい、スレイプさん。ソロさんが悪いのではなく。悪いのは毒殺を実行しようとしたジーンと、国王暗殺を計画した貴族主流派の貴族達よ!」

「でも、ハルさん・・・そんなものでオヤジの愚行は許されない」

「許してあげて。ソロさんは親切心からジーンを助けようとしたの。今回は運悪く、そこを利用されただけ。しかし、実際は誰も死傷してないわ」


 ハルがそう述べるように今回は全くの無害である。

 それはこのジーンを前から怪しいと思っていたハルがマークしていた事に加え、毒殺というテロ行為が実行されるかも知れない情報が事前にタレコミがあったからである。

 その情報をサガミノクニ生活協同組合に(もたら)したのはフーガ魔導商会。

 直前に自身の陣営に寝返らせたイルダからの情報であった。

 これらの情報により、事前に毒殺を防ぐのは容易だったが、その可能性をライオネル・エリオス国王に報告したところ・・・「なるほど。それならば、それを利用しましょう」という事になった。

 ライオネル国王はこの機会を利用して反民主化勢力の炙り出したいとようだ。

 危険だから反対意見も出たが、元々ピンチをチャンスに変えてきたライオネル国王である。

 結局、反対意見を押し切る形で今回の策が実行される事になった。

 急遽、マチルダ王女を送別するという形で晩餐会が開かれる事で隙を見せてジーン側の犯行を誘う。

 ハルも毒の存在を見破る魔法の眼鏡を準備していた。

 そして、万が一、毒にやられたとしても一流の神聖魔法使いのキリアやマジョーレをバックアップとして備える。

 そんな準備万端の状態で、策にまんまとジーンが引っかかって、現在へと至る。

 

「まさか・・・」


 自分が嵌められた事など全く予想外だったのか、彼女は現実をまだ受け入れられない様子・・・

 

「もう観念する事ね。黒幕が貴族主流派だって事は解っているのよ。この暗殺を決行した者を喋っちゃいなさい。今回は未遂。私達に協力して正直に喋れば、大幅に減刑されるわよ」


 ハルは司法取引を試みる。

 彼女の手には魔法の手鏡を持っていた。

 これでジーンの言動を映像記録して、証拠として整えるためである。

 

「誰が・・・言うのもですかっ!」


 しかし、ジーンも強情であり、決して指示役の名前を明らかにしない。

 ハルとしてはジーンの心を魔法で探っており、既に黒幕がエイダール・ウット卿である事を察知していたが、こういう事実はジーンの口から述べさせないと証拠としては弱いと思っている。

 

「強情ね。貴族を庇っても何も良い事は無いわよ」

「知っている。それでも言わない! ボルトロールと仲良くするよりはマシだわ!」


 今のジーンは普段の愛嬌ある姿と違っていて、敵意むき出しである。

 強固に拒絶する彼女の姿を見て、逆に困るのはライオネル国王。

 

「ジーンさん。アナタがボルトロール王国に恨みを抱くのは解ります」

「煩い。売国野郎が解った風な口を聞かないでっ!」


 今にも唾棄しそうなジーンの勢いに、警備隊隊長のフィーロが黙らせようとする。

 しかし、それをライオネルは止めた。

 

「いいんです。ジーンさんの怒る理由も大体察していますから・・・それでも、私はボルトロール王国と友好を深めようとします」

「どうしてよ! そこまで金儲けがしたいの?」


 ライオネルの言葉が理解できないジーン。

 しかし、それに応えるのはハルであった。

 

「ジーン、アナタのご家族が獅子の尾傭兵団によって殺された悲しみは理解できるわ」

「ど、どうしてそれを・・・」


 ジーンはボルトロール王国に恨みを持つに至った要因を知るハルに驚くが、ハルとしては心を覗き見る魔法を行使すれば容易い事である。

 しかし、そんな内情をバラす訳にもいかないので、優しく微笑んで誤魔化した。

 

「もし、私も家族を殺されたら、アナタと同じように敵を恨むでしょう・・・それでも、永遠に恨み続けても、その先に何も存在しないわ。恨み、敵を殺害して復讐ができたとしても、その敵にも私達と同じように家族がいて、私や私の大切な人を殺そうとするわ。復讐の連鎖はそうやって続くの・・・」

「それじゃ、私が受けた苦しみを・・・無かった事にして我慢しろと言うの!」

 

 ジーンは顔を真っ赤にしてそんな反論をする。

 

「・・・アナタの受けた苦悩を解らないでもない・・・しかし、恨むだけじゃ解決しない事だってあるわ」

「・・・」

「・・・」


 重い雰囲気が周りを支配する。

 ふたりの主張は平行線であり、どちらが正しいとも言えない主張だった。

 そこに溜まりかねて口を挟んできたのはマチルダ王女。

 

「貴様の主張も解るぞ、エストリア人の若いのよ」

「悪の親玉が何を言う! 一体、私の何が解るって言うの!」

 

 当然、ジーンは怒りを露わにする。

 マチルダ王女はジーンが毒殺をしようと思った敵であり、ボルトロール王国の王女を毒殺する事が今回一番の行動へと至る要因であった。

 

「其方の抱いた恨みは先日、シルヴィア皇女から聞かされていた主張と似ておる・・・我らは一晩、その課題について話し合った」

「・・・」

「そこから得られた結論は、恨みを増幅させたところで得るものは何も無いという事実。死者には申し訳ないが、過去に時間を戻す事もできぬ以上、未来に向けて話し合う以外に解決手段は無いのだ。そもそも其方は(わらわ)達だけを暗殺すれば良かったのに、エリオス国王やハル達も巻き込もうとしておる。それをどう言い訳するつもりじゃ? これは復讐だけでは説明できんぞ?」

「それは・・・ボルトロール王国と仲良くしようとしていたからよ!」

「敵の味方は敵か・・・実際はそんな単純な理屈だけで通るものではあるまい。もっと冷静に考えるべきじゃ・・・その理屈が通るならば、現在のゴルト大陸は約半分をこのボルトロールが支配しておる。となれば、其方の恨みは世界の半分の人を殺せねば終息しなくなるぞ。そして、其方に殺された人は其方を恨む。其方に味方したその黒エルフも対象となる訳だ・・・想像してみよ。果たして、人類とはそうやって滅亡してしまうのが運命なのかのう?」

「・・・納得いかない・・・私は間違っていない」


 ジーンは駄々をこねる子供のように頑なに自らの過ちを認めようとしない。

 ハルもこれ以上は無理だと思う。

 

「アナタの考え方は解ったわ。ならば、少し頭を冷やす必要がありそうね・・・」


 ハルはそう述べると少しの時間をかけて魔法の詠唱をする。

 そうすると、紫色の雲が現れてジーンの周囲にまとわり付いた。

 

「うわっ・・・何、これ? ぐうぅぅぅぅ・・・」


 一瞬何かに耐えようとしたジーンであったが、抵抗虚しく眠りに落ちる。

 こちらの世界では未知の魔法だが、これはハルのオリジナル魔法、相手を昏睡状態へと落とす魔法である。

 

「恐ろしい魔法の手前じゃな・・・ハルは白魔女状態でなくても高度な魔法が使えるようじゃ」


 マチルダ王女はハルの魔法技術を称賛したが、これにいちいち構わずハルはこの次に必要なことだけを述べる。

 

「恨みに支配され過ぎて話し合いにならなかったわ。残念だけど、簡単に厚生は無理ね。でもボルトロール人以外も毒殺してしまっても構わないと言う彼女の思想は完全にテロリストの考え方。その思想は恐らく今回の事件の黒幕から後天的に刷り込まれたものよ。ライオネルの勘は正しいわね」

「やはり、黒幕は貴族主流派の中にいるのでしょう・・・その人物を野放しにしていれば、この先、暴力による現状変更をしてくるのは間違いないです」


 ライオネルはそれが憂いだとして、今回の毒殺されたフリ作戦を決断したのだ。

 国王暗殺に成功すれば、その黒幕が政権奪取するために表に出てくると・・・


「そうね。まあ、そこは漆黒の騎士と黄金仮面に頑張って貰いましょう。特に黄金仮面はヤル気満々のようだったし・・・」


 その黄金仮面とは言わずともシルヴィア皇女が正体である。

 彼女は今回ハルが妊婦の為、あまり活発に動けない事と知ると、自ら協力すると妙にはりきっていた。

 ハルより貰った魔法仮面の力を他者に見せつけたいと言う欲求もあるのだろう。

 ハルは多少の呆れもあったが、それでもアクトひとりでは少々活動範囲が広いので、今回は黄金仮面の協力を受ける事にした。

 そして、彼女達の注目は魔法映像に移された外の様子へと集まる・・・

 

 

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