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第十六話 魔窟(後編) ※

 私、イルダは情報の核心を求めて、今宵、フーガ魔導商会会長の寝室を攻めようとしている。

 今晩は三人の夫人は別室で過ごしている事は確認済。

 つまり、フーガ伯爵を攻略するには格好のチャンスだ。

 私はノックもせずに会長の私室のドアをゆっくりと開けた。

 そうすると・・・その直後に咳き込むような強烈な甘い匂いを感じることになる。

 それは部屋に充満している強い(こう)のせい・・・これは決して男性会長の趣味ではない筈。

 夫人の趣味なのだろうか?

 その強すぎる甘い香りが、私の思考を散漫にしようとする。

 私は頭を振り、自分の意識を強く持つよう努める。

 そして、ケバ過ぎる強い匂いが充満している薄暗い寝室の奥を確認してみると、フーガ伯爵がそこにいた。

 彼は調度の良い椅子にゆったりと腰かけて、侵入してきた私を物欲しそうに見つめている。

 

「・・・待っていたぞ、イルダよ。今晩は儂の素晴らしさをその身体に刻んでやろう!」


 自信満々でそんな台詞を吐いてくるこの男に一瞬苛ついた。

 

「あら、そうなのですか? それは楽しみですわね。会長こそ、気持ち良くなり過ぎて心臓発作を起こさないようにしてください」

 

 私はせめてもの反抗心でそんな言葉を返してみる。

 襲うのは私であり、お前ではないのだよ。

 私はゆっくりとフーガ伯爵に近付いて、彼の身体に触れた。

 まるで熟練の娼婦のような行動だが、あながち間違ってはいないだろう。

 男の身体に触れてやると、興奮しているのが解った。

 

(本当にスケベなジジイね。反応だけは十代だわ・・・)


 私は精力旺盛なこの男に妙な感心を覚えつつも、これで自分の仕事がようやく済むと思った。

 私はいつものように気持ち良くしてやろうとすると・・・

 

「ちょっと待て、今日は全身を舐めて欲しい。身体全体でイルダの愛を感じたいのだ」


(やはり、この(ジジイ)は変態ね・・・)


 しかし、これも仕事だ・・・

 私は仕方なく相手(ターゲット)の性癖に応えてやる。

 服を脱がして、裸にする。

 その肉体は多少肥満――弛んだ体形は貴族の典型的な姿。

 贅沢な食事と運動をしない身体など怠惰の極みであり、私が全く興奮する事も無い。

 これを仕事と割り切り、舌を這わせてやる。

 肌に触れたとき、多少ネチャッとした感じがあり、汗でもかいているのかと思ったが、舐めてみて解った・・・

 

「甘い・・・何か、塗っている?」


 私が感じた甘い味はやけに刺激的であった。

 脳が刺激されて、ピリピリとする。

 直後に私は焦燥感・・・

 

「もしかして、毒!?」


 裏の世界に生きる私にとある知識が蘇る。

 それは全身に毒を塗り込み、相手を暗殺する技の存在・・・

 しかし、フーガ伯爵が笑ってそれを否定する。

 

「ワハハハ。違う、違うぞ・・・失礼だが、今のイルダに儂がそれほどのリスクを冒して暗殺する必要もない」


 フーガ伯爵がそう言うのも合理的だ。

 確かに、私はフーガ伯爵にとって火遊び程度の相手。

 本気で排除したいのであれば、自らの身体に毒を塗ってまでして相手を殺すと言うのは些かやり過ぎだ。

 もし、そうしたいならば、彼は私に向ってただこう言えばいいだけ、『お前を解雇する』と・・・

 

「これは媚薬の類・・・今日はイルダと情熱的な夜を過ごすための趣向のひとつだと思ってくれていい」

「・・・そうですか」


 少しホッとしたが、それでもやはりこの(ジジイ)は変態だと思う。

 この世には性的興奮を高める『媚薬』は数多存在している。

 当然貴族社会でもそれは横行していたが、大半は詐欺まがいの物だ。

 私も多少効果のある媚薬を経験した事はあるが、それでも思い込みによる効果の方が大きく、大抵は金儲けの道具である。

 今回もそんな類であろうと、初めのうちは高を括っていた。

 甘い匂いで鼓動が早くなる。

 少しは興奮を高める効果はあるようだが・・・それでも恐らく私には()かない。

 何故なら、私は不感症・・・今まで行為で絶頂など味わった事など無い。

 全てが演技で、いつも冷静な自分を持つから、相手に対して的確な観察と分析ができて、男が(ねや)で喜ぶコツを理解しているつもりだ。

 この仕事には向いている身体なのだと言われた事もある・・・

 

「だから、今晩はもっと心を解き放って素直に反応すればいいのだよ。イルダちゃん(・・・)っ!」

「うぐっ・・・!!」


 フーガ伯爵は間髪入れずに私の唇を奪ってくる。

 自らも媚薬を飲んだのか、甘い味覚を口移しで私の舌に絡めてくる。

 不意打ちで直後に力が抜けてしまったが、その弛緩を利用されて、伯爵は私のローブを剥ぎ取りにかかる。

 この男の妙技は巧妙でもあり、私はあっという間に下着を含めてすべての衣服を剥ぎ取られてしまった。

 

「おおっ! 胸のサイズは標準ぐらいか・・・でも形は悪くない」


 この状況で私の裸を批評してくるこの男に僅かな怒りを覚えた。

 私も厭味ったらしく相手の身体を酷評してやろうかと思った矢先、延髄に電撃が走る。

 

「ヒャッ・・・!」


 それは・・・フーガ伯爵が私の身体に触れたことによる反応。

 そんな反応に一番驚くのは私・・・今までこんな感じは初めての経験だ。

 何がどうなっている??

 

「むほほほ。反応も上々じゃないか。淫らな雌犬なこと~」


 私を蔑む言葉が吐かれる。

 私は怒りを露わに・・・いや、甘い吐息と多好感に支配される。

 もう、何かが変だと思えないぐらいに思考力は低下していた。

 

「ほう。早くも興奮絶頂だな・・・少々盛り上がりに欠けるが、これも媚薬の効果なのだろう。カミーラはどんな堅物の魔術師でも快楽の底に落とす超高級の媚薬だと言っていたからなぁ~」


 意識が飛びそうなりつつも、スケベ(ジジイ)から出たそんな情報に頭の片隅で警鐘が鳴っていた。

 

(拙い・・・相手の策略に嵌った・・・かも知れない。あぁぁ!)


 焦燥感が溢れる意識に時折快楽がノイズのように割り込んでくる。

 まるで理性と本能のせめぎ合い・・・

 そんな私の心情を見透かしたかのように、誰かがこの部屋に入ってきた。

 仰向けされた私が、上下逆さの景色で視認したのは、入室してきた人物が第一夫人カミーラと第二夫人エリのふたりであったことだ。

 

「凍てつく氷の枷よ。戒めとして拘束せよ!」


(拙い!)


 相手の放つ魔法の詠唱を察知して、咄嗟に回避しようとしたが、それでも身体が言う事を利かない。

 

バシッ!


 カミーラが放ったのは氷結による捕獲の魔法。

 その効果がすぐに発揮されて、私の両手両足は床と一緒に凍結されてしまった。

 

「あらあら、この雌犬。よくも我が愛しの夫に手を出してくれたわねぇ~。それでも、小娘にアキヒロは勿体ないわ。アキヒロの(ねや)の相手は私達がするのよ」


 カミーラはそう述べて貴族のように優雅に歩み寄り、フーガ伯爵の身体を愛撫する。

 勝ち誇った彼女の顔を見て、私は悟った。

 これはすべて仕組まれたもの・・・既に私は罠に嵌められていたのだと・・・

 ここで全裸仰向けに拘束された私の情けない姿、それを上から見下ろしているのは第二夫人エリ。

 彼女の冷たい視線は、私に唾棄しそうな雰囲気もあった。

 屈辱的だが、相手も同様な事を感じているようだ。

 

「フンッ。この泥棒猫めっ! お前なんか、アキヒロの相手なんて勿体なさ過ぎるのよ。これで十分だわ!」


 彼女の手には木の棒が握られていた。

 嫌な予感が(よぎ)る。

 

「なっ・・・何をしようとしているの! ダメ・・・そんなぁ・・・嫌ぁ~~~っ!」


ブスッ!


 その木の棒は予想どおり、私の股を目掛けて攻撃してきた。

 私の予想と違っていたのはその狙われた場所が女性の秘部ではなく、肛門だったという事実。

 恥辱と屈辱、そして、強烈な痛みを感じて、私は情けない悲鳴を挙げてしまう。


「フギャーーッ!」


(こんな屈辱・・・せめて刺すならば・・・)


 この期に及んで無駄な欲求が脳裏に(よぎ)るのはきっと媚薬のせいだ。

 私はフーガ伯爵一派の用意した媚薬の効果を低く見積もっていた事を激しく後悔する。

 耐え難い痛みに耐えてながら、崩れつつある理性を総動員して僅かばかりの抵抗をしてみる。

 しかし、現在、そんな惨めな私の姿を見てあざ笑っているのはエリ。

 

「アハハハ、涙なんか流して・・・そんなにケツの穴を犯された事が嬉しぃーのぉ? あら、もしかしてぇ、初体験だったぁ? ゴメンなさいね~っ!」


 私は残忍なこの女からされた仕打ちを一生忘れないだろう・・・

 エリはそれで清々したのか、私への凌辱を止めて、スケベ(ジジイ)との触れあいに混ざっていく。

 男を取り合うように激しく触れあうふたりの女性の図はまさに悪魔の儀式のようでもあった・・・

 

(ああ・・・こんなの切な過ぎる・・・私にも・・・欲しい)


 私の中で性欲がますます大きくなってくる。

 もうそれが、件の媚薬の効果によるものなんて考えらない。

 私はどうでもよくなってきた。

 貴族主流派の任務。

 エイダール・ウット卿への忠誠。

 暗部として働く魔術師としてのプライド・・・そんなものすべてが下らない事だと思えてきた。

 それよりも今の私に必要なのは、男の熱い交わり。

 そんな私の物欲しそうな視線を感じ取ったのか、悦に染まったカミーラが囁いてきた。


「イルダ、あなたもこちら側に来なさい。ね? そうしたいのでしょう?」


 彼女はそう述べて私の氷結の戒めを解いた。

 

「私達側へ寝返りなさいよ。どうせこの国の貴族は落ち目。放っておいても滅亡するわ」

「・・・だけど・・・」


 これは悪魔の誘いだ。

 決して乗ってはならないと思う。

 

「いい? アナタはここで勝ち船に乗り換えられるチャンスなのよ。何を企んでここに潜入したのかを洗いざらい吐いてしまいなさい。そうすれば、私達の仲間になれる。これから先の人生、良い将来が約束されるわ。それとも、このまま落ち目の集団にいて一緒に沈没するつもり?」

「・・・」


 まだ私が渋っているとカミーラがここぞとばかりアピールをしてきた。

 フーガ伯爵の身体の大切な部分を私に見せつける。

 

「いい? これがアナタへの報酬。アキヒロと交わってよい権利をアナタにもあげるわ。正規の夫人は文句を言わない。そして、子供を妊娠しても堕胎を要求しない。正式な婚姻までは無理だけど、子供は認知するとアキヒロも言っている。養育費も含めて金銭的な生活面は保証してあげるわ」


 プルンと握った大切な物を見せつけくるカミーラ。

 それは私の目に猛々しくもあり、神々しい存在にも映る。

 

「どう?」


 私に回答の催促をしてくる第一夫人。

 私は何も言えなかったが、それでも引き寄せられるように自分に幸せを齎せてくれる男の元へ近付いていく。

 言葉で現せなかったが、身体が彼の愛を欲しているのは一目瞭然。

 そんな欲求に抗う事もできない。

 

「・・・」


 気が付けば、私は必死に男性を求める淫靡な女になっていた。

 こうして私は敵の策略に嵌り、快楽と言う名の地獄に落とされていく。

 少しの後悔もあったが、それ以上の確かな多幸感・・・私の主従すべき主人が書き替えられた瞬間でもあった。

 責務、正義、エクセリア国の未来、今はそんなあやふやなものなど別にもうどうでも良い。

 それよりも、今、私に大切なのは、女として生まれて初めて味わうこの幸せに身を委ねたい・・・

 そんな欲求を優先してしまう私の姿がここにあった・・・


筆者はこの部話の描写を非常に苦しんで書いています(笑) 運営さん、多少エロいところは解って下さい。物語上で必要なところなんです(心の叫び・・・)


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