第十四話 冬のスポーツ大会(後編)
「いよいよ、スポーツ大会の決勝戦が行われま~す」
司会役のレヴィッタがそう述べるだけで観客が勝手に盛り上げてくれる。
それはこのサッカーという競技をエストリア人も楽しむ術が解ってきたからである。
加えて、決勝戦まで勝ち上がってきた互いのチームはこれまで良い所を魅せてきたチームだったので観衆から期待も高く、良い試合内容に期待する声も大きい。
そこにはボルトロール王国対エクセリア国という構図もあったが、それ以上にスポーツを純粋に楽しもうとする姿勢が芽生えてきたりする。
そんな絵が観られただけでも、スポーツ大会を企画して良かったと思うハル。
そして、観衆の期待が高まる中、決勝戦開始のホイッスルが鳴る。
ピッ!
先行はエザキ魔道具製作所チーム。
アクトとウィルのツートップでドリブルする姿はこの大会でお馴染の攻撃だ。
それを阻もうとするのはシュナイダーとイアン・ゴート。
因みにボルトロールチームは決勝戦でキーパーをイアン・ゴートからバリチェロに交代している。
それは防御を無視した捨て身の戦法でないと、ブレッタ兄弟には勝てないと判断したからだ。
「破ーっ!」
怒涛の迫力で相手を阻もうとするイアン・ゴートとシュナイダーの二大巨躯。
相変わらず巨躯に似合わない俊敏さを駆使して、ボールを持つウィルに迫るシュナイダー。
ウィルはそれを見事に躱し、ボールと共に飛び上がった。
普通ならばこれで躱せるはずだが、ここにはイアン・ゴートもいる。
「甘いわぁっ!」
予めウィルの行動を予想していたイアン・ゴートはウィルの正面に立ちはだかる。
「何!? 動きが速い!」
驚きの顔に包まれるウィルだが、これでボールを奪われれば英雄としてやっていけない。
ウィルは空中で上手く身体を捻り、軌道を変える。
だが、それに追従してくるのも剣豪イアン・ゴート。
彼は巧みにボールの位置を察知し、ウィルの身体の動きに惑わされる事無く、ボールだけを蹴る。
パシーーン
弾かれるような甲高い音がして、ボールが蹴られ、ウィルはボールを奪われた。
空中を緩やかな曲線で飛ぶボールはブレッタ兄弟の支配領域から脱し、周囲で推移を見守っていたカロリーナの足元へと届く。
それを拾ったカロリーナはエザキ魔道具製作所側のゴールを目指して駆け出した。
「しまったっ!」
初めて競り負けたウィルは焦燥感を露わにする。
しかし、このチームのエース級の人材は彼らだけではない。
サッカーコートを軽快なドリブルで疾走するカロリーナを阻止しようとしたのはリズウィとソロのふたりだ。
「へん。秘書のねぇーちゃん。ココは通さねぇーぜ!」
「あら? 勇者様。昔は同じ釜の飯を食べていた同志ではありませんか、多少の融通を聞いて貰いたいものですね」
呑気にそんな事を述べるカロリーナ。
美しくて可憐な容姿に騙されてはいけない。
彼女は元情報部のエリートだ。
軍人として鍛えられた身体や体力は伊達ではない。
リズウィは遠慮なくスライディング・タックルをかます。
そんな暴力的な攻撃は一部のフェミニストからブーイングも出るが・・・
当のカロリーナは難なく横へ飛び、リズウィの猛撃を躱した。
そんな華麗なカロリーナの舞は応援する観客さえも魅了する。
「やるなっ!」
「勇者リズウィ。私をなめているのではありませんか? これでも私はボルトロール軍の中央総司令部所属の情報部員ですよ」
「勿論、なめていねーよ。ただ、狡猾な女だと思っただけだ」
「・・・そうですね。勇者リズウィ。アナタは妹のフェミリーナに手を出したって聞いていますわ。私達、メイリール家の狡猾さを知っていたわよね」
意味ありげにそんなことを述べるカロリーナ。
これに顔を顰めてしまうのはリズウィだ。
「ぐ・・・リューダから聞いたのか・・・確かに俺は過去、フェミリーナに手を出してしまった。そこで学んだね・・・女は策士だって」
リズウィは安易に女性に手を出した過去の自分を後悔する。
現在は心から愛するリーザがいるので、彼女を裏切るような事もしないが、ここで過去の彼女――アンナの顔が一瞬過る・・・それでもその像を首を振って頭の隅に追いやる。
「いや、今の俺はサッカー選手。女がどうだとか、全く関係ないね」
「・・・あら、情に訴える作戦は通用しなかったようね」
フウと息を吐くカロリーナだが、彼女は自分に接近して来たリューダへパスを出す。
どうやら最低限の時間稼ぎは成功したようだ。
してやられたと思うリズウィだが、彼はいろいろ諦めて、今度はリューダに対して警戒を向ける。
「ソロのオッサン! あとはオッサンしかいねぇ~。何とかリューダさんを食い止めろっ!! リューダさんも侮り難いぞっ!」
リズウィの良く通る声は後方を守るソロへ確実に届き、ドリブルで攻めてくるリューダを迎え撃つ事になる。
「フッ。女性を困らせるのは性分ではないが、それでも今はここの守りを任されている身。確実に防御してみせよう」
キザにそんな台詞を吐くソロ。
容姿端麗な黒エルフ冒険者は格好が良く、一部の観客より歓声が沸く。
しかし、当のリューダは冷静であった。
彼女はサッと踵を返して、ボールを後ろにパスし、直接対決を避けた。
「む!? 面白くないヤツ・・・」
リューダからは何の反応も無かったが、勝負を回避したリューダの判断を残念がるソロ。
「私は最も成功率が高くなる選択をしたまでです。真剣勝負でやっていますから・・・」
リューダの味気ない回答をつまらく思うソロだが、彼女が述べている事も正しい。
勝利という目的に向かって効率的に行動するならば、それが一番良い方法だ。
速度、技量、力、すべてにおいてリューダ対ソロでは軍配が悪すぎる。
冷静過ぎる分析結果からそんな判断を下す真面目なリューダは、何故かローラと同じ匂いを感じるソロ。
「面白くない人間の女だ・・・」
多少の物足りなさを感じてソロはそんな事を呟く。
ソロはそう感じたようだが、リューダの選択は現実的であった。
バックパスしたそのボールには後方より走ってきたシュナイダーが受け取る。
重力級の戦士が疾走する姿は迫力があり、アクトとウィルがその後を追うが、なかなか追いつけないのである。
当然その正面から対峙するのはソロ。
「こいつ・・・トロルか?」
正面から迫るシュナイダーの迫力を感じて、魔物に例えてしまう。
ソロの感じたそんな印象は間違っておらず、正面から立ち向かえば力で負けてしまう迫力があった。
ソロはシュナイダーがドリブルするボールだけに集中し、そして、狙いを定める。
「そこだっ!」
シュナイダーの足から離れたその一瞬を狙ってスラィデングをかけた。
「ふんっ!」
しかし、そんな攻撃が来る事も予想していたシュナイダーはドリブルをするに見せかけて、ここで思いっ切りボールを蹴った。
バスンッ!
ボコッ!
「ぐわっ!」
強烈なボールはスレイプの顔面に命中して、飛ばされてしまう。
勿論、それを狙った蹴りだが、シュナイダーの猛攻を一瞬でも止める事につながる。
ボールは横にこぼれて、それを奪おうとウィルが突進するが・・・
「させんっ! 必殺技、旋風蹴~っ!」
そこへ同じように走ってきたイアン・ゴートが身体を回転させながらボールに迫り、そして、遠心力を利用してボールを蹴った。
バスンッ!
重い音が響き、ボールは信じられないような加速を与えられて、ゴールへと迫る。
「何だ!? このシュートは!」
イアン・ゴートが大きく独楽のように回転して、蹴られたシュート。
ボールは高速回転し、あまりの威力により水平方向へひしゃげた。
そのせいか不規則な軌道でゴールに迫る。
それを防ごうとするキーパーのスレイプだが、ゴールの寸前で急激にボールが浮き上がって、止める事に失敗する。
バスッ!
そのまま無情にもボールはゴールネットに突き刺さった。
「ゴーーーール。先制は招待チームっ!」
ゴールが伝えられて、観客は騒然となる。
「何だ!? あんな凄いシュート・・・人間業じゃねぇ」
「魔法を使ったんじゃないのか?」
「いや、そんな筈は無い。ハルさんが睨みを利かせているこの状況で魔法を使うなんてあり得ねぇーぞ!」
「ボルトロール人、すげぇ~な・・・」
「「うぉぉーーっ!」」
数瞬遅れて観衆より歓声が挙がった。
特に歓喜に沸くのは、これまでの試合を見てボルトロール王国チーム推しになった面々だ。
逆にウィル・ブレッタ推しのファンを初めとしたエザキ魔道具製作所を応援する観衆はざわつきが収まらない。
特にサッカーコート上の選手は圧巻に捉われている。
「あの技・・・もしかして・・・」
「・・・ウィル兄さん。恐らくそうでしょう」
何かに勘付いたブレッタ兄弟だが、ここで多くを語らない。
イアン・ゴートの技を見せられて、多少の衝撃を受けてしまったが、それでも気持ちを新たにする。
「気持ちを切り替えて行きましょう。次で取り返しますよ!」
アクトは声を挙げてそう鼓舞した。
その清々しさはチーム全員に伝わり、衝撃的なシュートから立ち直る。
そんな切替えの早さがこのチームがサッカーチームとしては即席であったとしても、その実は即席ではない事に由来している。
彼らは命懸けの戦場を経験してきたのだ。
そして、アクト、ウィルの兄弟の絆は強く。
リズウィとは強敵の関係。
ソロ、スレイプとは冒険のパーティメンバーとして絆が既にあった。
誰もがここで悲観していなかったのだ。
そんな成果は早くも現れる。
ピッ!
改めてキックオフと共に、アクトとウィルのツートップが再び猛攻を掛ける。
今まで手を抜いていたという訳ではないが、それでも剣術士として本気の速度では無かった。
しかし、一点取られて、しかもあんな凄い技をイアン・ゴートから見せられて、彼らの闘争心に火が点いたのだ。
人間離れしたスピードでボルトロール側の陣地を攻めていく。
突然の加速は、まだ目の慣れていないボルトロール側の守りをあっという間に突破した。
そして、ゴールの陣地に迫ったところでアクトがウィルにパスを出す。
ここでウィルが見せたのは大きく自ら旋回して回転力を増すシュート。
先程、イアン・ゴートの見せた技だ。
バスンッ!
「わ、わわわっ!」
キーパー役のバリチェロは慌てふためる。
それでも勇敢にシュートを止めようとするが、目を瞑っていたのであまり役に立っていない。
ボールはイアン・ゴートの時と同じように平たくひしゃげて軌道が不安定なり、バリチェロの身体に当たる事も無く、脇を通り抜けて、ゴールへ突き刺さった。
「エザキ魔道具製作所チームのゴーーール。あっという間に一点、対、一点。勝負を振り出しに戻しましたーっ!」
「おおーースゲェーーっ!!」
「ボルトロールと同じ技で勝つのがニクイねぇ~っ!」
「キャーーーッ! ウィル様ぁー!!」
喝采を送る観衆達。
招待チームと同じ実力を持つ事を証明したこのゴールに沸く。
しかし、そんなゴールを決められてもイアン・ゴートはフフっと笑みを浮かべるだけである。
「流石だ。やはり、こいつらは正真正銘のレクトラの息子達だな。フフフ」
「そんな事を言うイアン・ゴートさん。アナタこそブレッタ流剣術を知っている・・・この技は旋風暫を元にしている。ブレッタ流剣術の奥義のひとつ・・・」
ウィルがそう述べるように、この技は回転したときの遠心力を利用して斬撃を増すブレッタ流剣術士の技のひとつであった。
サッカーでは剣を振るう訳ではないが、それでも回転中の重心をブラさず、一点を狙う技術は応用のできるものである。
この技をイアン・ゴートが知っているという事は・・・
「そう。私はかつてレクトラと共にブレッタ流剣術を学んでいた。ブレッタ流剣術だけではない、若い頃、この大陸を旅してあらゆる剣術を学び、己の極致を目指していたものだ」
イアン・ゴートは遠くを見るように己の過去を振り返る。
そして、思う。
「君らはブレッタ流剣術の奥義のひとつを完全にマスターしているようだ。相手にとって不足は無い。ここはサッカーと言う競技だが、私に全ての技をぶつけて来いっ!」
相手にとって不足は無いと述べるイアン・ゴート。
恐ろしい剣豪だとこの時ウィルとアクトは認識した。
この年、おそらく自分の父親と同世代でまだまだ現役としても動けるスタミナと体躯、そして、高度な技術。
大陸広しと言えども、ここまでの剣豪は早々に出会えるものではない。
彼らはこの試合が戦場で無かった事に感謝する。
戦場でないのならば、命のやり取りをする事は無い。
失敗しても失うものは自分達のプライドだけなのだから・・・
この後、剣術士として持てる技を全て使いイアン・ゴートに挑む事になる彼らだが、結局、結果は引き分け。
ウィルとアクト、ふたりがかりブレッタ流剣術の体術を使って、相手側ゴールより点を奪おうとしても、それは叶わなかった。
イアン・ゴートの素晴らしい働きもあったが、それだけではない。
剛脚と鉄壁のシュナイダー、機動力と判断力の優れるリューダ、狡猾なカロリーナの存在も馬鹿にできない。
一点、対、一点の試合は膠着を見せて、そして・・・
ピピーーッ!
試合終了の笛が鳴った。
その後、PK戦になるが、ここでもゴール数は同じ。
結局、時間一杯で互いに決着つかなかった。
「この勝負、引き分け。互いに優勝となります」
レヴィッタが試合結果を皆に伝え、観客はそれに沸く。
「「うぉぉーーーっ!」」
「いい試合だった。互いに死力を尽くしたーっ!」
「ボルトロール人もやる。しかし、我らエクセリアのエザキ魔道具製作所も負けなかったぞ」
「ボルトロールの精鋭達よ。童の面子を立ててくれた。感謝するぞっ!」
「うむ、面白い。サッカーって面白い!!」
「キャー! ウィル様、素敵よ。それに弟のアクト様も素敵ーっ!」
観客たちはそれぞれ楽しんだようで肯定的な声援が続く。
互いに死力を尽くし、そして、引き分けという結果で終われた事は、互いに禍根を残さない最良の成果だ。
こうして、このスポーツ大会で最も望ましい着地点に辿り着けたことにひとり満足するハルであった。