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第十二話 冬のスポーツ大会(中編)


「うぉーーっ! ボルトロール人なんか蹴散らせてまえ!」

「お前達がボルトロール人の真価を示すのじゃ!」


 観客達より様々な声援が送られる中、進行役のレヴィッタが試合開始を宣言する。


「それでは教会チームと招待チームの試合を始めて下さい。キックオフッ!」


ピッ!


 甲高い笛の音で試合開始が伝えられる。

 先行は教会チーム、リーダのキリアがボールを蹴る。

 長身痩躯のキリアが白いポニーテールを揺らして走る姿は絵になる。

 運動神経も良い彼女は軽快にドリブルを熟してボルトロール側の陣地を進む。

 そのキリアの前に立ちはだかったのはシュナイダー。

 剛腕の戦士であるシュナイダーはサッカーと言う競技の中でも絶大な迫力を放っていた。

 これは簡単に抜く事ができないと警戒したキリアのドリブルが一旦止った。

 左右に身体を動かして、フェイントをかけるキリアだが・・・

 

「フンッ! 小癪な・・・しかし、ここだっ!」


 発奮と共にスライディングするシュナイダー。

 そこには野生動物のようなしなやかさがあり、キリアのボールに喰らいついた。

 

「わわッ!」


 想像していなかった俊敏さを発揮した相手に迫られて、そして、あっさりとボールを奪われてしまうキリア。

 

「ぐ・・・ボルトロール人、恐るべしっ!」


 これがスポーツだったから良かったものの、もし戦場ならば、自分の間合いにあっという間に入り込まれていたと感じるキリア。

 冷や汗を感じる彼女だが、現在行っているのはスポーツだ。

 奪われたのはボールであり、命ではない。

 再び奪われたボールを奪い返さなくてはならない。

 

「キリア、ボーッとしてんじゃねーよ!」


 姉御肌のシエラがシュナイダーに迫る。

 長身褐色のシエラは体格でもシュナイダーには負けておらず、剣術士としてパワーに溢れるスライディングを実行する。

 対するシュナイダーは直接勝負を選択せずにあっさりとボールを味方にパスする。

 

「けッ! 逃げやがって!」

 

 罵るシエラだが、そんな安い挑発に乗るシュナイダーでは無い。

 

「シュナイダー、良い判断です。冷静に勝ちに行きますよ」


 ここでボールを受け取ったリューダは弟の行動を褒め、自ら相手陣地へ切り込む。

 小気味でリズミカルなドリブルでピッチを疾走するリューダ。

 程よい乳房を弾ませて疾走する姿は一部の観衆を魅了する。

 

「おお! 上手いぞ! あのリューダという女性。やるなっ!」


 リューダのドリブルを称賛する声が散発した。

 それは不自然ではないぐらい、リューダのドリブルする姿が熟れていたからである。

 このようにボルトロール人がサッカーに長けているのは、試合の数日前にリズウィから直接手解きを受けたからである。

 彼らは異国のエクセリアの地で無様な醜態は晒してはならない、とマチルダ王女より厳命を受けており、必死に練習したのだ。

 だから、他のチームよりも一日の長がある。

 それが功をきたし、ノーマークだったリューダはそのまま教会チーム陣地のゴール前まで走り抜けることができて、シュートを放つ。

 それほど強烈なシュートではないが、正確な狙いのシュートは不慣れなキーパー役のリュートよりも勝り、ゴールネットを揺らす結果につながる。

 

「ゴーーール!」

「うぉーーーっ、格好いいぞ! ボルトロール美人も悪くねぇ~!」

「強い!」


 歓声が轟く。

 美人の躍進による予想外のゴールが観衆を沸かせた。

 そこに正々堂々と試合している姿に、リューダという華やかさも加わって、これまでボルトロール人に対して否定的であった見方が少しずつ変わってきた。

 そして、試合は進む。

 巨躯でありながら、素早い動きで相手のドリブルを阻むシュナイダーが鉄壁の守り、そこから俊敏さに優れたリューダがカウンターを決めると言う彼らの戦略が上手く嵌り、ゴールを量産する事になる。

 終わってみれば・・・

 

ピッピーーーッ!


「二点、対、六点で招待チームの勝ちでーす」

 

 試合終了の笛の合図と共に結果を伝えるレヴィッタ。

 

「いいぞ、ボルトロール人。面白い試合だった!」

「リューダさん、素敵よっ!」

「シュナイダーって奴も豪快な活躍。気に入ったぜ!!」


 予想もしていなかった良い試合内容に観衆の声は高まる。

 教会チームもやられっ放しという訳ではなく、最終的には二点のゴールを決めている。

 ゴールを決めたのはキリアとシエラのひとりずつだ。

 キリアの持つ俊敏さと、シエラの持つ豪快さで得点を得たことは、教会チームも本気で戦っていた事を示している。

 そんな良い試合に魅せられて観客達は楽しめた試合だと感じているようである。

 この成果に密かにニンマリとするのはハル。

 

「よしよし、スポーツを通じてボルトロール国のイメージアップ作戦はまずまず成功しているようね」


 ハルは心の中だけで今回の企みが上手く行った事に満足する。

 戦争で禍根は残るが、スポーツで良い試合さえ見せれば、相手国の事を見直すのではないかと淡い期待をしていたが、どうやらその目論見は上手くいっているようである。

 今回のマチルダ王女の護衛の側近達とは軍の中でもエリート中のエリートであり、身体能力の高い猛者が多い。

 ならば、サッカーの基本だけを教えれば、理解は早いと思ったのだが、どうやらその予想は大きく当たっていたようだ。

 サッカーというスポーツ自体もエクセリア人の感性に合っているようで、愉しんで参観しているのもプラス側へ働いている。

 

「ハル・・・良かったね」


 夫のアクトがハルの肩に優しく手を添えて労ってくれる。

 

「そうね。無理してこのイベントを進めて良かったわ。これで皆の日々のストレス発散になっているようだし、こちらの人が持つボルトロール人に対する風当たりも少しは和らげられて、それにエクセリア人達も愉しんでくれれば、このスポーツ大会をやって得だったわ。正に一石三鳥ね」


 自画自賛するハルだが、単なる大げさでもない。

 実際、身重の妊婦が普段の自分の仕事をやり、それに加えてこのスポーツ大会の調整をするのは簡単な話ではなかった。

 先程ハルが述べたような利点があるから頑張った彼女であり、その頑張りに最大限の労いを示すのはアクトだ。

 ハルはアクトが褒めてくれるだけで嬉しくなる。

 

「うん。やはり、君は真の英雄だ。こんな真似は僕にできないよ」

「そんな事ないわ。今回も運が良かっただけ。それより、アクトは次の試合でしょ? 頑張ってね」

「そうだね。エザキ魔道具製作所の看板を汚さないよう、それなりに頑張ってくるさ!」

「お願いね、旦那様。それでも無理は禁物。あくまでこれはスポーツ大会なのだから怪我しない程度に頑張ってきて」

 

 ハルに快く背中を押されたアクトは舞い上がりそうになりながらも、逸る心を抑えてサッカーコートへ駆けて行く・・・

 


 

「それでは、第三試合を始めます」


 いつの間にか司会進行役に就任していたレヴィッタの声で第三試合の開始が宣言される。

 

「第三試合は、エザキ魔道具製作所チームと社会維持部チームで~す」


 社会維持部は警備部のシノヅカ氏がリーダとなり、そこにハヤトともうひとりの若者、食堂課のススム氏、食糧課のルカという人員構成だ。

 これに対して、エザキ魔道具製作所チームはリズウィがリーダで、これにアクト、ウィル、ソロ、スレイプのメンバーで構成される。

 

「キャ~ッ! ウィル様が出られるわよ!」


 エクセリアで特に人気の高いウィル・ブレッタの登場に女性達の黄色い声援が響く。

 それに軽く片手を挙げて応えるウィルの姿は板についており、少しは自分の人気を受け入れたようである。

 自分の夫が人気者である事にまだ慣れていないのは妻のレヴィッタの方であった。

 こそばゆくなる彼女だが、そんなレヴィッタに対しても控え目に手を振ってくるウィルの姿が仲睦まじかった。

 一瞬惚気顔になるレヴィッタだが、それでも気持ちを持ち直して司会進行という役目に戻る。

 

「それでは互いに真剣勝負を。第三試合、キックオフ!」


 レヴィッタの通る声で試合は始まった。

 先行はエザキ魔道具製作所。

 ウィルがボールをドリブルすると、現地人の女性から黄色い声援が再び噴出する。

 まるでアイドルのような扱いだと思ってしまうのはハルやサガミノクニの人々。

 こんなウィルにやり難そうにしているのは対戦相手であるハヤトであった。

 

「女性に人気ある英雄らしいが、俺はハヤト。昔、サガミノクニ中学でサッカー部に所属していた経験者だ。手を抜かねーぜ!」

 

 ハヤトはそう述べてウィルにスライディング・タックルしてくる。

 元の世界では運動神経抜群だったかも知れないが、ここは異世界、魔法が使えなくても剣術士が持つ本気の運動神経には敵わない。

 ウィルは素早く状況判断して、少し後ろを走っていたアクトへボールをパスした。

 

「チッ!」

 

 ハヤトは器用に足を立ててスライディング・タックルを解除すると、アクトに進路を変える。

 

「アクトさん! アンタはハルの旦那かも知れねーけど。ハルを好きになったのは俺の方が先なんだ!」


 この期に及んでそんな愚痴を吐いてくるハヤト。

 これに対して、アクトは律儀に応えた。

 

「そうか・・・それでも今のハルは俺の妻だ。彼女を幸せにしてあげているし、もうすぐ子供も生まれる」


 アクトはドリブルを止めてそう言い返す。

 

「ちくしょう。自慢しやがった! 自慢しやがった! くっそう、転移事故さえなければ! 俺達は今頃」


 ハヤトの主張する事は戯言に過ぎないが、それでもハヤトがハルに気があった事をハルより聞かされていたアクトは莫迦にしなかった。

 ここでハヤトはヤケクソ混じりにアクトに狙いを定めて再びスライディング・タックルをしてくる。

 ここでパスを出すか・・・そう見せかけて、アクトはボールと共に空中へと飛び上がる。

 

「おお!」


 華麗にジャンプしてハヤトの猛撃を躱した。

 この妙技で観衆から歓声が沸き上がる。

 これに面白くないのはハヤトだ。

 

「く・・・俺達は悪役だな・・・」


 多少に捻くれてそんな愚痴を零すが・・・

 でも、アクトは自分達の優位さを自慢しなかった。

 

「そんな事は無い、ハヤト君。これはスポーツ。互いに本気でやらないと失礼に当たる。僕らはブレッタ流剣術士。例え真剣を使わない練習試合であっても手を抜いて戦った事は無い」

「ふん・・・それは騎士道って奴か?」

「僕達の精神は君達の世界で言う『武士道』に近いのかも知れない」


 ポンポンとリフティングしながらハヤトの雑談に応じるアクトの姿は妙に格好いい。

 

「俺達の文化を良く知っているな。それもハルに聞いたのか?」

「ああ。俺はハルから君達の文化の話を聞いている。(おおよ)そは理解しているつもりだ」

「その余裕な態度が気に入らない・・・なっ!」


 今度はジャンプしてボールを蹴りにきた。

 足を蹴り上げて下手すればアクトと接触しそうな状態である。

 これは明らかにラフプレーの類であり、一発レットカード退場になりかねない。

 しかし、相手はアクトだ。

 アクトはパッとそれを避けると、そのままボールを大きく蹴る。

 それは遥か前を走るウィルにつながるロングパスになった。

 

「しまった!」


 アクトに気をとられて、ウィルへロングパスを通してしまった事に危機感が増すハヤト。

 しかし、もう遅い。

 ロングパスのボールを難なく足で往なし、そして、ゴールに向かいシュートを放つウィル。

 それは一流のサッカー選手顔負けのボールのコントロールであった。

 元々剣術士として抜群の運動神経を持つブレッタ兄弟。

 ちょっとコツさえ覚えれば、これぐらいできてしまうのだ・・・それがこの世界の剣術士に求められるスキル。

 

バスンッ!


 ゴールネットが揺れてあっという間に点を決められてしまう社会維持部チーム。

 直後に大歓声、やはり英雄が見せ場を作ると盛り上がるのである。

 この結果に唖然としているのはハヤトの方だ。

 ハヤトは膝から崩れ落ちて落胆した。

 

「ちくしょう。これが魔法世界の違いってやつかぁ・・・敵う訳ねぇじゃねーか!」


 運動性能の違いを見せつけられて落胆するハヤト。

 しかし、そのハヤトにアクトは違うと言う。

 

「いや、これは違うよ。僕達は同じ人間。ここに魔法は使っていない。人間とは鍛錬で伸びるものだ」

「嘘だっ! 短時間にこんなプレイができるなんて、絶対に魔法を使っているんだ!」


 ハヤトは認められなかった。

 自分達とは違う力が彼らにある・・・だから、スーパーヒーローのようなプレイができるのだと・・・

 だから、英雄として活躍できる。

 だから、ハルの心を落とす事ができた。

 自分達と違う世界に居るのだと思ってまった。

 しかし、それに異を唱える人物がここに駆け寄ってくる。

 

「ハヤトさん、それは違うぜ」


 やって来たのはハルの弟のリズウィ。

 

「アクトさん達は魔力抵抗体質者と言って、本当に魔法の使えない体質。使えない以上に魔法の影響も無効化しちまう厄介な体質だ。だから、ここで魔法強化はしていないって保証できる」

「・・・」

「だから彼らは己の鍛錬と日々の努力だけで己の限界を上げている。俺もブレッタ流の剣術道場で手伝っているから解るんだ」

「隆二君・・・」

「俺も正直、アクトさんの事は気に入らねぇ。それでも、姉ちゃんが惚れているのは事実だ。だから俺はアクトさんを認めているつもり。そして、俺も鍛錬して、いつかアクトさんに勝つぜ!」

「ふふ、リズウィ君。君は独特のセンスを持っていると思うよ。ハルが褒めていたし」

「え? 姉ちゃんが!?」

「そうさ。それ以外にハヤト君の事も褒めていた。この異世界でアケミさんの事を守っているってね」

「ハルが、俺の事も・・・」


 ふたりの男性は普段ハルからは褒められないが、裏ではしっかりと観ている事をこの時に初めて気付いた。

 なんだか、こそばゆいが・・・

 

「こんな小さな事でアクトさんを妬んで・・・何だか俺達って、莫迦じゃね?」

「ハヤトさん。そこでなんで、俺達(・・)になんだよぉ!」

「ハハハハ」

「へへへへ」


 互いに笑い飛ばす。

 小さなキッカケだが、これで嫌なものを吐き出せたような気もした。

 妙な負の思考回路のループから抜け出せた気分になる。

 その不満(フラストレーション)とはハルがアクトとの結婚の話を聞かされてからずっと溜まっていたもの。

 相手(アクト)を妬む事で、自分が成就できなかった恋心を誤魔化し続けたことが解ったからだ。

 しばらく笑い続けるふたりだが・・・

 

「おいっ! ハヤト、ヘラヘラすんなっ! 試合はまだ始まったばかりだ。点を取り返すぞ!」

 

 リーダの篠塚(シノヅカ)氏より指摘されて気持ちを切り替える。

 その後、発奮するハヤトだが、やはり基礎体力には雲泥の差がある。

 ウィル、アクト、リズウィと速度自慢のソロの技巧にはついて行けず。

 また、キーパー役のスレイプも鉄壁であり、最終的には五点、対、〇点と大差をつけられてしまう。

 

「試合終了~っ! 勝者、エザキ魔道具製作所チーム!」

「おおおーーっ!」


 観客から歓声も起こるが、華麗なプレイに魅せられて、このチームが優勝候補だと確信している。

 対戦相手の社会維持部チームも実力――と言うか体力の違いをまじまじと見せつけられた。

 

「ブレッタさん。完敗です。今度、我々も剣術道場で鍛えて貰わないといけませんな~」


 リーダの篠塚(シノズカ)氏はあっさりと負けを認める。

 

「いいえ、今回は運が良かった。柔道や相撲などの体術が主体のスポーツになれば、我々の俊敏さが生かせなかったでしょうから」


 サガミノクニの世界の常識が解るアクトがそう応えて謙遜を示す。

 

「ブレッタ流剣術道場で鍛錬をご希望でしたら、いつでもお待ちしています。我々が役に立てるのはそれぐらいしかありませんからね」


 ウィルも清々しいシノズカ氏の態度が気に入り、歓迎の意を示した。

 互いにノーサイド。

 試合終了と共に勝敗結果を引き摺らないスポーツマンらしい清々らしさが、ここにはあった。

 互いに握手して健闘を称える姿は観衆達に良い印象を与える。

 こうして、交流と友好は深めせれていく。

 

 スポーツ大会は進み、次の対戦は研修生チームと民主主義勉強会チームの試合。


 こちらは互いに体力チームではないため、お遊びのような試合内容になるが、それはそれで楽しかった。

 結局、本戦では決着つかず、PK戦となり、辛くも1点、対、〇点で研修生チームの勝ちとなる。

 こうして、初戦のトーナメントがひととおり終了した。

 


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