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第十一話 冬のスポーツ大会(前編)

いきなり、スポーツ大会が始まってしまいますが、ご容赦ください。読み進めて行くと経緯が解るようになっています。


「ゴルト歴一〇二五年一月、ここにサガミノクニ生活協同組合の新年スポーツ大会の開会を宣言します」

「うぉーーーっっっ!」


 組合長ハルの開会の挨拶に呼応して、大きな声援が起きる。

 本日はその宣言どおり、新年の催し物としてスポーツ大会を行う事になった。

 これは普段あまり身体を動かさないサガミノクニ人達が何かをしようと言う話になって、最近子供の体育授業でリズウィの始めたサッカーが好評だった事もあり、職場対抗サッカー大会をやろうと言う話が急にまとまり、新年の催し物として開催する運びになったのだ。

 母屋の近くの芝生に、本物よりも少し小さい簡単なサッカー場を作り、そこにこの敷地に住む殆どの者が集まっている。

 

「ヤッホー! ハル、新年の行事なんて。楽しいわ!」


 本日、ご機嫌なアケミ。

 それもそうだ。

 彼女を初めとした異世界に飛ばされたサガミノクニ人達は、今日まで遊びという遊びをやってこなかったらしい。

 催し物など初めてのイベントであり、テンションが上がるのはアケミだけではない。

 

「そうね。急ごしらえで作った暖房用の広域魔法陣も問題なく機能しているようだし、冬の寒さをあまり感じずにスポーツイベントができるのは良いわね。ススムさんも屋台を出してはりきっているようだし、皆も楽しそうにしている。やはり、やって正解だったわ」


 ハルも自画自賛気味にこのイベントを褒めていた。

 生活協同組合の大半は観覧エリアにいて、ススムが屋台で提供する『おでん』などの温かい料理を片手にスポーツ観戦を愉しんでいる。

 そして、現在、サッカーコート上には出場選手達が準備を始めていた。

 

「初戦は重工業チームと先進魔法技術研究所チームの対戦になるわ。互いに清く、正しく、美しく、公明正大に戦ってください。スポーツは優勝する事がすべてじゃない。その過程を愉しむ事も重要よ」


 ハルは拡声魔法でそう述べて、結果的にこれがスポーツ大会の開会の挨拶となった。

 

「わぁーーーっ!! お父さん、頑張れーっ!」


 観覧者からは声援が溢れて、その中で子供の声援が目立つ。

 その子供の名前とは山岡(ヤマオカ)新次郎(シンジロウ)

 重工業のリーダ山岡(ヤマオカ)熊五郎(クマゴロウ)博士の子供だ。

 その子供の声援どおり、現在のサッカーコートにはクマゴロウ博士の姿があった。

 齢五十歳の博士だが、その身体付きは逞しく、年齢を感じさせない。

 若い職員に交じりボールを蹴る姿は若々しかった。

 これに対する先進魔法技術研究所チームは対照的である。

 トシオ博士を初めとした若手のチーム構成だが、こちらは研究者らしく細くて弱々しい印象の選手ばかりであり、あまりスポーツマンらしくない。

 フジタ、ツッチィなどの男性研究員と女性研究員のリツ、そして、肥満体形のスズキ博士がキーパーとして参加していた。

 見るからに有り合わせのメンバーであり、彼らが仕方なく参加したのがありありと解る選手構成である。

 今大会がエキシビション的な要素のスポーツ大会なので、別にこれでも構わないのだが、そんな先進魔法研究所チームに対しても全く手を抜かないクマゴロウ博士。

 彼は試合開始早々、全力でドリブルして、強力なシュートを放つ。

 

「グォォーーーッ!! 大学時代に湘南の虎と言われた俺の必殺のシュートを受けてみろっ! タイガーーーシューッッ!」


 クマゴロウ博士が迫真のシュートを放つ。

 剛速のショート・・・それを止めようとしたフジタとツッチィだが、ボールの余りの勢いに負けてしまって弾き飛ばされる始末。

 そして、そのボールは変な回転が掛かり軌道は不規則になった。

 ユラユラと揺れるボールはゴールの前に立つだけで面積的に防御となっているスズキ博士の手を上手く掻い潜り、ゴールネットへ突き刺される。

 

バシンッ!


「よし。ゴーーーール!」

「おおおおっ!」


 先制点を見事に決めたクマゴロウ博士の活躍で歓声が観客から沸き上がった。

 その声援は重工業の関係者が殆どである。

 逆に先進技術研究所の関係者は悔しそうにしていた。

 そんな姿を見て、ハルは静かにフッと笑みを浮かべる。

 

「皆、愉しんでいるようね。この大会を開催して良かったわ」

「そうだね。やはり新年の始まり。何か行事があった方が盛り上がるよ」


 アクトはこのスポーツ大会を開催したハルの働きを労う。

 この異世界に転移させられてから、彼らは催し物など愉しめる機会も無く、兵器開発研究の仕事一辺倒の生活だった。

 先行きの見えない中で緊張が続く時間を過ごしてきた。

 それは当たり前なのかも知れないが、やはり人生は愉しまないと、人として幸福な人生を歩めない。

 緊張の続く彼らに少しでも息抜きをして貰おうと、今回のスポーツ大会を企画したが、今のところその試みは成功しているようである。

 スポーツとしてサッカーを選んだのは先日リズウィが子供達に行った体育の授業からだ。

 思いのほか好評だった。

 サガミノクニの人々もそうだが、エクセリア人もサッカーには興味を示していたので、今回のスポーツ大会でサッカーをやろうという話になったのだ。

 

「これはこれで成功のようね。私達サガミノクニ人以外にも現地人も興味深くこの試合を愉しんでいるようだし」


 ハルが指摘するように、今回招かれたエクセリア人も興味津々でこのサッカーというスポーツを注目しているのが解った。

 

「そうだね。サッカーもルールが簡単だし、それに個人技が見せ場になるので、観ていても解り易い競技だと思うよ」


 アクトはこちらの世界の人間の感覚でサッカーというスポーツを評価した。

 こちらではサッカーのようなスポーツ競技は存在しないだけで、ボールを蹴るという行為自体は存在していた。

 スポーツという遊戯性の高いゲームではなく、どうしても実用的な剣技とか、闘技とか、争い事に直結した娯楽が多く存在するので、サッカーというスポーツの存在に気付かなかったと言うのが正直なところだろう。

 その後の試合展開は、体力に勝る重工業――主にクマゴロウ博士――チームによる一方的な試合となり、結局は三点、対、〇点で重工業チームの勝ちとなる。

 

「よしっ! いい汗かいたぞ!」


 ご機嫌なクマゴロウ博士だが、対する先端研究所チームはそれほど悔しがっていなかった。

 元より、彼らには初めからスポーツで相手に勝つ意識はあまり高くなかった。

 

「クマゴロウ博士、負けました。完敗です」


 トシオはあっさりと自らの負けを認め、クマゴロウ博士と握手する。

 それはスポーツらしく、清々しい光景だ。

 こうやって見るとトシオ博士はできた人間のようにも見えるが、それは些か評価が間違っている。

 彼は自分の領域以外の勝負は負けてもへっちゃらなのだ。

 これが自分の専門とする領域――例えば科学クラブの勝負や研究開発競争など――では勝ちに拘ってくる。

 偶々、本日のサッカーと言う競技がトシオ博士の琴線に触れていないから、こんな素直な試合後を過ごしているのである。

 そんな展開に少しホッとするのはハルであったりする。

 彼女の本日のスポーツ大会の目的には愉しむ以外にいろいろな目的がある。

 妙な事でそれらが大無しにならなくて良かったと安心するのはここだけの話だ。

 

「続いて第二試合を始めま~す」


 ここで司会進行を引き継いだのはレヴィッタ。

 彼女の優れた容姿と通る声は観覧者達の注目を集めるのに好都合だ。

 

「第二試合は教会チームとボルトロール人の招待チームとの戦いになりま~す」

「うおーっ! キリアちゃんが出るのか。素敵だよーっ」

「相手の招待チームって何だよ・・・」

 

 教会チームとは、この生活協同組合の敷地内に居候している神聖魔法使い達が中心の神聖ノマージュ公国から渡来した集団に加えてフィーロ達も入っている。

 所謂、居候だが、それだと語呂が良くないので『教会チーム』とした。

 勿論リーダはキリアだ。

 観衆の期待を裏切らず、サッカーコートに姿を現したキリア。


「おぉーーっ! キリアちゃ~ん、今日も素敵だよーっ!!」


 リーダに贈られる黄色い声援から、どうやら白色長身美人のキリアにもファンがいるようである。

 これに対する招待チームとは、ボルトロール王国から来た使者達であった。

 特に説明しなくても、彼らがボルトロール王国を象徴する旗を掲げていたので、エクセリア人には否が応でも彼らの正体について認識されられる。

 これは将来ボルトロール王国と友好を築くため、ハルが彼らに声を掛けたのだが、こんな招待チームにざわつく人も一部に存在している。

 

「なっ! ボルトロール人をこの大会に招くなんて・・・何を考えているんだ!!」

 

 そんなボルトロール人を敵視する声がチラホラと聞こえてくる。

 当然そんな文句の多くはエクセリア人の口からである。

 それも仕方ないだろう、遂昨年までは戦争していた相手国だからだ。

 今まで一緒に仕事していたサガミノクニ人の方がボルトロール人に対して友好的な印象を持つ方であろう。

 会場からは否定的な小言ばかり噴出するが、その後しばらくすると別の意見も出てくる。

 

「おい!? 誰だ? あの綺麗な女性は?」


 群衆の中のとある男性からそんな言葉が呟かれる。

 彼が見つけたのは、厳つい男達の選手の中に混ざる可憐な女性選手。

 彼女の名前はリューダ、ボルトロール軍の情報部に所属する特別部隊のひとりであり、現在はマチルダ王女側近の女官も務めている。

 リューダは容姿も優れており、元王侯貴族として品位のある姿は可憐な女性の存在として際立っていた。

 ここにいる誰もが彼女が何者なのかを知りたがる・・・そんな状況の中で司会のレヴィッタが良い働きをした。

 

「初顔合わせになる方も殆どだと思いますので、ここで互いの選手を紹介いたします」


 ここで各チームの選手が紹介される。

 第一戦では無かった催しだ。

 

「教会チームはキリアさん、エイルさん、シエラさん、フィーロさん、リュートさん」


 正確にはフィーロは教会組では無かったが、人数合わせのため、今日は急遽こちらのチームに参加している。

 厳正な警備隊隊長フィーロの存在はサガミノクニ生活協同組合の社会維持部で有名であり、密かな人気者でもある。

 ここでも少なくない声援が贈られる。

 

「対する招待チームは遥々ボルトロール王国の王都エイボルトからやって来たイアン・ゴート、バリチェロ、カロリーナ、リューダ、シュナイダー」


 三人の女性選手の中で群を抜く美しさと品を持つリューダだが、カロリーナも女性としての容姿は負けていない。

 ただし、リューダだと相手が悪かった。

 元王族として持つリューダの品位は一般人と比較してもと違いが出てしまうのは当然なのだ。

 そして、少女バリチェロの存在もこの生活協同組合の中で既に有名だ。

 時間も構わずいつでもクマゴロウ博士に付き纏い、技術的な問答を繰り返す彼女の姿は目立っていた。

 その幼い容姿と真摯に技術を探求しようとする姿は、サガミノクニ生活協同組合の人々に好感を与え、既にバリチェロはボルトロール人というよりも技術好き研究探求心に富んだ現地人少女という認識をされている。

 そんな勉学に務めるバリチェロが、どうしてこんなスポーツイベントに参加したかと言えば、その理由はふたつ。

 ひとつ目は自分の師と仰いでいるクマゴロウ博士が参加するからだ。

 尊敬する人と同じ舞台に上がりたいという欲求は少女が抱く恋心とは別のもの。

 あくまで先生と弟子のようなつながりだ。

 そして、ふたつ目は彼女に参加せよと命令を請けたからだ。

 その命令を下した者が、現在、特別観覧席にいて、ここからひときわ大きな声を挙げる。

 

「お前達ーっ! ボルトロール王国の名誉にかけて頑張れ! 無様な試合など、(わらわ)は望んでおらんぞーっ!」


 酒瓶片手にそんな声援――と言うよりも叱責――-を送るのはマチルダ・カイン・ボルトロール第一王女。

 その隣には酒の席で仲良くなったエルフのシルヴィーナ、そして、シルヴィア・ファデリン・エストリア第一皇女がいる。

 彼女達はとても高貴な存在なのに何故かとても残念な匂いがしてしまうのは、酒を飲み既にほろ酔いの状態だったからである。

 近寄り難いオーラを一応出する彼女達だが、やはりサッカーコートに立つリューダの方が純情な品位を放っている。

 そんな理由で、観衆の注目はマチルダ王女よりもピッチ上にいるリューダの方へ集まる。

 リューダは自分が紹介された時に手を振って応える姿はあまりにも自然であった。

 それでまた声援の数が増えた。

 

「おお! あの女性、リューダさんという名前かぁ~ 俺、ファンなっちゃいそうだ!」


 生活協同組合内で働くエクセリア国の若い男性達が鼻の下を伸ばしそんな事を呟いていると、同僚の女性から頭を叩かれる・・・

 そんな光景が会場の至る所で観られたのは面白かった。

 これによって会場は和やかな雰囲気に包まれるが、それでも一部の人間はリューダに対して厳しい視線を向けていた。

 

「・・・どうして、ボルトロール人の女がこれほど受け入れられているの?」


 ここで密かにリューダを親の仇のように睨むのはジーン。

 普段のどこか緊張感の抜けた彼女とは違い、今日は殺気を放っていた。

 まるで相手を射殺すような視線を送るジーン・・・

 そんなジーンの敵意に満ちた視線は可憐なリューダを称賛する群衆の声援によってかき消されてしまうのであった。

 

 

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