第十話 夫婦の時間 ※
サガミノクニ生活協同組合の組合長ハルは周囲から厳格な人物であめと認識されている。
それは様々な問題に直面しても公正に判断し、素早く問題を解決できる能力を示しているからだ。
まるで相手が何を考えているか解っているように、的確に対処できる彼女は周囲から一目も二目も置かれる存在だ。
本日も新人魔術師ジーンが問題を起こし、配属先のエクセリア魔道具重工業のクマゴロウ博士が解任を主張して、その対応にてんやわんや・・・
結局、魔法素材を工破しまくるジーンを庇いきれず、別部署へ配属転換という形で解決する事になった。
「はぁ~、疲れたぁー」
完璧無比と思われるハルにしても思わずそんな愚痴を漏らしてしまう。
それは予定外の仕事を熟し、その上、元から計画していた案件も済ませていたから大変なのは仕方がない話である。
そんな仕事はハルひとりでできる領分でもあったため、自身さえ頑張ってしまえばできてしまうのだ。
しかし、彼女は普段からオーバーワーク気味で計画を組む傾向もあり、本日のような突発業務が入ると、ハルであっても疲労を感じるぐらいの頭脳(魔法)労働となってしまう。
「お疲れ様。今日は散々だったね」
妻に優しい声を掛けるのはアクト。
今は夕食も終わり、ふたりだけで寝室にいるので、ハルも組合長という厳格な女性リーダーの仮面を脱ぎ捨てていた。
「まったくよ! ソロさんも曲者を連れて来てくれたわね~」
思わず本音が漏れてしまうのも無理のない話だ。
「ハハハ・・・そうだね。でも、ハルだって初めからジーンさんは曲者だと解っていたくせに・・・」
アクトのそんな指摘にハルは憮然となる。
「それもそうね・・・でも、まさか破壊行為をいきなりしてくるとは・・・」
ハルは初見で心の透視の魔法で、ジーンがただの偶然でソロに助けられたのではない事は見抜いていた。
詳しい理由は解らないが、それでも何らかの使命を帯びてこのサガミノクニ生活協同組合の組織に侵入してきた事は察知している。
しかし、ハルは魔術師であり、超能力者や全知全能の神などではない。
ジーンが何の目的を持ちここへ近付いてきたのかまでは解っていない。
そして、早い段階でクマゴロウ博士の所をクビになってしまった。
ジーンが本当に何を考えているかを探り出すために、リーザを張りつかせていたが、どうやらリーザは夫婦生活が楽し過ぎて、あまり役に立たなかったようだ。
「本当は怪しい人だからクビにしたいのだけど・・・いきなりそれをやると、ソロさんがへそを曲げてしまうかも知れないし・・・」
結局、ハルはジーンの次の受け入れ先を探し、かつ、研究開発活動にあまり影響のないところ・・・つまり、社会維持部食堂課へと転属させたのだ。
あまりにも急な配置転換だったので調整は面倒だった。
ハルの苦労はアクトがよく解っている。
「うん。君は良くやっているよ」
アクトはハルを労うために頭をポンポンとする。
そんな夫の優しさに触れて、ハルも苛々がすうーっと抜けていく。
夜中の寝室、薄暗い魔法光に照らされたふたりだけの空間は雰囲気抜群なのだが・・・
「XXXXXXーーーっ!」
隣室から漏れ聞こえる盛大な声が全てを大無しにした・・・
そんな声にゲンナリするのはハルだ。
「まったく、アイツら夫婦になったのを良いことに、毎晩毎晩ーーっ!」
現在、隣屋で愛の儀式をしているのは弟のリズウィとリーザの夫妻。
夫婦なので夜中に仲良くしていても何ら疾しい所は無いのだが、それでも毎晩毎晩、彼らは激し過ぎた。
「まったく、どれだけ欲望が強いのよっ! 防音魔法だって念入りに掛けておいたのに~」
呆れるハルだが、それを宥めるアクト。
「まぁまぁ、ハル。夫婦仲が睦まじいって良い事じゃないか・・・それにエリザベスさんはハルに競争意識があるんだよ。自分達にも早く子供が欲しいって思っているんじゃないのかな??」
アクトが言う事も少しは当たっていた。
リーザはハルをライバル視しているところもあり、ハルが妊娠したのを驚きを以て受け止めている節がある。
確かに、二人が結婚した直後にハルの妊娠が発覚したが・・・
「それでも毎晩毎晩・・・・男女揃って変態だわ~」
ハルはそんな状況に嘆くだけである。
そうこうしているうちに、今度は逆の隣部から別のリズミカルな嬌声が聞こえてきた。
「~、~、~、~!」
こちらはアクトの兄ウィルとレヴィッタ夫妻の部屋からである。
リズウィ達と比較して少し控え目の声であったが、それでもこちらも毎晩毎晩愛の儀式を繰り返しているようである。
今度はアクトが申し訳なさそうな表情に変わる。
「こちらも頑張るわねぇ~」
レヴィッタは恋愛好きだが、夜の行為についてはそれほど興味ないと思っていた。
こちらの部屋で主導的に頑張りを見せているのはウィルの方だ。
彼はアクトの兄であり、責任感の強い寡黙なプライド高い長兄である。
その性格からして、弟が子供を授かったのに自分達がまだと言う事実に負い目を感じているらしい。
長男だから、世継ぎを・・・そんな思いが暴走して、毎晩種付けを繰り返している。
彼らのように、ハルの妊娠に触発された面々がこの生活協同組合には多かったりする。
ハルの聞くところによると、アケミ・ハヤト夫妻とトシオ・ヨシコ夫妻も子作りに勤しんでいるようだ。
「そのうち、このコミュニティーが子供だらけになりそうね~」
ハルは軽く嘆息し、そんな近い未来を予想する。
その中でも現在、トップを走っているのが自分達アクト・ハル夫妻だ。
ハルは自分のお腹を摩りながらそんな事実をしみじみと述べる。
アクトがその手に優しく添えてきた。
「今週はだいぶお腹が大きくなってきたね。ハルの食欲も旺盛だし・・・」
食事の摂取量が明らかに増えたハル。
アクトはその事に気付いていた。
「あら、解る? どうやらこの子は大飯喰らいのようなのよ」
ハルは子供に栄養が取られて食欲が増進しているのだと言い訳する。
アクトは一瞬、お腹が大きくなった別の理由を考えてみるが、直後にそれを否定した。
それでも心の共有を果たす相方は、そんな失礼な想像に気付いた。
「アクト! 今、一瞬、失礼な事を考えなかった?」
ハルの突っ込みは鋭い。
ハルがアクトと心の共有を持っていなくてもなんとなく解るアクトの視線。
それは自分が太ったという疑いだ。
「いや・・・違う、違うよ・・・そんな筈ないだろう?」
慌てて否定するアクトだが、心の共有のお陰で二人の間に嘘は通じない。
「ほら見てみなさいよ。胸なんか相当張っているわよ」
彼女は自分の身体を見せつけて、決して無駄に育ったのではないと主張する。
解っているつもりのアクトだが、太ったと思われるのは彼女からしても不本意なのだろう。
乳房を強調するポーズは以前からスタイルの良い彼女の身体を更にアクトへアピールする。
鼻がムズムズして、その豊かな乳房の感触に触れてみたいと言う欲求が出てしまう。
「触りたい? いいわよ」
ハルが身を寄せてきた。
夜着の上から豊かに育った妊婦の乳房を触れてみる。
そうすると、ハルが主張するようにパンパンに張った乳房。
以前より大きくなった事は確かなようであった。
その胸の先端も硬く、ハルが子供に授乳させている姿が想像できた。
「興奮してきた?」
ハルはアクトの心の奥深くに生じた興奮を感じ取り、キスしてくる。
そうするとアクトの何かを感じ取り、気を静めようとした・・・
「ハル・・・ダメだ。今の君は妊婦・・・汚す訳にはいかない・・・」
アクトはハルが妊婦である事を勘案して、愛の触れあいを控えるように言う。
「大丈夫よ。キスするだけよ。男の人って欲望を溜めると身体に良くないんでしょ?」
「だ、だけど・・・」
「大丈夫よ。こうして、キスだけならば、何も問題ないわ」
「・・・んんっ!」
唇を重ねると、欲望が増してくる。
アクトはいろいろと諦めて、ハルの接吻に応える事にした。
「アクト・・・ゴメンね。本当はもっといろいろシテあげたいけど、私が身重で・・・」
「・・・別にいいよ」
そこまで言ってアクトはこれ以上言葉に出すのは野暮だと思ってしまう。
今も両脇の部屋で本番の愛の儀式をしている夫婦に加えて、自分達も負けず劣らずの破廉恥な事をしているのではないかと、逆に恥ずかしくなってきた。
「・・・なんだ? この状況は?」
訳の解らない状況に陥りながらも、興奮は増してくる。
心の共有を得ているハルはアクトを理解しきっており、何処を刺激すれば愛情が増すのかを心得ている。
そんな刺激で、早々にアクトは白旗を挙げた。
「はぁっ・・・!」
アクトは興奮の高まりに心は逸るが、それだけで満足できた。
ハルの蕩けるような接吻と心の共有による満足は伊達じゃない。
とりあえず満足するアクトだが、ハルがこれだけで自分自身が納得した訳ではない。
「・・・男の人って相手が妊娠している時が一番浮気するって聞くし・・・」
「俺がそんな事をする訳ないだろう!?」
アクトは軽く抗議をする。
彼としてもハル以外の女性と身体を重ねることなど考えられない。
その正直な気持ちがハルにも伝わる。
「アクト・・・ありがとう。愛しているわよ」
お返しにハルからもう一度優しい接吻が贈られた。
こうして、ふたりの夜はふけていく。
同じベッドに入るふたり、愛情と信頼が増ししているので互いに満足できていた。
それでもアクトは不意にハルと初めて身体を重ねた夜の事を思い出す。
「あれはデルテ渓谷の小屋の夜・・・ハル、覚えている?」
「ええ、あの時はなし崩し的にやっちゃったわね。雰囲気もへったくれもない、最低の初体験だったわ・・・」
「・・・そうか・・・」
ハルとしては不満だったようだが、アクトはあの夜で神聖な儀式を迎えたような気がしていた。
あの夜で彼女を愛したあの夜から、真剣にハルを守ろうと決意した気もする。
そんな想いは言葉にせずともハルに伝わる。
アクトが感慨に浸っている事をハルも理解できたのがアクトも正確に伝播した。
「・・・心の共有・・・こんな時には不便だね・・・」
「どうして? それほど自分の気持ちが私にバレるのは嫌?」
「そうじゃない・・・それでも、相手が解らないかも知れないと思うのが、素敵だなって少し思ったんだ・・・それだから普通の人は自分の気持ちを何とか相手に伝えようと努力するんだろうね。相手を大切にしようとする気持ちが普通の恋や愛のカタチなのかも知れない・・・」
「普通ね・・・アクト、私と心の共有を結んだ事を後悔している?」
「いや、まったく・・・ただ、解らない女心を探求していた過去のハルと俺の関係も素敵だなと思っただけだよ」
「・・・訳解らないわ」
「そうか・・・」
アクトはこの話題を打ち切る。
それでも心の共有という魔法は偉大だ。
現在進行形で互いに持つ深い愛情が確信となって伝わっている。
この魔法の事はアクトやハルが互いに理解している事だが、自分達以外のカップルには恐らく成立しない。
それは魔法の相性という問題だけではなく、精神的にも成り立たないだろう。
心の底から信頼している相手を得ている自分達だからこそ、互いに正気を保てるのだ。
もし、僅かでも不信があれば、それが確実に相手へ伝わってしまう。
そして、相手は相手のそんな所を決して許せなくなるだろうと思う。
何故ならば絶対に嘘がつけないのだから・・・
相手を深く愛して、すべてを許し、受け入れる心が無ければ、この魔法は精神的に害になるだけだ。
だから、アクトはハルを得難い相手だと思っているし、その逆も同じ。
アクトは愛を以てハルの腹部を摩る。
「俺の子供か・・・しかし、本当に大きいなぁ」
そんな指摘にハルが悪戯っぽく笑った。
「そうね。養老・裕先生から言われたんだけど・・・双子かもって・・・」
「え!?」
唖然となるアクト。
双子とは珍しいが、それでも出産のリスクが高くなる常識があった。
「大丈夫よ。心配しないで。ここには優秀な助産師や神聖魔法の使い手が沢山いるわ。元気な赤ちゃんを産んでみせる」
ハルは心配するなと自信満々に言う。
半分はアクトに余計な心配をさせない為でもあったが、それ以上に彼女には根拠のない自信もあった。
普段のハルの癖で、彼女は常に自分がやりたい事を口に出して言うのだ。
所謂、有言実行の精神であり、言霊を是とする考え方だが、今までこの手の勝負でハルは負けた事が無い。
今回もその幸運をアクトは信じてみる事にした。
だから未来志向の言葉が出る。
「そうか・・・双子かぁ・・・それじゃ名前も二人分考えておかないといけないなぁ~」
「そうね。私に腹案あるんだけど・・・」
それからふたりは自分達の双子の名前について、いろいろと話し合う事になる。
ベッドの中で、そんな家族の幸せを謳歌しているふたりであった・・・