第八話 黒い長耳の冒険者が連れて来た者
最近、エクセリア国で密かに名を馳せている冒険者がいる。
それは『黒い長耳の冒険者』。
その名が示すとおり黒エルフの冒険者だ。
かつて、エルフ使節団に所属していた彼は自由を求めて人間社会を冒険することにしたらしい。
そして、お節介でお人良しであり、気さくな性格もしているのと噂だ。
エクセリア国の方々を旅し、人間達の小競り合いを颯爽と解決する姿は差し当たり正義の味方の冒険者。
容姿端麗な見た目も相まり、密かな人気者となっている。
そんな正義の冒険者とはソロ。
言わずと知れたスレイプの父である。
現在、ソロはひとりの人間の少女を連れてエクセリア国の王都エクリセンにやって来た。
「ソロさん。本当にありがとうございます」
少女は何度目か解らない礼をソロへと伝えた。
「ジーン、もうここまでくれば心配する事は何も無い。ここの人間達は親切な人ばかりだ。きっと助けてくれるだろう」
ソロは人間の少女に心配ないと伝える。
これはこのふたりでもう何度目か解らないぐらい続けられているやりとりだ。
それもそうだろう、ソロにとってこのジーンという人間の少女は道ながらに助けた女性であり、ふたりが出会ってからそれほど時間は経過していない。
それでもジーンはソロの事を信頼している。
いや、正確に言うと、それまでが酷い目にあってきたので、他の人間よりもエルフの彼の方が信頼できると思った。
(強くて、格好良いし・・・)
ジーンはソロに薄い憧れも抱くが、それはソロの実年齢が解らないからだ。
見た目が三十代のソロはナイス・ガイな人間のように見える。
実はエルフの寿命とは人間の二倍であり、ソロの実年齢も六十歳である。
既に孫もいるソロからして二十歳の人間のジーンなど恋愛の対象ではない。
彼がジーンを助けたのも冒険上の成り行きである。
エクセリア国西側に位置するカルドゥ村で幅を利かせていた悪徳な元貴族から奴隷のように扱われていたジーン。
その境遇を見かねて、彼女を救ったのだ。
そして、ソロはジーンをエクセリンへ連れて来た。
か弱いジーンのような人間を匿って貰える所などほとんど知らない。
スケイヤ村にあるエルフ特別区で匿う事も考えたが、特別区の旅団長はソロから見ても真面目過ぎるエルフだ。
柔軟な対応には向いていないだろう。
(しかも、白エルフだしなぁ~)
一般的な白エルフほどではないが、彼も白エルフの一員。
黒エルフにも差別的な感情を持っている。
自分からお願いして、聞き入れてくれる可能性は低かった。
それならば、こちらの方が良い。
(最近はハルさん達が故郷の人達を連れてボルトロール王国から戻ってきたと聞くし・・・)
そう思いながらもソロは『サガミノクニ生活協同組合』と書かれた立派な門の呼び鈴の釦を押すのであった・・・
「このクソオヤジ! どの面下げて現れたっ!」
ソロがここでまず顔を合わせたのが、このサガミノクニ生活協同組合の組合長ではなく、実の息子スレイプである。
いつもは感情をあまり表に出さないスレイプだが、今、その顔は怒りに染まり血管がピクピクと立っている。
「そう怒るな、息子よ。ほら、感動の再会だぞ! サハラちゃん、オジサンが高い高いしてやろうか?」
怒り心頭のスレイプを見事にスルーして、可愛い孫をあやそうとするソロ。
そのソロの手をパッと避けて、母親ローラの陰に隠れるサハラ。
明らかにソロを警戒していた。
「あらら・・・」
そんな冷たい反応に傷付いたソロだが、それでもそんなマイペースな父親の姿に呆れるスレイプ・・・
しかし、そんな家族の関係を見せられて、逆に朗らかさを感じていたのは、遅れてこの場にやって来たハルであった。
「ソロさん・・・相変わらずね。人間社会の方々を旅していると聞いたけど、たまに家には帰らないとサハラちゃんに覚えられないわよ」
「面目ない、こればかりは性分なもので・・・」
ソロはその言葉どおりあまり悪びれていない様子で、ハルはソロをブレない人だと逆に感心する。
周囲を見てみるとスレイプの拳がプルプルと震えているのが解った。
また、いつぞやの時のように親を殴りそうな雰囲気になってきたので、ハルはソロがここに来た要件を早く聞き出すことにする。
「それで、ソロさん。どうしてここを訪れたの? まさか親子の対面だけではないでしょう?」
「そう。そこなんだ。ハルさん! 俺にエクセリア国以外の土地を旅する許可をくれ!」
「はぁ!?」
いろいろと飛ばしてそんな事を聞いてくるソロにハルは訳が解らなかった。
これにはローラが申し訳なさそうに、言葉を足してくる。
「ハルさん。以前、お話したかも知れませんが、私が一旦こちらに戻ってきた時に・・・」
そこまで話してハルはソロがこんな事を聞いてくる理由が解った。
「なるほど・・・あの時、人間社会の冒険はエクセリア国内に限定していたのよね~」
ハルは過去にローラがソロにそうやって言い聞かせていた経緯を思い出す。
「私は別にソロさんの行動制限を決める立場の人間では無いのだけど・・・やはり、あまりエクセリア国以外に行動範囲を広げるのはお勧めできないわ」
ハルが心配しているのはソロがエルフだからである。
エクセリア国では大々的に辺境域の亜人達との交易が宣言されて、国民がエルフと言う伝説上の生き物にようやく認知を示し始めたが、これがエクセリア国以外となると、まだまだエルフという存在は目立ち過ぎる。
どんな厄介事に巻き込まれるか、考えただけでも頭が痛くなる問題だ。
しかもソロは強い冒険放浪癖を持つ黒エルフ。
特定の土地に縛っておくのは彼自身が我慢できないだろう。
頭を抱えたくなるハルだが、そんな悩むハルの姿を見たソロが明らかに落胆を示す。
「・・・駄目なのか・・・」
まるで絶望。
そんな表情になるソロを見たハルは、彼に何かの希望を持たせないと、制御不能でここから飛び出して行きそうな雰囲気を感じた。
「・・・条件があるわ。ふたつ、いや、三つの事を守って貰えれば、エクセリア国から外に出てもいい」
「ハルさん!」
ローラは本当にいいのかとハルの言葉を疑う。
「ローラさん、恐らくソロさんは生粋の冒険者。このまま一箇所で引き留めておくのは本人の精神安定上も良くないでしょう」
「ハルさん、有難い!」
ソロの顔色は一転し、ハルの事を話が解る人間のリーダだと評価する。
しかし、ハルもここで釘を指した。
「だけど、条件があるわ・・・ひとつ目は人間に姿を変える変化の魔法を常に使う事。これは私の開発した魔道具を着けていればできるし、魔力もほとんど消費しないから日常生活に不都合はないわ。やはり人間社会を旅するならば、エルフという外見は拙い。どんな厄介事に巻き込まれるか・・・」
「黒エルフとは俺の価値観だ。その姿を隠すのは不本意だが、ハルさんの言う事も理解できる。エルフの存在が大陸で広く知れ渡るまではそれで我慢するしかないか・・・」
不承不承だが納得するソロ。
ソロとしても自分が黒エルフであるという事実が目立ち過ぎる事に多少辟易としていた。
「ふたつ目は、家族と最低限一週間に一度、連絡を取る事。自分の父親が何処にいて無事を知る権利はスレイプさん達にもあるわ。普通だったら心配するでしょ?」
実はそんなハルの言葉どおりにあまり心配していないスレイプだったりする。
それもそうだ。
今まで産まれてきて父ソロと過ごした日々を思い出してみても幼少期の頃しかない。
ソロの放浪癖は今始まったことではなかったから尤もな話である。
ソロがスレイプの母と十年ぐらい定住していたのが奇跡に映るぐらいだ。
しかし、ハルが言う事も理解できる。
普通の家族とはそういうものなのだから・・・
「連絡手段も変化する魔道具に通信機能も付けてあげる。そして、三つ目は少なくともここで一週間はじっとしている事。その間にあなた専用の魔道具を準備するわ。久しぶりの家族孝行でもしなさい。そうしないと本当にサハラちゃんから忘れられるわよ」
母のローラの陰に隠れるようにソワソワとしているサハラに視線を向ける。
ソロとしてもサハラの事は嫌いではない。
できれば良好な孫と爺の関係を築きたいいと放浪癖の割には結構身勝手な事も考えていたりする。
「・・・解った。一週間だな!」
何故か偉そうにそう述べると、ソロはハルの条件を承諾した。
これで話が終わりならば、苦労しない。
ハルは本題に移る。
「そして、ソロさんがここに来たのはこれだけじゃないでしょ? その一緒に連れて来た人間の女性とはどういう関係なのかしら?」
ハルの指摘でスレイプの眉がひと段階険しくなった。
ソロの回答次第では・・・という雰囲気であるが、ハルはスレイプの懸念する問題にはならないと考える。
こんなときに心の読めるハルは交渉が有利に進められると密かに思う。
ソロも忘れかけていた自分の用事を思い出した。
「そうそう、彼女の名前はジーン。カルドゥ村で幅を利かせていた元貴族に飼われていた奴隷のひとりで、成り行き上で助けたんだ」
ここでソロはジーンを紹介する。
ソロの説明によると、カルドゥ村で悪行を重ねていた元貴族。
その悪行を見かねて虐げられていた人々を救った。
その成り行きで、奴隷として飼われていたジーンを助けたのだと手短に説明する。
「ふ~ん。そして、その女性をここに連れてきた理由は?」
ハルはもう大体の事は解っていたが、それでもその理由を口頭で聞き出すことにした。
ここで、それまで黙っていた少女が口を開く。
「・・・あ、あの。私、ここで働かせて欲しいんです。魔法なら少しは使えます。手に職をつけて自由で安定した生活を得たいんです」
ジーンからはそんな懇願をしてきた。
「手に職と言われてもねぇ。奴隷ってジーンさん、アナタその元貴族の所有物なのでしょう?」
「・・・それは大丈夫です。ソロさんが交渉してくれました。私の所有権を放棄してくれると約束を得ています」
その約束とは力尽くで認めさせた経緯があり、本当に法的にどうなのだか疑わしいが・・・
「元貴族から解放された私ですが、他に行く当ても無く困っていたところ、ソロさんがここならば受け入れてくると聞いて・・・」
「私達サガミノクニ生活協同組合は孤児院ではないのだけど・・・」
文句を言うハルだが・・・
「ハルさん、そこを何とか。このソロの顔を立ててくれると、エルフ社会ならば、俺が最後まで責任を持って何とかできるのだけど、ここは人間の社会だから」
ソロがエルフ社会で本当に最後まで責任持つことができるかどうかは怪しかったが、ここでそれを追及するとスレイプが爆発しそうになるので触らないことにするハル。
「・・・まったく、厄介事を私達に押し付けて・・・仕方ないわね~」
ため息交じりにハルは折れた。
そんな様子にホッとするソロ。
「でも、ここは厳しいわよ。優秀な魔術師ならばごまんといるし、休みは週二日。給金は最低クラスの二十万クロルから。住み込みと三食、福利厚生施設を使うならば、そこから約半額天引きとなるわ」
「大丈夫です。私、奴隷として育ってきた根性だけは自信ありますから」
「そんなものを自慢にしないで・・・それに奴隷って本当に酷い目にあったの?」
疑わしい目を向けるハル。
最近はここで働くために経歴を偽って募集してくる魔術師が絶えなかった。
それは産業スパイであったり、犯罪者予備軍、それとも単に勝ち馬車に乗りたいだけ・・・など理由はいろいろあるが、怪しい人物は一切採用していない。
「本当です。信じて下さい。元貴族のご主人様は私が些細なミスするとすぐに鞭で打ってきて・・・」
ジーンはそう言うと、ローブの腕の裾を捲る。
白い素肌には赤く走るみみず腫れの跡が幾つもあった・・・それは明らかに虐待の証拠だ。
ハルのその傷をよく品定めするように目を細める。
「・・・なるほど、その傷は・・・本物のようね・・・」
ここでハルからは得体の知れない重圧が発せられた。
ジールも何かを感じて、一筋の汗を流す・・・
しばらく重い沈黙がこの空間を支配する。
何かを感じ取ったハルだが、結局はこの場であまり追求してこなかった。
「解ったわ」
ハルはそう答えると、もう十分だとする。
そうして、威圧を抜いた。
これで明らかにジーンがホッした。
「ジーンさんはここで受け入れてあげる。現在、クマゴロウ博士の所が少々人手不足なのよ。簡単な仕事だけど、まずはそこで使ってあげるわ。ついて来て・・・」
ハルはジーンの採用を決し、職場に案内する。
その展開にホッとしていたのはソロ、そして、当の本人であるジーンも同じ。
彼女は歩き出して気付くが、自分の身体が汗でびっしょりとなっていた。
サガミノクニ生活協同組合の組合長はリーダとしてもやり手であり、魔術師としても得体の知れない力があると心身を以て体感した瞬間でもある・・・