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第四話 勇者の馬車の中で

 翌日の早朝、勇者パーティとハル達は馬車へ乗り込む。

 進路は王都エイボルトに向けてアリハン山脈の山中に築かれた街道を東へと進む。

 勇者専用の馬車は大型であり、全員が一台に乗車して移動することができた。

 

ガタン、ゴトン


 街道は平坦ではなく疎らな石が露呈している。

 そんな荒れた路面を車輪が進むので、どうしても振動が発生する。

 それでも車内に伝わる振動は随分と緩くなっているように感じられた。

 

「いい馬車ね」


 ハルがこちらの世界で一般的に乗る馬車と比較して揺れが少ない事に気付き、そんな感想を述べる。

 

「当たり前だ。これは俺達専用の馬車さ。ボルトロール王国最高の技術がつぎ込まれているんだ。一度これに乗ると他の乗合馬車なんて乗れねぇーよ!」

「解るわ。特に前後振動が少ないのが良いわね。私、あれがずっと続くと酔うのよ」


 勇者専用の馬車の技術的価値が解るハル。

 制振だけではなく、それなりに騒音も少なく、室内は快適に過ごせるようできており、会話を行うのも全く問題ない。

 そして、その快適な馬車の車窓から外を眺めてみると、山間に作られた街道の傍を二本の金属製のレールが走っているが解った。

 

「隆二、あれって、電車のレールよね?」

「電車じゃねーけどな。この前の戦争でボルトロール軍が投入した列車砲を移動するためのレールだ」

「ち、ちょっとリズウィ。そんなこと話していいの!?」


 リズウィの隣に座るアンナはリズウィが口にしている軍事機密について注意したが、その程度は構わないとリズウィは続ける。

 

「アンナ、大丈夫だ。こちらの世界では秘密かも知れないけど、俺達の居た世界じゃ、廃れた技術だぜ。列車で兵器を運ぶなんて時代遅れもいいところだ。水素燃料自動車で運ぶってなら解るが・・・」

「そうねぇ・・・重量物を運搬するならば、水素燃料動力車とか、飛行機で運ぶのが私達の世界の常識だったわね。金属製のレールなんて、こんな異世界に似合わないわ。どうせこれも我々が関与しているのでしょう?」

「そうだ。これも研究所の連中の仕事さ。山田熊五郎っていうゴイツおっさん教授の成果らしい」

「リズウィ、その話はこれでおしまい。あまりボルトロール王国の軍事機密をベラベラと喋らないで」

「へいへい、解ったよ。アンナ」


 彼の隣に座るアンナがそんな注意をして、この話題は打ち切りとなった。

 そして、リズウィは話題を変えてくる。

 

「それよりも姉ちゃんの事を教えてくれよ。あの飛ばされた後、どうやってここまで生きてきたんだ? こっちの世界の学校ってどんな感じなんだ? アークさんとはどこで知り合ったんだ?」

「そんなに一度にいっぱい聞かないで。順を追って説明するわ」

「ああ、済まねぇ」

「まずは私があの事故で飛ばされた先は・・・ゴルト大陸の西海岸の港町クレソンだったわ」

「クレソン? 知らないな。アンナ知っているか?」


 アンナも首を横に振る。

 エストリア帝国のいち港町など、余程のモノ好きでなければ、ボルトロール王国の人間には解らない。

 

「知らなくて当然よね。クレソンは田舎町だから。先に居たフロスト村よりも規模は小さい港町よ。恐らくエストリア帝国でも知らない人の方が多い港町ね。その港町で魔術師をやっていた女性に私は運良く助けられて、クレソンで一年ほど暮らしたわ」

「ひとりで一年か? それは大変だったな」

「ええ大変だった。でも、そこで生活に必要な最低限のゴルト語を学べたわ。魔法の基礎もね。人間必死になれば何とかなるものよ。今はそれを実感しているわ。その後はその魔術師の紹介でラフレスタの学校に入ることができたのよ」

「ラフレスタとは学園都市のことですね。ラフレスタはゴルト大陸でも有名な土地なので私も知っています」

「アンナさん、そうよね。エストリア帝国は教育に力を入れている国家よ。ラフレスタは大小様々な学校が集まった立派な街だったわ。サガミノクニでもなかなか見る事ができない規模の学園都市よ」

「そのラフレスタには世界的に有名な魔法専門の女子学校があります。もしかしてハルさんはその女学校の学生だったのでしょうか?」

「アストロ魔法女学院でしょ。流石に余所者の私じゃそんな一流校は無理よ」

 

 ここでハルは嘘をつく。

 自分がそんな一流学校に入ったと解れば、実力を警戒されるばかりか、国家の中枢とつながっていると勘繰られると思ったからだ。

 だから、とっておきの嘘を用意していた。

 

「私が入れたのはラフレスタ普通科中央高等学校。男女共学校で成績レベルは下から数えた方が早い学校よ。そんな学校に通っていなきゃ、アークとも出会えていないわ」


 隣に座るアークもそれに頷く。

 ハルのついた嘘に乗っかる形だ。

 

「それでも学園都市ラフレスタに居たと言うだけでエストリア帝国では拍が付くの。お陰で学校を卒業した後も魔道具師として生活ができるようになったわ」

「昨日から聞いているけど、その『魔道具師』ってどんなクラスだよ。聞いた事ねーぞ」

「そうね。あまりメジャーな区分け(クラス)じゃないわね。向こうの世界で例えると、少しゲームっぽいけど・・・村の道具屋ってのが一番しっくりくるかしら?」

「道具屋だって!? それっておいっきりモブじゃん!」

「そうね。それでも世の中の役に立つわ。人の役に立つならば、それなりに商売として成立する。安泰に生活していけるわ」

「くだらねぇ。ローリスク、ローリターンだ。俺には向いてねぇ~」

「私はハイリスク、ハイリターンな生き方は望まない。安全に暮らしていけるならばそれに越した事はないと思うわ」

「そんな安全志向のハルさんが、どうして辺境の探索をやられていたのですか?」

「うん、いい質問ね。アンナさん」


 明らかに年下の魔術師であるアンナに対してハルは敢えて丁寧に接する。

 彼女が同じ魔術師として自分の事を警戒しているのをハルは解っていた。

 あまり警戒を続けられるのも同じ馬車で生活するのに精神衛生上良くないと思い、ここでは当たり障りのない嘘の情報を与える事にする。

 

「それは先輩に誘われたのよ」

「先輩ですか?」

「ええ。先輩が有名人と付き合っていて、エクセリア国に引っ越す事になったので、私もそれに誘われたのよ」

「もしかして、その有名人って、エストリア帝国のウィル・ブレッタですか?」


 アンナの父はボルトロール軍の西部戦線軍団総司令の人物であり、敵国の情報に詳しい。

 そんな親からの敵国の戦略的な情報をアンナも知らない筈が無かった。

 前回のラゼット砦を訪問した時に敵国の英雄ウィルの彼女とされるレヴィッタ・ロイズを虜囚にできた事は情報共有で覚えていた。

 

「ええそうよ。本当に素敵な人だわ。ボルトロール軍に捕まった先輩の事を、命を賭けて取り戻してくれた真の英雄ね」


 ここでボルトロール軍を悪者として評価しているハルの言葉をあまり良い気のしない勇者パーティであったが、エクセリア国側から見ればそうなものかと逆にハルの言葉に真実味を感じさせていた。

 

「ウィル・ブレッタ・・・・それは戦場で『死神』と呼ばれていたエクセリア軍の首切り剣術士だな」


 リズウィがそんな評価を述べたのも、せめてもの反撃である。

 ハルがウィルの事を良い英雄と称えた事に対する嫉妬があったのかも知れない。

 それにその先輩女性というのは先日ハルが話していたレヴィッタ・ロイズという名前の美人魔術師だと解っている。

 自分が助けた女性がハルの先輩だったのはまったくの偶然だが、それだけは幸運だったと思っている。

 

「ボルトロール軍側から見れば、そう映ったのかも知れないわね。それでも今は私の大好きな先輩の旦那よ」

「ち、結婚しやがったか・・・」


 何故かリズウィは悔しそうである。

 

「その先輩は魔術師協会の職員をやっているのだけど、協会からの紹介で私達はジルバ達とも知り合ったわ。それは私にとって手早く生活費を稼ぐのに都合の良い仕事だったの。それにこう見えて彼らの実力はピカイチよ。辺境の探索と言っても常に彼らから守られる私はリスクの低い仕事だったわ。私の仕事は魔法による後方支援と時々入手する魔法素材の解析、あとは調理担当ぐらいかな?」

「うむ、ハルの出してくれる料理はとても旨い。それだけで同じパーティメンバーとして雇う価値があるぞ」


 全くの嘘ではあるが、食いしん坊のジルバがそう肯定した事で逆に話に真実味が増した。

 ハルが既に調理人として高い技量を持つのは昨日の屋台の料理の味で勇者パーティ達も認識していた。

 ハル達が屋台を畳むとき、彼女の屋台の常連となっていたフロスト村の住人から慰留を懇願されていたぐらいだ。

 

「姉ちゃん。魔術師をやっていると言うよりも、それじゃあ料理人じゃねーか!」

「素材の特性を理解して、加工を施し、完成形を目指して組み立てていく工程は魔道具師と調理師は似ているのかもね。ふふふ」


 リズウィの指摘にハルは口に手を当てて笑う。

 その姿には品があり、彼女の事が気になるガダルは見惚れてしまう。

 そこでハルの左手薬指に光る指輪。

 それが気になってしまう勇者パーティ達。

 

「そのハルさんの指輪って、とても高価なものですよね?」

「ああコレね。アンナさん、アナタは魔法的な価値が解るのね。これは辺境探索の時に偶然見つけた貴重な魔力鉱石を私が指輪に加工したものよ。ほらアークとお揃いだし」


 そう言い隣のアークの手を取る。

 ここで夫婦の愛の誓いの証である同じ結婚指輪が彼の指にも銀色に光っていた。


「結構希少な魔力鉱石だから、もしこれを市場で買えばかなり高価になるのは確かよ。でも辺境で手に入れて私が加工したのでゼロクロル。どう? お得でしょ?」

「その魔力鉱石の売却を考えなかったのですか? 銀色魔力鉱石の原石と見ましたが、その指輪の大きさならば市場で売れば相当な価値になる筈です」

「いいのよ。これはふたりの愛の証。値はつけられないわ」


 そう惚気るハルはここだけは本当の事を述べる。

 そんなハルとアークを少し羨ましそうに見るアンナ。

 しかし、リズウィは実の姉が惚気る姿をあまり好ましく見ていられなかった。

 

「けっ! あの姉貴が恋狂いしてやがる・・・」

 

 そんな反発する姿にアークから一言出た。

 

「リズウィ君。僕達は本当に互いを必要として結婚を決意したんだ。一時的な勢いで結婚した訳ではないよ」

「そうね。愛しているわ。ア・ナ・タ・・・」

「僕もだよ」


 そして、自然にキスするふたり。

 全く遠慮のない姿を晒す。

 

「ケッ!」


 リズウィは反発の語彙(ごい)を強くするが、それでもこのふたりが夫婦である事実はこれで完全に証明できてしまった。

 

「おいおい、馬車の中でイチャツクなよ。品行方正が疑われるぜぇ」

「あら隆二、ごめんなさいね。それでも私達は夫婦なの。何ら疑われるような事をしたつもりはないわ!」


 ハルもここで負けていない。

 この自分達の行いを正しい権利であると主張した。

 

「くっ、相変わらずの減らず口の姉ちゃんめ。お前もそれでいいのかよ!」


 何とかしろとリズウィはアークに言う。


「リズウィ君。僕は妻を完全に信頼して、愛しているんだ。僕の願いは我妻の願いを完全に叶えてやる事さ」


 アークの癖として一人称を『僕』とするときは、余所行きの姿である。

 ここで彼とて完全に本気で語っている訳ではないが、その真意はハルだけが十分解っている。

 その真意としてはアークとしてリズウィ達を軽く挑発していたのである。

 

(まったく、アクトったら、隆二からは敵意を向けられていると感じて、こうやって軽く仕返しをしているのね。ホントに子供なんだから・・・)


 ハルとしては負けず嫌いのア―クの性格に少し呆れる。

 しかし、その悪意だけはリズウィに正しく伝わった。

 

「ケッ、やっぱ俺、コイツ気に入らねぇ。アークさんよう。お前の言動は軽いんだよ! 姉ちゃんと合意して結婚したようだけど、俺はお前をまだ認めちゃいねぇからな」

「なかなか穏やかじゃない言葉だね、リズウィ君。まさか剣術士同士、剣で決めようとか言う訳じゃないだろうね?」

「お! やっぱお前、剣術士か!? いいねぇ。剣で語り合うってのは嫌いじゃねーぜぇ」

 

 一気に好戦的な気配が濃くなる馬車内だが、ここでハルはとある異変に気付く。

 

「ちょっと待って、仲間同士で争わないで」

「姉ちゃんは黙っていてくれ。俺はアークさんと相手の腹の底を探るために練習試合をやるつもりだ。別に殺し合う訳じゃねーよ」


 リズウィはアークと本気の斬り合いまではやらないと言う。

 しかし、ハルが示しているのはそう事ではなかった。

 

「違うわ。そんなことよりも、あの村が魔物に包囲されているようよ!」

「えっ?」


 ここでハルが示したのはフロスト村の隣村であるエイドス村である。

 車窓からはまだ遠くに見えたその村の入口の周囲は多数の魔物で溢れているのが視認できた。

 異常なその光景にここで御者がようやく気付いて、馬車は急停止する・・・

 

 

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