第七話 疑心暗鬼
「奴らめ! 我々を本当に排除するつもりだ」
「くっそう! 莫迦にしやがって!!」
苛立つ怒号が重なるのは貴族主流派の集う屋敷。
マチルダ王女の密会は魔術師イルダが秘密裏に探っており、その情報を貴族主流派の諸君に漏らす事は無かったが、それでも民主主義を学ぶための官僚達の行動までは隠せない。
そんな動向を貴族主流派の諸君達が察知してしまったのは当たり前の話でもある。
「民主主義はサガミクニ人から学んでいるようです」
「我ら貴族を根絶やしにする愚策だ。即刻、民主主義思想を排斥すべき!」
興奮した彼らは民主主義が何たるかを理解していない。
彼らが解るのは政治の舞台から貴族に代表される特権階級の位置にいる人間を排除するという認識だけだ。
ちなみに、民主主義については国民が政治を主導する思想であり、貴族を排除するという意味とは少し違う。
貴族も国民のひとりであるため、貴族個人を攻撃するものではないのだが・・・
民主主義を黙認しているマイヤー家はその事を理解しており、受け入れている。
しかし、現在の貴族主流派はそんなマイヤー家を信用していない。
彼らは自分達が具体的にいつ排斥されてしまうのか、それが気が気でならない。
「エイダール・ウット卿。やはり、我々は行動を起こすべきではないかね?」
「そうだ。やられるよりも先にヤレだ」
不安を感じた貴族達が派閥長エイダ―ルに詰め寄る。
最近繰り返されている問答だが、今日のそれは迫力あるものであった。
今までのらりくらりと行動を控えるよう皆へ言い聞かせていたエイダ―ルもそろそろ限界かと思う。
「皆の者、解った。我々貴族を排除しようとする民主主義は悪法。それを実行しようとしているライオネル・エリオス王には死んでもらうしかない」
「「おおー!」」
ようやく重い腰を上げたエイダ―ルの決断に歓喜する貴族主流派達。
ここで王を殺害するという大胆な発言が逆に心配になる者も現れる。
「しかし、ライオネル王はこのクリステを救った英雄ですぞ。彼を殺害までするのは反対です。民主主義化と貴族排斥だけを止められれば、私はそれで良い」
優柔不断で責任転嫁が得意なこの貴族の発言は皆から睨まれる。
今回はエイダ―ルからも苦言が出た。
「ファゴット・ツゥーリ卿、アナタはこの状況で民主主義化を止められるとお思いか?」
「しかし・・・」
「この国で『民主主義』なる思想を敷こうとしているのはエクスリア帝国のデュラン陛下のお墨付きも貰っている決定事項だ。もし、我々が表立って民主主義化を止めようとすれば、次に我々に降りかかってくるのはエストリア帝国の槍となる」
「・・・ではどうすれば・・・」
「結果的に民主主義ができなければそれで良いのだよ。これを強力に推し進めているのはライオネル・エリオス国王。彼がいなくなれば民主化の動きは前に進まなくなる。少なくとも暗殺されたとなれば、民主主義推進派への楔となる」
「・・・そんなに上手く行くとは・・・」
まだ懐疑的なファゴット。
「大丈夫だ。実は策を準備しいていた。それは・・・」
ここでエイダ―ルは温めていた策を明かす。
それは用意周到に準備していた策略。
貴族らしいやり方と言えばそうだが、その内容を聞くうちにその緻密な計画が明らかになる。
それまで懐疑的だった貴族主流派達も十分納得のできる内容であった。
「・・・なるほど。それは素晴らしい計画だ。いゃあ~、エイダ―ル卿もお人が悪い。今までこんな素晴らしい策を秘密にしているなんて」
一番懐疑的だったファゴットも態度が反転、余裕の笑みを返してくる。
「申し訳ない。これは極秘の計画、失敗は許されない。準備が整うまでは秘密裏に事を進めていたのだ」
「いや、それは致し方ない。もし、準備段階で我々の誰かが漏らしてしまえば、それは水の泡となりますからなぁ~」
「フフフ」
深く陰湿な笑い声が久しぶりにこの屋敷内を支配する。
エイダ―ルもここが勝負処だと思っていた。
エイダに探らせている情報からもサガミノクニの連中が次なる何かを企んでいることを察知していた。
それが具体的に何であるかまでは解っていないが・・・
これ以上サガミノクニ人の成功の結果を積み上げられると、自分達の計画の成功を遠退かせる要素ともなるだろう。
ここが勝負どころだと決断した。
一部に力技が必要な今回の作戦・・・そんな部分は戦闘狂のライゴ・フェイル卿に任せればよい。
彼ならば喜んでやってくれるだろう。
成功すれば、それで良し。
もし失敗しても、自分達に損は無いのだ。
「ククク」
策士であるエイダ―ル自身が一番深い笑みを零す事に気付いた他の貴族はこの場では誰一人いなかったりする・・・
エイダ―ルが最も信頼している部下のひとり――魔女イルダも早速行動を開始した。
本日、彼女が訪問したのはフーガ魔導商会。
サガミノクニ人の組織に近付くための手段である。
事前調査は念密に行っている。
代表であるフーガ――本名はカザミヤらしいが、それはゴルト語では発音し難い――氏に直接接近するために三人の夫人が居ない時間を狙った。
その目論見が上手くも成功し、現在はフーガ会長と直接会う事が叶っている。
「君がここで働きたいという魔術師かな?」
カザミヤは訪問して来たイルダにそう問う。
イルダ自体、クリステ時代からこの地で凄腕の魔術師として有名な存在であり、過去から付き合いもあるこの商会の職員に働き掛けてフーガ会長との直接の面会が叶っていた
「はい。そうです。私の名前はイルダ。これまでは有名貴族の元で働いておりましたが、先行きが怪しくなってきまして、将来の事を考えれば、フーガ様のお役に立った方が良いかと思い、こちら門戸を叩かせて貰った次第です」
イルダは志望動機を話す。
つまり、ここで働きたいという訳だ。
「うむ。なるほど合理的な判断だ。現在、この国の貴族は落ち目だと聞く。それは国王が貴族制を廃止した影響らしいが・・・」
理由は解っているが、カザミヤにとってそれは興味のない話である。
彼として気になるのは厄介な問題に巻き込まれる事も御免だと思っていた。
「そうです。私はエクセリア国で実力ある魔術師だと自負しております。ここで使って頂けないかと・・・」
懇願するようなイルダの眼差しには蠱惑的な色も混ざり、カザミヤの欲を刺激する。
「優秀な人材ならば、うちに欲しいが・・・」
どうするか迷うカザミヤ。
魔術師の採用となると第一夫人のカミーラの判断が必要だ。
しかし、ここでイルダが拙速に行動してきた。
カザミヤ以外の判断が入れば、この組織に侵入するチャンスは難しくなると思ったからだ。
彼女は細くて白い腕を駆使し、カザミヤの身体を絡める。
「なっ、何を!」
カザミヤは一瞬、この女性と個別に会った事を後悔する。
しかし、イルダの目的はカザミヤに危害を加える事ではない。
彼女の巧みな指の動きでカザミヤの逸物を捉えると、そこを刺激して、同時に情熱的な接吻をした。
「むぐっ! ほぅっ!?」
カザミヤのソレは敏感に反応してしまう。
一瞬にして猛々しい存在に育つ。
「お年に似合わず素晴らしい反応です、フーガ様。エクセリアの貴族社会の中で鍛え抜かれた私の技を披露させて貰います。私を採用しても後悔させない、とお約束しますわ」
イルダはそうやって男を篭絡する。
男の喜ぶ接待をまともに受けたカザミヤは年甲斐にもなくハッスルしてしまう。
そして・・・
「き、君・・・採用っ!」
エロティックな魔女イルダを気に入った。
色仕掛けを使い、こうして、まんまとフーガ魔導商会組織に侵入を果たす魔女であった・・・
ようやく動いてくれた貴族主流派達。ようやく章タイトルに展開が追い付いて来ました。
そして、今回は少々短いですが・・・来週は頑張りますのでご勘弁を。