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第五話 ライオネル・エリオスと側近


「いゃ~、得難い経験でした」


 エクセリア城の最奥の部屋で、ライオネル国王は上機嫌な様子を隠さない。

 それはリスクを冒してボルトロール王国を訪問し、そして、彼にとって得られるものが多かった紀行だったためだ。

 これに苦言を呈するのは現在ライオネル王の腹心となっているサルマン。

 彼は元アレックス解放団の首領であり、ラフレスタ領ではライオネル率いる月光の狼に協力していた革命家だった人物。

 

「それほど銀龍に乗って旅したのが楽しかったのか?」

「いや・・・それも否定しませんが、収穫があったと言いたいのはボルトロール王国のセロ国王の為人を直接見られた事です。やはり直接会って話をする事は大切ですよね~」


 ニコニコ顔でそう述べるライオネル。

 彼にしても今までセロ国王とは果たしてどんな人物だろうかと図りかねていた。

 しかし、実際に会った印象は意外にまともな為政者だ。

 それがライオネルの得られた印象である。

 ボルトロール王国――近年稀に見る戦闘国家であり、戦争でその版図を急拡大させてきた実績がある。

 国王はさぞ好戦的な人物かと思ってしまうが、実際に会ってみれば、ライオネルの評価は違っていた。

 

「俺にはボルトロール王国の王など極悪非道な野蛮人としか映らないけどな・・・」


 サルマンは禿げ頭をポンポンと叩きそんな自分の評価を述べる。

 このような印象はエストリア帝国で一般的なボルトロール王国の印象だ。

 ラフレスタ領やクリステ領を極悪非道な手段で混乱に陥れ、虐殺の限りを尽くした乱を主導した国家の代表などそんな印象が正しい。

 しかし、ライオネルはセロ国王と直接会い、彼からは全く異なるモノを感じていた。

 

「セロ国王は・・・意外と知的な人でした。時代の先を考えて、王国の利益を追及する姿は為政者としての責任があると認識できました。彼の国の貴族制を廃止できたのも政治力が無いとできませんし、発展したエイボルトの市街地。帝都ザルツよりも進んでいるとボルトロール人達が自慢しているのも解ります」


 銀龍に運ばれて空から眺めた王都エイボルトの街並は管理の行き届いた都市開発が成されていた事は一目で解った。

 ボルトロール王国の文化水準を直に感じる事ができた収穫は大きい。

 そんな発展は単なる戦闘国家として他国から奪うだけではできない。

 しっかり将来を見据えた計画性を持ち、かつ、それを実行できるだけの優れた官僚組織があってのものだ。

 

「ボルトロール王国・・・侮り難しですね」


 ライオネルは認める。

 ボルトロール王国が単なる野蛮な戦争国家だけではなく、組織力を初めとしたあらゆる力を持つ覇権国家である事を。

 

「ふん、恐れをなしたか?」

「サルマンさん、それは違いますよ。隣国には負けられない、という気持ちが強くなったと言うか、ボルトロール王国を悪の道に走らせない責務がエクセリア国に求められると思いました。エクセリア国がエストリア帝国とボルトロール王国の中間に立って調整する役割がより重要になりました」

「それは結構な事だ。ふたつの大国が争えばゴルト大陸は大戦争になる。貴君はそれを止める新たな英雄になれるという訳だ」


 サルマンの言葉には多少の嫌味も混ざっている。

 しかし、それを簡単に受け流すライオネル。

 

「ハハハ、私はそんな大げさな事はできませんよ。私にできるのはせいぜいボルトロール王国に戦争するよりも我が国と仲良くした方がメリットあると示す事ぐらいです。それにはやはり『民主主義』。王政とは違う政治体制のメリットを示さねばならないですね。強い経済と民衆の力によって国家が発展したとを示せる事が、ボルトロール王国にとっても我が国に興味を示すと思います」

「・・・なるほど」

「そのために、やはりサガミノクニ人が大きな存在になります。優れた民主主義国家を彼らは既に知っている。彼らの強みは技術力だけじゃありません」

「それを思えばこそ、我々は白魔女様達と手を組んでいて良かったと思えるな」


 サルマンは今更ながらに現在サガミノクニ人と友好的な関係を構築できている事実に幸運を感じていた。

 ライオネルも頷く。

 

「そうですね・・・情報によると『貴族主流派』がサガミノクニ人とマチルダ王女の関係を探っているようです」

「・・・ちっ、死にぞこないの貴族共が、何を企んでいる?」

「まだ解りません・・・解りませんが・・・今、いざこざを行われては困りますねぇ~」


 のらりくらりと答えるライオネルに切迫感の印象はない。

 いつも食えない態度を続けるライオネルにせっかちなサルマンは苛立つだけだ。

 

「まったく、お前と言う奴は・・・そんなふざけた態度を続けていると信用を失うぞ!」

「申し訳ないです。難しい時ほど笑う癖がついてしまって・・・」


 ライオネルがそのようにふざけていると妻が部屋へと入ってきた。

 

「アナタ・・・お客さんよ」


 エレイナのそんな言葉にハッとしたのはサルマンだ。

 今晩、この王城の最奥のこの部屋に来訪する人物を予め聞かされていたからである。

 それはサルマンが最も敬意を払い、全幅の信頼――盟友であるライオネル以上の――を置く女性。

 そして、空間が歪み、その魔女が姿を現した。

 高度な転移魔法によるものだ。

 

「あら、サルマン居たのね。こんばんわ」

「は、ヒッィ! 白魔女エミラルダ様、今晩もお日柄が良くっ!」


 いきなり背筋をピンと伸ばし、直立不動の姿に変るサルマン。

 その禿げ頭は緊張で汗が吹き出し、いっそう光り輝く。

 そんなお茶目な姿が可愛かったのか、出現した白魔女の顔は笑みに染まる。

 

「あぁぁ、白魔女様の優美なお姿を見られて、私の寿命と活力は十年伸びましたぞ!」


 サルマンの口からは顔に似合わず溢れんばかりの美辞麗句が噴き出す。

 ここまでの変化はもはや喜劇だが、白魔女の魅了の魔法に完全やられている――自ら進んで受けている――サルマンにとっては日常であったりする。

 

「サルマンは今日も愉快ね。そして、いつも私に敬意を払ってくれる事に感謝するわ」

「そ、それは・・・当然の事です!」

「その忠誠心をライオネルにも向けてね」

「は、ハイッ!」


 直立不動でそのように返答するサルマンは先程までの疑わしい視線をライオネルには向けていない。

 ライオネルもサルマンのこんな態度の変化は爆笑を抑えるのに必死だが・・・それでもこのお陰で自分の信頼できる側近がひとりできているので、なんとか我慢した。

 

「ハルさん、今日もタイミングがいいですね。実はひとつお願いしたい事ができまして・・・」

「コラッ、ライオネル。私がこの姿でいる時は『エミラルダ』と呼びなさいよ。私は決してサガミノクニ生活協同組合の代表ではないわ」

「・・・おっと、失礼しました。そうですな。栄えある生活協同組合の組合長がこんな夜遅くに王城の最奥の部屋にひとりで来る筈ありませんでしたな。アハハハ」


 ライオネルは思い出したようにそんなことを述べて、笑って誤魔化す。

 

「そうですぞ。ライオネル殿、白魔女様はエミラルダ様だっ!」


 サルマンが更に訂正する姿は彼が白魔女の直属の配下のようである。

 

「すまない。私とした事が、遂・・・それよりもまずは取引を済ませましょう」


 ライオネルは無駄話が過ぎたと詫び、本来の取引を思い出し、そちらの話を優先して進める。

 ここで白魔女は懐の忍ばせた魔法袋より厳重に魔法封印された箱を取り出す。

 そして、それを恭しく受け取るサルマン。

 その箱を開けると、中には魔女の腕輪を初めとした革命組織・月光の狼で多用された魔法の武器類が詰まっていた。

 

「全部で二百用意したわ。魔力もフル充填してあるから半年は使える筈よ。何なら今、試して貰ってもいいけど」


 白魔女は魔道具の性能に問題ないと告げる。

 

「解りました。貴女の事は信用しています。今までこの手の仕事で失敗した事はありませんので、今回も試さなくても大丈夫でしょう」

「あらそう? 嬉しいわ。やっぱり信用って大事よね」

「ハハハ。しかし、正当な報酬を支払えないのが残念です・・・」

「大丈夫よ。別の形でいろいろと便宜を図って貰っているから。それに表の世界で私は武器製造に反対している身。この武器供与が明るみに出れば拙い事になるわ」


 そう述べて、白魔女は無報酬で構わないとした。

 白魔女の言うとおり、ハルはサガミノクニ生活協同組合で武器製造をご法度にしていた。

 それはボルトロール側へ安易に兵器供与をしてきた研究所の過去の時代と決別する事と、兵器供与という名で戦争に加担する事を嫌っているためである。

 しかし、ハルはすべてが綺麗事だけでは済まないと言う道理も解っている。

 ライオネルにはこの魔道具で武装した月光の狼の元メンバーを主とした最側近達が彼の周囲にいる。

 ライオネルがこのエクセリアで大きな反乱や謀叛にあわないのも、その側近達の諜報活動によるもの。

 素早い情報入手と極稀に実力行使をしているからである。

 そんな必要悪をハルも暗黙の了解で認めていた。

 だから武器供与を続けている。

 そして、この武器製造作業はハルとアクトしか知らない秘密の工房で行っている。

 他のサガミノクニ人には――自分の信頼おける人達にも――秘密にしている事でもある。

 

「先程途中まで言いましたが、更にお願いしたいことがあります」

「何? 私にできる事かしら?」


 白魔女は悪戯っぽい笑顔でそう応える。

 これにライオネルも鈍く笑い返した。

 そんなふたりの通じ合った姿にエレイナは軽く嫉妬を覚えるが、それは脇に置いておこう。

 

「明日からスパッシュ・ラッドリアをサガミノクニ生活協同組合に向かわせましょう」

「それは構わないけど、一体何を依頼する気?」

「民主主義化のプロセスを早める必要があると判断しました。スパッシュに民主主義を教えてあげてください」

「・・・解ったわ。組合内に私よりもそれに見合った適任者がいるから、紹介するわ」


 多少面倒臭くそう応える。

 彼女にとって民主主義とは自分の得意分野以外の技術だと思っている。

 ハルとしては今後、ボルトロール王国と進める鉄道事業でいろいろ造らなくてはならない魔道具があって、スケジュール満載なのだ。

 だから、ライオネルから依頼を請けたこの案件については別の人に丸投げしようと考えていた。

 何気ない依頼事項のように見えるが、これが後のエクセリア国の国史にゴルト歴二〇二四年十二月の明日、民主主義の歴史が始まったと記される事とになる。

 そして、この活動が、それまで派手な行動を控えていた貴族主流派をより刺激する事になろうとは誰も予想していなかった・・・

 


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